迷い、進み
帝歴403年10月14日
「ラウ、一緒に昼食いいかな?」
その日の昼休み、シファが食堂にてラウに話し掛けてきた。
「好きにしろ。」
ラウの向かいの席にシファが座る。
「もう少し、私の事を気遣ってくれないと恋人には見えないよ。」
「そこまでする必要はない、この前シンが言っていたからな。恋人同士だからといって、常に一緒に行動する必要は無いとな。」
「そう……つまらないな。」
「勝手に一人で盛り上がっていろ…。」
「……最近、あなたの噂が多いよ。この前の試合……あまり良いとは思えないかな。」
「……アレとまともに戦うのは不利だと判断した。奴が天臨化した場合は早期決着に努めろと教えたのは何処の誰だ?」
「そうだったね……にしても驚いたよ。本当にグリモワールを扱える人間がいるなんてさ……。」
「以前の使用者は?」
「知っているのは獣人族の種族神ユミル……あの戦いにおいてオーディンの仇敵だった人物。でも結局は、グリモワールをまともに扱えずに戦っている途中で倒れ、死亡してしまったからさ。」
「……。」
「その力はとても強大だよ。だから、ずっと昔に私達が封印したはずなんだけどさ、誰かは知らないけど封印を解いて、気づけば帝国に渡り研究が進められていた。」
「……。」
「私が知るのはこれくらいだけどね……。」
「……一つ質問がある。」
「何かな?」
「ハイド・カルフについてだ。例の彼女、シルビアのような者の一人にハイド・カルフがいる可能性が浮上した。」
「グリモワールで観測でもしたの?」
「ああ……。以前、ヘリオスの神器を観測した。その近くにはクロノス、お前の神器を微量ながら観測したから見ているのだろう。更に、お前が神器を使用するとは、余程の実力があったようだな。」
「そう……ラウは知ってたんだね。」
「ヘリオスの契約者については、お前はどうするつもりでいる?我々の障害となり得るのなら、いち早く排除するべきであろう。」
「それは問題ないと思うよ。」
「何故そう言い切れる?」
「彼には、寿命が残っていないからね……。」
「どういう事だ?」
「そのままの意味だよ。私の神器と契約し、過去に遡った代償として彼は己の寿命を奪われたの。」
「奪われた寿命は取り戻せるのか?」
「それは絶対にあり得ないよ。神器によって奪われた代償は決して戻る事は無いからね……。」
「そうか。それで、奴の目的に検討は付いたのか?」
「たった一つの仮説にはね……。」
「……。」
「同じ時間軸に、同一の神器が存在する事は本来決して起こりえない。」
「だが、それは起こってしまった。例の第三王女でそれは証明された。」
「うん。それで、何が起こったと思う?」
「神器の契約者が彼女である事象が既に世界の事象として起こっている。その事象を世界が補完する為に、サリア王国から学院にいる彼女の元に神器が転移し契約者となった……そうだろう?」
「その通り。それじゃあ、彼女とシルビアが鉢合わせた事はあった?」
「さあな、だが接触はまだしていないのだろう。お前の口振りがそう言っているようなものだ。」
「そうだね、まだ彼女達は出会っていないの。でも、未来から来た彼は違う、彼女達が出会った事で何があったのかを理解している、分かった上で彼は過去の自分と戦おうとしているはずなの……。」
「分かった上戦うつもりか……。それが、例の仮説か?」
「うん。何が起こるのかは私もまだ分からない。でも、何かが起こるのは確実だと思った方がいいかな……。」
「それが、我々の障害になり得る可能性は?」
「分からない、どちらに転ぶのかは今は何も言えないからね。」
「……まあいい、その判断に関してはお前に任せる。身内の起こした問題なのだろう、ならばお前自身で決断を下せばいい。」
ラウの言葉にシファは多少の驚きを見せる、そして軽く微笑むと。
「…………ありがとう、ラウ。」
●
その日、俺はある人に呼び出されていた。
その人物とは、シグレ・ヤマト。ヤマト王国の第三王女で凄まじい剣の腕を持つお方だ。
