抗いその果てに
帝歴403年10月16日
「降伏か抵抗、お前はどちらを選ぶ。」
目の前にいる白い長髪の男に、俺は圧倒的実力差を見せ付けられていた。
俺がこれまでに与えた攻撃全てを返され、傷を受けたのは俺だけ……。奴は完全な無傷でおり、俺に降伏か抵抗を続けるのか……その選択肢を与えた。
「……っ。」
俺の全身には先程奴に返された攻撃の傷がある。あまりに多過ぎる切り傷故に、一つ一つが浅くともその血は止まらない。
長期戦はほぼ不可能という状況だ。
正直、ただ立っているだけでもかなり苦しい……。
「体力は既に限界が見えている……それでもまだ続けるのか?」
「…………。」
どうする、魔力の残りは保って五分……。後先考え無ければ七分前後だろうか……。
せめて、一太刀……。奴に一撃を与えなくては俺に敗れた人達に申し訳無い……。だから……俺は……。
「抗ってやる……。俺が立っていられる最後の一瞬まで!!」
俺は剣を構える。
やるしか無い……。
……奴に一撃が届かないのなら届かせる。
炎が何だ……奴の剣を断ち切れ無い程この炎は弱いのか……。
だったら燃やせ……剣を燃やしてでも、己を燃やしてでも……全てが灰になるまでこの炎は燃え続ける……。
恐怖が何だ……そんな感情など燃やしてしまえ……。
全てを炎の糧に変えて、奴に一撃を与える。
思考がそこに至ると……俺の全身が炎に包まれた。
●
目の前の光景が変わる……体が宙に浮いているような不思議な感覚……。
灼熱の炎が目の前に広がる……俺をこれまで苦しめた忌まわしい炎の記憶がなだれ込む……。
ただ、それはいつもと違い様々な記憶が流れていた。
サリアの屋敷、姉さんのお屋敷で暮らした日々の記憶……。
学院に来て、様々な人達と出会った記憶が……。
俺を騎士と認めてくれた、ルーシャとの記憶が……。
そして、俺の感情を背負うと約束したクレシアとの記憶が……。
俺のこれまでの記憶が、走馬灯のようになだれ込んでいた。
何故だ、何故恐怖でしか無かった炎に様々な感情が入って……。
その思考に至ると目の前に何かが現れる。
一振りの剣だった……それは俺が神器を使用した時に現れる炎の剣だ……。
「どうしてこれが?」
剣は俺の目の前で静止した。
「…………。」
剣は俺が剣を手に取る事を望んでいるように見える。
答えは決まっている。
俺は抗うと決めた、例え勝ち目がゼロに等しくとも最後まで戦い抜くと……。
そして俺は剣を手に取る……。
世界が炎に包まれた。
●
ハイドの姿は炎の柱に包まれ完全に見えなくなっていた。
その熱は凄まじく、石床すらも溶解していた……。
柱からはこれまでとは比較にならない膨大な魔力の塊……、それは世界があの炎の柱に震えていると思わせる程だった……。
「戦いの中で成長したか……ハイド。」
炎の柱が弾けた……現れたのは赤い炎を思わせる髪の男。
その手には燃え盛る炎の剣……。
炎は全身に及ぶかのように燃え盛っており、炎の衣と化していた。その炎は僅かながら青く燃える物もあり、その熱量の凄まじさが分かる。
「……成長……そうかもしれないな……。」
「深層解放、それが神器本来の力だ。」
「…深層解放……。」
「契約者から解放者へと変わった感想はどうだ?」
「……一つ確かなのは、これでお前と同じ場所に立ったという事だけだ。」
「……調子に乗るのは勝手だが、過信のし過ぎだ。」
「過信かどうかは、闘えば分かる。」
気付けばハイドに刻まれた無数の切り傷が治っていた。
彼の纏った炎が、自身の傷を治している事にラウは多少の警戒心を抱く。
そして両者が動き出した。
