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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 幻影、その果てに……
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優しさ

帝歴403年11月4日


 その日の夕方、学院から帰宅したクレシアを迎えたのは給仕服の短くまとまった金髪の女性。

 クレシアより少し背の高く狩野より僅かに華奢な体格その人物は、未来から来たというシルビアその人である。

 普段の彼女は、腰ほどまでの綺麗な長い髪が特徴的であったが目の前の彼女はせいぜい顔を覆える程度の髪しか無かった。

 「どうしたんですか……突然……。あの……その髪は……。」

 「ええと……少し長くて仕事の邪魔になったので今日、サーシャさんに切ってもらったんです。似合っていますか?」

 「ええ、すごく似合っていますけど……。あの……いいんですかそんな軽い気持ちで切ってしまって……。」

 「そこまで気にする程の事ですか?」

 「ええと……なんというか、その……。抵抗感があるんです、王女のあなたがこの屋敷の仕事をしている事にまだ慣れていなくて……。」

 「それは、仕方ありませんよ。こっちの私は、サリア王国の第三王女として留学していますから。まず、同じ時代に二人の人間がいる事があり得ない事ですし。」

 「そうですよね。」

 「クレシアさん、部屋まで荷物を運びましょうか?」

 シルビアがそう尋ねると、彼女の圧力に押されたのか渋々クレシアは手に持った鞄を彼女に渡す。

 「明るくなりましたね、シルビアさん。」

 「そうかもしれません。私がここで堂々と生活出来る日が来るなんて思っても見ませんからね。」

 「あの……ハイドが連れて来た仲間達には会えましたか?」

 クレシアの聞いたその人物達は、彼女と同じく未来から来たというハイドの事である。

 彼は、未来から来たシルビアの変えた未来から何人かの仲間を連れこの時代に来たらしいが……。、

 「……いえ、まだお会い出来ていません。そもそもあの人達は、ハイドさんとは別行動をとって世界中に散っていますから。」

 「そうですか。」

 「たまに、シファ様がお越しになる事があります。私が見た未来の話、彼から聞かされた私の来た事で訪れた未来の話。そして、この先に起こる事件の話です。」

 「あの、これから先に起こる未来の話とか簡単にしていいものなんですか?」

 「それについてはそこまで大きな問題では無いと思います。この世界の仕組みについて、私と彼の経験からある程度の把握は出来ていますから。」

 「世界の仕組み?」

 「未来は不確定で、確定していると言えばいいんでしょうかね。」

 「どういう事です?」

 「そうですね……。例えば、コップに水が入っているとします。それを私が高いところから落とすとどうなりますか?」

 「それは、コップが割れて水が床にこぼれますよね。」

 「そうですね。つまり、現在私がコップを落とした。そしてその結果コップが割れて水がこぼれます。しかし、それは現在の推測でしかありません。」

 「推測でしかない……。」

 「ではコップの落ちる先の床が大きなスポンジであった場合ではどうなりますか?」

 「それは……水がスポンジに吸われて、コップは割れない?」

 「そうですね、つまり現在と未来において確定しているのは、コップが落ちるという事です。しかし、未来においてコップが割れる、あるいは中の水がこぼれるというのは不確定な事になるんです。」

 「ええと……つまりは……?」

 「私が過去に来た事で、本来来るはずであった未来は私の来た時点で変わってしまったという事です。そして無数に及ぶ可能性の中からハイドさんの居た未来の事象になってしまった……。」

 「それはつまり、シルビアさん達が来た時点で未来が変わる事は決まっていたという事ですか?」

 「はい。そして今は、未来から来たハイドさん達の存在があります。彼等はこれから先に起こる絶望的な未来の可能性を無くす為に動いている。」

 「あの……それじゃあ、シルビアさん達の生きていた時代というのはどうなるんです?」

 「私がいなくなったところで、その時代が無くなるはずはありません。恐らく今も続いているでしょう。」

 「っ……それじゃあ……。」

 「私は、自分の世界に生きていた人達を見捨てたも同然なんです。私やハイドさんが焦っていたのは、その多大な責任感に追われていた事が大きいんだと思います。でも、今の私はクレシアさんのお屋敷で暮らし始めて落ち着きをほとんど取り戻しています。」

 「……っ。」

 「あなたが責任を感じる必要はありませんよ、クレシアさん。これは私達の起こした問題です、だからその責任を背負うのは私達だけですから。」


 帝歴403年11月5日

  

