始まりの夢
帝歴403年10月23日
最近、俺は夢を見ている。
古い記憶の夢、10年前まで本当の家族と共に過ごした思い出を夢で見ていた。
その記憶の中で一際印象深い人物が二人いる。当時、屋敷に2ヶ月程居候していた父の友人の家族の連れ子である少女、クレシア・ノワール。
彼女とは俺が学院に編入した時、偶然にも同じ組になる事で再開を果たしたが、当時の俺は彼女の事を全く覚えていないので一人の女生徒という認識でいた。
しかし、最近になって彼女との記憶をある程度思い出す機会があり、彼女との10年振りの再開を俺は果たす事が出来た。
彼女との記憶を俺はよく、夢に見る事があるが最近では、あと一人夢によく現れる人物がいる。
俺と腐れ縁とも言える程、唯一最も長く時間を共有する小さな妖精、リンとの記憶だ。
彼女とは過ごした時間以外に、その名前は長く、俺の覚えている範囲ではリーン・サイリス・ノドルシア・ルヴィ・フリク……。本名はもっと長かったはずだがこれ以上は思い出す事が出来ない。
だから俺は、彼女の呼び名としてリンと名付けると、今に至るまでその名で俺以外の人達からも愛称として呼ばれていた。
そして彼女の正体は、俺の神器から生まれた契約者を守護する存在であり、俺の強い想いから生まれたらしい。
たが、俺にとってそんな事は関係ない。リンが俺達の家族であるという事に何の変わりは無いのだから。
しかしそこで、俺は疑問に思った事が一つだけあった。
俺は10年、当時住んでいた屋敷と両親、その従者達を火災で失った。
しかしそれ以前の記憶の中には、リンの存在があった。
つまり、俺の記憶が正しければリンという妖精はこの世に二人存在しているのである。
俺の神器から生まれた存在、そして以前から時間を共有していたもう一人の妖精、リンという存在が……。
それに気付いたのは、俺が学院に編入し闘武祭での騒動から明け落ち着いた10月23日の今日の朝だった。
一枚の古い写真に写る、茶髪の男の子とオレンジ色の髪を持つ少女との一枚……。
その少女がもう一人の妖精、リンという存在だと俺は今更ながらに知ってしまったのだから。
後から思えば、この一枚の写真が全ての始まりだったと俺は思う。
炎の騎士の物語、その始まりに過ぎないのだと……。
●
夢の内容は様々だ、そしてこの日見たのはリンとの出会いの記憶だった……。
男の子が、目の前で倒れている自分より少し大きい少女を屋敷の庭で見つけた。
「……君、大丈夫?」
男の子が少女に声を掛けるが返事は返らない。
よく見ればその少女の背には、蝶のような羽が生えており男の子はそれが気になり軽く引っ張る。
「……痛い……。」
少女はそんな返事を小さく返し、目を開けると男の子の方を見た。
「あなたは誰?」
「ハイド……この屋敷に住んでいる人の一人だよ。君はどうしてこんな所に倒れているの?」
「……そう……邪魔をしていたようね……。ここには用が無いから……もう行くよ……。」
少女がふらつきながらも立ち上がり、その羽で去ろうとすると男の子は少女に声を掛けた。
「待って……そんな体で何処に行くの?」
「……何処に行くのかは私の勝手……だから……、」
「君にだって家族はいるだろう……その人達の事が君を心配しているかもしれない……。」
男の子の言葉に対し、少女は怒りの感情を露わにして答えた。
「私の家族は……私を実の娘とは一切思っていない!」
少女の叫びに男の子は若干怯むが、少女は少し間を開けると話を続けた。
「私は、あの人達の手の届かないところに行かないと行けない。あの人達に見つかれば……私は処分されるから……。」
少女は悲しげな表情を浮かべながらそう呟いた。
男の子はその様子を見ていられず、再び声を掛ける。
「……それなら、僕の屋敷で一緒に暮らせないかな?」
「あなたの屋敷に?どうして……?」
「その体でこれ以上出歩かせるのはとても危険だよ。だから……だからせめて君の体が治るまでこの屋敷で体を休めるべきだと思う。」
「あなたの家族は、私を受け入れてくれるの?」
「事情を話せば、許可は貰えると思う。それに、僕の両親は困っている人を絶対に見捨てたりはしないから。」
「そう……。」
「だからさ……、今は無理をしない方がいい……。」
「……そうね……。」
そう少女が呟くと、安心してしまったのか体の力が抜けその場で倒れてしまった……。
男の子が少女を必死に呼び掛けるが声は返らない、そのまま時間は過ぎていった……。
