第百二十話 始まりつつあるナニカ
帝歴403年10月8日
「わざわざ私の為に手間を掛けてしまい申し訳ありません、ラウ様」
シファを連れてシンの見舞いに訪れると、開口一番に何度も彼女から謝罪を受ける。
そこまでする必要はないとは思うのだが、自分の無力さに責任を感じているのだろうとは思うが……。
負傷や疲労で体力が落ち、気分の病んでいる節もあり得るだろう。
医師の判断としては深い傷はないらしく、数日で退院が可能とのこと。
身体構造が一般人の構造とは違う影響なのか、経過観察で急速に治癒していく様子に困惑する者も少なからず存在したが……。
しかし、横で見舞いの品として持ってきた果物を勝手に切って横で食べるシファの一言で余計な詮索は控えられ数日の入院で退院可能という処置が施されたのである。
大きな傷は包帯を巻かれてるが、既に傷は跡形もなく塞がっているはずだろう。
本人が我々の思う以上に責任を感じている事を除けば全くもって無問題と言えよう、
「そこまで気にする必要はない。
アレの相手は、シンにはかなり厳しい。
私の予測では実力の差が見え次第あの戦いから身を引くだろうとは思ったが……」
「申し訳ありません、ラウ様……。
私の身勝手な判断により……」
「謝罪はもういい。
それより、聞きたいことがある。
シンはローゼンについて何かを知っていたのか?」
見舞いについてもだが、今回の一番の用事はこの件についての言及が主である。
ローゼンは我々を知っていたこと、そして先日の試合の終盤にはシンが彼について何か気づいたように私には見えたのだ。
何かの間違いだとは思うが、向こうが我々を知っていた以上、自分達を生み出したノエルと生前から関わりを持つ彼女が何も知らないとは思えなかったからだ。
何かしらの手がかりを握っているはずなのだ。
「ローゼンは、私達のマスターであったノエルの師であるアルクノヴァ・シグラスの管轄下によって作られた第三世代ホムンクルスだろうと推測しています。
ローゼン自身とは面識は全くもってありませんでしたが、アルクノヴァに関してはマスターの存命時に何度かお目にし、直接会話した機会もありましたので」
「アルクノヴァの第三世代ホムンクルス」
「はい、アルクノヴァは帝国在籍時から人工神器の開発に取り組んでおりました。
我がマスターであるノエルは、彼に対抗してグリモワールの研究をしておりましたので。
マスターの研究は後に、私の体内に存在する人工グリモワール、グリモワール・デコイの製造に至り、後のラウ様を製造する際の技術にその技術の粋が継承されているものと思われます」
「そして、アルクノヴァは帝国崩壊後も人工神器の研究と製造を続け完成に至らせた。
その結果が、第三世代ホムンクルスであるローゼンであるというのか?」
「はい、その通りです。
グリモワールは神器を観測することによってその力を模倣する事が可能な代物です。
使い方次第で世界そのものすら作り替えることが可能な程の凄まじい力……。
しかし、生前のマスターはそれを権限であるとして能力自体の力ではなく、能力の使用が可能か不可能かただそれだであると仰っておりました。
そして、人工神器とはつまり神器という強大な力を持つ兵器の量産化に加えてグリモワールに観測されない神器を生み出す事を目的に始まったものなのです」
「グリモワールの観測を受け付けない神器か……」
なるほど、ノエルのグリモワール対策に神器とは中々に面白いことをしてくれる。
しかし、それだけか?
人工神器以外に何もしていないとは到底思えない。
学院の生活基盤の開発に全部持っていかれたとも考えにくい。
他に何かしらの手を確実に打っているはずなのだ。
「何故それを、早くに言わなかった?
直接目にするまで分からなかったのか?」
「申し訳ありません。
あの場、この目で直接見るまで私にはアレが何なのか全く見当が付かなかったんです。
まさかアルクノヴァの製造したホムンクルスの一体だとは予想外の出来事でしたので」
「確かに、ホムンクルス自体が希少は愚か国際条約に違反しているも同然の存在だからな。
相手もホムンクルスだとは、自称でもしない限り存在の認識は難しいだろう」
しかし、アルクノヴァはやはり関与していた。
となると……やはり、
「申し訳ありません。
ラウ様の助言を無駄にしてしまいました」
「もう、そんなに落ち込んじゃだめだよ。
次のこと考えよ、次!」
そう言って、カットされたリンゴをまた一口頬張るシファの姿が目に入った。
行動はアレだが、言う通りではある。
「そうですね、シファ様の言う通りです……。
対策を考えましょう」
「そうそう。
それに、あのローゼンって子?
