第百一話 覚悟に応えて
この日の放課後、私達はシラフの試合を応援する為にクレシアの屋敷に集まって端末越しの画面から今日の戦いの行方を見守っていた。
私と他にはクレシアやリン、シファ様、そして妹のシルビアも駆けつけ彼の応援をしている。
本当は直接会場に赴いて応援したかったのだが、観戦チケットの販売開始から間もなく完売。
その間僅か15分とか、流石におかしい。
公平性も何もない、早い者勝ちは流石に連日委員会やらで多忙な私には無理な話である。
シファ様含めて、皆もチケットは取れなかったらしく次こそはとシファ様は意気込んでいた。
そして、いよいよ始まった彼の試合。
開幕から両者の武器が壊れたのである。
端末の中継からではそのあまりの速さで映像には私の目には映っていないように見えた。
何かを思い立ったのかシラフは神器の力を使用したのである。
しかし、今の彼では扱えない事実を知っている私達は、彼の思わぬ行動に動揺した。
「シファ様、どうして急にシラフが……」
「………心配しなくても大丈夫。
ただ、アレはただ武器に変換させただけだから。
私もそのくらいなら何度か見たことあるからね。
この状態なら能力を意図して発動させない限り、シラフ自身の魔力が尽きるまでは問題なく戦えるから」
「そうですか……、でも……」
「大丈夫だよ。
むしろ、調子が良いくらいだと思うよ。
自分の家臣を信じてあげなさい」
シファ様の言葉に諭され私は少しだけ落ち着く。
しかし、よく見るとシファ様の気分が何処か優れていない事が少し気掛かりだった。
今朝からずっとというか、ここ最近あまり調子がよくなかった気がする。
「シファ様?
気分があまりよく見えませんが何かありましたか?
やっぱり、シラフが心配だったり?」
「あー、良くないように見えてたかな?」
「はい、少しだけ……」
すると、私の言葉にリンが何か心当たりがあったのか口を開いたを
「もしかして、彼氏の浮気じゃない?
ほら、昨日のアレだよね?
なんかさ、シンと結構長い間話をしていたのを見たんだよね。
なんかちょっと怪しかったし?
アレってもしかしてさ、ラウの浮気しているところ見たとかじゃないの?」
「えっ!シファ様が破局の危機に……?!
でも、シファ様を前に浮気を堂々とするなんて一体どういう神経を……」
「違う違うって、そんなんじゃないよ!
ほら、シンちゃんはそもそもラウの従者だからさ、最近近くに居てあげられなくて色々気に掛かるみたいだったんだよね?
ずっと付きっきりでお世話してたから、子離れ出来ないというかそういう感じみていで少し相談されたんだよ、うん、そんな感じ。
あとは、ほら……?
彼女もさ、そのシラフやラウと同じように決勝トーナメントに進出しているからさ……?
やっぱりラウから何か助言を受けていたり、あるいは彼に与えていたりとか……。
彼女なりに色々悩んでるんだと思うよ、うん」
シファ様はそんな事を言い、例の浮気疑惑を否定した。
言動が少しおかしいが、浮気された訳ではないらしく私達は少し安心する。
「あれ、でもそれじゃあ?
どうして最近気分があまり優れていないんです?」
「だから気のせいだよ、あはは。
私は十分毎日元気だよ、うん!
この通り、私は何処も悪くないしさ。
風邪も引いてないし?
というか、私よりも今はシラフの応援をしないと!」
そう言ってシファ様は話題を逸らした。
確かに、画面の向こうに居るシラフの方が心配なのは事実である。
「あの、シファさん?
今日の試合はどちらが有利だと思いますか?」
クレシアがシファ様に今日の試合についての見解を求めた。
確かに、王国では騎士団の指南役を務める程の御方。
今日の試合、どちらが勝つかも既に予測が付いてるのかもしれない。
しかし、シファ様は私の予想を裏切るかのように考え込んでいた……。
「えーとね、私の見た感じだと………。
今のシラフと彼女の実力は五分五分って所かな。
剣術に関して言えば、単純な技術においては相手の方が一枚上手だね、こればっかりは事実。
でも、シラフは反応速度や経験に関してでは上だね。
向こうは試合形式には強いみたいだけど、シラフは実戦経験があるからねアドリブとかその場での判断能力は向こうにはない強みだと思うよ。
でも、そう簡単に勝てる相手じゃないのも事実かな」
「そんなに、あの人は強いんですか……。」
「そうだね、多分うちの騎士団長と同じくらい?
