絶対的実力差
帝歴403年10月16日
首都ラークの第一闘技場、この日会場は凄まじい熱気で溢れていた。
闘武祭準決勝第一試合、ラウ・クローリア対シラフ・ラーニル。歴代においても初となる、オキデンスからの出場者同士の戦いに、この戦いの注目は集まっていたのだ……。
そして、俺の目の前には対戦相手であり敵対関係にあるラウがこちらを見据えていた。
「…………。」
「随分と落ち着いているようだな、ハイド。」
平然と俺に話掛ける黒髪の男、その様子から俺は奴の方が余裕があるように思えた。
「……ラウ、お前は何の為に闘武祭に出ている?」
「優勝者に与えられる、何でも一つ学院へ要求可能な権利だ。帝国に関する書類のアクセス権限を貰うつもりでいる。」
「帝国に関して、何故そこまで知ろうとする?」
「……私の存在理由、それがある可能性を確かめる為だ。」
「存在理由か……書類なんかに簡単にまとめられたらたまったものじゃないがな。」
「……では、お前は何の為に戦う?」
「大切な存在の為に、それが俺の戦う理由だ。」
「……綺麗事だな……。」
そして試合開始を告げる鐘が鳴り響いた。
互いにほぼ当時に武器を構える。
俺の右手には炎を纏った剣……。
そして奴の両手には双銃がある。
奴の戦い方は、これまでの試合である程度は把握している。
銃により間合いを取りながら戦う基本的な立ち回りと、弾に魔術を込め様々な方位から攻撃を畳みかける立ち回り。
そして、神器の力を模倣する力。それらの力もあの銃によって弾丸と化し放たれるという常軌を逸した事を可能にする。
奴の能力は、これまでのどの戦いよりも俺にとって圧倒的に有利である事は見えている……。
この状況を覆す方法を、奴との戦いで見つけなければならない。それが俺の勝利する、ただ一つの道だ……。
「やるしかない……。」
精神を集中させ魔力を高める……。すると、淡い青の光が俺を包み込んだ。魔力が溢れ、力が増しているのを感じる。
「……グリモワール起動。対象の観測を開始、及び権限レベルを3まで上昇。」
奴の魔力が増していく、黒い魔力が奴から溢れ禍々しさを感じさせる。リノエラを敗北へと至らせた奴の力、俺の全身に緊張がはしる……。
奴が右手の銃を構える。その銃口は俺に向けられていた。
「これより、対象の殲滅を開始する。」
そして両者が同時に動き出した。
●
「演算完了……。」
ラウは双銃を構え、凄まじい速度で拳銃を撃ってくる。
「っ……!」
しかし、ハイドはそれを見切り被弾する物を迎撃し間合いを一気に詰めに掛かる。
「っ……。」
ハイドの攻撃を容易く、ラウは躱し間合いを取り直した。
すぐさま、攻撃に移りラウは銃を構える。
銃から弾丸が放たれる。それは寸分の狂いもなくハイドの左肩に命中する矢先、彼の姿がラウの視界から消えた。
「っそこか……。」
銃を持ち直し、コテのような持ち方に変えると背後から斬りかかってきたハイドの攻撃をその銃で受け止める。
「身体能力の強化か……。なるほど……少しはましに戦えるようだな……。」
ハイドから放たれる高速の連撃をラウは防ぎ続ける。
《炎の温度が予想以上に高い……魔力攻撃の無効化を可能にするだけあるのか……。》
ラウがハイドに対し蹴りを入れ吹き飛ばし、距離を取り直す。
《銃ではこちらが戦い辛い……。ならば……。》
ラウが双銃を重ねて構える。黒い魔力が双銃から溢れ禍禍しいそれに包まれる。それが弾けると、漆黒の刃を持つ片刃の剣が現れた。しかし、その形状は変わっており銃の機構を合わせているのか銃口のような物が剣に付いている。
「形状が変わった……?」
ラウの出した剣にハイドは驚きを見せる。
そしてラウが右手でその剣を構える。それに応じハイドも構える。両者が同時に動き出した瞬間、その姿が消えた。
「っ!」
「……。」
凄まじい速度でぶつかり合う剣技、ラウの剣の実力は凄まじくそれにハイドは必死に食らい付いていた。
