炎の剣に全てを掛けて
帝歴403年10月20日
オキデンス、西の荒野にて二人の人間がそこにいた。
「随分派手にやっているな……。」
男の遥か向こう、首都ラークで繰り広げられる戦いの余波がここまで伝わっていた。
「そうですね、恐らく彼等の作戦の内でしょう。」
「こちらとしても都合がいい。注目がそちらに向けば、我々の存在が目立たずに済むからな。」
「そうですね……。」
「シルビア、彼女の身柄は?」
「こちらから少し離れたところに隔離しています。あなた方の戦いが終わりましたら身柄を返却する事になっていますから。」
「ここは危険だと忠告したはずだ………。」
「これは彼女の意志です、あなたの戦いの行方を見守る為に彼女が出した結論です。私が彼女の護衛に付けば問題ありませんが……しかし、彼が何の作戦も無しに来るとは思えません。恐らく、過去の私やシン……あるいはシファ・ラーニルが攻めて来る可能性があります。」
「オキデンスの八席を向ける可能性も高いだろう。」
「そうですね……。」
「その時は私が何とかする、まだ寿命には余裕がある、あと一度クロノスの深層解放が使えるだろうからな……。」
「ですがそれは……。」
「今度使えば確実に死ぬだろう。だから、元からあるヘリオスだけで対応するしかない。そうなると、この辺り一帯は更地どころか溶岩の海に変わるかもしれない……。」
「……。」
「彼女はこの件に無関係な一般人だ。無駄な犠牲を出したくはない。」
「分かりました、しかし可能な限りは見守らせて頂きます。」
そう告げ、シルビアは去って行った。
「さあ、来るなら来い……ハイド。」
●
端末の中継を俺は眺めていた。
闘武祭決勝、ラウ・クローリア対ローゼン。
学院最強と、無銘の新人との戦いに学院全体が彼等の戦いの行方を期待していた。
しかし、俺はその戦いに興味は無い。
俺のやるべき事は、ただ一つ。
クレシア・ノワールを奪還し救い出す事だからだ。
現在俺は病室の退院手続きを終え外に出ていた。
端末で現在の位置と方角を確認する、西の荒野はこの場所から西南西の位置にある事を確かめた。
「ハイド……。」
声の方向を振り向くと、そこにはルーシャがいた。
彼女は姉さん達と共に試合の観戦をしているはずだった……。
「ルーシャ、どうしてここに。」
「……行く前に聞きたい事があるの……。」
「何です?」
「クレシアの事を思い出した事……本当なの……?」
「ああ、全て思い出したよ。彼女の事を……。」
「……そう……。」
「だからさ、今度は俺が会いに行く。」
「……うん。」
俺はルーシャに自分の端末を手渡す。
「これを預かっていてくれ、これから始まる戦いの邪魔になるからさ。」
「……。」
「必ず連れ戻してくる。」
「はい……二人の帰りを待っているから。」
そして俺は向かう、クレシアを取り戻す為に……。
●
10月20日 正午
「……来たか。」
突如凄まじい衝撃が西の荒野に響いた。
「お前が……例の未来から来た奴の一人か……。」
空から炎を纏って爆発とと共に現れたのは、ハイド・ラーニル。
約束の時刻通りに彼は現れた。
彼の目の前にはフードを被った長身の人間。
体付きから男……そしてただ成らぬ威圧感を放っていた。
「素顔を出したらどうだ、その状態で戦える程俺は弱く無い。」
「自信過剰だな、ラウに以前言われた事を忘れたのか?」
「……いやしっかりと覚えているさ。」
「……まあいい。」
長身の者はフードを取る、現れたのは茶髪の男。
その姿は、ハイドの成長したその姿を彷彿させる顔だった。
しかし、今の彼とは違い幼さを一切感じさせない程達観した顔つきだった。
「……気味が悪いな、自分が目の前にいるのは……。」
