エピローグ 後編
帝歴403年10月22日
その日の正午、ラウはシファとリン、そしてシンと昼食をとっていた。
「聞いてよ、ラウ……。シンたら、私の弁当に肉を入れてくれないんだよ……。」
「栄養の偏りを無くす為です、我慢して下さいシファ様……。」
「ラウ、私にも弁当分けて。」
シファの隣でパタパタと飛んでいるリンがラウに声を掛けると、ラウは自分の弁当をリンの方へ寄せた。
ラウの承認を得たリンは、ラウの弁当からおかずを一つ取っていく。
「……やっぱりラウの作るのは美味しいね。」
「……手間の掛かる奴等だな……。」
「ちょっと、ラウ聞いてるの?」
「くだらないやり取りだ、そんなに肉が食いたければ自分で作れ……。」
「……ちょっとラウ、それは流石に……。」
リンがラウの言葉に指摘をすると、
「ラウ様……シファ様に料理をさせるのは不可能だと思います。」
「どういうことだ?」
「…………。」
ラウの視線がシファに向かうが、シファはそれに俯いて何も答えない。ラウの疑問に対して、シンが答えた。
「シファ様は、料理が出来ません。以前、自分で料理を作らせた事がありますが、あれは私の手には余る程です……。」
「……そうか……。」
ラウはそれを納得したのか、寄せた弁当を自分の元に戻して黙々と昼食を再開した……。
「ちょっとラウ、もう少しは私を気遣ってよ……。」
「シンの手に負えないのなら、私には何も出来ない。食事を作って貰う身分ならそれくらい我慢しろ。」
「うぅ……正論だけど、流石に酷いよ……。」
そんなやり取りをしながら彼等の昼食の時間が過ぎていく。
●
その日の放課後、ラウ達は喫茶店で時間を潰していた。
「シファ、聞いているのか?」
「……っ?」
黙々と美味しそうにケーキを食べているシファに対して、ラウは……。
「真面目な話の為に呼んだのは、シファお前だろう?何故、呼び出したお前が呑気に菓子を食っている?」
「別にいいでしょ、授業の間ずっと頭を使ってたんだからさ。」
「なら早く食べ終えるか、一度その手を止めろ。時間の無駄だ。」
「分かったよ……全くせっかく美味しいケーキなのに……。」
そう言うと、シファは食事の手を止め鞄から少し分厚い書類を取り出す。
「私独自のルートで調べた、帝国に関する書類だよ。内容は、グリモワールに関する物と、神器に関する実験と研究について……。」
「これを渡す為に呼び出したのか?」
「三分の一くらいはね、まあここのケーキが食べたかったから呼んだのも三分の一くらいだけど……。」
「……。」
「それは置いて。で、ここからが本題だよ。まあ、この資料が関係無い訳では無いんだけど……。」
「どういうことだ?」
「サリア王国、及び連合国が近い内に動き出すかもしれない……。」
「サリアを含む例の四国か……。」
「うん、近年この学院で不穏な動きがある事を突き止めたの。主な内容としては、神器の人口的に製造し大量生産を目論んでいる事……。」
「ローゼンとかいう奴がその一人であろう?」
「そうだね、でも多分彼だけでは無いはず。恐らく学院の何人かは、その組織に協力しているだろうし……。」
「主犯は分かっているのか?」
「証拠不十分だけどね、アルクノヴァっていう人がその製造に深く関わっている事は確かだね……。」
「なるほど、あり得る話だな……。」
「知っているの?」
「無論だよ。奴は私を造ったノエルと対立関係にあった人物だ。ノエルはグリモワールの研究を進めた事に対して、アルクノヴァは神器に関する研究を進めたんだからな。恐らく、今回の件で神器の製造が関わっているのなら第一容疑者として最初に奴が浮かぶ……。」
「なるほど……。」
「一つ聞きたい事がある、奴が神器の研究を進めていたとしてだ。研究対象として何らかの神器を使用している事は確認されたか?」
「……ええと、そこまではまだ……。私も全部が分かる訳では無いから……。」
「そうか……。」
「何か気になる事でも?」
「少し調べていたんだよ、この2日で近年の神器に関係するような世界中の事件を手当たり次第に当たった。そして、俺はある可能性に辿り着いた……。」
「可能性?」
「ああ、信憑性は余りに低いが事実であればある程度の辻褄が合う。」
「どういう事なの、ラウ?」
「十年程前、天人族から神器が盗まれたそうだ。しかし、その約一ヶ月後天人族と思われる遺体がセプテント北西部にて発見された。遺体は何者かによって殺された形跡は無い……。そしてその三ヶ月後、セプテント南西部にて爆発事故が発生した……。」
「まさか、それって……。」
「学院はその盗まれた神器を保有している。だが話はそれで終わりでは無い。」
「終わりでは無いって……まだ続きがあるの?」
「セプテントでの爆発事故の際、その研究施設から巨大な火柱が上がったと記録には残っていた……。」
「巨大な火柱……。」
「天人族の管理していた神器の銘は?」
「えっと……確か……プロメテウスだったと思うよ。よく式典とか儀式で使う聖火の種火だから。あれ…でも火柱って……ハイドの……。」
「ようやく私の言いたい事に気付いたか?」
「いやでもあり得ない、学院からサリアまではかなりの距離があるよ……それを船を使わずに行くなんて事は……。」
「方法は定かでは無いが、大陸を渡ったのは事実だろう……。そして恐らく奴こそが、例の事件を起こした犯人である可能性が高い……。」
「っ……。」
