第百十九話 翼と在り方と
「炎の神器?」
「ええ、そうです。
それはかつて、こちらの時間でいうと20年程前に我々が厳重に保管していた神器でしたが、それが何者かに盗まれ以降その行方が分からなくなっているんです……。
裏切り者は発見されましたが、何者かによって殺されたようなのですよ。
死体は何者かによって回収されたようですがね」
「神器が盗まれ、実行犯は殺されたと」
「そうなりますね……、
私達の間では、かの神器から得られる炎が式典や儀式において大変欠かせないもので私達は寝る間も惜しんで日々捜索を続けました……。
しかし結果は振るわないまま、時間だけが過ぎてしまった………」
「それから今も手かがりが掴めなかったと?」
「全く掴めなかった訳ではないんです。
それが10年程前の出来事でした。
私達は当時、例の神器の炎をようやく観測しました。
ですが、それ以降の行方は分からず仕舞いなんですよね、貴方を見てまさかとは思ったのですが……」
「10年程前に力を観測したんですよね?
では、その時の位置は分からないんですか?」
「場所ですか、そちらの地名ですとサリア王国と言う国から観測されました。
シラフ様もサリア王国の生まれですよね?
そして、貴方はこの学院で行われる祭典において炎の力を振るったんです。
ですから、まさかとは思ったのですが……」
「10年前のサリア王国で……」
「はい、ですがアレは腕輪ではなく首飾りです。
何らかの方法で加工された線も考えましたが、シラフ様はわざわざそのような嘘や行為するまでも無さそうに想いますし………。
貴方の魔力は清々しい程真っ直ぐに感じますから」
「なるほど、そうでしたか。
確かに、俺があの場で炎の力を用いたのなら貴方がそれを疑うのも無理はありませんよね……。
ではその、俺に神器の銘を尋ねたように、そちらの探している神器にも銘が存在しているんですよね?
何の銘の神器を探しているんですが?」
「神器の銘はプロメテウス。
原初の炎を司る神器であり、そちらで伝わっている名前で伝えますと炎鎖の紅玉でしょうか?
とても美しい赤い雫型の石が特徴的な逸品で、宝石自体の価値もそれなりありますが……。
神器としての価値の方が非常に高い代物でしょう」
「プロメテウス……、原初の炎……」
「少々、お話が過ぎましたね。
この事は他言を控えて貰えますか?
シファ様もこの件はご存知ではあると思いますが、私達がこの学院に入っているのも裏切り者の痕跡が最期に発見されたのがこの国でしたので……」
なるほど、そういう経緯があったのか。
「構いませんよ、俺が無理をして聞いた事ですから。
俺の方で何か分かったらそれも連絡します。
同じ炎の力を扱うみたいなので、何かしらのカタチで分かるかもしれませんからね」
「ありがとう御座います。
それと、今後私の事は呼び捨てでリノエラと呼んで貰って構いませんよ。
それとも何か愛称で呼び合うとか?
私と親しい者からは、リラとかリノっちとか呼ばれておりますが……。
シラフ様にはそのような愛称はあったりしますか?」
と、彼女から提案をされる。
流石に俺が突然彼女をそんな風な愛称で呼んだとなれば、ルーシャや姉さん、他の人達もあらぬ誤解を生みそうである。
リノエラからすれば親交を兼ねて純粋にそう呼んで欲しいという意図なのだろうが……。
「いや、そういう呼び名は特に……。
じゃあ、呼び捨てでリノエラと。
今後ともよろしくお願いしますね、リノエラ」
「勿論です、シラフ。
こちらこそ、良き友としてよろしくお願いしますね」
そう言って、伸ばされた手を取り俺は彼女と硬い握手を交わした。
お互い色々なしがらみがありそうだが、多分それなりにやっていけるだろう。
気になる事があるとすれば、彼女の言った十年前に観測したという炎の神器の力だろうか。
俺の神器の契約と同時期に、炎の神器の力を彼女達は発見している。
俺が同じ炎の力を使っているにしろ、すぐに拘束せず事前の確認で済ました点からして………。
恐らく、念の為俺の身元や人なりを探ろうとしたのだろうとは思う。
あるいは最初から、俺と何らかの友好関係を築く為に姉さんをダシにして接触してきたか?
ローゼンの事を話題として少し挙げただけでの、あの変わりようもあるから、その節を拭えない。
しかし、それ以外の彼女の反応が嘘ばかりという訳でもないと、俺はこうして会話を重ねて感じたのが本音なのだ。
個人的に異文化、及び異種族と関係を持つ事は大きな利点と成りうるとは思う………。
利害関係抜きに、彼女が姉さんを慕っているのは多分本心からだろう。
「シラフ、この後まだ時間はありますよね?」
「ええ、まぁ多少は」
「でしたら、例のあの喫茶店に行きませんか?