●
「っ…………。」
少女の意識が再び戻り、目を開けると男の子は少女に声を掛けた。
「気が付いた?」
「そうみたいね……。」
少女は辺りを見渡し状況を確認する。自分がベッドに寝かされており、ベッドの右側にある椅子に男の子は腰を掛けていた。
「ここは、あなたの屋敷の中?」
「うん……部屋に運ぶのは僕一人では難しかったから母さんと父さんに頼んだんだけど……。」
「……、この部屋はあなたの部屋なの?」
「……この部屋は、客室だよ。一ヶ月くらい前までは父さんの友人の家族が泊まっていたんだけど……今は使っていないんだ。」
「……そう。」
少女は少し考え込むと、口を開いた。
「あなたの家族には礼を言わないといけないようね……。ハイド……だったよね、あなたの両親を呼んで来て貰える?」
「分かった。」
少女にそう答えると、男の子は部屋を出ていく……。
しばらくして、男の子は父親を連れて部屋に戻る。
「気が付いたようだね……息子が羽の生えた女の子が倒れていると聞いた時は焦ったものだよ。多少の事情は息子から聞いている……何やら複雑な事情をお持ちのようだね?」
男の子の父親がそう話し掛けると、少女は静かに答える。
「……はい。私は物心付く時には、例の人達が私の周りにいました。しかし、その人達は私と同じくらいの子を何らかの実験に使っています。私はその人達から上手く隙を付いてここまで逃げて来たんです……。でも……私には何処にも行く宛てはありません……そして、気付いた時にはあなたの息子さんが倒れている私を見つけたんです……。」
「……そうか……。では、君が良ければこの屋敷で私達と共に暮らさないか?君には行く宛てが無いのだろう?」
「もしかしたら、私のせいであなた達の家族を巻き込むかもしれませんよ。」
「その心配はいらない。この国では、君のような子供を見捨てるような真似は決してしない。君が、たとえ人間では無いとしてもね……。」
「…………。」
「今すぐに決めろとは言わないよ、その判断は君自身に任せる。」
「……ありがとう御座います。あなたの提案についてはもう少し考えてから答えます、それまで待っていて貰えますか。」
「そうか、君の答えを待っているよ……。そう言えば、聞き忘れていたが君の名前は?」
「リーン・サイリス・ノドルシア・ルヴィ・フリク・エイリシフ・エイラ・モーゼ・ノイス・オベイロン。」
「…………、君は本当にあの妖精族なのかい?」
「それ以外の何に私は見えているんですか?」
「いや……君の言う通りだよ。まあ、私達は君が妖精族であろうとも一人の家族として迎えよう。君も私達の事を本当の家族だと思って接してくれて構わないよ。」
「……本当の家族ですか……。私にはその意味が分かりません……。」
「ここで共に過ごしていれば、必ず分かる時が来ると私は思うよ……。」
「……あなたの言葉を信じます、……お…とう……様……?」
慣れない言い方をした少女の様子に男の子の父親は笑いながらも言葉を返した。
「早速言ってくれて嬉しい限りだ……。これからよろしく頼むよ。」
そう言うと父親は立ち上がり、部屋を出て行った。
そして、部屋には少女と、先程の会話に入れずに黙り込んでいた男の子が残された。
「何か言いたい事でもあるの?」
「……君の事、これからどう呼べばいい?名前が長過ぎて言えそうに無いから……。」
「好きに呼んで構わない、呼びやすい名前なら何でもいいから。」
少女の言葉に男の子は考え込み、10秒程過ぎると再び口を開いた。
「それじゃあ、リン。リーン・サイリス何とかだから、それを取って、これからはリンとそう呼ぶよ。」
「リン……。」
少女がその名前を呟くと、少し微笑みを浮かべ納得した様子を見せた。
「……分かった。私はリン……あなたはハイド……。」
「うん……。」
「これからよろしくね……ハイド。」
この時、初めて見せた少女の微笑みは年相応の純粋な気持ちから生まれた物だと男の子は感じた。
●
「………………。」
「何か考え事ですか、ハイド?」
ぼうとしていた俺に向かいの席に座っている長い黒髪の女性が話し掛けて来た。誰もが認める程の美しい容姿を持っている彼女であるが、その腰には容姿からは不釣り合いに感じる少し湾曲した長い剣を帯びているが、それがとてもしっくりと馴染んでいた。
彼女の名前はシグレ・ヤマト。ヤマト王国の第三王女であり交換留学生としてしばらくの間、ここオキデンスに編入する事になっている。
