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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 約束の騎士
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第百二十一話 壊れていく、その中で

帝歴403年10月9日


 その日は雨が降っていた。

 ぽつぽつと降る雨音を私は彼と見続ける。

 時間が経つのを忘れるくらい、私は静かに目の前のベットで横たわる彼を他所にその景色を見続けていた。


 彼を寝かせているのは、近頃の無理が生じた為。

 無理が祟ってとうとう体調を崩したのである。

 そして、今もこうして私が監視しないと勝手に起き上がろうしてしまう。

 だから私は付ききっきりで寝かしているのだ……。

 ほんと、昔からこの人のそう言うとところは変わっていないと感じる。


 「こうして看病されるのは学院の時以来だな……」


 「そうですね……シラフさん」


 昔の事を思い出す……か。

 しかし、この人は本当に覚えているのだろうか?

 いや、私の知る彼の……あの人の記憶ではないか。

 あの人が見てきた、私や私達の記憶だろう。


 正直、何を言えばいいのか話題に困った。

 昔はそんな事を気にせず、話題の尽きない日々。

 放課後に一緒に帰って、行きつけのお店でケーキとかお菓子をご馳走になって……。

 彼の鍛錬の様子を眺めたりとか、色々な事があった。

 私だけじゃない、他のみんなが居てくれた日々。

 思考を重ね、そして結局話題が浮かばない。

 仕方なく私は、何度繰り返した分からない先日の試合について尋ねることにした。


 「先日の試合……あなたはどう見ましたか?」


 「俺の知る限りの情報と、ほぼ同じ結果だな。

 細かい動きとかは覚えてないが、大方俺の覚えている通りの出来事だったよ。

 周りから見るとああ見えていたんだな」


 「そうでしたか……。

 でも、私からはあの時と同じように見えましたよ。

 本当、毎度ヒヤヒヤさせられてばかりです……」


 あの試合を思い返す。

 私個人としては、暇だから適当に見て流した内容。

 ただ少しだけ目を惹いたというか、でもそのくらい。

 

 でも彼女達にとっては、あの時見たモノはこの人の過去を知ればこそ異様な光景に映るのだろう。

 あの炎の姿を決して忘れられるはずが無いのだから。


 「そうか……。

 全く、俺はいつも心配かけてばかりだな」


 そう言って僅かなため息を吐く、彼は私から視線を逸らし天井を見上げた。

 そして、何処となく儚げが何かを感じた。

 かつての既視感からか、脳裏に浮かぶ面影が目の前の彼と重なる。


 そして、これまで敢えて避けていた言葉を気付けば私は彼に尋ねていた。

 

 「シラフさん、あなたは死ぬつもりですよね?」


 「…………。」


 横たわる彼は、何も答えなかった。

 そして私は彼の返答待たずして言葉を続ける。


 「最初から何となくそんな気がしたんです。

 ほんと、どうしてあなたはいつもそういう考えしか出来ないんでしょうね。

 確かに、昔から女難の相で少々痛い目にあったりとかありましたけど……」

 

 「そこまで酷かったか、俺?」


 「酷いなんてものじゃないでしょう?

 卒業してから縁談の話が凄かったんですからね。

 そのせいで、私達がどれほど………」


 と、ここまで言っておいて私は言葉を止める。

 彼女は違う、そうあの時は彼の元には居なかったはずだからだ。

 

 「とにかく、そんな馬鹿な事をする前にさっさとその身体をなんとかして下さい。

 ずっと看病ばかりは流石に疲れますから」


 「………そう、だな」

 

 「……私は、あなたを二度も失いたくはありません。

 向こうのあなたは私なんかを庇って死んだ。

 一人残して生かされてしまった私や他の人達の気持ちをもう少し考えて欲しいです……」


 「………」


 彼は答えなかった。

 いや、分かってるんだろう。

 でも、だからこそ目の前の彼を見ていると自分の無力さで嫌になる。

 ラウさんみたいに、治癒魔術がもう少し上手かったら多少の延命が出来たのでしょうか?

