プリモ・ピアット
僕は、スパゲティ・カルボナーラに取り掛かった。
ベーコンを炒めて、卵と生クリームを。
スパゲティはもう茹でてあって冷蔵にしておいたので、それをフライパンに放り込む。
それに、塩コショウをして、出来上がり。
僕は、義兄の分のカルボナーラをお皿に盛りつけた。
「また家出して来たの?」
彼の前にカルボナーラ・スパゲティを置く。
「うん」
彼は、持ってきた鞄を近くに寄せた。
「姉さんが来るまでだからね」
僕も、カルボナーラをお皿に盛りつけた。
「ところで、最近は繁盛している?」
彼は、鞄から、お酒を取り出した。
マルサラだ。
「お店のこと?」
「うん。あと、ワイン、冷やしておいて」
僕は、ワインを冷蔵庫に入れようと、立ち上がる。
「まあね。何で?」
冷蔵庫に入れて、テエブルに戻ると、彼は写真を広げている。
「この間、イタリアに月美と新婚旅行に行ってきたんだけど」彼は1つの写真だけを残して、後は仕舞う。「これって、何の料理なんだろうと思って」
僕は、屈んでその写真を見つめる。
「これは、ラザーニアだね」
ラザーニアは、耐熱容器に、ミートソース、ラザニア、チーズを何層か重ねて、バターを乗せて、オーブンで焼いたもの。チーズは、リコッタチーズ、モッツェレラチーズ、パルメザンチーズを混ぜて使う。
「これが、どうかしたの?」
「うん、美味しかったから、レシピに入れたらどうかと思って」
義兄は、僕の方を見る。
「そう?じゃあ、考えとく」
僕は、夕食にありつくことにした。
☆☆☆
義兄は、僕の友人であり、元一緒にシェアハウスしていた仲である。名前は、糀睦月。変わった名前だが、彼の親は古い酒屋さんを営んでいるからかもしれない。
睦月と一緒に暮らしていた時には、よく姉が訪れて来たので、その縁で僕の姉と結婚したのだ。
仲がいいのか、悪いのか、義兄はしょっちゅう家出するが、大体僕が中に入ってなんとかなっている。
僕は、伸びをする。
その時、何か忘れているような気がした。
しばらく頭をひねると、ふと脳裏によぎることがあった。
「そういえば、今日病院だ」
僕は跳ねるように起き上がって、バッグの中から手帳を取り出した。確認すると、やはり病院のシールが貼ってあった。
時刻は、10時10分前。予約時間は、10時半なので、自転車で行けば、なんとか間に合うだろう。僕は義兄に置手紙を残し、家を出た。
病院には10分前に到着した。受付で、手続きをして、椅子に座って、順番を待つ。
「月山さん、月山奈津さん」
看護婦さんが名前を呼んだ。
僕は、自分の名前が呼ばれたので、診察室に入った。
中に入ると、先生の顔が誰かに似ているのに気が付いた。
「どうされましたか?」
先生が不思議そうな顔をして僕の顔を見る。
「こんにちは」僕は席に座った。「井田先生、お元気ですか?」
「はい、お久しぶりです」先生が答えた。「最近はどうですか?」
その時、診療室の外で大きな音が聞こえた。
「なんですかね」先生が顔をしかめる。
突然、診察室の扉が開いた。
僕はびっくりして後ろを振り返った。
そこには、僕の義兄が立っていた。
「どうしたんですか?」
僕が尋ねる。
「空き巣に入られた」彼は息をあらくしながら、答えた。「とりあえず、警察に呼ばれているから」
僕の袖をひく義兄。
「ちょっと待ってください」僕が彼を止める。「まだ、診察が終わってないですから」
井田先生が早く診察を終えてくれて、僕らは10分で外に出た。
外には、パトカーが待っていた。車に乗りこむ僕たち。パトカーに乗ったのは、子供のころ迷子になって乗った時以来だ。
☆☆☆
睦月くんと遊びに行った時のことだった。
じゃんけんをやって、負けた僕は、近くの彼の叔母の家に行くことになった。
だが、その叔母の家、2つ前の交差点の所を間違えて、まったく違う街に来てしまったのだ。
1時間ほど歩いた所で、完全に迷ってしまってから、僕らは、それに気が付いた。
疲れている僕に、義兄は気に入っていたアイオライトをくれた。
アオイライトを握りしめる僕。
そうして、僕らは、コンビニを見つけ、その前の公衆電話で、パトカーを呼んで、辺りの風景を報告して、暫くすると、パトカーが到着した。
パトカーのおじさんからは、叱られたけれど、もらったアイオライトが、綺麗だったのを、僕はよく覚えている。
☆☆☆
パトカーが警察署に到着した。警察官が扉を開けて、僕らはパトカーを降りる。
「では、こちらへ」
警察官の後を追って、僕らは、警察署の中に入った。