二人の騎士
帝歴403年11月10日
数分前に、姉さんが突然俺の方に訪れて来た。その隣には少し懐かしい人物の姿があったのだが……。
「相変わらず、まだ私より小さいようだねシラフ。」
俺より僅かに背の高い茶髪の青年、いや正確に言えば青年に見える女性である彼女の名はテナ・アークス。サリア王国にて、ルーシャと同じくらい時間を共有している存在である。
以前彼女に会ったのは、確か2年程前だろうか。その当時の事を俺は今でも鮮明に覚えている、何故なら2年前に会った時始めてアレが女である事を知ったからである。
「どうしてお前がここに……。本当にテナなのか?」
俺と身長を比べて、自分が勝っていると分かるとぽんぽんと頭を軽く叩いてくる。
「ひどい事を言うね、シラフ。サリアの時も、家族以外に話す人と言えば、ルーシャか私くらいなのにさ……。」
「それが悪いのかよ、お前こそ男に混ざって剣を磨く内に騎士団の人達の立場を崩していただろう。」
「あの人達が弱いからだよ。私とシラフより鍛錬すらまともにこなせない人達に負けるな訳がないだろう。」
「だからって……まあいい。それより、どうしてお前がここにいるんだよ?編入するなんて、連絡くらいすれば良かっただろう?」
「それは、シラフもだろう。私に何も伝えずに、気付けば学院に編入したって父さんから聞いた時は驚いたよ。王女の護衛なら、私が呼ばれてもおかしくは無かっただろうに……。」
「それはまあ、契約上は俺が王女の護衛だからな。」
「でも、今はヤマトの王女の護衛だろう。騎士たる者が、二人の女性に仕えるなんて浮気者のすることだろう、浮気者。」
「仕方ないだろ、そもそもあのまま同棲する訳にもいかなかったし。陛下からの命令となれば、受けざるを得ないからさ。」
「まあ、そうかもね。それで、さっきから私達を見ているそこの女性は?」
テナの方を部屋の角から覗くように見ている、赤毛の女性に彼女が尋ねる。
「ルヴィラ・フリク。今のルームメイトかつ、現在俺が介護に近しい生活保護をしている方だ。」
「生活保護は余計ね……。」
テナの方を見てばかりで、なかなか俺達の方へ近づかないルヴィラの珍しい様子に俺は少し疑問に思った。
「どうして、こっちに来ないんだよ?」
「……私がいたら、二人の邪魔になるでしょう?それに、こういう事には慣れていないものだからどうすればいいのか分からない。」
「いつも通りでいいよ。テナも、その方が話しやすいだろう?」
「そうだね。ですから、ルヴィラさんもこっちに来て少し話しましょう?」
「……そうね……。」
テナにそう言われると、ハイドの隣に静かに座る。すると、先程まで口を閉じていたシファが二人に話し掛ける。
「そっちでは、もう新しい生活には慣れたようだね。」
「まあな。最初だけは苦労したよ。それで、姉さん達の方は?」
「私は相変わらずだよ、シンちゃんが居なくなって家事を一人でこなさないといけないけどさ。」
「食事はどうしているんだよ。姉さん、料理出来ないんだろ?」
「ラウとシンちゃんがお弁当とか作ってくれるからなんとかなっている……。一人でなんとか出来るようにはしているんだけどね……。この前、やっと食べられそうなくらいの出来には作れたけど……。」
「食べれそうって……。」
「砂糖と塩を間違ったんだ……。だから、見た目こそ良くても味は…ね……。」
「そうですか、無理はしないで下さいよ。」
「わかってる。私はそろそろ帰るけど、テナはどうする?」
「そうですね……。ハイド、良かったら私と試合をしない。久しぶりにお互いがどれだけ成長したか確かめたいし。」
「構わないよ、俺もお前の成長を見たかったところだし。姉さん、時間があるなら審判頼めるか?」
「そういう事なら、仕方ないな。いいよ、だったら近くの公園でいいよね。」
●
近くの公園に訪れたハイドとテナは互いに間合いをとり剣を構える。
「あれ……その剣……。いつものとは違うよね?」
テナの言葉に、ハイドは僅かに微笑み。
「ああ。陛下から直々に授かった物だよ。前まで使っていた剣は、この前の闘舞祭で砕かれたからさ。」
「砕かれた?誰に?」
「ヤマトの王女様だよ、あの人俺と同じくらい剣を鍛えているからな。単純な剣技だけなら俺より強いよ。」
「ふーん……なるほどね。でも、その人には勝ったんだろう?」
「一応はな……。神器を使ってどうにかやっとだったけど。」
「神器か……使えるようになったって噂は本当のようだね。」
「そうかもな。でも、この試合では使わないよ。」
「じゃあ、使わせるまで追い込んで見せるかな。」
シファが二人の様子を見て、右手を降ろす。その瞬間、両者が一気に間合いを詰め金属音が鳴り響いた。
「っ!」
テナの高速の刺突をハイドは慣れたようにいなしていく。時間が過ぎる度に加速する両者の剣技にシファも思わず驚きを見せる。
「ハイド、もっと攻める。テナも、ラウとの試合から何も変わってないよ。」
二人の試合にシファはそう両者に話し掛けると、二人は一瞬彼女に視線を向けるとつばぜり合いをやめ、後ろに飛び退くと間合いを取り直した。
「テナ、あいつに会ったのか?」
「ラウさんの事?」
「ああ。」
「シラフに会う前に、公園でね。それに、彼と鍛錬をしていたシルビア王女にも会えたよ。シルビア王女も鍛錬をしているなんて、誰の真似をしているのかな?」
