第百十三話 主の期待に応える為
帝歴403年10月7日
私は控え室にて今朝方に送ったラウ様へのメールからの返信内容を見返していた。
メールの内容は、簡潔にまとめられている。
君の健闘を祈る、無理をしないように。
私の身を案じ送ってくれた内容に対して、感謝と同時に結果に応えたいという想いが強まっていく。
試合開始のその時まで、私はあの方からの激励を胸に刻み込む。
決して負けられない戦い。
あの方に為に、あの方の名を汚さぬ為に私は私に出来る最高の結果を示すまで。
この先もずっと、可能な限りを尽くす為に。
私は負けられない。
この戦いでも、この先の戦いにおいても………。
例え相手が誰であろうと………。
●
「で、わざわざ心配だからシンちゃんの応援に直接来ちゃったのラウ?」
「心配という程ではない。
しかし、相手が相手である以上念の為に直接赴いたまでの事だ」
「ふーん、まぁ何かあったら大変だもんね……」
試合開始が迫る中、賑やかな会場で私の横の席を陣取るシファの姿に苛立たしさを覚える。
わざわざお前まで来る必要があるのか疑問を覚える中、私は今日の試合の内容を端末の画面から確認する。
ローゼン対シン・レクサス。
現在、この学院において最強と呼ばれる存在を相手に初戦から彼女が相対することになった。
前夜祭の際に、一度奴とは対峙している。
私達と同じホムンクルスの一人であること。
ノエルを知り、彼女によって作られた私達をノエルのガラクタと蔑称した存在だ。
得体の知れない存在に私は警戒し、シンにはその際対戦に当たった際には警戒するように忠告していたが、その時の思考がまさに目の前で起きている。
ノエルを知る者、つまり帝国関連の存在である事は間違いない。
学院内で帝国に由来を持つ存在はそう多くない。
ノエルと因縁を持つ存在として、私が最も注目したのが帝国時代にかつて敵対関係にあったアルクノヴァ・シグラスという存在。
かつてはノエルの師であり、学院内では魔導工学においての第一任者として今尚現役として化学者の前線で活躍している人物。
現在ラークで運用されている端末や鉄道システムの根幹においてノエルと共同開発した経験もあるが、彼女の才能に嫉妬し仲はあまり良くはなかったと当時を記す記事には幾つか残っていた。
故に、奴は今も尚ノエルを敵視し彼女から生まれた私達に関しての情報を何処からか入手し目を付けたこと。
故に奴が生み出したホムンクルスであるローゼンが私達を目の敵にしている。
その可能性が一番妥当だとは思うが、本当にソレだけなのか疑問に思う。
単に気に食わないだけで、わざわざ出向いて顔を合わせる真似をするのだろうか?
シファを過保護扱いするあの弟を例に挙げれば、わざわざ私に接触する事を避けている。
あの弟も例に漏れず我々を目の敵にしているが、わざわざ出向いて直接喧嘩を売る真似は最初の一度きりで、以降は我々と距離を取っている。
つまり、気に食わないだけであるならいちいち出向いて喧嘩を売る真似をわざわざする必要がないのだ。
何か別の意図、彼の背景にある何かが私達に向けられ、気に食わない相手であると認識させた。
彼個人としての向けた感情ではなく、彼の周りの環境から仕向けられた感情であり、個人の意志とは違うモノである可能性………。
いや、それが事実だとして我々にとっては脅威に他ならないのだ。
仮に、奴の他に同様のホムンクルスかそれに類ずる者達か仕向けられたのなら我々だけで対応は不可能だろう。
しかし、今隣で会場の露店で売られいた食べ物をリスのように口に詰め込んでいる彼女が居ればその脅威とは無縁と思われる。
が、これから目の前で行われる試合は別。
「何もなければ良いのだがな………」
公の目もある以上、余計な事はしないだろうとは思うのだが……。
不安要素が残っている以上無視はできないのだから。
●
試合開始が近づき、私は会場へと出向く。
私が舞台へと上がると、一人先に待ち受けている白黒の入り混じった髪を生やした男の姿が目に入った。
今日の対戦相手である、ローゼン。
ラウ様の見立てでは警戒するように忠告された逸材。
学院内での実力は、今現在の学位序列一位を冠する学院最強の存在。
「ようやく来たか、待ちくたびれたよ」
「開始時間までまだ時間が残っていたはずです。
予定時間に合わせて来ても問題ないかと」
「まぁそうだな。
俺が勝手にあんたとの試合を楽しみしていたんだよ」
「楽しみですか………」
「ああ、そうだ。
だってお前はノエルに生み出された第2世代型のホムンクルスだろう?
