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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 幻影、その果てに……
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もう一人のサリアの騎士


 帝歴403年11月10日


 放課後、学院での授業を終えたハイド達は公園により日課の鍛錬をこなしていた。

 シグレは鍛錬用の衣服を忘れた為に、鍛錬を軽く済ませると離れて二人の様子を眺めていたルヴィラの隣に座り、一人黙々と剣を振るうハイドを眺めていた。

 「珍しいわね、あなたが練習を早く切り上げるなんて……。」

 「いつもの服を持ってくるのを忘れたんです。制服ではあまり動けないですし、汚すのは後から手間が掛かるので。」

 「そう……。彼は、制服だろうと構わず剣を振るっているようだけど?」

 「彼は、日常的に家事を簡単にこなせますからそういう手間を面倒とは思っていないんです。そもそも、あなたの世話で家事をこなす事が当たり前のようになっていますから。」

 「そうね……。」

 「でも、ここ数日でルヴィラさんは変わりましたよね?」

 「そうかしら?」

 「家事の手伝いをするようになったんでしょう?なんでも、この前帰りの遅い時に洗濯物を取り込んでおいてくれたとか?」

 「……何かおかしいかしら?」

 「いえ、おかしいも何も立派だと思いますよ。共同生活の上では、互いに協力する事は重要ですからね。」

 「……。」

 「何か心境の変化でもあったんですか?」

 「毎日のように、あなたとの鍛錬……そして私の日常の世話を何事も無くこなす姿に、少し心配になっただけよ。」

 「彼の身に心配を?」

 「ええ、それに毎日世話をさせているのだからたまには手伝ってあげたいと、何故かそう思った……それだけよ……。」

 「手伝ってあげたい……ですか…。なるほど……。」

 「何かおかしい事でも言った?」    

 「いえ、そういうわけでは……。」

 「そう……。」

 ルヴィラはそう答えると、ハイドの剣を振るう姿に視線を向けた。何処か寂しく、そして何か胸を締め付けるような感情をシグレは感じていた。

 三分程だろうか、ルヴィラは唐突にシグレに質問をした。

 「シグレ。あなたにとって、シラフはどういう人なの?」

 「それは、つまり……彼の事をどう思っているのかについてですか?」

 「ええ……。」

 シグレは少し考え込むと、彼女の問いにゆっくりと答えた。

 「真っ直ぐ過ぎる人……私自身としては彼をそう思っています。」

 「……。」

 「彼と剣を交えた私だから、そう見えるのかもしれません。彼の剣には、自分の意思という物を強く感じます。最近の彼は、一人で何かを悩んでいる。真っ直ぐ過ぎるからこそ、それは太刀筋に現れやすい人です。でも、それは人と真剣に向き合えるそういう人でもあると、私は思っています。」

 「真っ直ぐ過ぎる人……確かにそうなのかもしれないわね……。」

 「……ルヴィラさんは、どう思っているのです?」

 「不思議な人よ……。少なくとも、彼のような人には初めて会ったわ。」

 「不思議とは?」

 「私に注意や指摘をする人は多くいたわ、あなたやそれ以外の者を含めて……。」

 「……。」

 「その中で彼は、私の身を心配をしていたわ。初めて会った他人にも関わらず、私の身を自分の事のように心配していた。彼は、そういう人だった……。」

 「彼らしいですね…。」

 「そうね。彼との生活が始まって、最近は学校が楽しいと感じるようになった……。学院では、私を天才としか見ない者がほとんど……でも、あなたと彼は私を一人の人間として見てくれた。たったそれだけの事で、これまでの生活が少しは楽しいと感じる……。不思議なものね、あなたと彼に出会ってから周りが少しずつ輝いてみえてくるなんて……。」

