第百二十七話 その頂きへと至るまで
目の前の激高した天人族の攻撃を見切りながら正確に対処、事前に頭に入れていた彼女の行動パターンから次の手、その次を予測しこちらが攻撃出来る隙を狙う。
しかし、最初の攻撃から学習したのかこちらの腕の動きを警戒し距離を取っていた。
なるほど、確かに賢明な判断だろう。
魔術の弱点、体外から離れた魔力はその威力や効力が時間経過と共に減衰していく。
そしてソレは、魔力を込めた対象の質量が小さい程効力な切れやすくなる。
弾丸程の大きさとなれば、手元から離れてしまうと効力の減衰が発生しやすい。
天人族固有の高い魔力抵抗を考えるなら、至近距離で弾丸を打ち込む他ない。
先の一撃がそうだったように、相手が距離を詰めた瞬間を狙って攻撃を撃ち込むのが最適解。
それを防ぐ為に距離を取りはじめたのは妥当だろう。
仮にその減衰を無視出来る程の魔力を込められたと過程しても、それだけの魔力を放てば攻撃の瞬間は相手に容易く見破られる。
残る弾丸は……、六発。
第一、第二、第三と、それぞれ2発ずつ。
補充も思考も視野に入れるが、相手がそんな隙を与えてくれるとは到底思えない。
こちらの思考が弾丸の錬成へと向かった瞬間、相手の攻撃に対しての意識は当然薄れる。
天人族ならそのわずかな魔力の揺らぎさえ捕らえ、こちらに攻撃を与えてくるだろう。
こちらの攻撃では一撃で仕留めることは困難。
しかし、相手の一撃はその全てが致命傷になり得る。
「………」
相手の攻撃を掻い潜りながら、反撃の糸口を手繰り寄せるのは至難の技……。
単純な個々人の性能だけで見れば、相手の方が格上なのは目に見えている。
しかし、魔力量や身体能力が圧倒的に勝っているとはいえ勝てない可能性はゼロではない。
「小賢しい動きばかりだな、人もどきが!!」
間合いを取られる事に痺れを切らし、果敢に詰め寄る翼の女………。
それを見込んで、こちらが銃口を向けるとすぐに方向を変えて間合いを取り始める。
「感情的ばかりかと思えば、流石にそこまで馬鹿ではないらしいな、リノエラ・シュヴル?」
「ええ、こちらも認めなければならないようです。
貴方は強い、私にその力が届きうる事に」
「これでも、既に届いてるつもりなのだな。
数発当たれば、勝てる。
もっもと、そちらに当たればの話だが………」
「当たったところで、人の魔術程度で私達天人族を地に堕とすなど不可能」
「それは、どうだろうな?」
間もなくして、私は攻めに掛かる目前の彼女に武器を突き付け、至近距離での射撃を当てに向かう。
しかし、放った弾丸は頬を僅かに掠めた程度。
恐ろしいことに、魔力の流れを感知せず弾丸に込められた魔術が発動しなかったのだ。
「っ?!!」
「覚悟っ!!!」
右腕の感覚が消え去った。
そして、衝撃に巻き込まれ身体は紙くず同然に吹き飛ばされ平衡感覚を失い、体勢を直す事が出来ない。
残された左腕を地面に叩きつけるように動かし、握っていた拳銃が破壊される。
その対価として、私の身体はどうにか踏みとどまり思考と視界が混濁しながらもゆっくりと立ち上がる事が出来た。
「まだ倒れませんか、その身体で何が出来ると?」
「っ…………」
武器はない、片腕は何処かに飛んだ。
残された魔力量もそう多くない。
あのまま敗北をしなかっただけマシなくらいだ。
戦闘の継続は、推奨されない。
本来なら引くべきところだ、しかし………。
いつもの私なら、この場で撤退する。
無理をしてまで、勝利のリスクを取る必要はない。
祭りは来年も存在する、その時にでも対策と万全を期して挑めばいい話。
だが………、
私個人として、敗北する訳にはいかない。
「諦めるつもりはないのですね?」
「まだ試合は終わっていない。
当初の計算とは大きくズレ………。
いや違うな、計算し直せばいい話だろう」
「…………」
「私にも負けられない理由がある。
この祭典の頂きにおいて、借りを返さなければならない者がいるのでな」
「そうですか、残念です。
ならばその意思もろとも打ち砕くまで。
無力な己を恨みなさい、ラウ・クローリア」
そう告げると、魔力の高ぶりと共に目の前の女は翼を広げ宙に浮かび始めた。
頭上には光輝く円環が生まれ、その純白の翼はより高純度の魔力によって輝きを増していく。
「アレが、例の天臨か」
●
帝歴403年10月11日
試合を明日に控えた深夜、シファから一本の通話が訪れた。
着信音が鳴り響く端末を手に取り、仕方なく応答。
「何の用だ?」
「ごめんね、ラウ。
そのさ、ちょっと時間大丈夫?」
今、何時だと思っているんだろうか、この女は?
「聞いているのはこちらだ、シファ」
「あー、うーんとほら?
明日はほら、ラウは天人族の子と試合でしょ?」
「それがどうかしたのか?」
「助言とか色々聞きたくない?」
「………なら、せめて………。
日の出ている内に言って欲しかったのだがな………」
「あー、ごめんごめん。
その辺り忘れてたよ、あはは………。
まぁとにかく、どうかな?」
「聞くだけ聞いてやる。
手始めに、明日の試合の勝算について聞こうか?
今の私で、あのリノエラ・シュヴルという天人族に勝てると思うか?」
私の問いに、僅かに間を空けて返答が返る。
「勝てないと思うよ、ほぼ確実にね」
「理由は?」
「天人族についての知識はある?」
「文献で多少知識に入れた程度だが………。
あのリノエラという女が特別な存在であることは、確かなのだろう?」
「そうだね、あの子は種の中でも特に強い力を持ってる存在。
人間でいうところの、王家みたいな高位の血統を持っていてとても強い力があるの」
「それは分かっている」
「推定魔力量が、あなたの五倍くらい?
純粋な力勝負じゃ、まず勝てない存在だね。
正面からの戦いはまず避けたいところ」
「つまり、明日の試合は棄権しろと?」
「ううん、そうじゃない。
むしろ、あなたには勝ってほしいから必勝法を教えてあげるつもりなんだ」
「必勝法、か……。
そんな容易く勝てる相手ではないだろうに」
「そうでもないんだよね、コレがさ?
だって私、ずっと昔に私を含めた一部の仲間達は天人族に喧嘩売ってたくらいだからね?
喧嘩を売って生き残れたくらい、私達の方でもある程度ちゃんとした攻略法は確立させてるの。
勿論、気合いで何とかってそんな曖昧なものじゃなくて知識や知恵、技術として確立させてるものだよ」
と、シファは何処か怪しい雰囲気を感じさせながら俺にそう囁いてくる。
本当にそんなモノがあるのか?
昨年度の試合記録をみる限り、アレの力は私以上。
正面から戦っての勝ち筋はない。
シファの言う通り、本当にアレに勝てる方法があるのだろうか?
「…………」
「私の話、聞いてみる価値はあると思うよ。
本気でアレに勝ちたいと思うなら
あのローゼンって子に、シンちゃんへの借りを返すつもりならね?」
彼女の言葉に、一瞬脳裏に過ぎったあの男の姿。
思考が僅かに揺らいだ中、私の答えは決まっていた。
「聞かせて貰おう。
私は、この先も勝たなければならないからな」