でも、シラフだって弱い訳では無いよ。
だって、私が直接剣を教えたんだからさ?
あなたの騎士はそこらの剣士よりはずっと強いんだからさ?」
そう言って、シファ様は画面の向こうの彼に視線を向けたのだった。
●
「っ!」
シグレから放たれる数多の刃に対し、俺は辛うじて反応し上手く凌いでいた。
そして数多の連撃によって生じてしまう僅かな隙。
見逃すまいと、攻撃の起点を見出し俺は剣を振るう。
先程までの防戦が覆り、俺の反撃が始まった。
シグレの刃はとても鋭く、一撃一撃が必殺に等しい。
しかしそれは、あのカタナと呼ばれる片刃に合わせた剣技である事が強みでもあり、弱みでもあろう。
斬る事に対しては確かに強い。
しかし打ち合うという面においてはこちらの剣が優位と言える。
あの鋭さと斬れ味には確かに目を見張る物がある。
シグレの剣術を相まって、大きな脅威に他ならない。
しかし、あの威力を実現する為に削いだ物も多いはずなのである。
特にあのカタナという剣の形状が、それを物語っている。
あの細い剣では横からの衝撃にかなり弱い。
こちらの扱う剣もかなり細い部類だが、向こうはそれ以上に加えて錬成魔術を用いた付け焼き刃の代物。
いくら魔術や神器に対して有効とはいえ、あれでこちらの流派のような正面からの剣の打ち合いが可能になるとは思えない。
故にあの剣は一撃の切れ味が強みなのだ。
その一太刀に命の行方が決まるのだろう。
故に向こうにはこちらの着るような強靭な鉄鎧は存在しないのだろうと思われる。
故により身軽に、より相手を斬る為に一撃を受けない為により軽く、より早く動く為に必要な要素が彼女の構えや動きから自ずと伝わってくる。
故にある程度の防ぎようはあった。
直接刃をぶつける事は難しい、斬るために動くなら独特の魔力の流れあるいはその為に必要な身体運びの癖が現れるはずなのだ。
その瞬間は僅かな一呼吸、息の乱れとまではいかないが斬るための予備動作が彼女の身体に現れる。
それを予測、あるいは事前に反応し俺は彼女の攻撃を直接受けず刃を逸らし受け流すように剣を振るうのだ。
対象を斬る為に必要な角度や力加減が、こちらのその動作で僅かに逸れる。
お互いの実力がある程度拮抗しているなら、この僅かなズレでさえ、向こうの攻撃がこちらに上手く通らなくなるのだ。
しかしコレはあくまで今だけ。
防ぎ凌ぐ事は出来ようと、俺は攻めきれずにいた。
最中、俺の攻めに対して消極的な姿勢に対してわざと向こうが鍔迫り合いに持ち込み拮抗すると、俺に話しかけてきたのである。
「手を抜いていますよね?
どうして本気で攻めて来ないんですか?」
「別にあなたが女性だから手を抜いている訳ではありませんよ。
ですが俺の立場上、騎士が王族に対してにこうして剣を向ける行為はあまり褒められた行為ではありませんからね…………」
「………なるほど。
確かに以前、私がヤマトの王族であるとあなたに言っていました。
あなたの経緯を考慮するならそれは仕方ありません。
ですが、今はそのような気遣いは無用ですよ?
今この場に立っているのは、ヤマトの王女でもサリアの騎士でもありません」
「…………」
「我々は、一人の剣士。
お互い、剣を握り続けた者。
血と汗と涙を重ね積み重ね、その実力が実を結び今この場所で剣を交えている。
故に余計な手加減は無用ですよ、シラフ」
そう言って、シグレは後ろに飛び退くとカタナを構え直すと、答えを求めるかのようにその切っ先を向ける。
そして俺は、彼女の覚悟を汲み取り一呼吸置くと応じるように剣を構え直した。
「わかりました。
あなたの覚悟に俺も応えます」
そして、お互いがほぼ同時に踏み込んだ。
一人の剣士の覚悟に応える為に