「同感だ、シルビアの気持ちが僅かながらに理解出来る。」
「一応聞くが……何の為に俺を呼び出した?」
「君たちの予想通りだと思う。過去の自分に私の記憶を引き継がせる為に、今の私には時間が無いからな。」
「記憶を引き継がせたら、今の俺はどうなる?」
「大して変わらない。変わるのは、私の戦いの経験と記憶が引き継がれるだけだ、肉体に何かしらの後遺症は残らない。」
「なら、わざわざ俺をこんな場所に呼び出す必要は無いだろ?」
「そうだな、この為だけに過去の自分を呼ぶはずが無い。」
「………。」
「私と一騎討ちをしてもらう……。神器の使用ももちろん許可する。その為にわざわざこの日にしたんだからな。」
「何の為の戦いだ?」
「今の俺が全てを託せる程の器か……俺自身を見極める為の戦いだよ。」
「そうか……。」
「俺はな、自分が憎いんだよ……。守ると誓ったその人を救えず、何度も何度も地獄を見てきた……。」
「……。」
「目の前で多くの人が死んだ……十剣や各国の神器使いが紙くず同然に葬られ……多くの人が死に絶えた。」
「……。」
「……俺は……騎士であろうとした。大切な人達を守ろうとした……だが全て目の前で無惨な死を遂げた。ここに至るまでに俺は多くを失い過ぎた……。」
「……。」
「屈辱だよ、今の自分がどれだけ無力か……。それで過去の自分にまで頼らなければならないなんてさ……。」
「守れなかった……それが、俺の後悔なんだな……。」
「……だからせめてここで終わらせる。この最悪の連鎖を断ち切る強さが必要だ。お前がその強さを持てる器か、この俺を越えて証明しろ!」
「……それだけか……お前の戦う理由は……。」
「何?」
「……俺は弱いさ、何度も何度も助けられてばかりで……。騎士としては情けない程弱いさ……。」
「……。」
「だがな、俺はそんな自分を騎士だと胸を張ってくれた人がいてくれた!自分一人で背負う必要は無いと言ってくれた人がいてくれた!そして、血の繋がりが無くとも家族だと言ってくれた人がいてくれた!」
「……。」
「俺はそんな人達を絶対に失わせはしない。例え自分が立てなくなろうとも何度だって、俺は何度だって抗って見せる!!」
ハイドは神器である腕輪を空に掲げると、凄まじい炎がハイドを包み込んだ。
炎の塊が弾け、現れたのは異型の炎を纏った剣を携えた存在。
神器の力を完全な形で解放した者の姿だった。
「……それが、今の俺が出した結論か……。」
長身の男も同じく腕輪を掲げる。
ハイドと同様に灼熱の炎に包まれた。
炎が弾け、現れたのは目の前に対峙するハイドとは違い僅かに青みがかった炎に包まれた存在だった。
そしてハイドとは違い、その背には炎の翼が存在している……。
「始めようか、俺の最後の戦いを!!」
そして両者が動き出した瞬間、凄まじい炎の爆発が巻き起こった。
●
ハイドの戦いが始まったその頃、シファ達はラウの戦いを観戦していた。
激しい戦いが繰り広げられ、かれこれ三十分以上続いていた。
会場の熱気は凄まじく盛り上がりは勢いを増していた。
「シファ様、もう始まっているんですよね……。」
「そうだね、でも大丈夫。今の彼を信じてあげて。」
「ですがシファ様、今心配するのは目の前のラウさんでは?もうずっと戦い続けて体力の限界が近づいているのでは……。」
「それは大丈夫だと思う、彼は自分の役目を理解した上であれだけ激しい戦いを続けているから……。」
「……この作戦で、一番の負担になっているのは彼なんですよね……。どうして彼は、見ず知らずのクレシアの為にそこまで………
。」
「クレシアの為では無いよ……。彼は自分の役目を果たすだけ、それに私情は関係無いから。それに、この作戦は彼が戦闘を続けているだけ続けられる物だよ。」
