第百二十五話 神の使い
会場の舞台へと足を運ぶと、向こう側から本日の対戦相手の姿が見えてきた。
長く伸びた腰程まで伸びた金髪、そして彼女の種族特有のその背に生えた純白の翼。
「リノエラ・シュヴル。
天人族の現四大天使の一人……」
魔力の量を軽く見積もって、人間の八倍から十倍前後尚且つ天人族の平均からしても上の部類。
元々、種族内でも魔力保有量が平均して人間の三倍程度なのだが、彼女はその中でもかなりの量。
が、この祭典で戦った生徒の中で最も強いのが目の前の彼女である事は言うまでもないだろう。
最も、あのローゼンと比べるとそこまで差が開いてるとは思えない。
魔力量だけ見れば、彼女の方が上。
戦闘技術がそこまでないのか、あるいは対策され尽くして手の内が尽きたのか………。
「はじめまして、ラウ・クローリア様。
この舞台において、私を前にして平然としているのは数える程でしたが、あなたもその一人であること。
こうして直接垣間見えたこと、私自身とても光栄に思いますが………。
ですが、あなたからはあまり良いモノを感じません。
とても忌まわしい力……。
その力、我が聖域の書庫にて何度か見聞きした覚えがあります」
「忌まわしい力か………」
「あなたのその力、グリモワールでしょう?
古の大戦時代、我が種が異種族戦争で求めていた代物である、奇跡と災厄の宝物。
それを何故、貴方が手にしているのです?
いや、そもそも貴方は人間ですか?」
と、こちらの思考の何もかもを見透かすように彼女は私に問い掛けてくる。
恐らく、彼女も私同様に魔力が視えているのか?
私の体内に存在するグリモワールを真っ先に指摘した辺り、コレの重要性はかなりのモノなのだろう。
最も、コレを初見で見破れたのはシファ、そして同居人であるシトラくらいだったが………。
「コレがそんなに珍しいか天人族?」
「何も分かってないんですね。
全く、人の手に負えないその力。
その力で貴方は何を成そうとしているのです?」
「力はあくまで力であり、手段の一つ。
取れる手段は多いに越したことはないだろう?
今現在はカオスという存在を追っているが、天人族はカオスについて何かしら知っているだろう?
こちらの文明の情報については、何らかの使者か協力者を用いて得ているのがほぼ確実。
その協力者にカオス、それに準じる組織が絡んでいる可能性も無くはないだろう」
「カオスですか……。
なるほど、貴方の目的がある程度は理解出来ました」
と、達観した様子で言葉を吐き捨てると先程から騒がしい観客達からの歓声に応えるべく彼等に向けて優しく微笑みながら手を振り始めた。
「敵を前に、随分と余裕があるようだな」
「敵というほどではないでしょう?」
と表情を変えず、そう告げた彼女。
シファ同様、やはりこの手の相手はかなり面倒だと言えるが実際、彼女が決して弱い訳ではない。
昨年の試合から見積もった今回の試合の予測は、正面から向かって私が勝てる確率は0%に限りなく近い。
相手は魔力量が非常に高く、普通にこちらが魔術を込めて攻撃したとして、向こうの魔力を前に掻き消されるのがオチだ。
こちらはせいぜい体格以外は不利と見て間違いない。
以前戦ったカイルが身体能力こそ高かったから魔術で対応出来たが今回はそうもいかない。
無論、正攻法ならの話だが……。
「私が、策も無しに戦いに臨むとでも?
勝算は当然ある、そしてお前は私に敗北する。
リノエラ・シュヴル、お前は学位序列二位だ。
つまりお前は、昨年ローゼンには勝てなかった。
故に、誰もがお前に勝てない訳ではない」
「残念でありません。
どのみち今回の戦いを楽しみに来てくれた皆様の為にも善き戦いをしたかったのですが………。
本当に、本当に残念でなりませんね」
その瞬間、背筋を突き刺すような魔力を感じた。
本能的に半歩程下がりそうになるも、それを堪え彼女の様子を観察する。
「残念、残念でなりません。
愚か、本当に愚かで救いようのない存在………。
その身に宿した、災厄たる力の恐ろしさを何も知らずに己の私利私欲の為に使い潰すなど……」
試合開始の鐘が鳴り響く。
歓声は大きくなる中、私は目の前の女との対話に応えていた。
「天人族は力を正しく使えるとでも?
かの大戦の元凶であるお前達がか?」
「……、汝に問います」
こちらの言葉を無視し、彼女は告げた。
純白の翼を広げ、頭の中に響くように彼女の言葉が入り込んでくる。
「その力を、何処で手に入れましたか?」
「……………」
質問をこちらが無視すると、目を開き何かが背筋を通り抜けたような錯覚を覚えた。
「答えなさない」
再び彼女が言葉告げると、頭に激痛が起こり意識が一瞬ばかり飛びかける。
視界が朦朧とする中、膝を付く寸前で耐え、私は彼女の方へと再び視線を向ける。
「………何をした、貴様?」
「何故逆らうのです、人間。
我が言葉、我が神託は神の御言葉………」
魔力の高まりを肌で感じる。
シファの扱う力と非常に酷似しているが、その方向性がまるで違う。
天人族、いや彼女固有の能力の一つか?
「汝に問います………」
そう告げると、彼女の背の翼が激しく光輝き始める。
その煌めきに視界が覆われていく中、言葉は頭の中に入り込んでくる。
「神がお前達に与えた恩恵。
その異能の力を我が物として誇示する愚かな愚行、その罪を何故認めない?」
神の与えた恩恵………?
