ドルチェ
部屋に帰ると、すぐにズコットを食べた。
ズコットは、ナッツや果物の砂糖煮、チョコレートを入れた生クリームが中に入った丸いドーム型のケーキのことである。
食べ終わると、今日のために入念にパーティーのシナリオを確認した。
シナリオとは、今日のパーティーを順に考えたものだ。
「よし。できた」
時刻は、午後3時。
僕は、立ち上がった。
今日は、クリスマス・イブ。
サンタクロースは赤い制服で忙しそうに、ケーキを売っている。
駅のクリスマスツリーは、綺麗にイルミネーションがつく。
エスカレーターに乗って、駅の切符を買って、機械を抜けて、ホームに向かう。
ホームに降りると、駅にはいろんな人がいた。
丁度、電車がホームに入ってきて、僕は、電車に飛び乗った。
電車の窓から、ただ、景色を見る。
空は曇っていた。
ずっと景色を見つめていて、5駅目で、「アルコバレーノ」の駅に着いた。
僕の店の前に陣取っている人たちがいる。
僕が、「こんにちは」と声をかけると、
辞書を持った高校生らしき人物の方が、振り返った。
「井田くん」
僕は、声を上げた。
「はい、井田です。まだ、2つ席空いてますか?」
もう1人の方もこちらを向いた。
井田先生だ。
彼は、口元に愛嬌のある笑顔をのせた。
そういえば、前に井田先生に、駅で出会った時に、紹介したのだった。
この駅が、井田先生の最寄り駅だからだ。
「よかった。最後の1つだったんです。是非食べていってください」
井田先生は、僕の答えに安堵したようである。
「どうも、ありがとう」
鍵を取り出そうとした僕は、
「あ」
と大声を上げた。
2人がこちらを向いた。
僕はあせって、もう一度両方のポケットを探る。
ない。
ポケットの中を手で探っても、入れておいた筈の鍵がない。
よく調べてみると、ポケットに穴が開いていることが分かった。
「どうしよう」
僕は空を見上げる。
空からは、雪が降ってきた。
雪は、チラリチラリと舞い降りる。
「おはようございます」
後ろから川中くんが自転車でこちらにやってくる。
彼は、椅子から降りて、にっこり笑った。
「鍵が落ちてましたよ」
「どこに在った?」
僕は早足で、川中くんから鍵を貰う。
「そこの道に。鍵がじゃらじゃら付いてるから、すぐに分かりました」
「おはよう」
声の主は、浦井さん。
「おはようございます」
僕が礼をすると、後ろから、空井さんが遠くで手を振っているのが見えた。
そうして、僕らは、中に入って、すぐに準備をした。
クリスマスツリーに飾り付け。
赤とゴールドのオーナメント、モールを飾り付けをし、
星を飾り付けて、完成。
それから、パンドーロとミルフィーユを準備。
最後に、カセットで、クリスマス定番ソング集のサウンドトラックを流した。
それら全てが終わる頃には、開店の午後5時5分前になったので、
浦井さんが扉を開けて、井田先生達を中に入れた。
外には他に2、3の予約客がいたので、その人たちも案内した。
奥に入って、
料理を運ぶのに、
てんてこまいになる4人。
少しずつ予約客はやってきて、
ほぼ全員の席は埋まった。
あとは、睦月くんらだけ。
店は賑わう中、外を見ると、曇った窓ガラスに子供の落書きが書かれていた。
CHRISTMAS EVE!
どこで覚えたのだろう。
まだ3歳の子しか、子供のメンバーは見当たらない。
絵はまだ下手だったが、何故かその英語の字は達筆だった。
6時になる頃だろうか。
僕の携帯が、音楽を奏でる。
義兄からだ。
『もう1人呼びたい人がいるんだけど』
誰のことだろう。
僕は首をかしげたが、返信する。
『分かった』
僕は、席を1つ窓際から持ってくる。
そうして、1時間ほどで、店の扉が開いた。
そこに立っていたのは、義兄と姉、そして昼間出会った女性だった。
僕は義兄の方を見ると、睦月くんは微笑んだ。
「妹でね」
「「昼間の」」
僕と彼女が同じことを言ったので、月美姉さんが噴き出す。
「私の、同級生の糀花実。今日は、よろしく」
「突然、すみません」
花実さんは、頭を下げた。
こうして、店の席は全部埋まった。
しばらくして、僕らは目配せをした。
空井さんが店内を暗くして、音楽を止める。
驚く観客。
そして、電気を点けた時、立っていたのは、一人のマジシャンだった。
マジシャンの正体は、僕。
ちょっと練習しただけだけど、多分、できる。
僕は、深呼吸した。
にっこり笑って、頭に被った帽子から、白ネズミを出した。
白ネズミは帽子から、頭を出すと、観客の方に走り出す。
悲鳴を上げるお客。
「1、2、3(ワン ツー スリー)」
僕が数を数えて、彼に手を向けると、白ネズミは、おもちゃの車に姿を変えて止まった。
やった。
その車を拾い上げると、それは、ボンッと音を立てて、猫に変わった。おもちゃの。
「おおー」
お客さんが歓声を上げる。
浦井さんが持ってきたトランプを床にバラまいて、その中から1枚とる。
クローバーのエース。
ハンカチーフを被せて、もう一度数を数えると、金物のクローバーが現れた。
そのクローバーにハンカチーフをかけて、
「1、2、3(ワン ツー スリー)」
をもう一度。
ハンカチーフを外すと、そこには、キャンドルが。
キャンドルに明りを灯して、義兄の待つテーブルに置く。
また歓声を上げるお客。
そして、消失マジック。
また暗くなる店内。
明るくなった時、僕の姿は忽然と消えていることに気が付くだろう。
僕は、雪空の下、外に居た。
「はあ」
ちゃんと出来た。
僕は嬉しくてしゃがみこんだ。
ちょっと震える手に白ねずみが落ちてきた。
よかったね。
彼は僕にそう言っているかのように、鼻を動かした。
「面白かったです」
花実さんが、後ろに立っていた。
「素敵な、イブのプレゼントですね」
雪が積もる中、僕は彼女に近づいて、白ネズミをあげた。
彼女は白ネズミを貰うと、「ありがとう、大事にします」と笑った。
かくして、イブのショーは大成功に終わり、お客さんからは賛辞をもらった。
お客さんが帰った後、イブの夜は過ぎていく。
「メリークリスマス」
浦井さん、空井さん、川中くんは、家に帰し、睦月くんと月美姉さんと花実さん、僕の4人の帰り道。
帰りは、雪が積もっていた。
「じゃあね」
義兄は、姉さんと帰った。
帰り道は2人。
「どうもありがとう」
花実さんがにっこりした。
WHAT A WHITE CHIRISTMAS!
僕は、心の中で呟いて、雪空にみとれた。