第十一話 失われたモノ
帝歴403年7月12日
先程事件を起こした賊の元へ足を運んだ私は、賊の長から自身の過去を聞いていた。
色々と興味深い事が多く、気付けば私は彼の事の顛末を追っていたのだった。
「俺は帝都で働いていた当時、その助手の一人だったルキアナに惚れていたんだ。
一応、何度か食事には誘ったのだが仕事以外まるで興味のないようなそんな奴だった。
だが、そんな彼女を変えたのがもう一人の助手であるラウであり彼女は次第にそいつに惹かれていったんだよ」
「で、そちらのラウはどうしたんだ?」
「それがな、最初はそれを拒んだんだよ。
まあそれは無理もない話だろう。
だって奴は帝都に来る以前に自分の故郷を化け物に滅ぼされて当時の幼なじみ、いや恋人だったかもしれない奴すら失ったんだからさ……。
実の親ですら、それ以前の過去に死んだくらいで唯一の拠り所だっあ故郷の者達、ましては最愛の人を失ったと有ればその心境は計り知れないだろう。
失うことへの恐怖は人一倍だった特に、親しい人を失う事はより恐れ、特別親しい友人も居なかった程に」
全てを失った……。
魔物に滅ぼされて……。
その言葉を聞き、何かが妙に引っかかった。
「そして奴は毎日のように暇があれば必ず彼女の墓参りをしていたよ……。
それに彼女もよく付いて行ったんだよ。
彼女自身も自分の両親の墓参りの為にな……」
淡々とそれを語る賊の長は、哀愁に浸るように言葉を続ける。
「あの二人は複雑な縁で繋がっていたな。
それが原因で二人は何度もぶつかり合ったりした。
ある時には、その因果の故に互いに殺し合ったりもしたものだ。
しかしそれ以上に、互いに支え合い助け合ったりもしていた。
俺でも、あの二人はお似合いだと思った程に」
「その後、二人はどうなった?」
「最終的には、書類上は結婚していた。
しかし当時は酷い内戦が終わった直後で仕事が忙しかったから、新婚旅行や式を挙げる暇すら無かったようだが………。
晩年、彼は滅んだ故郷の再興の為に八英傑の座を降りる予定だったんだが、運命はソレを良しとはしなかった」
「それで奴が帝国の英雄と呼ばれた理由は何だ?」
「ラウは18という若さで既に、当時の八英傑の中でも軍を抜いて強かった。
当時、帝国に起こった幾多の抗争を終結に至らせた要因とも言える人物でもあり内戦で命を落とした軍神ダルフール・ザルフィアは後に帝国の行方を左右する程の逸材となれると評価した程だ。
そして同じくノエルの婚約者となる予定であった先代皇帝の使用していた神器に選ばれた人でもあった。
とまぁ、彼の周りで引き起こされた様々な因果が重なって、若くして彼は英雄と称されたんだよ」
実に分かりやすい活躍だと思った。
英雄と呼ばれた奴の名前を、ノエルは我々に付けた可能性が高いのか………。
だが、この違和感は……
「だが、まぁ色々あったんだよ。
惜しくも最後の皇帝となった方は実に素晴らしい人ではあったが、世間の流れはソレを良しとはしなかった。
皇帝の敷いた多くの政策が、悪い方向に働き続け国が長きに渡って築いてきた物が目の前で崩れ去る光景を現実として突き付けはれた。
あの方は、帝国の在り方を根本から変えようとしていたと、ラウは俺に言っていた。
しかし、運命というものはそれを許す事は無かった。
気付けば陛下は民に恨まれ憎まれもした。
あの人は国を変えようとしたが上手くいく事は無かった……。
そんな皇帝にラウは仕え続け、帝国の最後の最後まで彼の従者であり続けたんだ」
「彼の最後は?」
「383年のあの日に交わした言葉を最後に二度と会うことは無かった。
帝国の最後くらいは知っているだろ、例の魔水晶によって滅ぼされたって話をさ。
当時、俺はあの現場にいたんだ。
あの日、ラウとルキアナの二人を引き止める事が出来ずに俺だけが生き延びてしまったんだからな」
「引き止められ無かった?」
「……、あの日の事は今も鮮明に覚えている。
皇帝派と民主派の内戦が激しくなって、当時の皇帝自身にも危険が迫っていたんだよ。
本来、皇帝の護衛には別の八英傑がつくはずだったんだが、そいつは皇帝を殺そうとしていた裏切り者だと分かったんだ。