彼女とは、以前闘武祭で剣を交え辛うじて俺が勝利を掴みとったのだが……。彼女との試合後、その人から話があると言われたのだ。
内容は分からないが、俺はそれに応じ今日になってその約束を果たす事になったのだ。
待ち合わせの場所は、例のごとく最寄りの喫茶店……。
学院からは、一応王女からの呼び出しもあってか公欠の扱いになったが、まさかこんな事で学校を休む事になるとは……。
俺は喫茶店で一人、彼女が来るのを待つ。
すると、扉が開き例の彼女がやって来た。
「時間より、15分程早く来たのですがさすが一介の騎士を務めるだけありますね。」
「こちらの王女様に仕込まれましたので、待つ事にはなれていますよ。」
「そうでしたか。」
そう言うと、彼女は俺の方に近づき向かいの席に座る。
メニューを手に取り、慣れた様子で注文を終えると話を切り出した。
「準決勝進出、おめでとうシラフ。」
「はい、ありがとう御座います。」
「私を討ち破ったのですから、あなたには勝ってもらわなければ困りますよ。」
「分かっています。それで、話とは何ですか?」
「ええ、簡単なお話ですよ。シラフ、私の婚約者になってくれませんか?」
一瞬、脳が思考を停止した。そして、少し送れるて活動が再開すると彼女に聞き返す。
「冗談ですよね?」
「冗談です。」
「驚かさないで下さい。流石に冗談にしてもひどいですよ。」
「そうですね。ですが、私から見れば器としては充分だと思いますよ。」
「そうですか……それで本当の話はなんです?」
「私の剣技を継いで欲しい、それがあなたを呼んだ理由です。」
「…………。」
「剣技を継がせる者は、私よりも強い剣の使い手にすると決めていました。私はその器を満たす存在を見つけ出す為に闘武祭に出場していました。私を越える剣の担い手を見いだす為に……。」
「それで、俺が選ばれたと……。」
「はい、今回はそのお話であなたを呼び出した次第です」
「剣を継がせたい理由はなんですか?」
「……学院を卒業後、私は近い内に婚約の儀を交わす事になっています。婚約を交わすに当たって私は剣を辞めなければならない、そう決められているんです。。」
「っ…………。」
「私が王女である事は、ご存知ですよね。サリアの王女に仕えるあなたであればこの意味を充分理解出来るはずです。」
「はい……。」
「だから、その前に私のこれまで培った技を私を打ち破ったあなたに引き継いで欲しいんです。どうか、お願いします。」
そう言い、シグレは俺に対し頭を深々と下げる。
「頭を上げて下さい、シグレさん。王女のあなたが俺なんかにそこまで頭を下げるなんて……その……。」
「それくらい、私は真剣なんです。」
「分かりました、引き受けますよ。俺が可能な限りで、あなたの技を継いで見せます。」
シグレが頭を上げる。
「ありがとう、シラフ。」
「それと、もう一つ……俺の本当の名前は、ハイド・ラーニルです。シラフでは無く、ハイドと出来れば呼んで欲しいです。」
「ハイド……。でしたら私の事も、シグレと呼んで下さい。あなたは、私の技を継ぐ身なのですから親しみを兼ねてお願い出来ますか?」
「分かりました。よろしく頼むよ、シグレ。」
「こちらこそ、ハイド。」
●
私は隣の空席を眺めていた。
昨夜の出来事が頭から離れず、今もこうして思考を巡らせているからだ。
昨夜、私は未来から来たというシルビアさんに出会った。
彼女から頼まれた事は、私に人質の役をして欲しいという頼みである。その理由は、もう一人の未来から来たというハイドと、現在のハイドを戦わせる為であると。
そして、私と未来のハイドを会わせる為でもあると……。
しかし彼女曰く、彼はもう長くは生きられない事。そして、彼は私に関する記憶の全てを失っている。
私は、それが一番の気掛かりだった……。
神器の代償に関しては、シファさんからある程度聞いている。
高位の神器と契約を結ぶに従い、契約者から何か一つを代償として奪われる。それは視覚や四肢を含め、感情もその対象になる。
