表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 幻影、その果てに……
144/327

新たな日々の幕開け

帝歴403年11月1日


 その日、ハイドは自らの引っ越し先となった場所に訪れていた。ハイドは制服のポケットから端末を取り出し時刻を確認すると、午前10時を過ぎた頃。

 自分の荷物が届いている事を端末で届いている事を確かめると、ハイドは目の前の建物の前を眺めていた。

 「ここが、新しい寮なんだよな……。」

 目の前に立っているのは、少し古びた三階建てのコンクリートの灰色が目立つ建物。しかし見た目の割には、庭などの手入れは行き届いており誰かしらの人は住んでいる様子だった。

 「……よし。行くか……。」

 ハイドは覚悟を決めてその建物の中に入っていく。

 「…………。」

 カツカツと自分の足音が建物の中に響き渡る。

 建物からは人気はあまり感じる事が出来ずハイドの足音だけがその空間に響いていた。

 「確か、三階の一番端の部屋だよな……。」

 そして、階段と廊下を進んでいくと目的の部屋にたどり着く。

 部屋の扉には「305」と書かれていた。

 「ここ……だよな……。」

 ハイドは扉をノックし、

 「すみません、ルヴィラさんは居りますか?」

 返事は返らない、そして静寂が訪れる。

 仕方なくハイドはシファから受け取った合鍵を使う。

 扉を開こうとするが、扉の鍵を閉めてしまったようで開かない。  

 「……無用心過ぎるだろう……流石に……。」 

 帝歴403年10月30日


 「とりあえず、ここがハイドの新しい引っ越し先。通学路は前より少し遠くなると思うけど、ヤマトの王女様の護衛にはすぐに付けるようになっているから……。」

 ハイドはシファに渡された地図を手に取り、それを眺める。

 現在滞在している寮よりも北東部にそれは位置しており、シグレの滞在している寮に近い場所でもあった。

 「……なるほど、確かにこれなら護衛も問題なく行えますね。」

 「そうでしょう、それに建物の家賃は今のところよりもかなり安いみたいだし。幾つかの候補からそこに決めたんだ。」

 「まさか、寮を自分で決めてしまうとは……。」

 「まあ、無条件って訳でもないみたいだけどね。」

 「どういう事です?」

 「北のセプテントから、交換留学生として来ている子がいるみたいなんだけどね……。」

 「何か問題でもあったんですか?」

 「生活能力がほとんど無いみたいらしくて、部屋が悲惨な状況みたいなの。」

 「…………。」

 「一日で嵐が過ぎ去ったような光景になるようで、ルームメイトになった人がその惨状に耐えかねて二日前に学院を辞めてしまったそうなの……。」

 「姉さん、それって厄介事を引き受けたって事ですよね?」

 「うん……そうなるかな……。。」

 「分かりました、ルーシャの次はその人物の世話をすればいいんですよね。」

 「ごめんね……また仕事を押し付けてしまって。」

 「別に構いませんよ。それで、その問題の人物は?」

 ハイドがシファにそう尋ねると、シファは端末の画面をハイドに見せた。 

 真紅に染まった赤毛の短髪が特徴的な女性の写真。容姿はかなり整っており、真面目な印象すら感じる。とても生活能力に異常があるとは思えないとハイドは感じるが……。

 「また、女性と同室ですか……。」

 「そうだね、でもルーシャの世話も出来たから大丈夫だと思うよ。」

 「そうですね……。それで、問題となっている彼女の名前は?」

 「ルヴィラ・フリク、ハイドより一つ上の四年生でセプテントでもかなりの有名人らしいね。」

 「何故有名なんです?」

 「彼女はとても頭が良くてその回転が著しく高い、その成績も学院全体で五本の指に入ると言われているらしい。」

 「五本の指に……あのシトラさんと並ぶ程なんですか?」

 「まあね、表向きは凄いけど……私生活に問題があるみたいだからさ……。」

 「やっぱり、厄介事ですよね……。」

 「うん……介護程には無いにしろ、生活支援は必要なくらいだからね……。」

 「何でそんな人が、わざわざ交換留学なんて……?」

 「うーん、それは本人の意思だからね。一応、頭は確かだから成績面は難なく通ったらしいからさ……。」

 「そうですか……。」

 「まあ、困った事があったらシンちゃんやラウを頼ればいいから。」

 「それは遠慮したい。でも姉さんに頼るのは無理がありますからね、最後の手段として考えておきますよ……。」

 「まあ、とりあえずは……その子の世話もお願いね、ハイド。」


 ハイドが部屋に入ると、目の前の光景に驚きを隠せなかった。

 「なるほど、これは酷い……。」

 辺りには衣服類が散乱しており、足の踏み場が見当たらない。

