卒業
──アイドルっていつまでアイドルで居ていいのかな?
女性アイドルグループ・OTD12(お茶漬けトゥエルブ)。
卒業や新加入を経て、現在正規メンバー十二人、アンダーメンバー十人で構成されている。平均年齢十七歳。
事務所社長が、お茶漬けが好きと言う理由で名付けられ、コンサートグッズでは毎回メンバー考案のお茶漬けの素が販売されるなど、一風変わったコンセプトがファンにウケている。
アイドル戦国時代の今、最も勢いのあるアイドルグループだ。
中井 里菜。OTD12の最年長メンバーで、現在二十六歳。
十五歳の時に新人アイドルグループメンバーオーディションに合格し、OTD12のメンバーとしてデビューする。センターポジションを何度もつとめ、グループの創成期を支えたメンバーの一人であり、今なお現役でグループを引っ張っている。
レッスン室の床に座り、携帯でネットニュースに載っている自分の紹介文を読みながら
、考える。
十五歳の時に、たまたま読んだ雑誌に載っていた、新人アイドルグループメンバー募集のオーディション。
友だちと冗談で履歴書を送ったら、まさかのわたしだけ合格。田舎から母親と上京した当時が、なんだか懐かしい。辞めたいと思ったこともたくさんあったけど、それ以上にアイドルって仕事が楽しくて、ここまでやってこれた。
でもここ数年のわたしのアイドル活動には、常に"卒業"と言う単語がついてまわっている。
以前はたくさん居た同期や、後輩たちも新しい夢に向かい、グループを卒業して行った。それを見送りながらまだわたしには関係ないこと、なんて当時は深く考えもしなかったけど、二十四歳の時に、同期や後輩たちの卒業ラッシュが起こった。卒業していった子たちはみんな二十代後半のメンバーばかりだった。
『女性アイドルは寿命が早い』と、卒業していった同期が言っていた言葉が急に頭をよぎり、ここで初めてわたしは卒業を意識し始めた。
そしていざ卒業について考えだしても、
卒業してどうする?
──分からない。
アイドルじゃなくなったら、わたしはどうなる?
──分からない……。
アイドルじゃないわたしに、価値なんてあるのか?
──分からない!!
見る人に笑顔や、勇気を与えれていたはずのアイドルの中井里菜は、自分には笑顔も勇気も与えてはくれなかった。すっかり未来に不安や恐怖を感じてしまったわたしは、前にも後ろにも進めず、ズルズルとアイドルを続けている。
二十六歳。二十代後半になった現在、OTD12の主力メンバーは、ニューOTDジェネレーション世代と呼ばれわたしより五、六歳も年齢が下の子ばかりになっていた。
わたしは、まだ有難いことにグループの中心的ポジションに居させてもらっている。そのせいか、自分はまだアイドルでいても大丈夫なんだと、甘えていたのかもしれない……。
テレビで披露した新曲の感想が知りたくて、普段はしないSNSでエゴサーチをしていたら、そこで見てしまった。
現実の意見を……。
『中井ってまだ卒業しないの? w』
『一人だけおばさん居ない?』
『BBAwww』
良い意見もあったはずなのに、悪い意見ばかりが目についてしまって、考えたくなかった卒業がまた頭の中にちらつきだした。
今日だって──。
「里菜さん!」
「あ、茜ちゃん」
思考の渦に飲み込まれそうになっていると、いきなり頭上から声を掛けられ、驚いて顔をあげると茜ちゃんが立っていた。
佐藤 茜ちゃん。十五歳。加入して即正規メンバー入り、以降全てのシングルでセンターポジションをつとめる、OTD12の現センター。
かわいくて、性格も良い、まさに天使みたいな子。
一年前加入してきた時に、わたしのファンだって言ってくれて、こんなにかわいい子がそんなことを、言ってくれるなんてとビックリしたのと同時に、とてもうれしかったのを覚えている。
「どうかしたの?」
「新曲の『お茶漬けは恋の特効薬』の振りで、どうやっても上手くいかないところがあって……」
「お、どこかな?」
茜ちゃんはよくこうやってわたしを頼ってきてくれるんだけど、これが地味に嬉しい。
「サビ前なんですけど……」
「OK、ちょっと一緒にやってみようか」
「はい!」
ワンツースリーフォー……
「出来た! ありがとうございます!」
「いえいえ」
「私、里菜さんと一緒に活動出来て、本当に嬉しいです!」
「……」
