第百十四話 強く、より強くなる為に
その日、また一人俺が殺した。
その次の日も、次の日も。
俺は戦いに駆り出され、命令のままにその力を振るい続けた。
強くなくては生き残れない。
この世界では、この中では俺達は皆平等。
力があれば明日があり、生きられる。
弱者には価値は無し、処理されるのみ。
この世界では強さこそが全てである。
この施設では強さこそが絶対である。
そして俺は、この日初めて敗北した。
燃え盛る炎の前にして、俺は一歩も動けずに。
●
試合が開始される彼は私の出方を伺っていた。
特に守りの構えを取る訳でもなく、こちらの様子を余裕そうな表情で見ているのみ。
しかし、警戒がない訳ではない。
魔力の流れ、細かい一つの動作に対して警戒の意識が向けられているのだ。
開幕の空間転移魔術による奇襲は不可能。
中途半端な仕掛けでは見抜かれ、解除あるいは利用されるのがオチだろう。
「………」
正面から攻撃を仕掛けるべきか?
しかし、正面を突破出来る程私は力が強くない。
先程の彼の発言通り、私は戦闘タイプのホムンクルスではない。
戦えるようにしたのは、私の意志で勝手にやったことなのだから。
習得した魔術や戦闘技術は、少ない知人や書物から学んだ知識と経験によるもの。
でも、私が戦いを望んだからではない。
全てはあの方の為だ。
いつかラウ様が目覚めた時の為、あの方のお役に立つ為に私は力を自らの意志で欲した。
あの方に教える為に。
あの方に生きる術を与える為に。
あの方が自分の身を守れるようにする為に。
いつか私が居なくなった時の為に………。
「グリモワール・デコイ、起動。
対象の観測開始」
「へぇ、驚いた………。
その力をもう使うんだ?」
戯言に耳を貸すな、私の出来る事は限られている。
勝てない勝負であろうと、やれるだけ尽くすまで。
あの方の為に、ラウ様の為に………。
「これより対象の殲滅を開始します」
両手に魔法陣を形成、即座にナイフを二本錬成しソレを握り全身に魔力を込める。
グリモワール発動により魔力の流れが加速。
体温が上昇し、流れる魔力が私の皮膚上に発光の煌めきを放ち始める。
青い幾何学模様を浮かべ、その魔力の流れが手を伝いナイフの刃へと及んでいく。
私の攻撃を警戒し、目の前の彼も魔力を高めその右手に剣を錬成した。
錬成魔術、いや恐らく違う。
こちらのものとは違い魔法陣が現れなかった。
転移魔術を改良し、何処からか持ってきたものに見えるが………。
「さあ………何処からでも来いよ、シン?」
「………」
右足で一歩、踏み込む。
次の左足での一歩を踏み込む間際に足に魔力を集中させ踏み込んだ場所に魔法陣を設置し完全に踏み込んだと同時に仕掛けた魔術を発動させる。
「対象補足………」
視界が移り、天と地が逆転。
右手のナイフに魔術を込め、目標の座標にむけて投擲し左のナイフも同様に目標の座標目掛けて投擲。
「再装填………」
再び両手にナイフを錬成し、同様に魔術を込め2度目の投擲を目標の座標に向けて投擲する。
「っ?!!!」
最初のナイフが敵に目掛けて向かうと、地面に衝突する間際に仕掛けた魔術が発動し複数に分裂し四方八方へと散乱し襲い掛かる。
攻撃の意識が分裂したナイフに向かった直後、迎撃の姿勢に入り対応する為の魔術を利用した瞬間控えていた応撃型の魔術を込めたナイフが彼の背後から急襲する。
「小賢しい真似を………!」
背後から仕掛けたそのナイフの刃は愚か最初の散らばったナイフ達をも軽く弾き返してみせる。
当然、予測通り………。
「展開完了、再装填………」
その時、2回目に投擲したナイフ達が次の攻撃の準備を終える。
次の攻撃が起こると同時に次の攻撃に備える。
彼の頭上と私の間に二重の魔法陣が出現する。
「おいおい………。
負けると分かった割にはお前………」
「………レイスフェラ・ギノーメノ」
上部の魔法陣から複数の光弾が放たれる
そして次の魔法陣を通過した瞬間、その数を大きく増幅させ敵の元へと放つ。
激しい爆発と光の嵐に、会場からの歓声はかき消されるが敵の視界と聴覚もまた同じ。
この時作用するのは、魔術及び魔力によるの魔力の感知精度が主になる。
この飽和攻撃は初戦目眩まし程度。
せいぜい敵の攻撃を足止めする程度にしかならない。
既に錬成と魔術を込め終えたナイフを構え、次の攻撃に向けて動こうとした瞬間、何かの気配を背後から感じた。
「そう何度もくらうかよ?」
「っ?!」
咄嗟に刃を振るった、しかし間に合わない。
右腕を捕まれ。
そして、そのまま私は地面に叩きつけられた。
「ぐっ……っ?」
今ので私の右腕が折れた……。
痛覚で自覚する前に、その感触を知覚する。
残った左手で次の攻撃を警戒しすぐさま体勢を取り直そうとするも遅れてやってきた腕の痛みに身体が強張り僅かに震えた。
声にならない痛み、歯を噛み締めながら次の攻撃に備えて警戒する。
「…………最初は良かったよ。
だが、その手はまずかったな?」
私の放った攻撃によって生じた砂嵐により視界が塞がれた地上から彼の声が何処からともなく聞こえてくる。
「………っ?!」
「あの攻撃は悪くはなかった。
なるほど、アイツに戦闘を教えたのはお前か?