「シルビア様は、自分の意思で鍛錬をしているよ。俺の知る限りではな。」
「そう。」
「驚いているのは、あいつと試合をした事だよ。」
「まあ、彼がクラウス様を打ち破った噂は本当らしいね。私も、あっさり負けたよ。結構本気て挑んだつもりなんだけどさ。」
「……。」
「シラフはラウさんの事が嫌いなの?」
「少し気に食わない程度だよ。」
「十分嫌っているようだね、シラフが嫌うなんてよほどの人物なのかい?」
「色々、事情がある。」
「そう。」
「試合を再開しないのか?」
「もちろんするよ。今度は少し本気でね。」
テナが剣を構え直し、僅かに笑みを浮かべると彼女の周りの魔力が上昇する。彼女の変化に、ハイドも同じく剣を構え直すと彼女に応じるように自身の魔力を高めた。
「いくよ、シラフ……。」
テナがそう呟くと、両者の姿が忽然と消えその刹那すさまじい衝撃が響き渡った。
●
(速い……そして一撃一撃が鋭い。)
ハイドがテナと剣を交えて感じたのは異常な程の速さと威力だった。
テナの剣はレイピア状の剣による刺突を主とした剣技。対してハイドの剣は僅かな細身の両刃の剣。そして、速さを主体としても攻守のバランスの取れた剣技である。
ハイドが攻守のバランスに優れているとすれば、テナの剣は攻撃を極めた物……。ハイドは防戦一方に追われていた。
(成長……やっぱりテナは強いよ。でも、俺だって負ける訳にはいかない!)
ハイドがテナの剣を弾き返し、攻撃に移る。
僅かな隙を見逃さず、ハイドは斬り込むがテナはそれを瞬時に反応……。そして、完璧にその攻撃をその細身の剣でいなして見せた。
「っ!!」
ハイドが僅かな驚きの表情を浮かべる時、テナは勝ちを確信した僅かな笑みを浮かべる。
勝敗は明確かに思えたその時……。
「っ……。」
テナの視界から完全に捉えていたはずのハイドの姿が跡形もなく消えていた。
テナは思わず剣を止め、すぐさま剣を構え直し彼の攻撃に備える。
(あり得ない……私が見失うはずがあるわけ……。)
テナの思考に僅か焦りが現れる。そして……。
「っ!!」
テナが瞬時に反応し、背後から斬り込むハイドの剣を受け止める。
響き渡る、金属音の衝撃に思わずテナの手が震える。
「一体、何をしたの……。」
「まあ、ちょっとした技術だよ。ヤマトの王女に、この前教わったものだけどさ。」
「なるほど、やっぱり凄いねハイドは……。昔からいつも私の予想より上に立っている…。」
「お前もだろう、テナ。俺の鍛錬にいつも負けず嫌いで食い付いてさ……。」
「そうだね……。私達は似ているよ、だって結局はサリアの為に強くなろうとしているんだからさ。」
「目指す物が同じだもんな、俺達はさ……。」
「騎士。それが私達の目指す物だからね、でもこの勝負は負けないよシラフ!」
「俺だって、お前には負けられない。全力で来いよ、テナ!」
互いの剣が交錯し、甲高い金属音が鳴り響いた。
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帝歴403年11月11日
日付が変わったその日の深夜、ふと目が覚めたルヴィラは自然と何かに惹かれるようにハイドの部屋に足を運んでいた。
ルヴィラが部屋をノックすると……。
「どうぞ。」
向こうからの返事を確認し、ゆっくりと部屋の扉を開けた。
「珍しいですね、こんな時間に何か用ですか?」
「偶然、気が向いただけよ。あなたこそ、こんな時間まで起きているのは珍しいでしょう?」
「ちょっと、昔の写真を見ていたものですから。」
「昔の写真?」
「ええ、気になりますか?」
「そうね、せっかくだから見させてもらうわ。」
ハイドの手にある、その小さな写真をルヴィラは受け取り中身を見る。
「っ……。この写真に写っているのは……あなたと……。」
「俺と、一応義理の姉にあたるリンとの写真ですよ。」
「そう……。随分と仲が良いのね……。」
「そう見えますか……。まあ、仲は良かった方だとは思いますけど……。」
「でも、あなたの姉はシファという人でしょう?彼女との関係はどういう事なの?」
「姉さんは、身寄りの無くなった俺を引き取ってくれた恩人です。最初はシファさんとかで呼んでいたんですけど、本人の要望で親しみを兼ねてということで……。まあ、定着すればなんてことも無いですけど。」
「そう言えば、この前言っていたわね……。幼い頃に火災で両親を失ったって……。」
「まあ、今となってはどうにもなりませんけどね……。」
「…………そう……まさかね……。」
写真を少し見つめると、何かを感じたのか不意にルヴィラはそう呟いた。
妙に達観とした彼女の口ぶりに、ハイドは彼女の言葉に疑問を感じた。
「ルヴィラさん?」
ハイドが彼女に問い掛ける、するとルヴィラは……。
「………会えるといいわね………シラフ…。」
そう静かに答えると、手に持った写真をハイドに返し部屋を後にした。
ルヴィラが部屋を出るまで、何故かハイドは言葉が出なかった。
「……。」
ハイドは先程彼女が言った言葉に対して、何かの違和感を感じていた。
ルヴィラが部屋を出る前に残した言葉……それが何故か深く彼の頭の中で残っていた。