彼は仲間達と過去に遡る為に、自身と仲間達の寿命を対価とし過去に遡った。
それが、彼の寿命が残っていない理由である事。
そして、過去に遡る為に彼は時間を司る神器と契約し私に関する記憶の全てを失った……。
気掛かりはそこにある、何故失った記憶が私に関する記憶なのだろうか。大切な存在であれば、ルーシャやシファさんに関する記憶を失う可能性だってあったはずだ……。いや、そうだとしても何らかの形で彼は彼女達の事を覚えているはずだ……。
それでは何故、私に関する記憶を失ったのだろう。
私は彼にとって、一体何なのか……。
私だけを、私に関する記憶だけを彼は神器の代償として奪われた。
時間……私と関わった時間を彼は奪われた……。
時を操る、その代償として自分にとって最も大切な記憶を奪われた……。その可能性は高い……。
だが、それが私との記憶になり得るのだろうか……。
私にとって彼は、とても大切な存在だ。
彼にとっては、恐らく幼なじみの友人くらいの印象だろう。
そんな私が、彼にとって大切な記憶にいる存在になっているのだろうか……。
でも、一つだけ分かる事がある。
私は彼に深い影響を与えているという事。
それが、良い方面かその逆かは分からないが……。
ただ、シルビアさんが懇願してまで私と彼を引き合わせようとしたのは紛れもない事実だ。
つまり、私が彼に何らかの影響を与えているのは確実なのだろう……。
その影響が何なのか……影響は既に起きているのか、あるいはこれから起きてしまう事なのだろうか……。
●
その日の帰り道は、ルーシャと一緒に帰っていた。
「クレシア、今日はあまり元気ないね?」
「そう?」
「うん、やっぱりハイドがいなかったから?」
「そんなんじゃないって……。私は別にいつも通りだと思うけどさ……。」
「そう……。」
「ハイドって言えば、今日はどうして休んだりしたの?」
「えっと、ヤマト国の王女様に呼び出しを受けたそうなの。」
「ヤマト国……もしかして、以前対戦したシグレって人?」
「うん……。何で呼ばれたのかは分からないけど……。彼も何の話なのかは分からないみたいだったし。」
「他国の王女に呼ばれるなんて、ハイドってすごく人なのかな……。」
「うーん、すごいも何も一応十剣の一人だからね。今のところは彼が十剣としての最年少。でも、いずれはシルビアが最年少かな……。」
「十剣……そうだよね。確か、サリアを含む四国の神器使いの一人だったよね。」
「うん。でも、今の彼は十剣への拘りが無くなったように見える。ほら、以前よりは堅苦しさとか感じないし……。」
「そうだね、でも単に私達と接するのに慣れただけかもしれないけど。」
「まあ、その可能性が高いかな……。」
会話に間が空くと、私はなんとなく彼女に話していた。
「ねえ、忘れてしまったのに忘れずにいるなんて事があるのかな……。」
「忘れてしまったのに、忘れずに……?なんか矛盾していない?」
「だよね、でもさそんな感じの事があるのかなって。」
「忘れてしまったのに、忘れずにか……。それってさ……あの時のハイドじゃないのかな?」
「あの時?」
「クレシアが例の幼なじみがハイドだと気付いた日の事だよ。ほら、形はあれだったけどさ……なんだかんだあいつはクレシアの事を覚えていた。記憶はシファ様が封じてしまったけどさ、多分ハイドの心にはあなたとの思い出が微かに残っていたんだよ。それは決して消える事は無いほど、微かでとても深くさ……。」
「……。」
「きっと、人は全てを忘れるなんて無理なんだよ。それは辛い記憶もだけどさ……でもだからこそ、幸せとかそういう記憶も同じく全てを忘れるなんて事は無いと思うんだ。」
「…………。」
「クレシアの事、きっとハイドは思い出してくれるよ。何があっても必ずさ、だって彼はそんな人でしょ?」
「うん……そうだよね……。ありがとう、ルーシャ。」
彼女の言葉で私は決めた。
私は……