異能………魔力の事か?
神が与えた異能が……魔力、我が物として誇示した?
誇示……、魔術か?
それが罪だと、奴は何を言っているんだ?
「何を言っている?
魔力が魔術を扱うことが罪だと?
お前のソレも魔術の一種だろう?」
「違います、コレは神が我らに与えた奇跡。
世界に秩序を与えるべく、神が我らに与えた素晴らしき力なのです」
「妄言が過ぎる………。
自分達が世界の中心だと思い上がっているのか?
魔術は知識だ、人間が積み上げた世界の理を利用する為に体系化した知識の力だ。
ソレを神が自分達に与えた特別な奇跡の力だと思い上がるのは、流石に愚かではないのか?
それとも、お前達は文明から離れ過ぎて、周りが見えてないだけか?」
「我が主を愚弄するおつもりで?」
「愚弄ではない。
依存が過ぎる、お前達の信仰する神とやら。
私は神を信じない主義だが、誰が何を信仰しようが私はソレを否定しない。
が、自身の信仰を他人に強要するのは実に不快だ」
「貴方は神の赦しを、救済を求めないと?」
「私には関係ない。
己の道は己で切り開く、私が信じるのは私がこの目で見た物と己が得た知識のみ。
お前達の妄言に付き従う義理はない………。
そもそも、こうして力づくで吐かせれば私が屈するとでも思い上がっていたのか?」
並行して、彼女の行使している魔術の解析が終了。
そして、身体を縛る魔術は解かれ彼女の拘束から免れる事が出来た。
当然、同様の魔術は二度と私には効かない。
例え、どれだけの魔力差があろうと体内のグリモワールは例の魔術を学習し耐性を得ている。
「自力で拘束を………まさかそんな……」
「驚く事か、天人族?
私には勝算がある。
だから貴様と戦うと決めたんだ。
それで、私に対する質問は終わりか?」
「では最後に問いましょう。
最後の忠告として。
我が神はそれでも尚、信じる者には救いを与えます。
それでも貴方は神の救いを必要としないと?」
「信じる者に救いを与える、か……。
なら、信じぬ者達は全て見捨てるのか?
お前達の信じる神とやらは、自身の都合のみで人々を見捨てるつもりなのか?
ならそれは信じる必要はない。
神の救いにすがらずとも、私は私の手段によってより多くの人々を救う道を模索する。
お前達が見捨てた神を信じぬ者達の可能性も私は信じているのだからな。
私はお前達の力には決して屈しはしない」
「分かり得ないのですね、非常に残念です。
ラウ・クローリア………」
落胆の溜息から間もなく凄まじい密度の魔力が彼女を中心に動いているのが見えた。
魔力の高まりは次第に大きく、周りを徐々に巻き込んでいくと世界が震え始め天候が荒れていった。
先程まで晴れていた空が雲に覆われ嵐の前兆を告げるかのように流れていく。
「グリモワール………起動」
彼女の魔力更に上昇する。
対応するべく私もグリモワールの力を行使し、敵の魔力の流れの観測を開始。
当初の目測より七割以上の総量。
体内の魔力以外にも、どうやら彼女は大気中の魔力を体内に取り込んでいる模様。
主に、その背に生えている翼を中心に取り込んでいるようで辺りの気圧が下がり始めていた。
すると次第に彼女の周りを光が包んでいく……。
光は主に高密度の魔力だろう。
その魔力の激しい光に包まれ、その塊が弾けると先程までとはかけ離れた姿をした彼女がそこにあった。
「………忌まわしい力ですね」
「そちらも大概だろう、リノエラ・シュヴル?
お前のソレは、そこらの人間相手に使う力か?」
目の前の彼女の頭上には、魔力で構成されていると思われる円環が存在し、虹のような煌めきを放っていた。
その姿は確かに、天使そのもの。
が、慈悲深さなど微塵もなく放たれる魔力が突き刺すような敵意として肌で感じる。
酸で肌を焼かれているような感覚に近い。
高密度の魔力に、有機物が魔力に侵されているのか?
「逃げないのですね、この姿を見ても尚」
「対象の観測及び、権限上昇の申請。
申請を受理、実行。
対象の状態、天臨と認識。
権限レベルを5へ申請、申請受理、実行………。
再演算、武装の錬成を申請、申請受理、実行………」
「体内に仕込んであるとは思いましたが………。
成る程、あなたの心臓の代用に………」
間もなくして、こちらの申請がグリモワールを通り、体内から無機質な機械音声が再生される。
『対象を認識、天臨の観測。
対象の敵性を判断、戦闘を許可します。
グリモワールの使用権限レベルを5へ移行。
使用を許可、及び武装を展開します』
自身の両手に魔法陣が出現し、手元に引き金の欠けた黒い拳銃が現れソレを手に取る。
そして権限レベルを上昇した影響により私の体内に流れる魔力が加速し、赤い幾何学模様が浮かび上がり始める。
本来は青色なのだが彼女の魔力に対しての耐性を得た影響により赤く変色している模様。
当然耐性の処理にも魔力消費が行われている為、通常の出力の七割程度。
この七割の量で当初の作戦を実行する。
私の持つ唯一の目の前の天使に勝ちうる可能性。
作戦通り、惜しむ間もなく私はその力を使う事にした。
「グリモワール・エレボス、起動」
その言葉間もなくして、私の身体は黒い魔力に包まれたのだった。




