マッチ売りのお父さん
※マッチを売るのはお父さんではありません。
雪の降る寒空の下、小さな少女が1人、マッチを売っておりました。
「ま、マッチはいりませんかー」
少女が頑張って声を出しますが、誰も足を止めてくれません。
――そして、そこから少し離れた物陰には、そんな少女をじーっと見つめるサングラスを掛けた怪しい男がおりました。
怪しい男は少女を見つめて呟きます。
「大丈夫かなあ……手伝ってやりたいなあ……」
実は、この怪しい男の正体はマッチを売る少女のお父さんなのです。
そもそも、少女が何故この寒い中、1人でマッチを売っているのでしょうか。それを説明するために、少し時間を遡ります――。
* * * *
あるところに、マッチ職人のお父さんとその娘が暮らしておりました。その娘――少女には、ある悩みがありました。
(お父さん、いつもお仕事大変そう……)
少女の家はお世辞にも裕福とは言えないような小さな家で、お父さんはそんな少女を養うためにマッチを作り続けていました。
(私もお父さんのお手伝い、何かできないかな……)
少女はまだ幼いながらも、お父さんが自分を食べさせていくために働き詰めであることを理解していました。
しかし、マッチの作り方なんて少女には分かりません。お父さんに聞いても「危ないから駄目」と教えてくれません。
なので、見よう見まねで自分もマッチを作ってみようと思いました。ですが、少女はまだ幼い子供です。そのマッチ作りの工程を見ただけで職人技を真似るなど、できる筈がありませんでした。
その時に思いついたのが"マッチ売り"でした。
お父さんが作るマッチは通常、予約注文ばかりです。マッチをわざわざ買いに来るお客さんなんていませんでした。
そこで、少女はそのマッチを外に売りに行って少しでもお金になれば、お父さんのお手伝いになるのではないかと考えました。
そして、このことをお父さんに話すと――。
「マッチを外に売りに行く!? 1人でか!? 危ないから駄目だ!」
当然、お父さんは猛反対。しかし、少女も食い下がります。
「大丈夫っ、ちゃんと大通りで売るからっ」
「それでも駄目だ!」
お父さんからなかなか許しを貰えません。しかも、お父さんの言葉も少し強めなので、少女の目尻にはみるみる涙が溜まっていくではありませんか。
そんな少女の様子に、お父さんも焦りました。
「お、お前が応援してくれるだけでお父さんは嬉しいんだよ。だから、わざわざそんなことしなくても大丈夫――」
お父さんは少女を説得しますが、少女の方はもう限界だったようです。
「……お父さんのために、私も何かしたいだけなのに……うわああぁぁぁあん!!」
少女はわんわんと泣き出してしまいました。お父さんは必死で少女を慰めますが、少女は全然泣き止んでくれません。
――こうして、お父さんは渋々、少女の"マッチ売り"を許したのでした。
* * * *
出発前、少女はお父さんにこんなことを言っていました。
『お父さんは家で待っててね! いっぱいマッチ売ってくるから!』
お父さんはこの"お留守番宣告"を当然の如くガン無視しました。お父さんにとって少女は、可愛くて堪らないたった1人の娘なのです。その娘が心配で心配で、とても仕事どころではありません。
なので、こうしてこっそりついてきてしまった、という訳なのでした。
(頑張れ~、頑張れ~!)