 「ルヴィラさん……。」

 「あなたと彼にはとても感謝しているわ。でも、最近は更に不可解ね……。」

 「どういう事です?」

 「胸騒ぎというのかしら……。最近、彼と過ごしているとそういう物を感じる……。」

 「胸騒ぎですか?」

 「ええ……。それが何かは分からない……。でも、何かを気にしすぎているのかもしれないわね……。だから……今はこの他愛ない日常を過ごしていたいわ……。」

 「そうですね……私もそう思います。」

 日が暮れるまで、彼の鍛錬をルヴィラとシグレは静かに見守っていた。


 帝歴403年11月11日


 その日の昼休み、ラウは一人これまでに調べた帝国に関する書類の情報を端末から眺めていた。

 既に昼食は取り終えており、一人で座っているとお弁当を持ったシルビアが彼の元に歩み寄って来た。

 「ラウさん、向かい座ってもいいですか?」

 シルビアの声に反応し視線を向けると、

 「好きにしろ。」

 彼がそう答えると、シルビアはお弁当をテーブルに起きラウの向かいに座った。

 「こんな時間にも勉強ですか?」

 「…………帝国に関する情報を眺めていた。見落としが無いか、関連性が無いかしらみつぶしだが……。」

 「そうですか……。」

 お弁当を広げ一人シルビアは食べ始める。

 会話がつまり、シルビアは何か話題を考えていると、

 「何故、私のところに来た?第二王女や、ハイド達の元には行か無いのか?」

 「姉様達は、最近忙しいみたいで一緒に居られないんです。ハイドさんは、相変わらずヤマト国の王女様の護衛と鍛錬などで都合が付かないので……。」

 「そうか……。」

 「ラウさんは、毎日帝国の事で頭がいっぱいなんですか?」

 「……最近はそうでも無い。他国の歴史や文化も調べたりはたまにする程度だが……。」

 「他にする事は無いんですか?」

 シルビアの言葉にラウは数秒程考えると、

 「…………考えた事が無いな。今まで、生活の大半を学習に費やす事が全てだった。全ては奴を倒す為に……。」

 「……それでいいですか?」

 「何か気になる事でもあるのか?」

 「確かにラウさんが大きな使命を持っている事は分かっています。でも、それだけでは寂しいんじゃ無いんですか?」 

 「寂しいだと?」

 「……分からないとしても、でも……もう少し他の生き方もあるんじゃ無いか……私はそう思うんです。」

 「…………。」

 「大きなお世話ですよね……。私はラウさんの事情をあまり知りもしないのに……そんな口を聞いてしまって……。すみません、ラウさん……。」

 「そのくらいの事で謝る必要はない。まあ、多少は頭に置いておこう、シルビアなりの気遣いなのだろう?」

 「っ……。」

 「その意見、参考にさせてもらう。」

 「……ありがとうございます……。」

 「…………。」


 その日の放課後、シルビアとラウが鍛錬をしていると帰宅途中のシファが見慣れない人物を連れてこちらに向かって来た。

 「シルちゃんに、ラウも頑張っているようだね。」  

 シファの声に反応し、両者の動きが止まる。ラウが軽くため息をつき、シファに視線を向ける。

 「何か用か……、その隣の人物は?」

 シファの隣に立っていたのは、長めの茶髪が特徴的な男子生徒。背はシファより頭一つ分も高くすらりとした体型の人物だった。その腰には青色を帯びた剣があり、その存在感から普通の剣では無い事を感じさせている。

 「ああ、紹介するね……。サリア王国の騎士団、ヴァルキュリアの副団長の子で、名前はテナ・アークス。先週編入したばかりだから私が案内をしていたの。学年は私より一つ下の三年生。ほら、テナも挨拶して……。」

