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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 約束の騎士
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第百二十二話 残された時間で

 目の前で彼は、自分の記憶を辿っていた。

 何処か虚ろな目を浮かべ、今は消えた何かを探り続ける様……。

 自分の顔を右手で覆うその様を見ていられず、私は一瞬ばかり目を背けてしまった。

 言葉にもならない酷な姿、故に目の前の彼を見れなかった。

 

 「…………」

 

 そして、目の前の彼はしばらく沈黙した後に、ふと呟き始めたのである。


 「忘れてはいけない人だった気がするよ……。

 シルビアの言った、その人の事を俺は忘れてはいけなかったんだと思う。

 今となっては、もう手遅れな話だろうがな」


 「…………」


 「ただ、一つだけ忘れていない事があるなら……」

 

 「忘れていないこと?」


 「俺は、果たさなきゃならなかったんだ。

 俺は託された、この首飾りに何かを……。

 何かの想いを託された、そのはずなんだ……。

 それは自分にとって大切な何かが欠けていたとしても、絶対にやり遂げなきゃならない事だった」


 約束……?

 あの人とあなたとの約束……?


 「何をするつもりだったんですか?」 


 「分からない。

 でも、執念に近い物かもしれないな……。

 今、俺を奮い立たせているのは……。

 そんな、忘れてしまった何かなのかもしれない」


 そう言って、彼は私の方から視線を外した。

 

 執念だと、彼は言った。

 恐らく彼は完全には忘れていないのだろう。

 でも、忘れている。

 あの人に関する名前も何もかもを奪われても、何かが何らかの想いが彼の何処かに残っているのだ……。

 その何かが、彼をどうにか踏み留ませている。

  

 「そうですか……」

 

 私に何が出来るのだろう?

 ただこうして、来たるべき日まで話し相手になってあげるだけなのだろうか?

 ただ側にいてあげるだけで、私が彼のために出来る事は何もない。

 何もしてあげることが出来ない。

  

 また私は、私は目の前で……。

 

 かつての光景が頭に過ぎる。

 動けない身体の私を、傷だらけの貴方が………。

 

 どうして?

 どうして私は、いつも生かされてばかりなのかな?

 

 「何で、どうして私なんですか?

 シラフさん………」

 

 「シルビア?」


 「私、やっぱり分かりません。

 どうして、あなたが死ぬべきなのか分かりません。

 生きるべきだった、はずなんです。

 私じゃなくてあなたが、生きるべきだった」


 「向こうの俺の話か?」


 「どっちもです」


 「…………」


 「王女だから、身分がそうだったからですか?

 でも、あの時は違うはずだった。

 身分も血筋も生まれも関係ない、そんな場所であなたは私を生かす為に命を落とした。

 それより前だって、あなたは自分の立場も考えず主の為に、その忠誠の為に多くを犠牲にした。

 その結果が、この有り様ですか?」

 

 「怒っているのか?」


 「ええ、怒ってますよ。

 今すぐ、ぶん殴りたいです」


 拳を握り締める、でも殴れる訳がなくて……。

 溢れる感情を無理やり押し殺した。


 「シラフさん……あなたは馬鹿です大馬鹿です……。

 私の気持ちを理解してくれているはずなのに……。

 分からないフリをして、はぐらかして、それを何度も何度も繰り返して……。

 そして、また私一人を残してあなただけが死のうとしているんですから……」


 言葉が収まらない。

 怒り……憤り……そして悲しみの感情が湧きおこる。

 

 「分かっていますよ。

 今回ばかりはどうにもならない事くらい。

 だから、今こうしてあなたは、自分に出来る最善を尽くしているんだって………。

 来るべき時の為に身体を休めてるんだって、頭では分かってますよ、勿論………」


 「そう…」


 「でも!でも、どうして……!!

 どうしていつもあなたは私達の前から勝手に消えてしまうんですか!!

 あなたの主が、姉様があなたを失ってどれ程悲しんだのかあなたは何もわかってない!!

 あなたは、あなたの命はとっくにあなた一人の為のものじゃないんですよ!!

 どうしてそれがいつまで分からないんですか!!」


 「ルーシャは生きていたのか?」


 彼の言葉に遮られるが、彼の問いに答える……。 


 「ええ、まだ……。

 伝えていませんでしたか……?」


 思わぬ言葉に私は、何かを察した。

 そう言うと、彼は何処か乾いた微笑を浮かべる。


 「そうか……、そうか。

 守り抜けたんだな……そっちの俺はさ……」


 「本当に……あなたって人は………!!」


 「シルビア……?」

 

 気付けばその胸ぐらを掴んでいた。

 無気力で、やせ細りかつての面影の欠片もない抜け殻のような彼の身体。

 あまりに軽すぎて、今にも消えそうなその身体を私は掴みあげていた。


 「ふざけないで下さい!!

 あなたは何も分かっていない!!

 どうして、わかってあげないんです!!」

  

 「…………」


 「あなたも生きてなきゃ意味がないんです!!

 それがどうして分からないんですか!!

 ルーシャには、あなたが必要なんです!!

 私にも、みんなにも、あなたが必要なんです!!

 あなたが居なきゃ、駄目なんです!!

 あなたに助けられたから、力になりたいから、あなたが生きてくれなきゃいけないんです!!」


 「シルビア……」


 「あなたを失ってから、辛かった……。

 毎日悲しみに暮れる、あなたの主を毎日、毎日……。

 私は、何も出来ずに眺めていることしか出来なかったんですよ……。

 それを、守れたから良かっただなんてふざけた事を言わないで下さい!!」


 手をあげる前に、その手が止まった………。

 その身体を殴れず、殴れる訳がなく……。


 気付けば掴み上げた彼の身体に顔を埋め、私はみっともない姿を晒して泣いていた。


 「っ………」


 「何も、何も……出来ないです………私じゃ……。

 私じゃ、今の私には何も出来ない。

 私じゃ、駄目なんです。

 今、目の前で死のうとしているあなたに………。

 私は何も出来ないのが嫌なんです!!」

 

 「それが、お前の背負っていた物なんだな……」


 一番辛いのは彼のはずなんだ。

 なのに私が慰められてる。

 居心地が良いと感じてる自分に嫌気が刺す。

 私が居るべき場所ではないのに………。


 「そういうところ、嫌いです………」


 「…………。」


 「いつも、私達を心配させて……。

 でも、結局あなたに助けられてばかりで……」


 「俺が助けたかったからな、お前達を………」


 「そういう人ですからね、あなたは……。

 でも、そういうあなただから私達はあなたの力になりたかったんです」


 「そうか。

 なら俺は、最後まで進み続けるよ。

 俺の命が燃え尽きるまで、その在り方を最後まで貫き、己の抗い戦い続けるさ………」


 「ええ、抗いましょう運命に………」


 「そうだな、それしかない。

 残された時間で何が出来るんだろうな………」


 「これから見つけましょう、一緒に……。

 その最期を見届けるまで、私はお供しますから」

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