協力と小さな約束
帝歴403年10月12日
ラウの試合を見届けた俺達は、オキデンスに向かう高速列車に乗っていた。
俺の向かいには、ルーシャとクレシアが並んで座っているが会話を全く交わしている様子は無い。
「…………。」
「…………。」
列車で首都ラークに向かう時は、楽しそうに会話を交わしていたルーシャ達だが現在は何も喋らずに過ごしていた。
「…………。」
「ハイドさん……。」
「どうかしましたか、シルビア様?」
現在俺の横には、シルビアがいる。今まで無口でいた彼女が突然俺に話し掛けて来たのだ。
「……あの人に…ラウという人に…ハイドさんは勝てますか?」
「……。」
俺はシルビアの言葉に何も答えられない。
現状を言うならば、今の俺では奴に勝てる確率はゼロに等しいと言える事だろう。
俺は先のシグレとの戦いで、ようやくある程度の出力で神器を扱えるようになったばかりだ。
それに対し、奴は俺の想像を遥かに越える実力があった。
あの力は、クラウスさんが使用している神器の能力と全く同じ物。つまり、奴は神器の力を模倣する事が出来る。それは俺にとって致命的と言っても過言ではない。
炎を扱えるようになったとはいえ、俺が炎を克服した訳では無いのだから。
「また、考え事?」
ルーシャが俺を見かねて話し掛ける。
「そう、見えたのか?」
「なんとなくね……。まあ、気持ちは分からなくもないよ。身内になるかもしれない人があんな試合をしたんだからさ……。」
前言撤回、俺の考えていた事とは遥かにかけ離れた事をルーシャは言って来た。
「身内って……何を言っているんだよルーシャ。奴を俺は認めた訳では無い。」
「でも、考え事はしてたんでしょ?」
「……。」
ルーシャの鋭い指摘に俺は何も言い返せない。
「まあ、私達には何も出来ない事かもしれないけどさ。でも、一人で背負い込む必要は無いと思うよ。」
「……そうだな……。」
●
ルーシャ達と別れて私は一人で帰路についていた。
いつもが賑やかで楽しいと感じているからか、気付けば既に一日を終えようとしている。
日は既に沈み、暗い夜道を一人で歩いていた。
「やっぱり、一人で歩くのは少し怖いな……。」
いつもは明るい内に帰宅を済ましているから、今日のように日が沈んだ後に帰るのは怖く感じる。
《幽霊とか出たりしないよね……。》
辺りは既に暗く、住宅街故か街灯だけが道を照らしている。
人通りは無く、各家では灯りがついていた。
《早く帰ろう……。》
少し急ぎ足で家に向かっていると……。
《誰かいる……?》
目の前に、黒い影が見える。背丈と体格から、恐らく女性だろう。その影はじっとこちらを見ているように見える。
《っ……関わらない方がいいよね……。》
影の方に近づいていく、早く通り過ぎてしまいたいと思っていると。
「少し時間を頂いてもいいですか?」
影の人物が私に話し掛けて来た。
突然の事に私は動揺してしまい。
「っ……えっと……その……。」
会話を断れない私は、少し戸惑ってしまう。
《どうしよう、関わったら危ない人だったら……。》
影の人物は、私の様子を見て……。
「……この姿では、怖がられてしまいますか。」
そう言うと、影の人物はフードを取り素顔を見せた。
暗い中であまりよく見えないが、金髪の女性で私より背が過ごした高いくらいだろうか。
大人びたその姿に私は少しみとれてしまう。
「あの……あなたは一体?」
「ここでは話づらいですね、少し場所を変えましょうか。」
近くの公園に連れられた私は、ベンチに座り込みその少し離れたところに謎の女性が座っている。
私達の居るところは街灯に照らされており、女性の素顔を伺えた。
綺麗な金髪の髪を持つ女性、その姿は何処か親友であるルーシャを思わせるが、彼女の方がかなり大人びているような印象だった。
「あの……私に何か用があるんですよね……。」
「……はい。私の姿を見て何か思いませんでしたか?」
女性の言葉に、私は何かの既視感を覚えた。