戦闘タイプじゃない造形のお前が、ここまで勝ち上がって来たことに驚いたんだ」
「私の事をご存知で?」
「シン、お前は既に俺達のマスターとは顔見知りだろうよ?
俺達のマスターはお前に関して、色々と思うところがあったようだが……。
デコイの器として、あとはノエルの介護要因として用意された存在であるとしてな………。
言わば、容れ物でしかないお前がそれだけの戦闘能力を持っていたことに俺は関心したんだ」
「何を言うかと思えばそんなことですか………」
「そんなことか……。
だって必要無い事だろ?
お前はわざわざ前線に出て戦う必要がない存在。
本来ならば、戦わずにノエルの死後もその内に秘めたデコイの管理を来たるべき時の為に取っておくべきであった。
いずれ来たるであろう第四世代の為に、そのデコイを明け渡すまではな?」
「…………」
「おいおい、分からない訳無いだろう?
お前はその為に作られた存在。
というか、何でお前はまだ生きてる?
ホムンクルスの耐用年数をお前が何も知らされていない訳がないんだ。
本来、とっくに尽きていてもおかしくない。
お前が現在仕えているラウ・クローリアとかいうホムンクルスにそのデコイを託していても良かったくらいなんだ。
だから、本来お前が今も尚ソレを持っているのは明らかにおかしいって話だよ?」
「第四世代、ですか………。
それであなたのマスターはそのホムンクルスを完成させたのですか?」
「一応はな、まだ最終調整は終わってないが既に俺達の中でも指折りの実力者だ。
ただ、少々性格に難ありといったところ。
うちの筆頭の後ろを追うことしか頭にないんだと。
全く、アイツのお守りを押し付けられるのはたまったもんじゃないんだがな……」
「…………」
「とにかくだ、今はそんな事はどうでもいい。
俺は戦いにしに来たんだ。
そんな小難しい事なんてどうでもいい」
「私としては正直戦いには興味ありません。
あの方の為になるのなら、私はなんだってするそれだけのことです。
戦いとはその為の行為の一つに過ぎないのですから」
「ほう、つまり負けると分かってる勝負はわざわざしないというか?
流石に俺とお前の実力差は既に見切ってると」
「ええ、先程の会話までに今の私ではあなたに勝てないと判断しました。
無用な戦いに赴く必要はありませんので、私はここで戦いを辞退します」
「おいおい、ソレは無いだろ?
だったらこういうのはどうだ?」
「何が言いたいんです?」
「今現在、マスターの方でお前達の存在について色々と話題に上がっているんだ。
一部勢力に関して言うなら、お前達を排除するべきであると過激な意見もあるくらいでさ?
俺にとっても、マスターにとっても今お前達に何かあっては困るんだよね」
「何が言いたいんですか?」
「取引だよ、お前の頑張り次第でお前の主含めての処遇と時間稼ぎをしてやるって言ってるんだ。
俺はこの先どうなるか分からないが、マスターは今後何かしらの形でお前達と関わるだろう。
あくまで時間稼ぎだがな、今のお前と主では到底ソイツ等の対処は不可能だろう。
体内のソレ等と情報を奪われるのがオチだ。
だから、取引だよ。
お前の頑張り次第で、お前の主の安全が来たるべき時の為まで保証させるんだ。
お前達にとって悪くない話だろう?」
「その話に応じる、あなたの利点は何ですか?
そんな事をして、あなたは何を得るんです?」
「戦いだよ、至高の戦いだ。
俺は強くならないと生き残れないんだ。
だから俺は強いやつと何度も何度も戦う必要があるんだよ?」
そう言うと彼の表情が険しくなる。
「さあ、選べよシン?
俺と戦うか、この取引から逃げるのかをな?」




