第百十話 緊迫した状況下
「私は当時、あなたの父親に神器との契約が成功した際にあなたの師として見守って欲しいと頼まれていたの……。
それ以外にも、日頃のあなたの生活ぶりとか家族との日常を沢山聞かされたりもしたかな。
当時は流行り病の対策とか、それに関しての経済政策とかで色々と立て込んで一緒に居られる時間が少なくなって悔しかった話とか、色々と面白い人だった印象ね。
傍から見たら親バカな部分が多いけど、今のシラフと似たようにとても優しい父親だったと思うよ」
「そうですか………。
俺は家族から本当に大切にされていたんですね」
「うん、でも……。
それからはもう長くは無かった」
「例の火災ですよね?」
「そうだね、私もあの時はとても驚いたんだ。
まさかこの前まで普通に話していたから、流石の私も結構動揺したんだよ。
年寄りが寿命で亡くなるみたいなのは数を踏んでいたから仕方ないにしろ、あなたの父親はまだとても若かったから余計にね。
不可解に思ったのは数年前にも、カルフは現当主だったあなたの祖父が何者かの手によって殺害されているって話も出ていたの。
現場の犯人はすぐに捕まえたけど、脚切りの実行犯らしく雇い主についての尋問を前に何者かによって処理され不審な死を遂げていた。
この事実は公には秘匿され、確か懲役20年とかって判決を出して表向きには解決したって事にされたみたいだしさ………」
「つまり、あの火災も何者かによって仕組まれたものという可能性が高いと?」
「正直私もその可能性が高いかなって思ってる。
でも、後の現場の調査の際には瓦礫の残骸とかあまり残ってなくてね……。
その結果証拠は見つからないし、細かいところは分からない部分が多いの。
悪い噂が広まったのもこの辺りが主要因、あなたが昔からよく思われてなかったのも、この不審な事件の時期と私が勝手に介入したってところからだろうからさ」
「でも、俺だけは生き残っていたんですよね?」
「うん。
リンちゃんはその辺りに関して、あなたの持つ炎の神器の力が契約者を守る為にその力が作用したからっていうのが主なのかな。
あとは当時救助に駆け付けたのがクラウスだった。
あの燃え盛る屋敷からあなただけは助け出してみせたのよね。
幾ら神器の力によって炎の耐性を獲得としたとしても、当時まだ幼いあなたが契約間もない神器の力をちゃんと扱えるとは思えないからね。
仮に神器の力が作用しても、クラウスが助け出してくれなかったらそのまま命を落としていたかもしれない。
あなたが無事に助かったのら彼の早急な判断と行動力あって成り立った奇跡だったと言える」
「クラウスさんが俺を?」
「あー、そこも知らないんだっけ?
あの時、彼がいち早く駆け付けたられた要因は、当時のクラウスってカルフの家に仕えていた侍女の一人と隠れて交際していたのよ。
でも、交際していた侍女は勿論あなた以外は全員助かる事は無かった。
遺体の回収も殆ど出来ず、クラウスもあの時は流石に堪えていたみたいだからね。
あなた一人でも救えた事が、彼にとって本当に救いになっていたと言えるのかもね」
「……………。」
「あの日の事は私もかなり印象的だったんだ」
過去を振り返るように姉さんは僅かに俯きながら言葉を続ける。
「それじゃあ、話の続きを………。
事件当日、あなた神器の素質を図る為に国から例の腕輪を持って使者が遣わされたの。
神器の契約に伴う儀式を10年前の4月3日に執り行われた。
同日、巨大な火柱がサリアの王都から観測された。
当時現場に居たあなたを除く、国からの使者及びカルフ家の屋敷に居たカルフ家の親族及び従者、計24名の消息がこの日を境に途絶えてしまった……」
●
帝歴393年4月3日
「シファ様!!
シファ様は何処に居られますか!!」
王宮の訓練所にて私が騎士団の子達に稽古を付けていると私の元に王宮の兵士が駆け付けてきた。
その緊迫した様子に私は何かの緊急事態であると察し、訓練を一度取りやめ兵士の元へと向かった。
「騒がしいわね、それで何かあったの?
どうでも良い要件ではなさそうだけど?」
「はい。
至急、王宮の謁見の間にお越し下さい。
国王陛下がお呼びです」
「新王坊ちゃんの呼び出しか……。
んー、しょうがないなぁ………。
至急伺うから、君たちは今日の訓練は上がっていいよ。
その代わりいつでも出れるように待機」
「「了解!!」」
兵士達の声を聞き流し、私は謁見の間へと向かう。
部屋にたどり着くと、国王が何かを焦るように部屋の中をうろうろと歩き落ち着きのない様子だった。
「待たせたね、私に何か用?