「シファ様……それは……。」
「まあ、向こうの魔力の量はこちらとは桁違いに多いかな……少なくともラウの数倍くらいだと思うけど……。」
「数倍って……そんなの人間の持てる最大値を大幅に越えているんじゃ……。」
「そう……だから彼はラウと同じような存在なの……。それは今関係無い。彼女を救えるかどうかは、あの二人とハイドに掛かっている事に変わりないから。」
●
「「っ!!!」」
炎の剣が衝突するごとに凄まじい炎の爆発が巻き起こる。
高速で織りなされる剣技はまるで合わせ鏡のように繰り広げられ、それで起こる爆発もほぼ左右対称になっていた。
「この程度か、今の俺は!!」
彼の放った一閃でハイドの体が吹き飛ばされる。しかしすぐに持ち直し再びハイドが反撃に向かう。
「……っ!!」
高速の剣技が、もう一人のハイドに放たれる。
彼の放つ高速の剣を、彼は容易く受け止め続け尚そこから反撃の手をいれていく。
しかし、それにハイドは応戦しその攻撃を弾いていく……。
互いの全力がぶつかり合い、炎の爆発は激しさを増していた。
《やはり……読まれているか……。》
相手が自分である故に、互いの手は読まれていく。
凄まじい速度で織りなされている剣技であっても、互いの動きはお互いに完全に読めており均衡状態が続いていく。
《速度を上げるか……。》
ハイドの速度が上昇すると、向こうの彼も加速する。
すぐ速度は追いつかれ互いの攻撃の手は激しくなる一方、両者に僅かながら焦りが生まれる。
《どうする……速度にはまだ余裕がある……だがまた追いつかれるのが目に見える……。このまま戦っていれば、俺はいずれ勝てる……だがそれでは意味が無い。全力で奴が戦える状態で俺が勝たなければ意味が無い!!》
ハイドが魔力を上昇させ、炎の出力を倍近くまで引き上げる。
「っ!!」
炎の爆発が更に激しくなり、大地が震える。
剣がぶつかり合うごとに、彼等の周りの大地そのものが揺れ始めた。
「……まだだ!」
剣が激しく衝突し、炎の爆発が響いた。
「その程度で俺は超えられない!!」
ハイドが魔力を引き上げたように、彼も魔力を高める。
炎の熱量が更に高まり、彼の皮膚が僅かに剥離を起こし始めていた。
青が混じり、更に炎に包まれたその姿はまさに炎の化身……。
この世界を照らし、大地を焦がす灼熱の太陽そのものだった……。
「っ……。」
「見せてやるよ、俺の全てをこの剣に込めて!!」
目の前の男が剣を構え直した、重心を降ろしハイドを見据える。
辺り一帯が一瞬震えた、膨大な魔力故に世界そのものがとうとう震え始めた。
「耐えて見せろ、お前が真の騎士ならば!!」
世界が震える、莫大な熱量が彼の剣に集中していく。
激しく光を放ち、その炎の輝きがとうとう太陽の光を越えたその刹那……。
一瞬の煌めきがハイドを貫く……。
その背後に彼は既に剣を振り終えていた……。
「ヤマト流剣術……山茶花……炎獄。」
「っ!!!」
その瞬間、荒野に灼熱の炎の華が咲いた……。
地獄を思わせる、灼熱の大火は彼によって大輪の華に変わっていた……。
その炎の元はハイド……、炎の神器の契約者である者に放たれた渾身の一撃……。
一撃の後、彼の意識が一瞬失いかけるがすぐに持ち直す。
「っ……。」
彼がふらつき膝を付きかけたその刹那、背後で咲き誇る炎の華が吸収されていた……。
吸収された炎はハイドの剣に全て集中されており、その魔力は彼の魔力と己の魔力が合わさり更に膨大な魔力の塊と化していた。
「っ何…!!」
「これで終わりだぁぁぁ!!!!」
振り下ろされた炎の一閃……。
その炎は彼に直撃し、更に炎は直進しけたたましい爆発を放ちながら空の彼方へと放たれた。




