セコンド・ピアット
警察署に入ると、すぐに長テーブルがあって、奥に数人が座っていた。
テーブルで、名前と住所を書いておく。睦月くんが書いているのを待っている間、見回すと、一人の警察官と目があった。
髪は短く、黒髪で、整った顔をしている。柔和そうだが、どこかしら、厳めしい印象の残る雰囲気をしている。
彼は、にっこり笑った。
破顔一笑。
何処か、姉に似ている。
僕は、礼をする。
彼が指を差し示す。隣を見ると、どうやら、義兄が書類を書き終えたようだ。
1つ目の部屋に案内されると、部屋には、意外な人物が待っていた。
「お姉さん!」
僕が叫んだ。
「お、お姉さん?じゃ、空き巣じゃない?」
案内してくれた警察官が驚く。
「え!?月美?」
義兄がびっくりして、つかつか歩み寄る。
長い睫毛に大きな目。茶髪を一つに結わえる長身の彼女は、まごうことなき姉、月山月美であった。
「なんで、ここにいるの?」
問い詰める睦月くんに、彼女は、にっこり笑って、
「ちょっと、捜査をしてて」
と答えた。
「ちょ、捜査?」警察官が月美に尋ねる。「貴方、お姉さんだったんですね。そうか、糀月美さんって言ってましたけど、結婚して姓名が変わっていたんですね?」
「そうです、ちょっと弟の家に来ていたんですけど、まさか捕まるとは思わなくて」
月美は、弱弱しく微笑んだ。
「それ、最初に言ってください」警察官が困ったように僕らを振り返る。「とりあえず。連れて帰ってもらってもいいですか?」
外に出て、僕らは別れた。
僕には、仕事があったし、2人には積もる話が山ほどありそうだった。
「アルコバレーノ」に行くと、従業員が3人待っていた。
その内の一人、浦井碧は、開いた当初から一緒に手伝ってもらっている、古株だった。
「遅かったですね」
彼は、携帯から顔を上げた。
「ちょっと、交通渋滞に巻き込まれてしまったみたいで」
バスが遅れてしまって、20分の遅延だ。
「そうですか。最近、車の人が多いですね。この間かっこいい外車、見つけっちゃって」
という川中颯味は青い目で、長身だ。彼は、先月入社したてで、お洒落で高そうな上着に身を包んでいる。
「ごめん、ごめん。今度、おごるから」
そう言って、鍵を取り出し、ドアを開けようとすると、何故か扉が開かない。
「あれ?」
4人は、めくわせをする。
3人目、空井優が、携帯を取り出し、110番をする。
10分もしない内に、パトカーは、現場に到着した。
その間、僕は扉を押さえたままである。
警察官が3人、パトカーから、出てきたので、鍵を渡した。
警察官が扉を開けに行く。
僕らは怖いので、少し離れた所から、様子を伺っている。
15分ぐらいしただろうか。
警察官が出てきて、僕に歩み寄る。
「誰もいませんでしたよ。おそらく、貴方が鍵を閉め忘れたんでしょう」
その日は、いつも通り、レストランを営業し、いつも通り、客はいっぱい来た。
明日は、運命の、イブの日。
成功を誓った4人は、営業時間3時を終えると、静かに、乾杯をした。
☆☆☆
朝、目が覚めると、電車の中にいた。
…眠ってしまった。
ガタンゴトン揺れる電車に、眠くなってしまった僕は、5時発の電車に乗ってから、ちょうど8時間経っていた。現在時刻、12時。昼食時だ。
朝、食べたのは、豚のグリル。
蓋をして、豚を焼き、その後、オーブンに入れて、火を通す。
明日のイブの食事のために、軽く済ませてしまったので、お腹はペコペコだ。
山の手線なので、自分の家まで、3駅だ。
僕は携帯を取り出して、メールを確認した。
メールは2件。
いづれも義兄からのものだ。
『昨日は、ごめん。月美と仲直りしたから、今日、レストランに寄ります』
『そうそう。今日、雪らしいよ』
今日は、雪か…。
久々のホワイトクリスマスだ。
『了解。丁度、2席空いてたから、予約入れとくので』
『雪か。傘忘れないようにしないと』
送信。
僕は、携帯を閉じて、テレビを見る。
天気予報が流れている。
24、25日共に、雪である。
降水確率は、90パーセント。
90パーセントなんて、初めて見た、と僕は思った。
「にゃあ」
声がして、前を見ると、下にケージがあって、中には猫がいた。
猫は、白い白い毛並みで、大きな目が好奇心旺盛に僕を見つめている。
「すみません」
猫の飼い主である目の前に座る女性は、眼鏡をかけていて、僕が持っているのと、似たようなオーバーを羽織っていた。
彼女は、くしくも、僕と同じ駅のようだ。
立ち上がると、猫を持ち去ろうとする。
猫は、大人しく、目をつぶる。
僕も慌てて立ち上がって、彼女の後ろに立つ。
電車はぐらりと揺れて、扉を開けた。
ホームはお昼時のせいか、閑散としていた。
いつも見たことがないのに、彼女は、僕と行く道が同じだった。
ストーカーだと思われたくないので、彼女を追い抜いて、僕は小走りで自分のアパートへと向かった。
「あら?」
僕が、自分の部屋の鍵を回した後、さっきの彼女の声がした。
「貴方、同じアパートに住んでいたんですね」
「はじめまして」
僕は、ちょっと驚いた。
猫と彼女は、3つ先の隣の部屋に住んでいる、同じアパートの住人だという事が判明したのだった。