多分決勝まで来ると思うよ、ラウと決勝の舞台で戦う為ってだけじゃない。
その実力は確かに本物みたいだからね」
そう言ってリンゴを食べながら告げる彼女。
飲み込むと、いつになく真剣な眼差しで口を開いたのだった。
「んーと、あくまでこれは私の予測ね。
このまま進むと、ローゼンとルークスって人がぶつかるでしょう?
勝敗は恐らくローゼンの圧勝、そうじゃなくても確実に勝つかもね。
ルークスって子も強いけど、まだまだ発展途上。
隠してる能力含めて、ローゼンには勝てない。
あの子、教えてくれる人が居なかったのがほとんど我流なのよ。
だから、まだ自分の能力を最適な方法で鍛え上げたりろくな制御出来てないんだよね?
だから、ルークスは勝てない。
結果そうなると、他の実力者踏まえて勝てる可能性は潰れてローゼンが決勝の舞台に上がってくる。
この決勝戦、結構潰し合いが多いみたいだからね?
運営の意図的な組み合わせなんだと思うけど」
「運営が何らかの理由で故意に対戦相手を決めつけていると判断した要因は何だ?」
「だってルークス以外の目に付いた実力者が、軒並みラウ達のところに固まってるからね。
この先は、あなたとリノエラ、そしてその先は勝った方とシラフが戦うことになるのかな」
「リノエラ・シュヴル、天人族の彼女か……」
「あの子、やっぱ強いね。
魔力はいい線行ってるし、現役の子達の中では一番強いんじゃないかな?
昔はあの子ぐらいは、あの種族って結構な数居たんだんだけどね?」
「そうか」
「そ、だから決勝ではあなたとローゼンの試合になる可能性が一番高いって認識。
もう、十割くらいそうなるって決まってるんじゃないのかな?」
「自分の弟の肩を持たないのか?」
「あの子は勝てないよ、ラウの方が強いもの」
私の質問に考え込む間もなく淡々と返した。
「あの子は確かに強い、強くなったと思う。
一応さ、私自身が一番驚いてるんだよ。
長年、自力で深層解放をやり遂げた例はほとんど現れなかったからさ。
でも、勝てるかは別でしょう?
今のあの子ではあなたに勝てないの」
「本当にそう思っているのか?」
「うん、シンちゃん言ったよね?
グリモワールは神器を観測することによって、その力を模倣する事が出来る。
ただ神器を使えるようになっただけじゃ、シラフはあなたに勝てないのよ」
「随分と手厳しい評価だな」
「剣術とか戦いに関して妥協はしない主義なの。
それはあの子も同じ、そういう命に関わる部分で甘く見るとろくなことにならないからさ」
「シファ。
つまり、私に一体何が言いたいんだ?」
「簡単な話だよ、ラウ。
もし彼と戦う事になったら遠慮はいらない。
全力で戦って欲しいの」
「その言葉を、そのまま汲み取るなら……。
あの弟は最悪命を落とすかもしれないぞ?」
「その辺りは大丈夫。
別に構わないよ、もうあの子はそこまで弱くないし。
それに、今のあの子には壁が必要なのよ。
私みたいな途方もない壁よりかは、より身近で適役が必要不可欠だからね」
「なるほど、身内の成長と期待か……」
「そんなところ………。
あ、そうだ?
近い内に、サリアから新たな命令が来ると思う。
学院に修学する時に国王陛下から出された条件を忘れていないよね?」
条件、確かに覚えてはいる。
当然、それを受け入れたからこそ私とシンはこのラークへ来ることが出来たのだから。
「……、勿論分かっている。
シファ、お前の命令に従おう。
何をさせるつもりなのかは、まだ言えないのか?」
「まだ内緒。
その内ちゃんと説明するから」
「………、了解した。
用事も済んだ、私は先に失礼する。
シン、君はしっかりと身体を休めるように。
シファも病人相手にあまり無理をさせないように」
山積みとなる問題が更に増える前に、私は病室を後にする。
そして、改めて認識せざるを得ない。
シファは危険な存在である。
私達が敵に回そうしている存在以上に………




