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星を拾う者 2022.8

 藍色の空。広大な空を彩るのはその一色だけではない。アメシストのような濃淡のある紫色、深海を映したような紺色、カワセミの羽のような翡翠色すらある。

 彩色だけでなく、どこまでも続き最果てを知らない空には、無数の光が瞬いていた。星だ。星の瞬きは強いものもあれば、弱いものもある。この世界に太陽はなく月もない。空に不思議な明るさを与え、地上に光を注いでいるのは、無数に散らばる星だった。

 そのとき、一つの小さな星がちかっと瞬いた。弱々しかった星の光が、鼓動を打つように光が強くなったかと思えば、星はまるで引き寄せられるかのように弧を描き地上へ落ちる。

 流れ星。この世界では、星が消えることを表す。星は、アースと呼ばれる者が作りだし空にあげるのだが、永遠に輝き続けるものではない。すべてのものには、必ず終わりがくる。例外はない。だが、星が瞬いた瞬間、虫網を片手に野原を走り出した者がいた。

 かさかさと膝丈まで伸びた草を揺らし、落ちる星目指して一直線に走るのは、十歳前後の少年。黒く肩まで延びた髪を後ろで一つに結び、細い手足を必死に動かす。透き通った海のように青い瞳は、ひたりと星を見据えている。

 星が地面に落ちる寸前、少年は虫網を「えいっ」と思いっきり振った。しかし、虫網の中に星はなく、どこを見ても落ちてくる光はなかった。

「またダメだったのか?」

 肩を落とす少年に、青年のような声がかかる。

「なんだ、お前まで僕を笑いにきたのか」

 少年がそう言えば、草むらをかき分けて声の主が姿を現した。雪のように真っ白い狼だ。青白い月のような瞳が少年を見据える。

「まさか。俺が今までお前さんを馬鹿にしたことがあったか?」

 一歩一歩が重い。大きな狼だ。星の光の下、白い毛並みはうっすらと輝いて見える。

「あった」

 少年は即答した。

「羊の群に追いかけられたときでしょ、目玉焼きを焦がしたとき、前髪を切るのを失敗したとき、それに――」

「わかったわかった。俺が悪かったよ」

 指折りで数える少年に向かって、狼は頭を垂れた。そして、ついっと顔を上げる。

「また、星が落ちちまったな」

 少年よりずっと長くこの地で生きている狼は、今よりずっと星の数が多かった過去を知っている。もう何年もアースが星を作り、空へあげていない。星の数は減る一方である。

 それに対し少年は何も言わなかった。

 狼はちらりと少年を盗み見る。

「なあ、アーロ。このままだとここは闇に包まれちまうぞ」

 それでいいのか、と言いたげな問いかけに、アーロと呼ばれた少年は、口を閉ざしたまま来た道を走り去っていった。


 アーロはアースの見習いを指す言葉だ。アースも生き物だ。いずれ死ぬ。そうなれば、星を作る者は誰もいなくなり、この地は闇に包まれる。すなわち、世界の死。そうならないためにも、アースの死期が近くなると、アーロが現れアースの持つすべてを身につけ、次のアースになる。そうやって今までこの世界は続いてきた。

 だから、アースが星を作らないことなど前代未聞の大事件なのだ。

「アーロ、今日こそアースに会わせろ!」

 アースとアーロの住む家兼工房に住人たちが押し寄せてきた。ウサギ、犬、鹿、熊、蜂、蛾、鳥――と人の形をした生き物はアーロ以外いない。

「ダメ! 絶対にここは遠さない。アースは今具合が悪いんだ。帰ってくれ!」

 煉瓦を積み立てできた小さな家だ。煙突からは白い煙が流れるようにのぼる。その古びた家の木製の扉の前で、アーロは両手を広げ仁王立ちになっていた。

「それは、前にも聞いた!」

 アーロの二倍はありそうな大きな熊が吼えながら言う。

「一体いつまで待てばいい? アースなんだ。具合が悪くても星を作れるはずだろ!」

「無茶苦茶なことを言うな。体の調子が悪いんだ。前みたいに作れるわけないだろ!」

 アーロが言い返せば、熊は訝しむ目でアーロを睨む。

「ならアーロ、教えてくれ。どうして落ちる星を拾おうとする? お前はアーロだろう? 死ぬ星を拾うんじゃなく、星を作るのが役目だろう? 俺たちは皆、お前が嘘をついているんじゃないかって疑っている。実はアースはもう死んで――」

 途端、雷が落ちたような叫びが響いた。

「うるさい!」

 住人たちは思わず口を閉ざした。アーロは噛みつくように叫ぶ。

「アースは死んでない! 変なことを言うな!」

「そこまでだ」

 双方の間に割って入った白い影。狼だ。

「これ以上言い争っても仕方ねえだろう。星はアースにしか作れねえ。俺たちはただ邪魔せず待っていればいい」

「でも――」

 蜂が言う。

「わたしたち、しばらくアースの姿を見ていない。顔だけでも見せてくれてもいいんじゃない?」

「ダメ。さっきも言ったけど、体の調子が悪いんだ」

 蜂を睨みつけながら、アーロは言う。

「アースは皆のために寝る間も惜しんで星を作るんだ。それこそ、君らが寝てご飯を食べて楽しく談笑している間もね。文句ばっかたれてないで僕らのために木の実のひとつやふたつ持ってきてもいいんじゃない?」