 しかし、不思議な事に食べ物の腐敗したような異臭などは感じ無かった。

 「すみません、ルヴィラさんは居りますか?」

 部屋の中に入り再び声を掛けるが声は返らない……。

 「……とりあえず、自分の部屋の荷物から片づけるか……。」

 ハイドは辺りの凄惨な光景に目が向き……

 「いや……まず先に、ここの掃除を済ませよう。流石に居心地が悪い。」

 そうしてハイドは勝手に部屋の掃除に取り組み始めた。

 部屋に訪れて一時間程が過ぎると、既に部屋は人が済むには相応しい程の状態を取り戻した。

 「これくらいで、いいかな……。」

 綺麗になった部屋を眺め、誇らしげにそんな事をハイドが呟くと扉の開く音が響いた……。

 音の方向に姿勢を向けると、起きたばかりなのか目をこすりあくびを欠く赤毛の短髪の女性が現れた。

 「……あなたは……例の同居人?」

 女性はハイドを眺め特に驚きもせず呑気にそんな事を呟いた。 

 「そうなるんだろうな、あなたはルヴィさんで間違いないか?」

 「ルヴィラ……。そうね……私で間違いないわ。」

 再びあくびを欠きそんな事を呟くと

 「シラフ・ラーニル……この前の闘武祭で確か4位だった人よね……。」

 「そうだな、それがどうかしたのか?」

 「思ったよりも、細いのね。つまり、魔力を軸にして戦う人なの?」

 「……当たり前だろう。素の肉体で力が出せるのなら、魔力でわざわざ補強する手間は必要ないからな。」

 「そうね、それが一般的な答えよ……。ただ……、」

 「獣人族等の他種族には魔力の総力が低い代わりに身体能力が高い存在もいる、そしてその逆も然り……。これで合っているだろう?」

 「そうね……ひとまず合格だわ。」

 「何の合格です?」

 「話が通じる相手かどうかを見極めたの。これくらい、初歩の初歩だわ……。」

 「そうですか……。それじゃあこちらから一つ聞きたい。」

 「何?」  

 「俺が掃除したこの部屋、何があったらこの惨状を引き起こすんだ?」

 「気付いたら、散り散りになっていただけよ。私は知らないわ。」

 「……気付いたで起こる事では無いだろう?成績優秀なのは分かるがもう少し私生活を改めた方が良いと思いますよ。」

 ハイドの言葉に少しルヴィは頬を膨らまし視線を逸らすと、

 「……あなた、生意気な人ね……。」

 静かにそう呟いたが、当然ハイドには聞こえており

 「聞こえていますよ。あなたは、子供ですか……。俺の文句があるならもう少し部屋を綺麗に保ってください。」

 「……そうね……。まだ私は子供よ……。」

 「もう少し大人になって欲しいという意味で言ったんですけどね……。」

 「そう。」

 「それと……。」  

 「まだ何かあるの?」

 「俺の部屋と荷物は何処です?まだ部屋の構造も把握していませんし。」 

 「そういえば、まだだったわね。こっちの部屋よ、付いて来て。」

 ルヴィラに案内された部屋にハイドは入る。部屋は最近まで使われていたのか埃などはほとんど無く、ハイドの荷物もしっかりと届いておりベッドの上に置かれていた。

 「ここがあなたの部屋。好きに使って構わないわ。」

 「あなたの寮では無いでしょう……。」

 「私の寮よ、一週間程前に私が買収したもの……。」

 「…………本気で言っています?」

 「本気よ、その証拠に契約書でも見せましょうか?」

 「……いや、いいです。それに何で買収なんかしたんです?」

 「不必要に私の周りに人を増やしたく無かったからよ、騒がしいのは嫌いだから。」

 「なら、俺を断る事も出来たはずですよね?」

 「あなたを許可したのは、日常生活を送るのに一人では支障があったからよ。」

 「ただ単に、面倒くさいだけでしょう?」

 「そうよ。」

 「……。それなら尚おかしいですよ、あなたも一応女性でしょう?ルームメイトが来るのなら異性が来るという事も想定していましたよね?」

 「それが何?」

 「無用心過ぎるんですよ、鍵もろくに掛けない……下着や衣服も散らかして、いくら学院の治安が良いからといって、もし暴漢にでも襲われたらどうするつもりなんです?」

 ハイドの言葉にルヴィラは少し驚いたが、少し微笑むと

 「……そうね。あなたの言う通り、少しは改善した方が良いのかもしれないわ。」 

 「何がおかしいんです?」

 「私を注意する人はこれまで沢山いた……。でも私の心配をした人はあなたくらいね。」

 「……心配がおかしいのか?」

 「少し面白いと感じただけよ……。」

 「何がですか……?」

 「あなたには分からないと思うわ……。」


 ハイドは目の前の彼女の微笑む理由が分からぬまま、その日は過ぎていく。

 そんな二人の新たな生活が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