裏で動く者達
帝歴403年11月7日
セプテント北西部のある場所の遥か地下に建てられた、巨大な施設。帝国時代、アルクノヴァが指揮をとり建造したオラシオン帝国特殊軍事開発施設、ラーク支部。
20年前、オラシオン帝国が崩壊した事により活動を停止したと思われていたその施設は今も尚活動を続けていた。
研究者総勢500人程、その実験内容は様々である。
その中で、ごく一部の研究者のみが秘密裏で研究を続けている物があった。
「アルクノヴァ様、今回の実験レポートになります。」
科学者の男性は、アルクノヴァにレポートの用紙を手渡す。アルクノヴァは一通りの中身を確認しながら、科学者に話掛けた。
「……004の様子は?」
「実験体、004の身体機能に異常は無く安定しております。行動には反攻の素振りはありませんが、今現在も我々との会話はあまりしない様子です。」
「了解した。081の様子はどうだ?」
「はい。先日、意識が戻りましたが共鳴率は以前として半分を下回っております。身体機能に異常は今のところ見られ無いのが幸いと言った状況でしょう。」
「了解した。異常が起こった場合は、麻酔をすぐに投与し私にすぐ連絡をしろ。」
「了解しました。それでは失礼します。」
そう言うと、科学者の一人は部屋を出て行った。
「……相変わらず、裏で大きな野望を進めているようだな。」
「君も相変わらず、未だにあの女を信仰しているようだな。まあ、今となっては私の助手だが……。」
「利害の一致ですよ。俺には、あなたの野望を見届ける義務がある。そして、簡単には死ねない理由がありますしね……。」
「罪人がよく言うよ、サバン。」
アルクノヴァの向かいに座る白衣の男。彼の名はサバン。ハイド達が学院に向かう途中、彼等を襲撃した海賊の一味の指導者であり現在はラークの刑務所内に拘留されているはずだがアルクノヴァの図らいにより、現在は彼の助手として一ヶ月前から生活している。
「我々の研究は、君から見てどう感じた?」
「驚きしかありませんよ、空想の産物とも言えた神器の人口的な製造。コストが余りに膨大だとしても、量産の目処が立てばすぐにでも実現可能だ。」
「まだ、問題は山積みだがな……。神器の適合率は今のところ二割を切っているのが現状。その上、その後の後遺症で一ヶ月の契約者の生存率は更にその二割程だからな。」
「…………。」
「ノエルの元にいた君には、この研究は受け入れ難いだろう?」
「ええ。アルクノヴァ、あなたは戦争でも起こすつもりですか?」
「戦争……そうかもしれないな。だがこれは、帝国、いや世界の為の戦争だよ。ノエルから、カオスの名は聞いているだろう?」
「詳しくは知りませんがね。」
「カオスは、我々人類の共通の敵だ。カオスが存在している限り、我々人類は奴の下僕に過ぎない。」
「……。」
「ノエル。奴と私の目指した物は同じだった。だが、奴のやり方に私は従えない。私は私のやり方でカオスを滅ぼすと決めた。それが、先代皇帝と私の約束だからな……。」
「……先代ですか……それは、ノエルの婚約者であった彼の父親でしょう?」
「先代が亡くなろうと、あの男は八英傑として武人として生きる道を選んだ。あの男の弟君が彼の代わりに皇帝に在籍し、あの男が亡くなった後も皇帝としてあり続けたが長くは保たなかった。」
「……。」
「私は先代との約束を果たす。その為なら、どれだけの犠牲も罪も問わない。道のりの果てに、カオスの死があるのなら私はどれだけ深い罪も受け入れる。」
「……それが、あなたの意志か……。相変わらず、訳の分からない事を言う方だ。ずっと昔に亡くなったその人物を今も慕う。それは確かに、素晴らしい事かもしれない。ただ、過去に縛られている者には未来など在りはしない。」
「罪人が過ぎた事を言う。」
「では、何故その罪人に力を借りている?」
「私が必要と判断したからだ。必要に応じれば、それが自分を苦しめるとしても目的の為に利用する。それだけだ。」
「……。」