 自分の身体ならもう少し上手く治せるんですけど、他人の身体を弄るのは難しい以前に、昔からあまり得意じゃないので………。


 「分かってますよ。

 どっちにしろあなたはもう長くはない。

 私の見たところ、あと一週間保てばいいくらいの状態ですからね。

 今こうして生きて口がきけるだけマシですよ」


 「そうか……」


 そして彼は自分の首に掛けていた首飾りを手に取り眺め始める。

 赤い石の首飾り、あんなモノまだ持ってるなんて女々しいというか………。


 「シルビア……。

 これが誰の物なのか分かるのか?」


 「……は?」


 そんな事を不意に私に尋ねてくる。

 あり得ない問いに私は唖然とした。


 分からない?

 何で貴方が、あの人を忘れているんです?

 どうして?

 どうして、私じゃなくて……あなたが忘れて?

 

 「シルビア?」


 「冗談にしては、酷いんじゃありません?

 私にソレを聞くんですか?」


 「君が俺にくれたものだったのか?」

  

 「………、違いますよ。

 シラフさん、私があげたものではありません」

 

 「そうか……。

 せめて自分が死ぬ前にこれをくれた人に会いたいと思っていたんだ。

 まぁ、会ったところで何か変わる訳じゃない。

 ただ、知りたかったんだ。

 どうして俺はコレを持ち歩いていたのかを……」


 「…………」


 「シルビア?

 これを俺に渡してくれた人を知っているか?」


 「わざわざ私に聞くんですか?」


 「お前しかいないだろ、全く。

 他に話せる相手が何処にいる?

 勿論、相手を知ってたらでいいんだが………」


 「………、そうですか」


 返答に困った、本当に困った。

 私の口から、彼女に関して触れるのは避けたかった話題ではある。

 まぁ言ったところで、何か変わる訳じゃない。

 単に私のプライドが許せない、云々の問題。

 

 そもそも、私自身がちゃんと覚えてる訳じゃない。

 あの人から聞かされた、あの人との思い出話。

 

 大切な人だったと……そんな話を幾つかだけ。


 それしか私は彼女を知り得ないのだが。


 「まぁ、一応知っていますよ」


 「そうか。

 なら、シルビアの知る範囲で聞かせてくれないか?」


 「わかりました」


 観念して私はその時の事を思い返す。

 あの時の思い出を辿り、私に教えてくれたその人の事を淡々と彼に話した。


 「その人は……」

 忘れるはずのない……。

 忘れてはならない、その人の事を彼に伝える為に。


 「………」


 「その方は、あなたとあなたの主の大切なご友人の一人でした。

 しかし、今のあなたと同じように長く生きる事が難しい人だったようです。

 何か重い病のようなものを患っていたとのこと」


 「…………」


 「それでも、あなた達と一緒に居たいが為に色々と無理をしていたみたいですね。

 でもそれが結果的にその無理が功を差したのか、治療法が見つかったとのこと。

 いや治療法というよりは、それを少しだけ先伸ばし出来る程度のものでした」


 「…………」


 「とても優し過ぎる人だったらしいです。

 何故か自分よりも他人を優先してしまう、あなたによく似た酷いお人好しだった。

 でも、その方の手にあなたの主は救われたんです。

 そして、彼女は遂に自分の救いを全く望まずその最後を迎えることになってしまった」


 「…………」


 「ですが、その最後は笑っていたらしいんですよ。

 その時、一番近くにあなたがいてくれたから。

 あなたが最期にその人を見つけてくれたからだと」


 「………」


 「ここまで言っても、まだ分かりませんか……?」


 「…………」


 返事は返らない。

 本当に忘れているみたいですね。

 全く、本当に……本当にこの人は………、


 「っ………」


 「分からない、でも……」


 「でも?」


 「どうしてだろうな、何故かシルビアの話しているその人物が何処かにいたような気がするんだ……。

 俺はその人を覚えてはいない。

 が、ただ……何て言うんだろうな……。

 上手く言えないんだが………」


 そう言って、彼は右手で顔を覆い思考を巡らし始めた。

 昔の記憶を辿ろうとしている。

 その姿はあまりにも無残で残酷だろう。

 

 これが成れの果てだというのか……。

 こんな事になるまで、私は、私達は彼にあまりに多くの苦難を強いてしまったのだろうか?

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