騎士団の子達の貴重な訓練時間を奪ったんだから相応の要件じゃないならただじゃおかないよ?
私、これでも忙しいんだから」
「時間を取らせて申し訳ない……シファ殿。
一つ聞くが、先ほど大きな魔力を感じましたか?」
「大きな魔力……?
あー、なんかそんなの感じたかも?
研究施設か、魔導士団の方でまた乱闘騒動でも起こしたの?
まさか、自警団との小競り合いの仲裁の為にわざわざ呼んだ訳じゃないよね?」
「いやいや、違うのだ。
その、本日カルフ家の元に国から使者が選定の儀を執り行う予定だったのだ………」
「あー、そういや今日だったんだ?
全く、あんな子供に神器をわざわざ持たせるなんて早すぎない?
私、一応辞めとけって厳命したよね?
誰の許可取って勝手な事してるの?
せめて十歳超えてからじゃないと、身体の発達に異常が出たり、あるいは他に何らかの異常が起こるのかもよ?
その辺りの責任ちゃんと取れるの?
カルフ家って、前から結構お金とか色々と出して貰ってる訳だしさ?
そろそろ仇討ちされても文句言えないよ、本当に?」
「…………」
私の言葉に、国王の表情が曇り視線を逸らす。
何かを察し私は彼に尋ねた。
「あの家に、何かあったの?」
「カルフ家の屋敷に火が放たれたようだ。
王宮からは、かの家に放たれたモノと思われる炎の柱が観測された。
現在、かの家にはクラウス殿が隊を率いて先程王都飛び出していった」
「どういうこと?
使者が持ち出した神器は何?」
「かの炎刻の腕輪だ。
もしかすれば、かの神器によって生まれた炎なのかもしれない」
「そんなこと、絶対にあり得ないわ。
たかが契約しただけで、そんな強大な力が溢れるなんて例はこれまで一度も無かった。
あなた達、あの家に何をしたの?」
「私は本当に何も知らない。
先程知らせを受けて私自身も困惑しているのだ。
本当なんだ………」
国王の反応からして真実。
彼の周りの大臣や衛兵等に視線を向けると、私の敵意を汲み取り身体を震わせその場で泣き崩れる。
埒が明かない、話にもならない。
「全く、あなた達ときたら本当に………」
「………返す言葉もありません。
その、シファ様はかの家とはどのようなご関係で?」
「この前、儀式の件を聞いて何かあった際は息子を守って欲しいと頼まれまれたの。
それがまさか、こんなことになるなんて………」
「っ………」
「今回だけは見逃してあげる。
この件についての調査報告書類をすぐにまとめて一ヶ月以内に全ての調査報告をまとめて私に送りなさい?
そうね、この約束を破ったら、今回の選定の儀において斡旋した教会貴族連中を全員締め上げて、王都の門にその首を全て晒すわよ?」
「っ………」
「返事」
「いや、ですが、それはあまりにも……。
突然そんな無理難題を申されても………」
「………あなたに拒否権があるとでも?
私がやれと命じているの。
返事、出来ない?」
「っ……う……。
畏まりました、必ずや果たします。
ですからどうか……」
「はぁ………。
まぁ、責任逃れで退位でも自決でもしようなら、親子共々も同じ末路にさせるから。
分かってるよね?
先代と入れ替わって間もないからって私は容赦しないつもりだから」
「ええ、分かっておりますとも。
突然のお呼び立て、誠に申し訳ありません。
必ず、その約束を守ります」
「…………よろしい。
じゃ、私は戻るから。
あとよろしく……」
怒りを隠せず、苛立ちながら部屋を出ると部屋の前で怯えていた陛下の次女であるルーシャが居た。
「シファ様……?
あの………その………」
ルーシャは私の顔を見るなり少し怯えていた。
あー、まぁあんな会話聞こえたらそうなるか。
あんなの普段はやらないし、しょうがないか……
「ルーシャ、どうかした?」
「今のシファ様……少し怖いです……」
「ん、そっか……。
ごめんね、ルーシャ。
大丈夫、あなたのお父様は無事よ。
それじゃあ、私はお仕事があるから行くね。
ちゃんと、お父様の言う事を聞くんだよ」
「うん、またお会いしましょう」
彼女に別れの挨拶をし、私そのままの足で王都の入口まで向かった。
そのままカルフ家まで向かうか、悩んだが私が顔を出せば余計に場が混乱しかねない。
先方としてクラウスが既に出向いている。
ならば、彼の帰りを待つべきだろう。
彼が事の全てを話してくれるはずだから。