「必死だな、ハイド。」
「っ……!」
ハイドの魔力が更に上昇、速さが数段あがりその威力も上がっていく……。
目にも止まらぬ攻撃に対し、ラウは的確に防いでいく。
「もっと速く!!」
ハイドの攻撃が更に加速、威力も更に上昇していく……。
速度は更に上昇し、以前の倍程までに引き上がっていた。
「……まだだ……俺はまだ速くなれる!!」
攻撃の速度が更に上昇、威力も更に上がっていく……。
ラウはそれでも、彼の攻撃を容易く防いでいく。
ラウは余裕があるのか、片手でハイドの攻撃を防ぎ続けていく。
《見たところ、神器の力では無く己の技のみで戦っているか……。正々堂々と戦う為か、あるいはまだ神器を扱い切れていないからか……。》
ラウがハイドの攻撃を弾き返し、ハイドを仰け反らさせる。
一瞬の隙を逃さず、ラウは追撃を与えに向かうがハイドはそれを回避し距離を取り直す。
「何の真似かは知らないが、何故神器の力を使わない?」
「……。」
「まあいい……所詮はその程度か……。」
「……そうだな、この調子じゃ絶対に勝てる訳が無いか……。」
ハイドが剣を空に掲げると、炎の柱が発生した……。
「今の俺の全てで、お前を超える……。」
覚悟を決めたハイドの表情、それにラウは応じるかのように……漆黒の剣を構えた。
「グリモワール・クロノス解放。」
ラウの剣に規則的模様が浮かび上がる。
赤い光が浮かび上がると、それはラウの皮膚にも模様は及んでいく……。
規則的模様が全身に及ぶと、その光は白銀に輝く。
そして、その黒髪すらも白銀に染まり伸びていく。
その姿はハイドに、シファの面影を彷彿とさせる。
「……姉さんの力すらも取り込んでいたのか……ラウ……。」
「取り込んだのでは無い、私が観測した神器の能力は全て私の力に変わるだけだ……。純粋な力ではオリジナルには敵わないが、神器本来の力を扱える者はそうそういない。」
「神器本来の力だと……?」
「以前戦ったクラウスという者はその力に気付いていたがその力を使える訳では無かった。あの男が私に敗北した要因はそれだけだ。」
「……つまり、お前が可能なのは神器の力をある程度まで模倣する事が出来る、たったそれだけだと言うのか?」
「その通りだ、ハイド・ラーニル。」
「何故、俺にそんな事を話した。自分が不利になるだけだと分かっているはずだ。」
「聞いたのはお前だろう、それに答えて何が悪い?そして、知られたからと言って私が負ける事はあり得ない。」
「……いつ、姉さんの神器の力を観測したんだ?あの人が学院に来て一度も神器を使用してはいないはずだ。」
「昨日、神器を私の前で使用しそれを私が観測しただけだ。」
「なんだと……姉さんがお前相手に力を使う訳が……。」
「この戦いは、お前の姉に頼まれて戦っている。全力でお前と戦うようにな……。」
「姉さんが、お前に頼んだだと……何の為にそんな事を……。」
「……私の言葉を忘れたのか?」
「……っ。神器本来の力……姉さんはそれを知って……。」
「知るも何も、彼女はこの世界において神器本来の力を自らの意思で扱える唯一の存在だ。シファは私に頼んだ理由、お前がその力を使える可能性を見込んでいるからだと私は推測している。」
「っ……。なるほど、何故かは分からないがお前と姉さんはある程度の情報を共有しているのか……。」
「……。」
「お前の目的、恐らく既に姉さんも把握しているんだろ?」
「……。」
「いや、今は関係ない事だ……。今俺の成すべき事は、目の前の化け物じみた貴様を倒す事……それが最優先だ。」
「私が貴様に負ける事はあり得ない、ただ私を失望させるなよハイド。」
「……姉さんの真意は分からない。ただ俺は、お前だけには負けられない。俺の大切な存在に害を及ぼす可能性のある存在に俺は屈してはいけない!」
ハイドが炎を纏った剣を構えた、その剣先はラウに向けられる。それに応じるかのようにラウも剣を構えた。
