第百二話 意志は、追憶へと呑まれて
帝歴403年10月6日
甲高い金属音の擦れ合う音が辺りに響き渡る。
勝敗に繋がる一手が幾度ととなく交錯し、一つの過失が勝負を分ける程の目まぐるしい剣戟。
両者一歩も引けず劣らず、より激しく鋭くなっていく様子に会場の盛り上がりは更に熱狂していく。
が、彼等の声等今の俺達にはどうでも良かった。
それは今目の前にいる剣士を倒す為。
相手を超える為に、
より高みに至る為に、
より強くなる為に、
剣を振るい続けた。
幾度なく振るわれる神速の剣技にお互いが必死に喰らいつく………。
一手が決まれば、勝敗は決すると言ってもいい。
しかし、その一手が決まらない。
終わらぬ攻防に焦りすら覚えるが、それは相手も同じことだと言える。
単純な体格差では男である自分が有利。
それを、己が技で埋め合わせているのだから感じる焦りは体感的に向こうの方が上であろう。
体格差を埋める技量に加えて、単純な剣の実力はほとんど差が見られない。
愛用の剣も折れ、代用品を用いての戦い。
それでも向こうの闘志が未だ尽きないことに俺は少なからず恐怖のようなものを感じていた。
比較的華奢な体格から繰り出される鬼気迫る神速の技の数々に俺は………
「不味いな……」
均衡が覆されることを恐れ、俺は咄嗟に間合いを取ってしまう。
あのまま詰められれば、彼女の刃が俺の喉元へ向かって突刺していただろう。
自分の首に思わず手を当て、未だ繋がっていたことに対して思わず安堵し、自分が劣勢に立ちつつあることを体感した。
「良い判断ですね、シラフ。
やはり、戦いはこうで無ければ……」
シグレの表情に僅かな笑みを浮かべ、俺に合わせるかのように剣を構え直す。
何処か楽しげで、清々しい表情をしている彼女に俺は感心すら覚えた。
「随分と楽しそうですね、シグレ」
「勿論ですよ……。
私と並べる剣の使い手は、あの人以外ではあなたで二人目ですからね。
それが楽しくない訳がないでしょう?」
2人目、となると1人目は先日ラノワと交戦したルークスを指しているのだろうか?
いや、そんな事は今はどうでもいい。
このまま、彼女と技を競い続ければいずれ均衡が覆り勝敗が決するのは明白。
打開策が何かあるかと言えば、当然そんな都合の良いものは今の俺にある訳がない………。
負けが確定するのも時間の問題、そんな危うい状況にも関わらず俺も彼女と同じくこの戦いを何処か楽しみ始めていたのだった。
「そうですか……。
ですが、俺もどうやら同じみたいです。
こうしてあなたと剣を競える事に、心の底から楽しいと感じていますからね」
「そうですか……ある種、私達は似た者同士なのかもしれませんね?」
「そうですね。
ですが、この戦いの勝利だけは譲れませんよ」
「それは、私も同じです!」
声と共に彼女が腰をゆっくりと落とし僅かに深く沈んでいく共に、抜刀の構えに変わった。
空気が張り詰める、先程までと変わった雰囲気に全身に僅かな悪寒が過ぎった。
本能的に、俺の身体は俺の意思に反して強張る。
彼女の剣に凄まじい量の魔力が込められているのが傍から見ても分かる程に集約していく。
彼女の練度が示すのは剣の周りの空間が歪みむ程だ。
故に、あの剣から放たれる攻撃がどれほど恐ろしい威力を持つ事は明らかだった。
思考が介入した刹那、彼女の姿が目の前に存在。
神速の域に達したソレに、身体の防衛本能が働き真っ先に防御の姿勢に移る。
あの攻撃を防げるかの?