 その日の放課後、オキデンスの公園で金属をぶつかり合う甲高い音が響いていた。

 「っ!!」

 ハイドの剣が、シグレの剣を捉え受け止める。しかしそこからほとんど間もなく追撃が加わる。

 シグレは両手で一本の細く湾曲された片刃の剣を扱うがその速さは凄まじく、風を切る音すらハイドの耳に届いていた。

 「速度を上げますよ、シラフ!」

 シグレの声に応え、ハイドの目に真剣さが強まる。その瞬間互いに繰り出される剣技の速度が跳ね上がる。

 先ほどより、倍近い速度で織りなされる両者の剣は一種の芸術とも言える程研ぎ澄まされ、その技の練度が高い事が見えていた。

 「………。」

 二人の稽古の様子を遠目で静かに眺めているのは、赤毛の女性ルヴィラである。

 二人の稽古の様子を見学しに来た彼女であったが、二人の剣を達観した様子で見つめる。無表情で静かに眺める彼女の姿は、何処か儚げなさすら感じさせる。

 そして、彼女の目の前繰り広げられた剣の音は突然止んだ。

 シグレが膝を付き、ハイドの首筋に剣を突き付けていた。しかしハイドも同じくシグレの左の首筋に剣を突き付けていた。

 互いの動きが止まり、両者の視線が交錯する。

 「…………、参りましたシラフ。今日はあなたの勝ちですね……。」

 シグレがそう言うとハイドは剣を離し腰の鞘にその剣を収めた。シグレも同じく剣を収めるとハイドの手を借りてゆっくりと立ち上がる。

 「腕を上げましたね、まさか私が膝を付くほどとは……。」

 「最近、やっとシグレの立ち回り方が読めるようになっただけですよ。でも、ほとんど引き分けに近い勝ち方でした。膝を付けたにしろ、シグレも俺に剣を届かせていた事に代わりは無いからな。」

 「真面目な事ですね。来年の闘武祭では、神器なしで私と本気で戦えるまでにはなって欲しいものですね。」

 「そうなれればいいですけど……。」

 稽古を終えた二人は、見学をしているルヴィラの元に向かう。

 ルヴィラが二人を見ると、

 「この前の試合から分かっていたけど、あなたも戦える人なのね、シグレ。」

 「ええ、彼と同じ年から剣を握っていますから。」

 「……そう、なら私とも軽く試合をして貰えるかしら?」

 「構いませんけど、見たところ武器は……?」

 「問題ないわ、彼の剣を借りるもの。」

 「いや……でもこれは……。」

 ハイドは、腰に帯びた剣をルヴィラに渡す事をためらった。その様子にシグレは……。 

 「貸せない理由でもあるの?」

 「この剣は、陛下から授かった剣だからさ無闇に貸したりとかはしたく無いんだ。」

 「そう、それなら仕方ないわね。ルヴィラさん、明日私が別の剣を持って来ますからその時でも構いませんか?」 

 ハイドの言葉に納得したのか、シグレは別の案をルヴィラに提案する。しかしルヴィラは、

 「そこまでする必要は無いわ、私が自分で造ればいい話だもの。」

 そう言うとルヴィラは、自分の右手を掲げると小さな赤褐色の魔方陣が出現しそこから細身の刀身を持つ細剣が出現した。

 「驚きました……まさか、あなたが自分の魔力で錬成できる人だとは思いませんでしたから。」

 「出来ないとは言っていないわ。それでも、金属の錬成は魔力の消費が高い事、そして強度を保つ為に相応の魔力を更に込めないといけない点があるもの。」

 ルヴィラの言葉に二人は少し唖然とする。ルヴィラの出現させた剣は並の剣とは明らかに格が違っていた。彼女の作り出した剣は既に魔剣と呼べる程の威圧感を漂わせる

 「それではルヴィラさん、始めますか?」

 シグレが彼女に確認を尋ねると、ルヴィラは剣を軽く振り払い。

 「そうするわ。」

 そう言いシグレと共に歩き始める。

 二人はハイドのいる位置から離れ、距離を取る。

 「ルヴィラさん、剣を握った事はありますか?」

 「無いわ、でもあなた達の戦いを見てある程度把握したわ。」

 「分かりました。ではそちらに先手を差し上げます。」

 「そう、ではそうさせて貰うわ。」

 ルヴィラは間合いを確認すると、手に持った細身の剣を構える。

 剣先をシグレへ向けると、軽く深呼吸をしシグレの姿を視覚で捉える。

 「…………。」

 (本当に剣を扱った事が無いとは思えない……。少なくとも、初心者が剣をまともに構えるだけでも一苦労するはず……、なのにこの人は……。) 

 シグレが思考を巡らしていたその刹那、何も予備動作も無くルヴィラが一気に間合いを詰める。5メートル程の間合いを、シグレの意識の外から容易く入り込んで見せた。

 「っ!!」

 間一髪、シグレはルヴィラの刺突を剣でいなし間合いを取り直す。あまりに突然の攻撃に、僅かながらシグレの息が乱れた。

 (……あり得ない、私の意識が薄まったその瞬間を狙って来るなんて……。いや、そもそも私の意識は彼女をはっきりと捉えていきた……なのに彼女は、僅かに薄まったその瞬間を狙った……。)