それは、よりによって俺と同じ組になってしまったが……。
彼女とは以前まで行われた闘武祭で知り合った。八席と呼ばれる学院最強の八人の中で4番目を努めていた人物でもあり、その実力は誰もが認める程である。
俺はそんな彼女と昼食を共にしていた、普段ならいつもの人達で昼食を取っているのだが、彼女の護衛役として任命されている身分故に半ば強制的に行動している。
「ちょっと……色々とな……。」
俺はそんな返事を返すと、シグレは深く追求する素振りは見せずに話を続ける。
「そうですか、それでさっきまでの話を聞いていましたか?」
「それなりには……。ヤマト流剣術の継承についてですよね?確か放課後に週三日程度ですよね?ここ一ヶ月に関しては基本的な型を教え込む方針で進めるというところまでは……。」
「意外と聞いていたのですね。」
「そうだな。とりあえず一通りの打ち合わせは済んだし……。」
「そうですね……では、先程まであなたの考えていた夢の話にしましょうか?」
「……やはり、聞きに来ましたか。」
「当たり前ですよ、私の話を差し置いて考える余裕があっての事ですよね?」
「…………。」
「話してみなさい、ハイド。」
「……昔の記憶ですよ……10年くらい前の本当の家族と暮らしていた頃の思い出です。」
「…………。」
「噂で既に知っていますよね、俺が幼い頃に火災で両親を亡くした事を……。」
「ええ、確かなのかは定かではありませんが……。」
「噂は本当の事です。そして火災の後、俺は今の姉さんの屋敷に養子として迎えられたんです。その中で、唯一火災の時以前から家族として暮らしている人物がいます。」
「誰なんですか、その人は?」
「小さな妖精、リンです。以前、一度会った事があるでしょう?」
「ああ、あの子ですか。あなたのペットか何かだと思っていましたけど、違うのですね。」
「ペットというよりは、姉弟みたいな物ですよ。一応、リンの方が年上で姉にあたるんですけどね……。」
「まあ、可愛いらしい存在で年上とは思えませんよね。それであなたは何を考えていたんです?」
「リンと出会った時の事です……。あいつも昔は結構色々な物を抱えていて、今でこそあんなに明るいですけど昔は俺達家族以外の人達には心を開きませんでしたからね……。」
「そんな事が……。」
「ええ、そして今日夢で見たのがその頃の記憶なんです。断片的なんですけど、それに思うところがかなりあって、つい……。」
「思うところとは?」
「実はリンは二人いるんです……。」
「二人?どういう意味ですか?」
「今、俺達と共に過ごしているリンは俺の強い思念によって神器から生まれた存在なんです。」
「神器から生まれた……そんな事が起こるのですか?」
「姉さんがそう言っていましたし、そしてリン自身もそう言っていましたから。」
「では、もう一人のリンとは?」
「あの火災以前に暮らしていた、妖精リンです。」
「…………。」
「今日の朝、その証拠となる写真を見つけたんです。」
俺はそう言うと、首に掛けている懐中時計を取り出しその蓋をゆっくりと開けると、小さな一枚の写真が現れる。
少し色褪せた、色彩豊かな写真……。
茶髪の小さな男の子と、オレンジ色の髪を持つ男の子より少し背の高い少女の写真。
そして、その少女の背には蝶のような羽が生えていた。
「これがもう一人のリンという人ですか……。」
「ですが、前にも言った通り俺は10年前の火災で家族を失っています。俺はこれまで、俺とリンが唯一の生存者だと思っていました……ですが、今いるリンは俺の強い思念と神器の奇跡によって生まれた物です。つまり……この少女はもうこの世にはいないんです。」
「……そういう事でしたか……。済みません、あまりよい話ではありませんでしたね……。」
「いえ、話したら少し気が楽になりましたよ。」
「そうですか……。ハイド、もし彼女が生きていて再び会えるとしたらどうするつもりでいるのですか?」
シグレのその言葉に俺はこう答えた。
「会えるのなら、俺は会うべきだと思います。ただ、彼女は俺を憎んでいるでしょう。何故なら、彼女は俺の犯した大罪をあの場で見ていた唯一の人物でもあるからです。」
「……ハイド……まさか、あなたは……。」
シグレがそう呟き、俺の言葉の意味を必然的に理解した。
「……。」
シグレの言葉に俺は何も答えない。
それが、全ての答えとなっていた……。