シラフも学友の皆様とあそこによく立ち寄るのですよね?」
「ええ、自分から立ち寄る事は少ないですね。
ルーシャや姉さんに誘われたら行くくらいですから」
「なるほど、では今回是非行きましょう」
「そうですね、行きましょうか」
●
店内に入り、メニュー表を楽しげに眺める彼女。
多分ずっと年上なんだろうが、シルビア様に似たようなものを感じる。
娘や孫でも居たらこういう気持ちになるのかと、思わず失礼な事を口に仕掛け俺は目の前の彼女から視線を外し端末を取り出した。
「………、まだ連絡は来ないな」
正直この場を見られたからと言って、ルーシャ達にやましい事は断じてない。
いや、あったらむしろ俺やリノエラをからかってくるに違いないだろう。
「へぇ、シラフいつの間に彼女出来たの?
ふーん、わざわざ主に隠してこっそりだなんていい身分になったものね?
そういう事なら、主に話の一つでも付けておくべきでしょう?
大丈夫、式場が見つからないなら王宮を貸して貰えるように私が手配してあげるからさ?」
と、ルーシャなら俺と彼女をからかう為にそんな事を言いかねないと思う。
いや流石にそこまでしないであろう、うん……。
端末内に表示されている学位内の記事を見るとちょくちょくルーシャ含めて彼女の所属する生徒会の記事が出てくる。
写真部と放送委員と提携し、生徒の不満や意見をいち早く汲み取り改善に努める為の新組織の設立………。
現在学院の中心となっている闘舞祭の影響で衰退しつつある他の競技部門の活性化の為に、運動部門及び文化面での祭典の実施を検討、早ければ来年度から試験的に実施予定………、
と、彼女達の活躍ぶりが記事になっている。
「シラフ。
何か嬉しい知らせでもありましたか?」
「どうしてそう思ったんだ?」
「さっきから口元が緩かったので」
「そうか。
嬉しい知らせなのはそうだな。
俺の主が色々と頑張ってるみたいなのでね。
俺も頑張らないとなぁと」
「主、ルーシャ王女の事ですか?
その若さで国の王族に仕えているのは、それだけ能力が高く評価されたという事ですよね?」
「主の基準としてはでしょうけど。
自分はまだまだ未熟ですよ。
一応専属として身を置いてるんですけど、言わば彼女が強引に話を進めて形式として置いてるって感じです。
でも、認めて貰えるように相応には努力はしているつもりですが………」
「なるほど、主の期待に応える為ですか……」
「あなたも強いですよね、それなりには。
学位序列二位のリノエラ・シュヴル。
一族、あるいは種としての誇りとか多分そういう理由何だと思いますけど」
「………そうですね、シラフの言う通り私には一族及び種としての誇りがありますから。
四大天使という、そちらでいう副王……王の次に偉い王みたいな役職に私は席を置いているんです。
本来なら、こうしてこの場で学び舎に通う必要もなく、日々部下の訓練や種の統治に勤める。
数百年以上、一番若い私ですらそれ程の年月を費やしてきたんです」
「…………。」
「でも、私もあなたと同じく未熟なんです。
今まで現役となっていた者達が入れ替わり、そして時代の変化と共に種全体としての在り方が変化した。
これまでのように、他の文明を排斥し我が種が存続して続ける事が難しい時代なんです。
そちらの歴史での出来事で例えるならば、帝国の誕生と崩壊に似たようなものですかね。
そういった変化に対応する為に、私や他の四大天使が取り組むようになった。
しかし思うように纏まらない上に、内部での勢力争いが激しくなってしまった」
「変化の対応ですか」
「はい。
種の変化に対応する為に、より激しく時代の変化に乗っているあなた方を知る必要があるのでは……と。
私達の勢力は認識し、私をはじめとした少ない同胞がこの学院に訪れ交流をするようになりました。
例の神器を探るのもその口実の一つとして………」
「そうでしたか」
「最初は慣れない環境で色々と大変でした。
環境に馴染めなくて、本当にどうすれば良いのか分からなくて………。
でも、私は少しずつ変われたんだと思います。
だからこうして、あなたとも分け隔てなく接していられるのだと……。
少し前の自分では本当に考えられないくらいに」
「………」
「こうして、人々と関われるのが楽しい。
私は心からそう思っています。
シラフ、あなたとの出会いもとても楽しい。
とても良い出会いに巡り合えたと、感じています。
そして今この瞬間。
種の壁をも時代をも乗り超えて私達は良き友になれるのだと、私はその可能性を確信している。
私が変われたように、我が種も変われる。
信じたいので、互いの手を取り合う未来の姿を……」
そう彼女は未来の姿を楽しげに語り続ける。
彼女の想いは本物なのだと信じたい、その想いを胸に時間の許す限り俺は彼女の夢を聞き入り続けていた。