通りで、その強さが何処から来たのかようやく分かってきたよ」
「はぁ……はぁ……」
相手の魔力が感知できない。
どうして、何故出来ない?
私が焦っているのか、いやそうじゃない。
焦ってるだけで、相手の魔力が辿れないなんて事はまずあり得ない。
つまり、敵に何かを仕込まれた?
あの一瞬で私の腕に何か細工を施したのか?
「だが、納得いかないな。
ソレはお前のすることじゃないだろ?
お前ではなく、ノエル経由の腕の立つ誰かしらでも良かったはずなんだ。
向こうで俺達を見ている、あのシファのような奴でもな?
それに、良かったなシン?
お前の主が、わざわざ応援に来てくれているぞ?」
「っ?!!」
ラウ様が、私の応援に?
どうして……今になって………?
何でこの試合にあなた様が………?
いや違う、敵が私の動揺を誘う為だ。
戦いは終わっていない、まだ片腕が残っている。
治癒魔術と並行して、次の一手を………
「鈍いな……」
背中を衝撃が貫いた。
身体が地面を鞭打ち、全身の動きが滞る。
立ち上がろうとするも、最初に発動したグリモワールの維持を保てず、そのまま解除された。
そのままゆっくりと立ち上がる頃には、視界も晴れて敵の姿が良く見えるようになっていた。
「っ………」
残されたナイフを手に取り、戦う意志を示すも彼は私から目を背け大きなため息を吐いていた。
「あんたは強いよ、よくやった方だ。
だが、それだけだ。
楽しみにしていたんだがな、もう少し俺の糧になれると期待していたんだが残念だよ」
「勝手に期待して、勝手に失望ですか……
身勝手にも程がありますね?」
「口だけは達者だな。
で、その状態からどうやって勝つんだ?
別に待っててもいいんだぜ?
お前が再びデコイの力を使おうと、もう一度そのナイフ頼みの魔術を使っても構わない。
だが、俺にはそういうの効かないんだよね?」
「どういう……意味です?」
「最初に言ったろ?
お前の事を第二世代って、そして第四世代も既に最終調整の段階へと至っているってな?
じゃあ今目の前に居る俺は何だと思ってる?」
「第三世代のホムンクルスだと?
旧式と新型に挟まれた中途半端な存在では?
それが今更何だと言うんです?」
「そうだ、その通り。
俺は半端者で、最も生産数が多かったんだ。
だからこそ、俺は仲間内でも一番淘汰の為の戦いに駆り出されたんだ。
要は弱肉強食の生き残りを仲間内で散々やらされたんだよ?
で、お前みたいな戦い方も散々見てきたし受けてきたんだよね?」
「…………何が言いたいんですか?」
「言わば進化と言えばいいのかな?
俺は数多の淘汰の果てに、自らの生存本能によって本来の第三世代の性能とは逸した存在になった。
それでも俺は第四世代にはなれない、そういう欠陥だけは俺から消える事はないらしい。
だが、それでも俺は確かに他の奴等とは違う進化を果たしたんだよ。
俺は、数多の戦いから生き残る為に受けた攻撃の耐性を得ていく事が出来るんだ?
分かるか?
つまり俺にはその程度の魔力やら物理的な攻撃は効かないんだよ。
お前程度相手の攻撃なら何度受けても俺は死なない」
「効かないって、そんな訳が………」
「なら、試してみろよ。
お前の全力を、俺に放ってみればいい」