「事故についての記録をまとめたのは?」
「クラウスだよ、あの場に一番早く向かったのは当時、手の空いていた彼だから。」
「そうか、ならば一度クラウスと話す必要がある……。」
●
帝歴403年10月24日
暗い部屋の一室に、一人の訪問者が現れる。
「最近、ずいぶんとしおらしいのね……。」
扉が開き訪問者は声を掛けた。
聞こえたのは、少し無機質で感情を感じない女性の声。
逆光故に、その姿は分からないがその部屋の主は訪問者が誰なのかを理解していた。
「……お前か……。相変わらず、空気の読めない奴だよ。」
「例のノエルに造られたって人物に負けた事?」
「そうだよ……。」
「そう、負けたのね……。」
「用が無いのなら、さっさと出ていけ。お前のような奴が来るところでは無いだろ。」
「用はあるわ。マスターからの命令、一度手合わせをするように言われた。」
「なるほど……呼び出しを受けたか……。」
「それと、あと一度あなたが私に敗北した場合処分が決定するらしいわ……。」
「……一度きりか……。いいよな、お前は優等生……その上マスターの一番のお気に入りだからな……。」
「……。」
「お前は何も思わないのか?毎年のように、俺達のような者達がまるでオモチャのように扱われる事に……。」
「……何も思わないわ……敗北すれば私達の価値はそれまでだもの……。そして、ある程度の猶予があるあなたと私はマスターにとって何らかの必要性がある事でしょう、私達の処分をためらう程の何かが……。」
「…そうだな……。」
二人は部屋を出ると、訓練施設へと向かった……。
黒と白の混ざった髪の男、ローゼンは自分の後ろにゆっくりと付いてくる者に声を掛けた。
「付いて来いよ、また迷子になるのは御免だからな。」
ローゼンの振り向いた方向には、オレンジ色の髪を揺らす長髪の女性……。
その背には蝶のような羽根を生やしており、その首には赤い菱形の石がはめ込まれた首飾りを身に付けていた。
●
白く巨大な立方体の空間に、二人は立っていた。
「それで、今日のルールは何だ?」
「何でもありだそうよ、私はここを壊さない程度に抑えるけどあなたは全力で私に挑んで来て。」
「相変わらず、調子に乗っている奴だな……。」
「ローゼン、あなたが私に勝てた事が一度でもあったの?」
「…………。」
そして、試合開始を告げるブザーが立方体の空間に響き渡る。
ローゼンの魔力が上昇し、彼の皮膚に赤い基礎的模様が浮かび上がる。
「神器デウスエクスマキナ・アルファ解放……。」
ローゼンの膨大な魔力に立方体の空間が震える、しかしローゼンと対峙している女性は軽くあくびを欠いていた。
「相変わらず、ふざけやがって……。」
「……新しい技を覚えたようだけど、その程度では私に届かないわ……。」
女性の赤い首飾りが激しい光を放つ。
するとその手には、燃え盛る異型の剣が現れる。
僅かに女性の目が赤く発光しており、ローゼンに狙いが定められた……。
「っ!!」
両者の姿が消えたその刹那、凄まじい衝撃が立方体の空間に響き渡る。
凄まじい衝撃が立方体の壁に発生した……。
そこには酷い火傷を負ったローゼンの姿……。
たった数度の立ち合いによって、両者の戦いに決着が付いていた……。
「っ……くそ……何でだよ……どうして俺が……。」
ゆっくりと女性はローゼンの元に近づき、炎を纏ったその剣をローゼンに突き付ける。
「弱いわね……あなたも所詮はその程度の存在だった……。」
「……俺はまだ負けて……。」
「諦めの悪いのね……。あなたは私に勝てない、それをどうして理解出来ないの?これまで何度も私に負けていたのに?」
「…………。」
「学院最強と呼ばれた者……でもあなたは私に一度も勝てなかった……。」
「俺はまだ負けていない!!」
ローゼンはその膨大な魔力で強制的に、傷を治しその右手に漆黒の剣を出現させる。
そして、その剣は女性に向かって斬りかかっていた。
「……無駄よ……。」
剣が女性に触れるその瞬間、ローゼンの剣は跡形も無く完全に消え去った……。そして彼女から放たれる膨大な熱量に、ローゼンの剣を握っていた左腕が焼失した……。
「っ……!!」
「あなたに、私の炎は消せないわ……。」
「っ!!」
ローゼンは自分の左足を剣に変え斬り込むが、それも彼女から放たれる熱量に焼失してしまった。
立つ事もままならなくなったローゼンは、そのまま床に叩き付けられる。
「……お前如きに……。」
「…………。」
女性はローゼンの言葉を聞くまでも無く、無感情にその首を跳ね飛ばした……。
ローゼンの首亡き亡骸を数秒眺めると、
「マスター……ローゼンの処分、完了しました。後の処理は任せます。」
そう言って女性はその部屋を後にした。
●
女性はローゼンの血によって汚れた自分の体を洗い終えると、自分の部屋に戻っていった。
女性は自室のベッドに倒れ込み、独り言をつぶやく。
「……マスターの命令は絶対……忠誠無き者は排除される。」
「……この場所で生きる為には、私は勝ち続けなければならない……。私の目的が果たせるまで……。」
「その為なら、どんな罪でも私は背負う……それが私に出来る唯一の償い……。」
「………。」
女性は枕元に置いてある、古びた銀時計を手に取り祈った……。
《ハイド……あなたに殺される為なら、私はどんな罪でも背負い続けるよ……。》
彼女の狂気じみた願いを知る者は誰もいなかった……。