 シファがそう言うと、テナは少し前に出て……。

 「初めまして、先程紹介されたテナです。ええと、シルビア王女とラウ様ですよね……噂はシファ様から聞いております。その、今後ともよろしくお願いします。」

 「テナさん……、確か前に会ったような気が……。」

 シルビアが少し考え込むと、

 「はい、シルビア様が幼い頃に何度か顔を合わせていた程度ですから、覚えていないのも無理はありません。」

 「そうでしたか、改めてよろしくお願いします。」

 「はい、よろしくお願いします。」

 お互いに頭をぺこぺこと下げている様子に、シファはその様子を見守っている。すると、テナが頭を上げラウの方を見ると

 「ラウさん……でしたよね、あのよろしければ一度手合わせをしてもらえませんか?」

 「別に構わないが、どうしてだ?」

 「クラウス様を、打ち負かした噂が本当なのかこの目で確かめたいんです。受けてくれますか?」

 「分かった、相手をしてやろう。」 

 「ありがとう御座います。」

 二人が間合いを取ると、テナがその腰に帯びた剣を引き抜く。

 鞘から引き抜かれたその剣は、かなり細身のレイピア状の剣であり、その刀身は薄い藍色に染まっており見ただけでも相当な業物だとラウは理解した。

 ラウの右手に小さな魔方陣が出現すると、そこから漆黒の剣が現れる。刀身は黒く染まっており、光すら反射しない程だった。

 「では、こちらから行きます。」

 テナが剣を構えると、間合いを一気に詰める。

 目にも止まらぬ刺突の連撃、それはあまりに早く並の人間には点すら捉えられない程だった。

 「っ……。」

 ラウはその目に止まらぬ高速の刺突を一つ一つ正確にいなしていく。ラウの実力をある程度把握したのか、テナは一度離れ間合いを取り直す。

 「それが、お前の全力か?」

 「準備運動ですよ、次から本気でいかせてもらいます。」

 テナの魔力が高まる、その剣に凄まじい程の魔力が集中すると、再び剣を構え直す。

 「では、行きます。」

 そうテナが言った、その刹那その姿が忽然と消えた。

 「っ!」

 気付けば、紙一重でそのテナの一撃をラウは右手に持った剣で受け止めていた。

 そして、テナの高速の剣技がラウを襲う。そして、ラウが徐々にその高速の連撃に押されていく。

 テナの圧倒的な優勢かに思えたその時、テナの高速の剣技が止んだ。

 「…………お見事です……。」

 テナの剣がラウの頬を掠めているが、しかしラウの剣はテナの首元に突き付けられていた。

 テナの言葉に、ラウは剣を離しそして剣は魔方陣の中に再び消えていく。テナも剣を離すとゆっくりと鞘に収めた。

 「実力は本物でしたか……。」

 二人が試合を終えると、シルビアとシファが二人の元に近づいて来た。

 「二人共、お疲れ様。テナも惜しかったね、あの場で急がずにもう少し様子を見ていたらもうちょっといい線行ったはずだよ。」

 「はい。また鍛え直さなくてはいけませんね。」

 「あの……テナさん?」

 シルビアがテナの様子を見て何かに気付いたのか唐突に話しかける。

 「何でしょうか、シルビア王女。」

 「あの……もしかしてテナさんは、女性ですか?」

 「はい……制服は男子生徒の物を着ていますが、私は女ですよ。」

 「シルちゃん、よく分かったね。どうして分かったの?」

 「えっと……話し方とか、どことなくそう思ったんです。それに、仕草とかなんか女性らしいなと……。」

 「そうでしたか……まあ、制服だけじゃ男に見えてしまいますよね。」

 「そうかもね。あの子も最初は男だと思っていたようだし。」

 「それじゃあ、テナさんとシラフさんは知り合いなんですか?」

 「知り合いも何も、テナはあの子のルーシャ以外の唯一の同年代の友達だからね。まあ、あの子は2年くらい前までテナは男だと思っていたみたいだけど。」

 「そうでしたね、どうしてでしょうか?」

 テナが少し疑問そうに考えると、シファが答えた。

 「それは、昔のあなたが今よりも男ぽかったからでしょう。今よりも髪は短かったし、それにお洒落とか気にしなかった上にあの子と会えば毎日のように一緒に稽古をしていたから。」

 「言われて見ればそうですが……。そんなに、女性らしくありませんでした?」

 テナがシファにそう尋ねると、シファは苦笑いを浮かべながら

 「まあ、騎士団の人達と混ざって訓練をこなすどころか、むしろ騎士団の人達より強かったからね。それはもう、テナの父親の威厳が無くなる程に……。」

 「そうなんですか、ヴァルキュリアはサリア王国でも最強と名高い騎士団ですよ、その中でテナさんがそこまで強かったんですか?」

 「まあ、あの子と一緒に稽古をこなしていたからね。単純な剣技ならあの子と同じくらいだと思う、そうだったよねテナ?」

 「はい、彼と私の戦績は確か……お互いに270勝手前くらいでしたね。」

 「それでは、ルーシャ姉様はテナさんの事をご存知で?」

 シルビアの質問にテナは頷き、

 「当たり前だよ、サリアにシファ様達が滞在している時は二人でよく稽古をして、それをルーシャ王女が暇そうに眺めていたからね。まあ、王女は勉強をこっそり抜け出して来ていたようだけど……。」

 「そうなんですか……。」

 「ルーシャ王女は今も変わらず、彼をいじめているのか?」

 「いえ、そんな事はあまり無いですね。むしろ、大人し過ぎるくらいで学院ではかなり人気ですよ。」

 「王女がそこまで変わるとは、ようやく王女としての自覚が芽生えたのは関心だね。今も昔と同じなら、彼も苦労しているだろうと思っていたけど。」

 「そうですか……。」

 「テナ、そろそろ行こう。早くあの子の元に行かないと日が暮れるし。」

 「分かりましたシファ様。それでは、シルビア王女にラウさん、またの機会で。」

 テナは軽く手を振ると、シファと共に公園を後にした。

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