そして、その姿は何処か親友に似ているのだから。
「えっと……親友に少し似ていますね……。」
私の言葉に女性は微笑み。
「そうですか……。」
そう呟いた。しかし、その姿は何処か寂しさを感じさせる。
金髪の髪……その姿はルーシャに似ていて……でも何故だろうか、彼女の口調は僅かに幼さを感じる……。
「まさか、……シルビアさんですか?」
「……はい。お久しぶりですね、クレシアさん。」
「……でも、シルビアさんは駅で別れて……。その間にこんなに成長しているはずが……。」
「はい、私はこの時間にいる彼女とは別の存在ですから……。」
「この時間……それじゃあ、あなたは未来から……?」
「はい……。そういう事になります……。」
彼女の言葉に驚きが隠せない。だが、それが本当であるのなら彼女の存在の証明になる。
「未来、あのどうしてあなたが未来から来たんです?」
「それに関しては、詳しくお伝えする事が出来ません。強いて言えるとしたら、あまり良い未来では無いという事です。」
「……それを変える為にあなたが?」
「そうなりますが、事情が変わったんです。」
「何かあったんですか?」
「私の変えた未来から、この時代に来た人達にあったんです。正確には一人だけでしたが……。今、私はその人の手伝いをしているんです……。」
「……そうですか。」
「…………。」
「あの……それと私に何の関係があるんですか?」
「私達の計画の為に、あなたに人質の役を行って欲しいんです。」
「人質って……何をするつもりなんですか?」
「私が手伝いをしている彼の為にです……。その人は、今のあなたに関わっている、ある人物との戦いをしなければならないからです。彼の真意は私にも分かりませんが……。」
「その戦いの為に、私に人質の役を?」
「はい……そうなります。」
「何故、私なんですか?」
「彼の為にです……その彼には一目でもあなたに会わせたいと私の独断で出した結論ですから。」
「私を、その彼に会わせたい……。つまり、その彼は私の知っている人って事ですよね……。その彼は一体誰なんですか?」
「……ハイドさんです……。」
「ハイドって、それじゃあ彼が戦おうとしているのは過去の自分なんですか……。どうしてそんな事を……。」
「分かりません……。それは、彼も教えてはくれませんでしたから。」
「それに、シルビアさんが独断で私を彼に会わせたい理由はなんですか……。彼に黙っての事ですよね……相応の理由があなたかハイドに何かしらあるって事じゃ……。」
「………。」
女性は私の言葉に答えない。
恐らく、そうなのだろうと私は理解した。
「済みません、問い詰めるような真似をして……。」
「構いません……私も無理を言っている身ですから。」
「ハイドは……私の事を思い出してくれたんですか……。」
「…………。」
シルビアは何も答えない。
「やっぱり、話せないんですね……。」
「そうではありません、ですが私には何も彼については分からないんです。」
「…………。」
「知りたいですか……クレシアさん……。」
「はい……話せる事で構いませんから、お願いします。」
シルビアは頷くと、今の彼の状態について語り出した。
彼が過去に来る代償として、寿命のほとんどを使い長くは生きられない事、そしてその彼には私に関する記憶が全て抜け落ちてしまっている事。
そして今も、私の首飾りを持ち続けている事を……。
「……そうですか……忘れてしまっているんですね。」
「はい……恐らく神器による契約の代償でしょうから。」
「彼はあとどれくらい生きていられるんですか?」
「10日持つ事は、まずあり得ないでしょう。」
「……そうですか……。」
「あの……引き受けてくれますか人質の件について……。」
「……引き受けます、それで少しでも彼の悔いが無くなるのなら。」
「……ありがとう御座います、クレシアさん……。」
シルビアは泣いていた、私の手を両手で握り泣いているその姿に私は心が痛くなった。