「お前の実力は、帝国時代から多少評価していた。ノエルの元にいたお前の頭脳と、我々の研究が合わされば必ずカオスを滅ぼせるだろうからな。」
「……過大評価過ぎる。それに、協力を仰ぐのであれば私を倒し、そして学院最強となったラウ・クローリアに頼めば良かったはずだ。」
「あの男は、我々の乗り越えるべき敵だ。ノエルの研究の集大成、それを我々の研究が超えなければカオスには到底勝ち得ないからな。」
「つまり、彼の協力を仰ぐことは無いと?」
「当たり前だ。我々の研究の集大成であったローゼンを容易く倒して見せたあの男は必ず我々の手で消し去る。」
「……。」
「それが、今の我々が現在の目指すべき目標の一つだからな。」
「目標ですか……。」
「お前は何が目的だ?ただ、あの場で死を待つ事しか無かったお前が私の手足として動くと、何故に?」
「……先程言った通り、あなたの野望を見届ける為ですよ。帝国の者として、自分に出来る事があるのならどれだけ自分が穢れようとも構わない。あなたの理由と少し、似ているのかもしれませんがね。」
「くだらない……。」
「……。それで、先程の科学者が言っていた004とは一体何です?先程聞いたところでは、我々と意思の疎通が出来るようですが?」
「研究の一端を知っているんだ、私の目標が現実に近い事の証明になろうから、見せてやる。付いて来い。」
アルクノヴァが腰掛けていたソファーから立ち上がると、それに吊られサバンも立ち上がり、二人は部屋を後にした。
●
004、そう目の前の部屋には書かれていた。
そして、そのもの部屋の前に立つだけでこの場にいる事が耐え難い程の威圧感を感じさせる。
「……ここに、例の者が?」
「ああ。我々の最高傑作にして、帝国最後そしてカオスを滅ぼす可能性を秘めた存在がここにいる。」
「何者何です、その者は?」
「番号は4番を関しているが、別の名前はリーン。かのオベイロンの血族であり、そして天人族に奉られた炎の神器の契約者だ。」
「オベイロン……あの妖精族の?いや、しかしオベイロンの血族は200年程前に滅びたはずでは?」
「冷凍保存させ、13年前に解凍させたのち意識を戻したんだよ。妖精族には長大な寿命、そして高い魔力があるからな……。」
「……では、天人族の神器は何処で入手したのです?」
「天人族の者が、神器を盗み出し逃亡していたところを奴が偶然見つけ、奪い取った者だ。」
「っ、天人族を殺したのですか?」
「眠られただけだと奴は言っていたが、まあその天人族はセプテントの寒冷な気候に耐えられずに凍死したが……。」
「つまり、神器が無くともそれなりの戦闘能力があったと?」
「無論だ。だから、我々の最高傑作なんだよ。神器の適正に付いては、多少無理矢理に契約させたが体には馴染んだようだ。流石、妖精族だけあるよ。」
「……。」
「そろそろ、会わせてやろうか。」
アルクノヴァが目の前の鉄の扉に手を触れると、魔法陣の白い光が現れゆっくりと開いた。
二人の目の前に現れたのは、長いオレンジ色の髪が特徴の女性がいた。何処か達観したその佇まい、彼女の背には蝶のような妖精族特有の羽が生えていた。
白いワンピースの服を着たその人物は、アルクノヴァが来た事に気付くと。
「何か御用ですか、マスター?」
無機質な声で女性はアルクノヴァに尋ねる。もう一人のサバンの存在には気付いている様子だが興味は無く、視線を少しずらし一瞥しただけで納得したようだった。
「用は特に無い。彼に、君の事を知ってもらう為に赴いただけだ。」
「……その男は?」
「サバン、帝国時代の知り合いだ。」
「……そうですか。御用はそれだけですか?」
「ああ。それと、例の作戦決行の日は今月の24日に行う。必要な物があればこちらで手配する。」
「依頼人は?」
「各国の我々の支援者だと言えば分かるだろう?」
「分かりました。任務の遂行は必ず果たします。」
「良い結果を期待する。私はこれで失礼するが、問題を起こすとは思っていないが気を付けるように。」
アルクノヴァがそう言うと、目の前の扉が閉まった。