 シグレは目の前彼女を警戒し、剣を構え直す。

 両者の動きが止まる、互いに相手の出方を窺う状態に入ると空気が一気に張り詰める。

 「…………。」

 ルヴィラの表情は冷静そのもの、そして彼女はシグレの視線と体の動きを捉えていた。とても初心者とは思えない彼女の立ち回りに、シグレは僅かな焦りを見せる。

 そして、シグレが攻めに移った。ルヴィラの動きを待つよりも彼女は自分から攻める選択をした。

 シグレの高速の剣がルヴィラの細身の剣を捉える。

 最初の一撃で、剣に一撃。すると、僅かにルヴィラの表情が苦しくなる。ルヴィラの手が僅かに震え、剣に込める力が僅かに緩む。再び、シグレの剣がルヴィラの剣を捉える。先の一撃にほとんど間もなく再び剣が放たれる。

 一撃前とは僅かに違う金属音が響き渡る。ルヴィラの手が細剣から離れ、剣は宙に舞い上がった。

 衝撃でバランスを崩したルヴィラは地面に尻餅を付くと、シグレはルヴィラに突き付けた。

 「初心者相手に容赦ないわね……。」

 ルヴィラのその言葉にやっと気付いたのか、慌てて剣を引っ込めると両手で後ろに隠した。

 「っこれは……その……。私とした事が……済みませんルヴィラさん。」

 「構わないわ、あなたがかなりの負けず嫌いなのは分かったもの……。」

 少し不機嫌になったのか、ルヴィラはそう呟くとゆっくり立ち上げり、服に付いた砂を落とす。

 「初心者相手にあそこまでムキになるのは驚いたけど、やはり強いのね。」

 「ええ、まあ……。」

 シグレは先の失態がかなり効いているのか、返事に上手く答えられない。少なくとも平静でいられないのは確実だった。

 「……でも、私もそこそこ戦えたのね……。あなたが途中から少し本気になったくらいだもの。……シラフ、明日から朝の稽古に付き合っても構わないかしら?」

 遠くで見物していたハイドに対し、ルヴィラがそう尋ねるとハイドは二人の方に近付き、

 「それくらい構わないが、急にどうしたんだ?」

 「面白そうだと思ったのよ。それ以外、特に理由は無いわ。」

 そう言うと、ルヴィラは地面に突き刺っている剣を引き抜いた。少しそれを眺めると、剣は粉々に砕け散る。

 「やっぱり、少し脆すぎるわね。」

 そう言うとルヴィラは、近くにいたハイドに対し突然もたれ掛かって来る。

 「っ!!」

 ハイドはそれに驚き咄嗟にそれを避けると、ルヴィラはそのまま地面に倒れた。

 「ルヴィラさんっ?!」

 シグレが彼女を心配し、起こしてあげると

 「……どうして避けたの?」

 「いや……突然寄ってきたから、咄嗟に……。」

 「無理に動いて疲れたから、運んで貰える?」

 「自分で歩いて下さい。」

 「酷い言われようね……。でも、あなたの言う通りだわ……家までは自分の足で歩けるもの……。」

 ルヴィラが立ち上がり少し歩こうとするが足がもつれ倒れかける、するとそれを見かねて彼女の体をハイドが支えた。

 「っ……。」

 ハイドの咄嗟の行動にルヴィラは驚きの表情を浮かべていた。

 「仕方ないですね。そんな状態で歩かせるのは、危ないですから、今回だけですよ……。」

 「……。」

 ルヴィラはまだ突然のハイドの行動に頭が追い付いていないのか声が出ないでいた。

 「ルヴィラさん?」  

 「っ……。そうね……あなたの提案を受け入れるわ……。」

 ルヴィラがハイドの肩を借り、近くのベンチに彼女を座らせると、二人の様子を見ていたシグレは

 「ルヴィラさんに怪我は無かったの、シラフ?」

 「見た感じ、一度に大量の魔力を消費した事による疲労くらいだから明日にはすぐに戻るだろうよ。でも、金属を魔力で錬成しただけでそこまで疲れるって事は……。」

 「私は生まれつき、魔力が少ないだけよ。一般人の十分の一程度しか私は持っていないもの。」

 「十分のって……獣人族よりも低いなんてそんな事が……。」

 「絶対に無いとは言えないでしょう、だからあんな脆い剣を錬成して振るうなんて真似をすれば倒れるのは、始めから分かっていたわ。」

 「……それじゃあ、どうして突然試合なんて事を?」

 「あなた達二人が少し楽しそうに感じたからよ、殺し合いの練習をしているのに二人の目は活力に溢れていたから……、それだけよ……。」

 そう言うと、ルヴィラは二人から僅かに視線を逸らした。その表情は何処か暗くしおらしい様子だった。

 「……私達と一緒でよろしければ、また試合をやりませんかルヴィラさん。」

 目の前の様子が見ていられないシグレが、落ち込んでいるルヴィラに対しそう話掛ける。

 「シグレ……?」

 「魔力が無くても剣は扱えますよ。それに、剣を語れる仲間がいるのは楽しいですし。シラフも仲間が多い方が楽しいでしょう?」

 「……ああ、勿論そうだな。」

 「だから、ルヴィラさん。あなたの可能な範囲で構いませんから、また一緒に鍛錬しましょう?」

 「……そうね……気が向いたらさせて貰うわ。」

 シグレの言葉に、僅かな微笑みを浮かべたルヴィラは静かにそう力強く答えた。

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