第百十一話 あの日とその背景の裏で
帝歴393年4月4日
事件の翌日、日が昇り始めた頃に向こうから馬車の音が聞こえてきた。
向こうに見えるのは、5つの馬車と馬車を囲む幾つかの騎馬兵達。
後ろ2つには物資か何らかの荷物が乗せられ、前方の3つには人が乗っていると思われる荷車が見える。
そして、彼等を率いて最前列に居たのはカルフ家に向かったというクラウス本人であった。
「クラウス、止まって……」
私が馬車を呼び止めると、私の存在に気づいた彼が仲間達に声を掛け歩みを止める。
「シファさん、どうしてここに?」
「国王からカルフ家の件とあなたの事を聞いて、心配だったからここでずっと待ってたの……。
クラウス、あなた少し顔に火傷が………?」
顔の火傷もあるが、衣服にも焦げが見える。
そしてかなり疲れているのか、声の調子も優れない様子である。
「昨日の事……聞かせてくれる?」
「後ほどお伝えします。
ですが、今は彼をを送り届けてからでいいですか?」
「彼って……何人か生存者がいたの?」
「……。
選定の儀にて選ばれた契約者の一人を確認。
そして、こちらで保護し連れて来た次第です」
「契約者……。
少し顔を見ていい?」
「案内します。
今はゆっくり寝ていますので、お静かに」
そう言って、彼は馬から降りると生存者が乗っているという馬車の荷車へと案内する。
そして、その中には寝ている様子の……。
いや、意識がない状態の男の子が一人そこに居た。
「この子……もしかして………」
「例の腕輪に選ばれた唯一の生存者です。
出火要因は不明、外部あるいは内部の何者かによって引き起こされたこの火災によって、彼以外の全て。
両親を含め使用人及び国から派遣された使者の全員が骨も残らず屋敷ごと消失を、私がこの目で見届けました。
故に生存者はこの子供一人だけです」
私は言葉を失った。
子供以外、全員が死んだ?
何が起こったの?
あの場所で、一体何が?
「っ……」
「私は手続きがありますので失礼します……。」
「っ待って……!」
「……。」
「この子を、これからどうするつもり?」
「近い内に、剣の裁判に掛けます」
「子供一人の為に、大人が寄ってたかってこれ以上何をするつもりなの……?」
「子供一人ではありません。
彼は既に我々と同じ神器使いの一人です。
故に今はまだ子供だからと言って、余計な情を掛ける事は私の一任では出来ません」
「クラウス、あなた本気で言っている?
分かってるの?
この子は、家族を失って間もないのよ………。
それも、あまりに身勝手な理由よ、それなのに……」
「理由やその境遇はどうあれ、彼は既に多くの人を殺しています。
契約の意図、思惑がどうあれ彼は己の所持する神器の力によって何の罪も無い多くの人々を殺している。
あの現場と、彼の持つ腕輪の力がそうさせてしまったんです」
「私は止めたはずよ……。
なのに自分達の思惑が失敗したから、その責任の全てをこの子に押しつけるつもりなの?
おかしい、そんなの間違ってるわ!!」
「必要な犠牲だってある……。
それをあなたが一番理解しているはずだ。
剣の裁判を執り行う、そうしなければあの場で失った多くの命に対しての処遇に誰が納得する?
彼の家族だけじゃない、あの家に仕えていた人々の家族、儀式に使われた人間にも家族がいる。
その彼等もあの事件とは無関係な命だったにも関わらず殺されているんです」
「っ……。」
「申し訳ありません、取り乱しました。
私は今忙しいんです……。
シファさん、後ほどこの件に関してはまた後で話をしましょう。
では、私はこれにて失礼します」
「そう……じゃあまた後で………」
私は言い返せなかった。
確かに、クラウスの言葉通りなら思惑がどうであれあの場で炎の強大な力を扱えたのは、幼いあの子一人。
してやられた……最初から、あの子を………あの子の家族を始末する為に、誰かが仕組んだのか?
でも、本当にあの子が引き起こしてしまったのか?
分からない、判断をするにはまだ早い。
後でクラウスから詳細を聞く必要がある。
それに………、問題はあの子はこれからどうなる?
どうする?
孤児院に預け、誰かの養子に?
いや駄目、そんな事をすればカルフ家をよく思わない勢力の思う壺になり得る。
教会傘下は特に駄目、派閥争いの火種か道具として利用されてしまうのがオチ。
じゃあ、クラウスに引き取らせる?
それも多分無理、多忙で独り身の彼だけじゃあの子の世話は多分出来ない。
じゃあ、私が引き取るべきか?
でも……私が引き取るのは………、
いや、関係ない………。
私はあの子の父親と約束したじゃない。
私が師として、あの子を守るって………。
●
「まさか、そんな事が………」
「うん……、色々と考えた結果やっぱり私が引き取るべきなのかなって判断したの。
クラウスは当時、独り立ちは勿論してたけど色々と忙しくて、あなたを養子に迎え入れてあげる余裕はほとんど無かった。
だから真っ先に私は一度孤児院に預けて、経過観察が一番無難な方法だと最初は思ったんだけど養子に迎え入れる貴族連中があなたを手に入れる為に手段を問わないだろうから、その競争や争いを見越して諦めた。
そして、他にも幾つか考えたんだけど、やっぱり私があなたを引き取るべきじゃないのかなって………。
そういう結論に至った」
「なる……ほど。
それで、あの火災の一件が俺の持つ腕輪の力によるものだという可能性が高いのは事実なんですか?
やはり俺は、神器の力で自分の家族を殺したと?」
「それは、どうなのかな……。
私の経験上、シラフのような例は一度も無かった。
それこそ、神器の契約ってシルちゃんのような神器から光が放たれ契約が承認されるのがほとんどなの。
仮に神器の力が漏れ出てしまったのなら、国の使者は愚かあなたの家族が幼いあなたを全く止められないなんて状況はまずありえない。
だから、私はその可能性は限りなく低い……。
いや、ほとんど可能性としてらあり得ない事象であると判断している」
「つまり、俺の神器の力を利用して当日屋敷内に居た第三者あるいは内部の何者かが意図的に引き起こしたものだと?」
「そういうことになるのかな。
でも、当時の状況を見たクラウスの率いた隊の何人かがあの状況から、あなたが引き起こしたものだという可能性を強く疑った。
本来秘匿されるべき事案ではあったけど、観測された巨大な火柱、そしてあの場で唯一生き残ったのは、あなた一人のみだった。
そうなると、犠牲になった者達の親族達からは当然あなたの責任であると思われても仕方のない状況だったのよ。
当然、今もそう思ってる連中がいる。
訳だから何かの拍子でまたあの事件のような出来事が起こるんじゃないかとあなたを警戒している人達も幾らか存在している」
「そうだったんですか……」
「………。
シラフ……まだ聞くつもりなの?」
「俺は大丈夫です……。
話を続けて下さい。」
「分かった……」