しかもそいつはノエルさんの実の弟であるノイルであった。
民主派と皇帝派の暴動を収める為に禍根の中心となっていた皇帝の殺害を計画していたそいつを止める為に、ラウとルキアナは皇帝の控える宮殿へと向かったんだ。
勿論俺は何度も引き止めようとした、さすがのお前でも今回ばかりは分が悪いと、お前達がわざわざ戦う必要はないとも、故郷を二人で復興させるんだろってな……。
とにかく、二人に掛けられそうな言葉をひたすら投げ掛けたんだ」
「それに帝国最強と呼ばれた者なのだろう、向かわせれば皇帝一人は確実に守れたはすだ?」
「だろうな、ノイルも間違いなく八英傑の中でも実力者だったがラウの方が間違いなく実力は上だ。
しかし、あの時奴がしようとしている事は民主派につく民を敵に回す行為に等しかったんだ。
少し前に言っただろ、皇帝は国民に恨まれも憎まれもしたってな。
帝国は皇帝派と民主派に割れて抗争の真っ只中で、帝国の英雄とも言われたあいつが一方の立場についてみろ、この争いが更に激しくなるのは目に見えている。
争いを上手く収めても、その後に控えた故郷の復興が上手くいくとは到底思えない」
「つまり、皇帝を助けに向かえば今度は自分達の首が締まるという事か?」
「そういう事になる。
しかし奴は俺の言葉を無視してこう言ったよ。
『必ず戻るよ。俺は帝国の騎士なんだからさ』
その言葉を信じ、俺がノエルさんと共に帝都を出た直後、宮殿の方から巨大な爆発音が何度も響いた……。
でも俺は、奴等が生きている事を願ってただ自分が生き延びる事を最優先に動いた。
それが奴と関わった最後の時間だった」
僅かに震えた声でそう告げた賊の長は、ゆっくりと自分の被っている覆面を取り外した。
その素顔は黒いアザのような裂傷で覆われており元の顔が分からない状態。
そして手袋も取り外すと、黒い裂傷で覆われており指の何本か壊死してしまったのだろうか、右手が薬指が欠けた4本指、左手に至っては手首から先が完全な義手であった。
「あの日の翌年、俺は一度帝都に向かったんだよ。
このアザや傷はその時の物だ。
ラウ達が生きているはずは無いと分かっていたが、せめてこの手であの二人を土に埋めてやりたかったんだ。
しかし、宮殿は例の水晶に包まれ中には入れそうも無かった。
そして水晶に直接触れた左手はこの通り、残った右手や顔もコレときた。
帝都内の空気に触れただけでもこれだけの影響があるんだあの場で生きられる人間がいるはずない………。
一日もいれば俺は確実に死んでいた。
そしてこの傷のせいで仕事は貰えなくなり、差別や虐待も受けるハメになったな。
ノエルとはあの一件で別れた以降一度も会えないまま現在に至っているが。
風の噂じゃ既に亡くなったとか言われてるが……」
「帝都の魔水晶は普通の物では無かったのか」
「そうだ。
調査の結果、アレは高濃度の魔力の塊らしい。
自然界にも僅かに存在しているが、帝都のそれの数百倍の濃度の物。
生命が生きるのに必要な酸素ですら、高濃度の空間に存在するだけで生物からすれば毒物に等しい。
魔力もまた同じこと、高い魔力に対して抵抗のない人間に対しては異様な程の吐き気や目眩、視覚異常、様々な効果が現れるくらいだからな」
「なるほど……」
「ここまで身体を犠牲にして帝都を捜索したが死体は見つからなかった。
死亡した事は確かだろう、最悪遺体そのものも魔力の一部として変換された可能性が高い。
あんな高濃度の魔力に侵された街に生きていられるまず不可能だ。
そして、現在の俺は色々あって以前のような研究者としての仕事も失い、帝都が滅んだ事で行き場を失った俺の家族は俺一人を残してみんな死んだよ。
そして気付けばこの通りだ。
俺はかつて歩んだ輝かしい栄光の道を踏み外してしまった。
これでも俺はラークの卒業生ででは上から数えた方が早かったくらいなのに、あの事件が全てを狂わせた。
たった一つの事件でこの落ちぶれようだ……あー、くそっ……俺は、おれは………」
過去を悔やんでいるのか、今の己の姿に対してなのか、目の前の賊の長は涙を流し続けていた。
その心境の奥底にあるのは、一体何なのだろうか?