凄まじい速度で動き出した両者の姿は消え、剣技のぶつかり合う音……そして炎の剣が起こした灼熱の炎の塊が広がっていく。
剣がぶつかり合う事に、炎は爆発の如く広がる。
「っ……!」
熱量が凄まじく、ラウの体に違和感が起こり始めていた……。
「……っ!」
ハイドの、攻撃をいなし態勢を崩させる。一瞬の隙を見計らい距離を取った。
「……使い物にならないか……。」
ラウの右腕は黒く染まっていた。そして、その黒い腕は木くずのように崩れ、その手に握られた漆黒の剣が床に落ちる。
見れば、ラウの皮膚は全身に僅かな火傷を負っており腕に至っては左腕も右腕と同じように黒く染まっていた。
「なるほど、確かに契約者と解放者の力の差はかなりの物だ……。まともに戦うのは流石に無理があるか……。」
突如、ラウの右腕のあった位置から黒い魔法陣が出現するとそこから彼の右腕が瞬時に再生する。
落ちた剣を拾い上げ、ラウは剣を構えた。
「全力を尽くす……お前はその覚悟だったな……。」
「…………。」
「大切な存在の為に戦う……それがお前の理由だったな……。」
「…………。」
「私にはその理由は無い。戦い勝つ事だけが、私の存在価値だからな……。」
「…何が言いたい?」
「さあな……。」
ラウの魔力が上昇する。黒い魔力がラウの体から溢れ、禍禍しさを感じさせた。
ラウの目が真剣そのものに変わり、ハイドを見据える。
「私の全力を持って、お前の力を否定する。」
ラウが左腕を掲げると、漆黒の魔方陣が再び出現。そこから最初に使用していた黒い銃が現れそれを手に取る。
「全力で相手をしよう、お前が抵抗を続けるのならば……。」
そして、両者の剣が交錯した……。
●
両者の戦いをルーシャ達は端末の中継から見守っていた。
そこにはシファの姿もあった……。
「シファ様、ハイドのあの力は一体?」
「……深層解放、またこの目で見るなんてね……。」
「深層解放……。それは一体何なんですか?」
クレシアの言葉に、シファは答える。
「深層解放は神器の力を最大限に引き出す力……。その力を使えるのは歴代の神器使いの中でも数える程しか出来なかった……。その力を扱える者は解放者と呼ばれ、神器使いとは比較にならない程の力を持つ事が出来る。でも……。」
シファは間を空きゆっくりと話を続ける。
「深層解放はその強大な力の代償に浸食という呪いを受ける。浸食が全身に至ったその瞬間、解放者の命は尽きる……。」
「っ……それって……。」
「大丈夫、ラウにはその説明をしている。そして一度の使用で浸食は対して受けないからハイドも大丈夫…。」
「あの……シファ様、解放者と呼ばれる存在は現在何人居られるんですか?」
「……私と彼の二人だけだよ……。深層解放を成し遂げた十剣は歴代でもあの英雄くらいだしね……。それが世界だとしても、歴代の契約者に一人いれば多い方だから……。」
「……じゃあ今のハイドは……。」
「今の彼は、十剣の誰よりも強い。」
●
高速の戦い、天災に等しい力のぶつかり合いが繰り広げられていた。
「っ!」
ハイドの剣がラウに向かう、しかしラウに命中する直前ラウの体が後ろにずれる。
ずれたと同時にラウは左手の銃を構える。
「演算完了……。」
銃から鮮血を思わせる真紅の光が飛び出す。
光はハイドの体をすり抜けると、命中した場所に真紅の魔方陣が現れた。
「っ!」
「再演算開始……。」
ハイドはそれに構わずラウに詰めかかる。
「まだだっ!!」
ハイドの剣が彼の右手にある漆黒の剣を薙ぎ払う。
ラウの剣は容易く断ち切られ、切り落とされた刀身が宙を舞った。
「っ……。」
「っ!!」
炎と化したハイドの猛攻をラウは左手に持った銃を器用に扱いいなし続ける。
