第百話 汝、刃に何を乗せ
精神を研ぎ澄ませる。
目を閉じても、相手の存在は認識出来る程に。
迫りくる刃、身体の動きを全身の五感を用い捉えた。
体の中に刻み込んだ一つの動作。
私はカタナをゆっくりと握ると、深く息を吸った。
自身に残った雑念を振り払う為に、
この身に残された心身の乱れを削ぐ為に
唱えよう、その言の葉を
口にしましょう、その名前を
その御技を預かる身体にその一銘を……
「ヤマト流剣術………」
我が刃、この御技を身体が身卸し成す為に
「月影……」
夜空に写る一瞬の煌めき。
生命の灯が瞬く刹那。
手応えあり。
刃はその身を、彼の身体を確かに捉えたのだった。
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ゆっくりと目を開き、彼の気配を探り後ろを振り向くと彼は変わらず剣を握り静止していた。
彼の握る剣の根元をよく見ると小さな亀裂が光の反射から開幕見えた。
こちらは剣を折るつもりで振るったのだが、剣を損傷程度で防いだ事に私は驚く。
しかし関心したのも束の間、私は自身の手元の感触に違和感を感じた。
「え………?」
私のカタナから確かな音が聞こえたのだ。
聞き慣れない奇怪な音に思わず視線を向けると、私のカタナの根元にも確かな亀裂が生じていたのである……。
そして瞬く間に亀裂は広がり、私が長年愛用していたカタナの刃は崩れ去った。
一撃を防いだ。
いや、それ以上に私の太刀筋を超えて私の刃をこの男は断ち切ったのである。
「…………」
思わず私は言葉を失い。自身の慢心、相手の実力を私は侮っていた事に悔しさを噛み締める。。
すると彼は体を私へとの向けた。
改めて剣を構え直そうとするが彼は再び動きを止めたのである。
「………こちらもどうやら同じみたいですね」
その直後、彼の元の刃の亀裂が瞬く間に広がると根元から折られていった。
この結果が意味する事……。
私の実力は、今の互角であるという事。
最初の立ち合いでお互いの刃が折れた事は、彼の反応から想定外と見える。
「流石ですよ、シグレさん。
まさか俺の剣がこうも容易く折られてしまうとは思いませんでした」
「それはこちらの台詞ですよ、シラフ。
コレは私の技がまだまだ未熟であったこと、そして貴方の実力が勝っていたことが示された結果です」
「褒めてもらえて嬉しい限りです。
しかし、お互いの武器がこの有り様。
シグレさんは、この先の勝負はどうやって決着を付けるおつもりでいるんで?」
「戦いなら、まだ続けられるでしょう?
私も武器は一つではありません。
当然、愛用品には劣りますが………。
しかしソレは貴方も同じこと。
十剣として選ばれた貴方なら分かるはずです。
ルークス様と同じく、貴方もその腕輪の力を……。
その神器の力をお使いなさい」
私の言葉に彼は僅かに右手の腕輪に視線を向けた。
何処か余裕のない表情を僅かに浮かべた直後、観念したの一呼吸置く。
「当然そうなりますよね……。
正直、俺はコレに頼りたくはないんですけど……」
彼はそう言うと、右手に握られた折れた剣を投げ捨てると、その手はゆっくりと彼の胸元に触れた。
瞬間、彼の右手に存在した僅かに赤みを帯びた腕輪が光を放ち激しい炎を放ちながら彼の目の前にソレは現れたのだ。
赤みを帯びた両刃の剣……。
ソレは華奢で乙女の持つような繊細な一振り。
だが、繊細でありながらも計り知れない威圧感を私は肌で感じていた。
ルークス様も同じように神器を用いて剣を取り出す。
それとは比較にならない程の威圧感。
その圧倒的な彼から放たれる魔力の圧力に思わず私は息を飲みつつ、身体が緊張で僅かに強張った。
この威圧感、同じ人間のモノとは思えない。
「面白い。
やはり、戦いはこうでなくてはいけませんね」
私は折れたカタナ鞘に収める。
右手を突き出し、その手元に魔力を込め淡い青色の光と共に手元に魔法陣が現れ、一振りのカタナが私の前に現れた。
自身の魔力から生まれた、仮初めの刃。
本物に切れ味は劣るが、魔術的な攻撃に対しては最も有効打となる代物である。
仕組みがどうであれ己の魔力を込めて発動する神器相手ならば問題ない。
現れれたカタナを握り、その切っ先を彼に向ける
「錬成魔術ですか………。
剣術どころか、魔術まで……」
いつぶりだろう、ここまで気分が昂ったのは……。
本当に心の底から楽しいと感じる。
「来なさい、シラフ・ラーニル。
貴方の全力、その全てを示しなさい。
ヤマト王国第三王女としてではなく、同じ一人の剣の高みを目指す者として……。
貴方の全てを、私が斬り伏せて見せましょう」
超えたい、応えたい。
私の全てを以て、技の全てを賭して……。
目の前の剣士に、私は勝ちたい。