彼女が彼にそこまで献身的に付き添う理由、何故彼女は彼にそこまでするのだろうか……。
もしかしたら、シルビアさんは彼に惹かれていたのかもしれない。その気持ちが自分に向いていなくとも、彼の為に自分の出来る事をしているのかもしれない。
私はただ、そんな彼女を優しく抱きしめ、その涙を受け止めて続ける事しか出来なかった。
ただ一つ気になるのは、何故ハイドは私だけの記憶を失ってしまったのだろう。
それだけが、頭の中で残り続けていた。
●
帝歴403年10月13日
その日の放課後、俺はルーシャの手伝いをしていた。
内容は荷物持ち、教師から教材の運び出しを頼まれたのだが量が多いので偶然近くを通り掛かった俺が手伝いをしている訳だ。
「ありがとう、荷物が多くて本当に助かるから。」
「これくらい構わないどころか、ルーシャは王女だろ。護衛役にくらいその程度の雑務は頼んでもいいと思うけどな……。」
そんな会話を交わしながら、俺達は教材を目的の場所に届き終える。
「しかし、ルーシャも世話焼きだよな……。ここ最近いつも誰かの手伝いばかりしているだろ?」
「そうかな?」
「そうだよ、毎日誰かしらの相談とか手伝いとかしているんだろ。シルビアがこの前言っていたからな。」
「でも、そんなに大変じゃないから心配しなくても問題ないよ。それに王女たる者、下の者の意見に耳を傾け真摯に接しなければいけないからさ。」
「そうかい……。でも無理はするなよ、たまには俺とかを頼って欲しいからさ。」
「分かりました。でも、その代わりあなたも私達を頼ってよ。」
「分かったよ。」
帰り道、俺は護衛の為にルーシャと一緒に帰っていた。
ただ、学院の治安はあまりによく護衛の事を忘れてしまいそうになる。
治安が良いからと言って、危険が無いとは限らない。
俺はそう言い聞かせ、精神を研ぎ澄ませる。
「ねえ、ハイド?」
「どうかしたのか?」
「次の試合、日程決まった?」
「確か、10月16日だよ。3日後に準決勝、そして10月20日に決勝戦だな……。」
「次の試合、かなり厳しいんだよね?」
「……そうだな。」
「何か、私達に出来る事はある?」
「その気持ちだけで十分だよ。」
「そう……。」
それから、無言で歩いていた。何故か分からないが、その会話の後ルーシャは何も喋らずにいた。
部屋に着いた後、夕飯を食べていると……。
「ハイド……?」
「食材に火が通っていなかったか?」
「ううん、違うの……。その、ハイドは昔の記憶を思い出したいのかなって思って……。」
「思い出したいのは山々だが、まだ覚悟が出来ていないんだよな……。」
「もし……もし、昔にあなたの大切だった人が今もあなたに会うのを待っていたらどうするの?」
「…………。」
「御免ね、その深刻に考えなくてもいいから……。」
「……会えるのなら、俺はその人に逢うべきだと思うよ。」
「ハイド……。」
「今は無理かもしれないけどさ、逢うべき人がいるのなら向き合わなければならないと思うんだ。それがどんな形であろうともさ……。」
「そう……。そうだよね……。」
「ルーシャ?」
「ハイド……やっぱりハイドは凄いよね……。いつの間にか、どんどん離れてしまって……。私なんかの騎士より、もっとふさわしい人がいるんじゃないかって……。」
「そんな事を今まで気にしていたのか?」
「そんな事って……私にとっては……。」
「あなたは、立派な主だ。それは俺が保障する。」
「……。」
「俺が強くなれたのは、あなたが俺を必要としたからだよ。その過去があって今の俺があるからさ。」
「そっか……。」
「ああ、だから気になる必要は無い。あなたが俺を必要とする限り、騎士としてあなたの御身を必ず守る。それが、俺を必要としてくれたあなたに対する最大限の敬意だ。」
「そっか、なら私も頑張らないとね。あなたにふさわしい主であり続ける為に。」
「期待してるよ、王女様。」