しかし、ほぼ完璧に立ち回ったとはいえラウに一瞬の隙が出来る。その一瞬を見逃さず、ハイドは斬り込む……しかし。
《っ消えた……。》
ハイドの攻撃は空を切る。
ハイドが斬り込んだその位置には既にラウの姿は無く最初からその存在が無かったかの消えていたのだ。
「グリモワール解放、対象を捕捉……。」
「っ!」
ハイドの後方に、両手で銃を構えたラウの姿がそこにあった。
そして、膨大な魔力の光が放たれる。
その光ハイドに向かっていく……。
ハイドは回避を試みようとするが、その威力は凄まじく後方の観客達を巻き込むと判断、故に彼は剣を構え迎撃を測る。
凄まじい光と炎が衝突し、爆発が起こった。
爆風は凄まじく、両者を囲っていた結界がとうとう限界に達し崩壊する。
災害にも等しいそれに、会場が恐怖に包まれていた。
●
「…………。」
両者の戦いの凄まじさに、中継を見ていたルーシャ達は言葉を失っていた。
シファは平然と見守っているが、ルーシャ達に至っては言葉を失っている。
「大丈夫だよ……このくらいじゃあの子は死なないから……。」
「シファ様……。」
シルビアの言葉に対し、シファは冷静に答える。
「あの子は強い……私の思っている以上にね……。」
そして端末の画面にそれは現れる。
炎の剣を携えた彼と、長髪の男の姿が映っていた。
●
「耐えたようだな……。なるほど、契約者とは明らかに違うようだな……。」
「みたいだな……。あの威力では以前までの俺であれば確実に死んでいたはずだ……。」
そしてハイドが一気に斬りかかる。
しかしそれは、容易くラウに受け止められる。
再び高速の剣技のぶつかり合いに移るが、ハイドの攻撃は全て容易くいなされていく……。
剣技の速度が上がっていく、高速の攻防戦が繰り広げられる。
ハイドの攻撃は全てラウに見切られているが、その攻撃を受け止め続ける事に、火傷を負っていく。
「っ……。」
僅かながら、ラウは押されていく。ハイドから放たれる熱量があまりに凄まじく、近くにいるだけで火傷を少しずつ負っていくのであった……。
そして、確かな金属音が会場全体に響く……。
宙に舞う漆黒の影、それはラウの握っていた剣の刃であった……。
「っ……!」
ハイドの剣がラウに迫る、炎の剣がラウの左腕を捕らえ断ち切った……。
ハイドの勝利に思われたその刹那、再びハイドの目の前の世界が色を失う。ゆっくりと時間が動くその瞬間をただ眺める事しか出来なくなっていた。
《俺の周りの時間を止めたのか……。》
ハイドの予想は当たっていた。彼の周りの時間だけ動きは確かに止まっているが彼自身の思考だけは動いている……。
《奴はまだ完全に時間を操れる訳では無いのか……。》
しかし目の前の光景にハイドは、驚愕する。
断ち切ったはずの剣先と左腕には漆黒の魔方陣が現れ禍々しい赤と黒の光を放ちながら融合していたのだ。
片腕を失いながらも、平然と戦いを続行する彼の様子にハイドは一種の恐怖を感じた。
《嘘だろ……自分の片腕を魔術の媒体に使うなんて……。》
ハイドの思考に、ラウの試合の光景が過ぎった。決勝の初戦にて奴はカイルとの戦いにおいて自分の腕を引きちぎり魔術の媒体に使用していた事を……。
《いや……だが何故自分の腕を媒体にする必要が……。》
そして禍々しい光が弾けると、そこから現れたのは漆黒の刃を持ち青白い炎を纏った大剣だった。
そして、ラウの左腕に黒い魔方陣が再び出現。魔方陣からは漆黒の何かが出現し形を形成していく、それはやがて完全な人間の腕の形に変わるがその色はあの剣のように漆黒に染まっており、腕には規則的な溝が掘られている。
