第百三話 かつての想い
「どうすれば、あなたみたいに強くなれますか?」
「私みたいに?」
幼い頃の記憶。
確か、自分が姉さんの家に養子に迎えられて一ヶ月くらいが過ぎた頃だった。
王宮にて剣の稽古を騎士団の皆にしていた頃、そのあまりの理不尽極まる強さに魅入られた俺は彼女に尋ねたのである。
「僕は強くなりたいんです。
もう誰も失わずに済むために。
自分の家族や友人を無くさない為に」
所詮は小さな子供の戯言、しかし姉さんは適当にあしらわず幼い俺の身長に合わせて膝を曲げて視線を合わせてくる。
「そっか、うん。
でもさ、私だって子供の頃は今のシラフみたいにすごく弱かったんだよ。
守られて当然ってくらい、守られなきゃ生きていられる訳がなかった。
仕方ないんだよ、大きくなるまではね。
今のあなたはまだ幼くて小さい
大きくなってからでもいいんだよ。
焦る気持ちも分かる。
でもさ、今は守られる側でいてもいいんじゃないのかな?」
「でも、でも嫌なんです。
ずっと守られてばかりなのは………。
僕が、僕が誰かを守れる側の存在になりたいんです。
失いたくない、もう誰も失いたくない。
大切な人達を、家族を……失うのは嫌なんだ……!」
「………そう。
だったら、シラフがもう少し大きくなったら私が剣を教えてあげるよ。
それならいい?」
「本当ですか?」
「うん、本当本当。
いつか君に本当に守りたい存在が出来た時に。
その時君が大切なその人を守れる為にね」
「分かりました。
その時になったら、僕に剣を教えて下さい」
「言ったね?
私の指導は結構厳しいからね、覚悟しててよ?」
そう言って、姉さんは俺の頭を強く両手でなで回す。
正直、騎士団の人達に見られて気恥ずかしさもあったが、その時の姉さんの顔は懐かしい誰かを見るような目をしていた。
●
あの時、姉さんが俺と向き合ってくれた事。
失う事が何より怖くて、あの火災で家族を失ったからこそ、もう二度同じ思いをしたくなくて……。
強さを求めていた。
例えそれがどんな方法であろうとも……。
俺の目先にあった、炎の神器に手を伸ばして何度も俺は過去の炎に囚われ、幾度となく倒れ続けた。
何度も、何度も、結果が見えていたにも関わらず今になっても馬鹿馬鹿しく呆れる程に繰り返している。
でも、それしか分からない。
俺には、それしかなかったからこそ………。
自らの炎の力で全てを失ったから、俺はあの炎に執着した。
俺が最も恐れたのが、あの炎であったから。
あの炎を乗り越えなきゃならなかったんだと。
●
「シラフ、ここにいたんだ。
もう、こっちはあちこち探し回ったのよ!
全然見つからないし、私に手間を掛けさせないでよ」
「はぁ……で、一体何の用です、姫様?
僕だって色々とあるんですから、いつもの無駄な用なら後にしてくれます?」
「別に無駄な用って訳じゃ……。
ほら、その……シラフ。
最近、シファ様に剣を教わっているでしょ?」
「まぁ、そうですけど……。
それが、どうかしましたか?
別に王宮騎士団の人達に迷惑掛けてる訳じゃないでしょう?
姫様に毎度絡まれて、無駄な時間を過ごすよりは有意義ですし………」
「何よその言い方?
宮殿の侍女達が騒いでたの聞いたのよ。
この前、神器の力を制御出来ずに倒れたってさ?」
「っ……」
姉さんに剣を教わってから2年が経った頃。
俺は神器の特訓を始めたが力を制御出来ず、そのまま気絶してしまい倒れてしまった。
俺が神器を制御出来ずに倒れた事は、王宮の間で瞬く間に広まったのだと……。
俺の存在を快く思わない人達がそれなりに存在することは幼い頃からある程度理解していた。
以前の自分が住んでいた家が関係しているらしいが、その当時の記憶がほとんどない自分にとっては正直さして障りない程度の事。
だが、それが原因で外食や王宮の食事で度々毒を盛られる事があるのが嫌なくらいである
そして、そんな俺の悪い噂がこの国の王族であるルーシャに知られるのも時間の問題だったと言える。
いつもなら、適当にからかって自分をこき使おうと絡んでくるくらいの自己中心的な人物。
外見と身分くらいしか取り柄のない存在だったが、この日の彼女はいつもとは様子が違っていたのだ。
「どうして……そんな無理をするの……?
神器は十剣の大人達がやっとの思いで扱える代物なのに……」
今にも泣きそうな雰囲気で俺を諭してきた。
何故、赤の他人の彼女が自分を心配する?