「…………。」
先程の二人の会話に入れずにいたサバンは何も話せずにいた。
「何も口を出さないとは、余程驚いたようだな。」
「あれは……本当に我々と同じ存在ですか?明らかに別の世界に生きる者の目をしている。殺しが当たり前だった私ですら、アレには一種の嫌悪感すら抱いた……。」
「ほう、お前にはそう見えていたか。」
「何をさせたら、あの威圧感が現れるんです?それに、先程あなたが彼女に伝えた事……。まさか、殺しの依頼ではありませんか?」
「殺しの依頼だとも。先日、我々の支援者から依頼が来た。なんでも、世界の軍事バランスを保つ為に殺してもらいたい者がいると。」
「その人物の名は?」
「サリア王国のシラフ・ラーニル。現十剣であり、世界にも稀に見る解放者に至りし者だ……。彼の存在が公で広まる前に、その存在を抹消する。」
●
その頃、ハイドとシグレが昼食を取っている所をルーシャとクレシアは遠目から眺めていた。
「……最近は、あの人と付きっきりだよね。それに、赤い髪の女性と帰宅する所を目撃したとか噂が出ているようだしさ。」
「仕方ないよ、あいつにはあいつの仕事があるんだからさ。私も最近は学院での仕事で忙しいし……。引っ越しの日以来、まともに会話も出来ていないからさ……。」
「そうなんだ……。」
「確か、次の行事が23日から24日に掛けて行う舞踏会の事で忙しくてね……。来賓への招待状の手配とか、予算をどうするとかで先生達も忙しいみたいだし……。」
「舞踏会か……去年はルーシャは参加したんだよね?」
「うん……一応招待はされたからさ。」
「……今年は、彼を誘わないの?」
「……そこなんだよね……。予定では誘おうかなって思っていたんだけど、引っ越しとかで離れたしそれに……今のあいつはヤマトの王女様の護衛だから……。」
「…………。」
「彼を振り向かせようとはしている積もりましなんだけど、いつの間にか離れていくんだよね……。」
「大丈夫だよ、彼はきっとルーシャに振り向いてくれるはずだから。」
「クレシアはそれでいいの?」
「っ……。」
「クレシアも彼の事が好きなのに、私と彼が結ばれる事の応援をしていてもいいのかな……。」
「それは……私だって、彼の事が好きだけど……。でも、一番彼を理解しているルーシャと結ばれた方が彼は幸せでしょう。」
「一番はクレシアだよ。彼が神器の影響で何度も倒れた時に一番傍にいたのはクレシアだからさ。」
「それは、私が彼に出来る事はそれしか無かったから……。でも、結局はルーシャの事を第一に彼は心配しているようだし……。彼は、ルーシャにふさわしい騎士になろうと日々努力していた……それはルーシャ自身が一番分かっているでしょう。」
「……うん。でも、多分そこには恋愛とかそう言うと感情は無い。ただ純粋に、恩を返したいだけなんだって……。」
「真っ直ぐだもんね……彼は……。」
「うん。だからさ、クレシア……。」
そう言葉を切り出したルーシャはクレシアの目を真っ直ぐに見てこう言った。
「舞踏会の最後の日、私は彼に告白する。」
「っ……。」
「今の彼が、私の騎士ではない内に私は一人の人間として彼に今までの想いを伝えようと思う。」
「ルーシャ……。」
「彼が純粋に私の為に日々努力をしているのなら、私も前に進まないといけないもの。」
「……。」
「クレシアはどうするの?」
「私?」
「クレシアが彼に自分の想いを伝えるのかについてだよ。」
「……私は……。」
「クレシアがどうしたいのかは、任せる。でも、私がクレシアに告白について伝えたのはお互いの条件を対等にするためだから……。」
「ルーシャ……本気なの……?」
「本気だよ。だからこそ、クレシアには伝えたんだよ。私と同じく彼に惹かれているクレシアに……。」
「…………。」
「クレシアがどうするのかは、クレシア自身が決める事だよ。でも、クレシアが私と同じように伝えようとするのならこの機会を無駄にしないようにして。」
「うん……。必ず、後悔の無い選択をするよ……。」