両者が構える、動きの読み合いに移り静寂が訪れる。
その時は、忽然と訪れた。両者が同時に動き出し、剣が衝突する。灼熱の炎が二人を囲み、互いの逃げ場を塞ぐ。
両者の取れる最大の間合いは、本来の半分程の広さに変わりその領域は既に互いの間合いに入り込んでいた。
《退路を断ったか……。》
ハイドが凄まじい速度で斬りかかる。
ラウは瞬時にそれをいなし、反撃に移るがそこにハイドの姿は無い……。
「っ!!」
凄まじい衝撃が会場全体に響き渡る。
ハイドの攻撃がラウの剣によって防がれているが、その剣は僅かに震えている。
《力が増しているのか……。》
「まだだっ!!」
瞬時にハイドが攻撃の手を加えていく、的確に防ぐラウに対し攻撃の隙を与えぬよう果敢に攻めたてる。
「っ……。」
確かな音がラウの剣から響いた。僅かなヒビが彼の持つ漆黒の剣から生まれている。
「もっと速く!!」
ハイドの攻撃の手は止まない、更に加速しラウの剣に向かい畳み掛ける。
灼熱の炎に囲まれた中で繰り広げられる、高速の剣技。
両者の試合に、会場内は歓声に包まれる。
《弱くは無い……なるほど奴が評価するだけはあるか……。》
「っ!!」
果敢に攻めるハイドに対し、ラウは冷静にその攻撃を受け止め続ける。己の剣が折れかかっていてもなおその冷静さは失われていない。
《そろそろ、いい頃合いか……。》
ラウの目つきが変わり、先ほどの冷静さが打って変わり獲物を狙う狩人の如く変化する。
その刹那……ハイドの体が逆に吹き飛ばれる。
「っ……!」
ハイドが態勢を取り直し、瞬時に立て直すと平然とこちらを見ているラウがいた。
そして、突如ハイドに無数の切り傷が出現。突然の傷故に、ハイドの態勢が崩れ落ちる。
しかし、彼の持つ剣に違和感があった。先ほどまでハイドの猛攻を受け続けヒビが入っていた剣が何事も無かったかのようにその傷は完全に消えていたのだ。
その様子にハイドは驚愕していた。
●
《もっと速く!!》
ハイドは凄まじい速度で剣技を繰り広げ、ラウに攻撃の隙を与えずに攻め掛ける。
《まだ足りない……奴に届く速さまで……!!》
炎の剣技は凄まじい威力故に、ラウの持つ漆黒の剣に確かな傷を負わせていく。
そして、彼の剣から確かなヒビが入った。
《まだ足りない!!!》
連撃は止むどころか、更に加速していく。
ハイドの耳に周りの音は聞こえてはいない、ただ目の前の者を超える為に剣を振るう。
そして確かな傷がラウの剣に入り、その刀身全体にヒビが入り込んだ。
そして、ラウの剣を断ち切りに向かったその刹那……。
ハイドの目の前の光景が、ゆっくりと流れる。周りの景色が僅かに色を失うと……目の前のラウの剣が光を放った。
防御にハイドは向かうが、体が重く間に合わない……。
そして、ハイドは彼の声を確かに聞いていた。
「圧縮再現……。」
そう呟いた彼は剣を振るう。
たった一振り、しかし剣を振り終えると刀身の傷はまるで無かったかのように消えていく……。
そして……ハイドの目の前が一瞬の煌めきに包まれた。
自分の体が吹き飛ばれた事に気付き、ハイドは態勢を取り直す。
ハイドが剣を構え直したその瞬間、その全身に無数の切り傷が発生した。
《何が……起こった……。》
切り傷は浅いが、数があまりに多く出血量が彼の予想を上回っていた。
ラウの謎の攻撃に、何も抗えなかったハイドは彼に対し驚愕と焦りの感情が生まれていた。
ハイドは剣を杖のように扱い、何とか立ち上がり再び剣を構える。
「立ち上がったか……死んでもおかしくは無かったはずだが……。」
「一体何をした……?」
「お前から受けた斬撃の事象をあの一瞬に圧縮し放っただけだ。つまり、あの攻撃はお前がこれまで私に向けた全ての攻撃だ……。」
ラウが剣をハイドに向ける。
「降伏か抵抗、お前はどちらを選ぶ。」
ラウが突き付けた選択、それは両者の戦いに決着が着く事を予感させた。




