第百十二話 それでも俺は守りたい
「剣の裁判の当日、私はあなたを引き取る為に一人で現場に押しかけて無理矢理あなたを引き取ったの。
でも、あなたの精神は事故の影響で異常をきたしてしまっていた。
端的に言うなら、自分の意思を伝える事が出来ない状態でいたの」
「っ……」
「私はあなたを引き取ってから、数日以上あなたの意識を戻す為に色々な方法を試したわ。
でも、何をやっても効果がなくて途方に暮れたの。
自分で食事すらもまともに取れない上に、声を掛けても応答も無し。
手の打ちようがなくて私はとりあえずあなたが契約した例の腕輪を渡したの。
そしたら、腕輪からは強い光を放たれ、そこから何かが現れたの……」
「……まさか?!
それがリンだったのか?」
「うん……。
あの子は自分を、彼の強い意志が生んだ存在だと自らそう言っていたわ。
そういう例があるとは知ってはいたけど、直接見るのはあの時が初めてだった」
「まさか、リンが………。
いや、でも俺には確かにアイツが俺の元にずっと前から居た記憶があって………」
「………。
それから腕輪から現れたリンちゃんは、私にあなたを救える一つの方法として現在の記憶の封印する事を提案してくれたのよ。
それが恐らく、あなたの記憶が不安定で神器の力を用いる度に調子を崩す要因なんだと思う」
「…………、そういうことだったんですね」
「うん、ごめんね。
でも、そうするしか無かった。
あの時は本当にそれしか方法が無かったの……。
あのまま放っておけば自分で食事を取れない上に身体の反応も見られない。
遅かれ早かれ命に関わっていた。
だから私は少しでも生きる可能性に賭けたの……」
「姉さん……」
「それに、まだ問題は残ってるの。
仮にもし、今後あなたの記憶が戻った場合。
最悪の場合、あの時の状態に戻ってしまう可能性があるの。
そして、もう一度あなたの記憶を封印したとしても、二度目が効くとは保証が出来ない」
「つまり、俺の記憶が戻るということは……。
最悪、今の俺は死ぬも同然だと?」
「ごめんね、私はそれが嫌だったの……。
十剣として神器の重要さについては私が一番に分かっているつもりだよ。
でもね、それであなたが壊れてしまうのは嫌だった。
あなたが過去の出来事に、炎の記憶に苦しんでる時に私はあなたに何をしてあげたらいいか分からなかった。
ただ、側に居て慰めてあげるしか出来なかった。
あの時は仕方無かったんだ、そうするしかあなたは助からなかったんだ、だから正しかったんだと。
私は私自身に何度も、何度も言い聞かせた。
「………」
「あのまま何も出来ない方がもっと嫌だった……。
目の前で、今にも死にそうなあなたを見続けるのが辛かった。
助けたかった、助けなきゃって………神器という本来あなたが関与するべきではないモノに私達が関わらせてしまったからこそ……。
私達のせいで、あなたの家族が全てがおかしくなってしまったから……。
だから、せめて生きて欲しかった。
いや、生かさなきゃいけないんだって………」
「姉さん……」
「だから、だから私はそうするしか無かった。
あなたの記憶を、過去の思い出に干渉してでも今目の前にある助かる可能性を汲み取りたかった。
でも、でも………私のした身勝手のせいで……。
シラフを……あなたを余計に苦しめてしまった。
本当にごめん、ごめんなさい、シラフ……」
姉さんは泣いていた……。
それは俺がこれまでの日々の中で初めて見る程辛そうな姿を晒していた。
その涙には後悔なのか罪悪感なのかは定かでは無い。
俺には悲しみが理解出来ない。
だが少なくとも、姉さんは今この瞬間までずっとあの時の出来事を気にしていたであろう事は理解出来る。
これまで、俺とリンに対し少し距離を置いている気がしたのは、その背負っていた物故だろう
俺を引き取り、一緒に暮らすと決めたその日。
そして、今日に至るまでの10年もの間。
姉さんが一人で背負い続けたもの……。
姉さんは震えていた。
昔はずっと大きくて、届かない場所にいるような存在だった姉さんが……。
いつの間にか、背も俺が追い越してしまって……。
そして、目の前で泣いている。
震える彼女の手を俺は優しく握る。
既に俺よりも小さくて華奢な細い指先。
この手に、この人の手に俺は救われた。
だから………
「俺の記憶は戻せるんですか?」
「戻せるよ……でも、それは……」
「なら、それで構いませんよ。
俺にその覚悟が出来た時、記憶を返して貰えればそれでいいです」
「でも……、それじゃあ……」
「俺は大丈夫です。
例え記憶が戻っても、俺が姉さんの家族である事に変わりはありません。
それに、今の俺は一人ではありませんよ。
ほんと、つい最近までは俺は一人で強くなろうとしていました……。
でも、それじゃ駄目なんだって気付いたんです。
俺は自分一人の為に戦っているんじゃ無いって……」
「シラフ……」
「俺は騎士ですから。
己の守りたい存在を守り抜く存在。
でも、命に代えてなんてなんて真似はしません。
俺は生きて、自分の守りたい存在を守るんだと、そう決めましたから」
「っ……。」
「俺は……俺は、大切な人が悲しまずに済むのなら。
例え神器の力が今後二度と使えないとしても、俺は自分の大切な存在を守り抜けるようになって見せますから。
例え、あの炎の中だろうと俺は俺の大切な人達を必ず守るんだって決めましたから」
「そっか、変わったね……。
昔はあんなに神器に拘っていたのに……」
「そうですかね?
そういや、いつの間にか姉さんの背も追い越していましたね。
昔はあんなに大きくて、超えてやるんだってやっけになってたのに……」
「懐かしい。
でも、いつの間にか追い越されちゃったからなぁ。
男の子の成長は早いよね、ほんとさ」
「そうですね。
姉さん、俺はいつか姉さんが助けを必要とした時には、あなたの助けになれるように頑張ります。
姉さんは、シファ・ラーニルは例え何者であろうとも、俺の大切な家族に変わりありませんから」
「ありがとう、シラフ。
そうだ、ここまで話したんだからちゃんと本当の名前くらい教えてあげないとね。
父親の話をした時に少し漏らしたと思うけど……」
「シラフという名前も、記憶に関連するから別の名前を付けていた具合ですか?」
「そういうこと、まぁ今更だけどね。」
ハイド、ハイド・カルフ。
それがあなたの名前、あなたの両親があなたに付けてくれた本当の名前だよ。」
「ハイド、ですか………。
まさか、あの英雄と同じ名前とは………。
それはそれで目立ちますね、色々と……」
「確かに、そうかもね。
公に出すのは、色々落ち着くまで今まで通り控えた方がいいかもね」
「そう、ですか………。
姉さん、今の俺は騎士になれると思いますか?
俺はサリア王国の、ルーシャを守れる騎士に……」
「シラフは立派な騎士だよ……。
私の自慢の家族だもん、絶対にサリア王国一番の騎士になれるよ。
必ず、そうなるって私は信じてるからね」
姉さんは泣きながらも笑顔を振りまく。
そこにはもう悲しみの影は無い。
俺の目の前には一番輝いていた彼女の笑顔がそこにあった。