汗をタオルで拭いながら言う茜ちゃんの、純度100%です! みたいな、若さ全快の笑顔が眩しくて、辛い。
「……そんなこと言ってくれるの茜ちゃんだけだよ……」
「里菜さん?」
「……」
10歳も下の子に弱音を吐くなんて何やってるんだろうといつものわたしなら思うだろう、けど今日のわたしは、ちょっとだけ誰かに弱音を聞いて欲しかった。
──茜ちゃんに話し掛けられる数分前。
ダンスレッスンを終え、着替えようと更衣室の扉を開こうとしたら聞こえてきてしまった声……
「里菜さん早く辞めないかな」
「分かる。もう二十六でしょ? ババアじゃん」
「ね、なんであの人まだ一列目に居るの?」
「早くうちらに譲ってほしいよね」
声だけで分かる。いつもわたしに話し掛けてくれる子達だ。
ショックだった。メンバーとしてだけじゃなくても、仲良く出来ていると思っていたのに……。
ぐるぐる考え出すと、いつも気にしないようにしていたことばかり考え始めてしまう。
気付いたらレッスン室に戻って来ていた。
そして、茜ちゃんに話し掛けられるまでわたしの思考は続いた──。
「わたしももうアイドルって歳じゃないしさ、すぐ下の後輩も五コも年下の子達ばかりだし……」
「……里菜さん」
「あ、ごめん。愚痴っちゃったね……」
「いいえ」
「OTD12はもう立派なセンターの茜ちゃんが居るし、わたしもそろそろ卒業しないと……」
「……」
「茜ちゃん?」
話している途中で、うつむいてしまった茜ちゃんの顔を覗き込もうとすると、
ガシッ
「うぇっ」
いきなり両手首を掴まれ、びっくりして茜ちゃんの顔を見ると、真剣な表情をした茜ちゃんと目が合う。
「私には里菜さんが必要です!」
どんな時も笑顔を崩さない茜ちゃんの、真剣な表情にドキッとする。
「私はまだセンターになったばかりで、不安なことや分からないこともいっぱいあって……そんなときに隣に里菜さんが居てくれると、とても安心するんです」
「茜ちゃん……」
「だから、里菜さんにはずっと私の隣に居てほしいです!」
一生懸命言葉を紡ぐ茜ちゃんを見て、なんだか心が軽くなった気がする。
少し「ん?」と思ったところもあったけど、メンバーとしてこんなにわたしを必要としてくれてる人がいるんだと、嬉しさと照れくささで頬が熱くなってきた。
お礼を言おうと口を開こうとしたら、茜ちゃんに掴まれていた手首に痛いほど力が込められ、驚いて茜ちゃんを見る。
「……!」
「……それに欲しいものは、自分で手に入れないと」
グッと顔を近付けて話す茜ちゃんの瞳は、照明のせいなのか光が消え、引きずり込まれてしまいそうなほどの暗闇だった。少し恐怖を感じ、手首の痛みなんか忘れて不自然にならないようにそっと茜ちゃんの手から自分の手首を外す。握手会やっててよかったかも、なんて冗談を頭の中で言いつつ、なるべく明るいトーンで話す。
「……あ、茜ちゃん! ありがとうね。ずっとは難しいけど、もうちょっと頑張ってみようかな」
わたしはそう言いながら茜ちゃんの顔を恐る恐る窺うと、茜ちゃんはいつもの天使のような笑顔に戻っていた。
あれ? もしかして、気のせい? でもそうだよな、茜ちゃんはOTD12イチの天使ちゃんだし……。
「里菜さんが元気になって良かった」
「茜ちゃん……」
「そうだ! 私、飲み物買ってきますね! 里菜さんいつものでいいですよね?」
「え! 悪いよ……」
「レッスンのお礼です! 待っててください!」
元気にレッスン室から出ていった茜ちゃんに肩の力が抜ける、さっきのはやっぱり気のせいだったのかも。
「さて、と」
さっき茜ちゃんが言ってくれたことを、頭の中で繰り返し考える。うん。誰かに何か言われたからそうするなんて馬鹿馬鹿しいよね、ちゃんと自分で考えて決めよう。最近は卒業にばかり気を取られてたけど、やっぱりわたしはアイドルって仕事が好きだ。じゃなければ十年もやってない。わたしは他にやりたいことが見付からないくらい、アイドルが楽しくて仕方ないんだ。
陰で何か言われてても、やっぱりメンバーは大切で大好きな存在だし、もちろんファンの方もそう。いろんな人たちのおかげで、わたしはアイドルで居られてる。
そう言葉にしてみるとなんだか、心にストンっときた気がした。
「よーし! 目指せ一生アイドル!……なんてね」
まだまだ頑張れそう、本当にありがとう茜ちゃん。