そしてハイドの周りの時間が動き出す。
その目の前には漆黒の大剣を構えたラウの姿だった。
「っ!!」
ラウの大剣がハイドの剣にぶつかり合う、凄まじい衝撃が会場全体に響きハイドの体ごと吹き飛ばした。
空中に吹き飛ばされたハイドは態勢を整えようとするが、その時視界に影が入り込む……。
「……遅い……。」
「っ!」
ラウはハイドを空中で追い打ちを仕掛け、大剣を振るった。
ハイドはそれを辛うじて剣で受け止めるが……。
妙な音がハイドの腕から響き、彼はそのまま地面に叩き付けられ、会場全体に再び凄まじい衝撃が広がった。
ラウがゆっくりと地上に降りたち、ハイドの落ちた位置を見据える。
「……限界だな……。」
ラウの呟いた先には、倒れ伏すハイドの姿……。
ハイドは震えながらも辛うじて立ち上がろうとするが、上手く立てずに倒れてしまう。
「……っ。」
再びハイドは立ち上がろうとする。
剣を杖のように扱い、立ち上がったが右腕はぶら下がっており左腕で剣を杖のように持っていた。
「……まだ、戦える……。」
「往生際が悪いな……お前は……。」
全身が既に満身創痍のハイドは、左腕で剣を持ちゆっくりとラウに向かっていく……しかし2メートル程の距離になって再び倒れる。
「っ……俺は……まだ……。」
ハイドの体は既に限界を超えていた、右腕の骨は折れ足の骨にも先程の衝撃によりヒビは確実に入っていてもおかしく無い状態だ。
それでも尚、ハイドは這ってでもラウに向かっていく……。
その様子に会場は騒然としていた。
そして、ラウが這ってでも向かうハイドに炎を纏った大剣の矛先を向ける。
「…………。」
しかし、それに気付いていないのかハイドそれでもゆっくり確実に向かって来る。
「その体で何が出来る……。」
「……。」
その瞬間、ハイドが纏っていた炎の衣が消えた……。
「俺はまだ負ける訳には行かない……大切な存在を守る為にこんなところで負ける訳にはいかない……。」
ハイドは再び立ち上がろうとする、ふらつきながらも彼は立ち上がりラウを見据えた。
「だから……俺は……。」
ラウは大剣を降ろし、左手をラウに向ける。
すると衝撃破が起こり、ハイドの体が紙のように吹き飛んだ……。
既に限界の彼に対して放たれた無慈悲な攻撃。
ハイドの体は地面に叩き付けられ転がるように吹き飛んだ。
「っ!」
しかし、それでも尚ハイドは立ち上がろうと足掻く……。
だが、彼は立ち上がる事は出来ない……。片腕しかまともに動かない体、その足の骨は折れており立ち上がる事が叶わない。
「何で…だよ……。どうして動かないんだ……。」
彼の言葉に、その体は応えない。
そしてハイドの元にラウの足音が近付いて来る。
「まだ諦めないのか……。」
「…………。」
「これ以上続けるのなら、お前は確実に死ぬだろう。」
「……だろうな……。」
「…………。」
「何故か動いてくれないんだよ、俺の体のはずなのに俺の言うことを利かないんだからさ……。」
「実力の差は既に明白だった、なのにお前は戦いを続けた。」
「…………。」
「何故お前はそこまでして戦った?」
「……守りたい物の為なら俺は何度だって立ち上がれる、それだけだ。」
「………理解出来ないな、私には。」
「理解されようなんて思ってないさ……。」
「……。」
「……悔しいが負けを認めよう……。次戦う時は必ず勝って見せる……。」
「…………。」
それから倒れた彼に対してラウは話す事は無く、無言で通り過ぎて言った。
そしてハイドは救護班に寄って救助され、早急に病院へと送られたのだった……。
闘武祭準決勝第一試合。
勝者ラウ・クローリア。