お父さんは心の中で娘にエールを送ります。
「マッチはいりませんかー! よく燃えますよー!」
少女も頑張って声を出します。
…………しかし、マッチは1本も売れませんでした。少女はこの残念な結果に涙目です。
(お父さんに、いっぱい売ってくるって言ったのに……どうしよう……)
「お嬢ちゃん、こんなところで何をしてるんだい?」
「こんなところに子供だけで……迷子かねえ?」
涙目の少女に1組の老夫婦が声をかけてきました。これはチャンスとばかりに、少女はマッチを売り込もうと試みます。
「あ、あのね、えっとね、マッチっ、マッチ売ってるのっ」
しどろもどろになりながらも、少女はちゃんと言い切ることができました。そして、少女は籠からマッチを1ケース取り出して老夫婦に見せます。
「ほう、これは……」
「おやまあ、いつも買っているマッチじゃないかい?」
なんと、この老夫婦はお父さんのマッチをよく買ってくれている常連さんだったのです。
「じゃあ、5箱買おうかな」
この言葉に少女は跳んで喜びました。そんな少女を、老夫婦は微笑ましそうに眺めます。
――しかし、マッチを籠から取り出そうとした時のことです。
「あっ!?」
降り積もった雪の上に、籠の中のマッチを全て落としてしまいました。当然、雪の上に落ちたマッチはもう売り物になりません。
「…………あ……あ……うわああぁぁぁあん!!」
売り物を全て台無しにしてしまった少女は泣き出してしまいます。
――すると、老夫婦はその落ちたマッチを拾い始めました。
「え……?」
「このマッチ、やっぱり全部買おうかな」
「それもいいかもしれないねえ」
この言葉に少女は驚きます。それも当然です。このマッチではもう火は起こせないのですから。
「どうして……?」
少女の問いに、お爺さんは優しく笑みを浮かべて答えました。
「もう、十分私達は温まったよ」
「でも、私……!」
その少女の言葉を遮るようにお婆さんは言います。
「お嬢ちゃんの頑張ってる姿が、私達を温めてくれたからね。お代はちゃんと払わせておくれ」
「お爺ちゃん、お婆ちゃん……!」
そして、マッチを全て拾い終え、お爺さんが鞄の中からお金を取り出そうとした時――。
「そのお代は受け取っちゃいけないよ」
「お父さん!?」
ずっとこのやり取りを見ていたお父さんですが、わざわざ出てきてしまったのには訳があります。
「火を起こせないマッチはマッチとは呼べない。それなのに、お前はそれをどうしようとした?」
「……売ろうと、した……」
「そうだ。確かにお父さんはお前に"マッチ売り"を許した。でも、今やろうとしたのはただの"ゴミ売り"だ。それを許した覚えはないぞ」
このお父さんの言葉によって、少女は自分がなんてことをしようとしていたんだという罪悪感でいっぱいになりました。
「お父さん、ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」
「謝る相手はお父さんじゃないだろう?」
そんな2人のやり取りを眺めていた老夫婦は、それでもお代を払おうとお父さんにお金を差し出します。
「いいんですよ。いつも良いマッチを作っていただけるお礼です」
「どうか、受け取ってくださいな。お金だけは腐るほどありますが、何分使い道が無いのですから……」
しかし、お父さんはそのお金を受け取りません。そして、困り顔の老夫婦にお父さんは言いました。
「それなら、これからもうちのマッチを買っていただけると嬉しいです」
この言葉に老夫婦は、お互い顔を見合わせてから――。
「「もちろんですよ」」
――そう言って、親子に微笑みました。
* * * *
老夫婦と別れた小さなマッチ売りとそのお父さんは、手を繋いで帰路に就きます。
「お父さん、売り物、台無しにしちゃってごめんなさい……」
しょんぼりと落ち込む少女に、お父さんは優しい笑みを浮かべて言いました。
「誰にだって失敗はあるんだ。大切なのは、この失敗を次に生かすことだよ。だから…………今度は、もう少し大きくなってから、またお願いしようかな」
「……! うんっ!」
「よし、良い返事だ! 帰ったら年越しそばでも食べようか!」
「はーい!」
――その後、親子は2人仲良く年越しそばを食べて、年を越していきましたとさ。めでたしめでたし。
"もしも、マッチ売りの少女のお父さんがちゃんとお父さんだったら"でした。
そもそも、ちゃんとお父さんしてたら真面目にお仕事してる筈…………ということでこのようなお話になりました( ・∇・)
少ーし原型からかけ離れているけど、ギリギリifになってるよね…………やっぱり少し不安だ(;・ω・)
あと、タイトル詐欺じゃないよ?
ちゃんとマッチ売り(ちゃん)のお父さんになってるでしょ?
嘘はついてない(・ω・)