そんな義理も無いだろう、王宮の温室で自由気ままに振る舞っている彼女がわざわざ落ちぶれている自分に絡んでくるのはおかしい話だ。
下手すれば自身の今後の地位や名誉にだって傷が付くかもしれないのに何がしたくてこの人は………
「別に、あなたには関係ないでしょう……。
俺がどうなろうと、王族のあなたには関係ない」
「関係あるよ……。
私達、友達でしょう……?
だからその、友達の心配をするのは当然だよ」
「友達、ですか……。
それでも、姫様には関係のないことです。
これは自分の問題ですから。
僕は……強くならなきゃいけない。
もう誰も失わずに済むために、もっと強くならないいけないから……」
「シラフ……」
「まだ何かあるんですか?」
彼女を睨み拒絶するも、僅かに間を空けて再び自分に問いかけてくる。
「シラフはさ……強くなってからどうしたいの?」
「どうしたいか?」
「うん。今のあなたみたいな力の求め方はいけないことだと思うの。
だって、強くなって、それでどうなるの?
あなたはその力で何がしたいの?
あなたの言い分は分かるけど、今のあなたが強くなったところで、シラフが望んだような力が得られるとは違うと思う……」
「なら、僕にどうしろって言うんですか?
強くならなきゃいけないのに、それが違うってどういうつもりで言ってるんです?
馬鹿にするのもいい加減にしてくださいよ!!」
「………。
シラフさ、私の騎士になってくれない?」
「あなたの騎士に?」
「うん、私の専属になって欲しいの」
「どういうつもりです?
何で僕があなたなんかの………」
「私は、サリアの王女よ。
だから、私の身をあなたが守ればそれはサリア王国を守っている事につながると思うの。
あなたは失う事を恐れて力が欲しい。
でも、今のあなたは力を求めてるだけ。
守りたいものが、何なのかその理由が欠けている。
でもシラフはさ、力の求めるのは失いたくないからなんだよね?
本当の家族を失ったって、大切な人達を失ったて。
だから私、考えたの………。
どうすればいいのかなって、最近のあなたを見ていると放っておけないから………」
「だから、あなたの騎士になれと?
でも、今の僕ではあなたを守り抜けない。
僕なんかの力では、姉さんや騎士団の人達に比べてあまりにも弱いんです。
どうせ俺はすぐにあなたのお荷物になって、失望し見限るに決まって………」
「そんなこと絶対にしない!!」
俺の言葉を遮るように、俺の顔をまっすぐ見て彼女は訴えかけてきた。
この時の彼女は、俺の知る生意気な姫様とは同じ人とは思えない気迫に押された。
「それでも、姫様は……。
あなたは何もわかっていない。
僕なんかに関わり続ければ、周りから嫌な悪評を付けられるんですよ?
分かってます?
僕のせいであなた自身が傷つく可能性だってあるのに、よくそんな馬鹿な事を言えますよね?」
「悪評なんか、言わせておきなさい。
私は、あなたが悪くないって知ってる。
あなたが誰よりも自分の立場に、境遇、過去の災難に苦労して、それでも抗って乗り越えようとしている。
私はそれを知っている、だから………!」
「何故、僕なんかの為にそこまでするんですか?
どうして僕にそこまで関わるんです?
他にも、名のしれた家の優れた人達がこの国は数多く居るはずだ。
俺じゃなくても、あなたの専属になるべき人達は居るはずなんだ、なのにどうして?」
「私はあなたがいいの。
シラフはいつか必ず、この国で一番の騎士になる」
「僕が騎士に……?」
「今のあなたは弱い。
でも、いつか誰よりも強く立派な騎士になる。
そうなれるって私は信じてる。
あなたの本当の強さを私は知ってるから……」
「本当の強さ…………」
「見返しましょうよ、あんな奴ら。
あなたと私で、この国の人達にとって一番に誇れる存在になれるように……
その為に、私の騎士になって欲しい」
「随分と重い期待ですね……」
「………私は、本気だよ」
「でも受けますよ、その言葉を」
「シラフ?」
「あなたの騎士になります。
僕を必要としてくれたあなたを守る為に」
「……本当に?」
そう言って、彼女は自分に右手を差し伸べる。
その手を取り、自分は膝をついて頭を垂れ彼女に忠誠を誓う。
「はい。
僕はいつか、この国で最も強い騎士になりますよ。
サリアの民達が、あなたと僕を心から誇りに思える存在だと示せるように……。
僕を認め、信じてくれる。
あなたの為に」
●
幼い頃の戯言だろう。
でも、この日の出来事が全ての始まり。
俺がルーシャに仕える理由。
彼女が唯一、俺を必要としてくれた。
俺自身を見た上で、その可能性に賭けてくれた。
己の汚名も顧みず、それどころか見返してやろうとは大層な発言だろう。
でも、だからこそ俺はその手を取った。
彼女の騎士になろうと決めた。
この人の優しさを、笑顔を守りたいと思ったから。