いや防げない、この判断は不味い。
体感的に時間がゆっくりと、気が遠くなる程に長く流れていく。
実際には数秒も間もなく両者の刃は衝突するだろう。
弾けるように、火花と金属音が響いた。
いや、金属同士の衝突とは思えない奇怪な音。
砕けた、目の前の彼女の剣がこれまでの攻防戦に耐えきれず砕けたのだった。
「くっ?!!」
好機を見逃すまいと俺は自らの剣を振るうが、すぐ目の前いた彼女は折れた剣先で器用に用いて身体を逸らすという芸当を織り交ぜ攻撃を凌いで見せたのだ。
一瞬、お互いの視線が交錯する。
俺は好機を逃した彼女を見下しつつ、彼女は余裕の薄れた俺を嘲笑うかのように微笑みを浮かべて………。
彼女からの追撃を恐れ、俺は間合いを取り直す選択肢しかない。
向こうも剣を再び錬成するべく、距離を取るしかないのも事実。
俺の予測通り、彼女は間合いを取り新しい剣を魔術を用いて錬成した。
コレが最後の有余、次はない。
どうする?
今の俺に何が出来る?
今の彼女にどうすれば追い付ける?
考えろ、これまでの彼女との交えた剣技で俺は何を感じた?
あの剣、カタナの切断能力は確かに優れている。
だが、それだけか?
彼女の剣の違和感、最初の時からあの剣とぶつかり合った場所が本来衝突するべき場所と僅かながらズレがあった。
このズレは受け止める角度や距離が、本来の当たる場所と僅かに場所が異なる点
恐らくだが、あの剣は魔術を用いてその間合いを引き伸ばしている可能性が高い。
あの間合いの引き伸ばしはどこまで有効だ?
これまでの感覚では、少なくとも手のひら一つ分程度の間合いのズレが生じていると見ていい。
そして、再び目の前の彼女の姿勢が僅かに低くなる。
再び彼女の周りの魔力が強くなり、空間の歪みが生じる。
考えろ、あの間合いを見極め状況の打開策をいち早く確実に………。
いや、完全に防ぐのは不可能。
俺は思考を放棄し、彼女の魔力の高まりに応えるかのように自身も魔力を高め全力で踏み込み攻め込んだ。
完全に躱す事も、防ぐ事も不可能。
だったら致命傷だけを躱して向かうだけ。
ここで決める、その覚悟で向かわなければ今の彼女に追い付けない。
俺の身体は更に加速し、敵の正面から向かっていく。
彼女は再び僅かに微笑む。
すると俺は何かを感じた。
体が本能的に理解し、剣を握っていた右腕の位置に向かって衝撃が伝わって来たのである。
身体が僅かによろめき、突然の事に俺は驚愕する。
何処から来た?
あの攻撃は何処から?
そう、彼女は剣を振るってないのだ。
僅かでも動いていれば、俺はそれを見逃す訳がないのに彼女はいつ俺に攻撃をした?
理解が追い付けない、だがこのまま歩みを止める訳にもいかない。
俺の動揺を見透かすように、彼女の表情が変わる。
本命の一撃が来る。
その事実を理解した瞬間、全身が重くなった。
勝たなきゃいけない、前に進まないといけない。
そんな状況で、俺は自らの握る剣から溢れる炎を垣間見てしまった。
恐怖で手が震えていた。
身体が重く、動かない。
こんなところで、どうして?
どうして、今になって?
動けたじゃないか、今の今まで?
どうしてだよ、こんなところで終わりなのかよ?
こんな呆気ない終わりなのか?
剣を交える以前に、俺自身の炎で?
俺は負けられない。
俺は、勝たないといけない。
もっと強くならなきゃいけないんだ。
だから、だから……こんなところで俺は!!
負ける訳にはいかないのに………。
身体は闇に消えていく。
恐怖におぼれて、どこまでも深く……。
コレが俺の限界なのか?
俺は何時までも、こんなところで?
昔の記憶に、恐怖に打ち勝てず負け続けてしまうのだろうか?
身体が動かない、目の前は時が止まったように長く感じる。
このまま、俺は変われないのか?
俺は……どうしたいんだ……。
どうしたら良いんだよ……。
嫌だ……嫌なんだ、もう………。
こんなところで、こんなところで………
俺は…………
目の前の現実を受け止められなかった。
変われない自分が嫌で、嫌で仕方ない。
強くなった気でいた、でも何一つ変われない。
こんな小さな目の前の火の粉一つで俺の身体は恐怖で動けなくなるんだから………。
もう、嫌なんだよ……。
目の前の現実を受け止められず、気付けば俺はゆっくりと目を閉じていた。
そして、意識は深い闇へと落ちていく………