「アーロ、もうよせ」

 狼は双眸をアーロに向けた。

「皆、不安なんだ。頼れるのはアースだけ。その気持ち察してくれ」

「察しても、皆がアースを理解してくれなきゃ意味がない。星を作れって簡単に言うけど、言うほど簡単じゃないんだよ」

 アーロは目を伏せた。海のような青い瞳に陰りが差す。

「そんなのお前に言われなくてもわかってるさ」

 しんっと静まりかえった空気の中、声を上げたのはリスだった。皆の視線が一斉に集まる。

「だってアーロのくせに、未だに星を作れない未熟者がいるんだから」

 馬鹿にした言葉。リスがそう言った途端、周囲から小さく冷笑が響く。悪意のこもった笑いは、アーロの顔を真っ赤に染めさせた。それを遮るように、アーロはダンっと大きく足を踏み鳴らす。

「つぶしてやる!」

 リスは、悲鳴を上げ逃げ回り、怒り狂ったアーロは竹箒を振り回しながら、周囲を牽制する。怒りに我を忘れ、暴れ回るアーロを止めたのは、いつものごとく狼だった。

「落ち着け、アーロ」

 仲裁に入った狼は、アーロの手から竹箒を取ると地面に落とした。

「皆もそう言うのはやめろ。俺たちはアーロの苦労を何一つわかってないんだから」

 狼の優しい言葉が、アーロを刺す。「わかったよ」と皆が口にするが、このやり取り、今回が初めてではない。もう何度も繰り返した。

 ぞろぞろと皆がいなくなるまで、アーロはその場にうつむき、立ち尽くしていた。


   ◆


 赤、青、緑、黄色、紫――まるですべての色を空にばらまいたかのような、不思議で美しい空からは今日も星が落ちる。ひとつ、またひとつ落ちるたびに、空はほんの少し暗くなる。色もだんだん煤で汚れたように黒くなる。

 星の最後の瞬きを窓から確認したアーロは、壁に立てかけた虫網をひったくると家を飛び出した。

 落ちる星から目を離さず、アーロは消える寸前の星めがけて網を振るう。いつも空振りで終わるが、この日は違った。

「――あれ、どうして消えないの?」

 不思議そうな声が、アーロの耳を打つ。歓喜の叫びをあげそうになるもののぐっと飲み込み、虫網の中に手を入れる。青白い光は、鼓動を打つようにゆっくりと瞬く。触れる感覚はない。しかし、光の球体は水をすくうようなアーロの手の上に乗る。

「はじめまして。僕はアーロ。君をもう一度空に戻すと約束するよ」

 星はしばらくの沈黙の後、「そう」とだけ答えた。アーロは星の素っ気ない態度を気にする様子もなく、星を両手で持ちながら興奮冷めぬ様子で急ぎ家に戻った。

「ここで待っていて」

 玄関を足で開け、すぐ目に入った広い机の上にそっと星を置くとアーロは言う。手ぶらになったアーロは、ひとり頑丈そうな扉の部屋に向かう。そこはアースの工房であった。

「絶対に入って来ちゃだめだよ」

 扉の隙間から顔を覗かし、念押しする。星はなにも言わず、ひとつ瞬いた。それをアーロは承諾と受け取り、再び部屋の中へ姿を消した。物音一つ聞こえず、しんっと静まりかえった瞬間だ。

「アーロ、いるか?」

 入れ替わるように玄関の方から声がかかる。返事をする間もなく、知ったような顔で中に入ってきたのは白銀の狼だった。

「アーロ?」

 狼はくるりと室内を見渡しアーロの姿を探す。だがその視線は、机の上に輝く星を捉えた瞬間、ひたりと止まった。

「マジか」

 狼は大きな口をあんぐりと開けたまま、星のいる机にゆっくりと近づく。

「とうとうできたのか」

 そう言って狼は、嬉しそうに尻尾を振った。

「よかった。本当によかった。これでもう、皆からあれこれ言われずに済む。あいつもひとりぼっちじゃなくなる!」

 本当によかったと言う狼に「なにがよかったの?」と星は問いかけた。

 途端、狼は巨体を跳ねさせ、後ずさった。さっきまでぴんっと尖った耳は伏せ、尻尾は股の間に挟まっている。

「だ、誰だ?」

 星は申し訳なさそうな声で言う。

「ごめんなさい。驚かせてしまったようで。わたしはさっき消えるはずだった星。本来ならここにいてはいけないんだけど」

「星? 消える予定だった? ってことは、あいつ――本当に星を拾ったのか」

 ため息混じりにそう言うと、狼はぼそりと「星ってしゃべるんだ」と言葉をこぼす。

「いいえ、しゃべらないわ」

 狼が思わずこぼした言葉を星は拾った。

「アースに作られた星は、まだ言葉も知らない。無垢な赤子と一緒。わたしの存在が異端なの」

「そういうものなのか?」

 狼は首を傾げた。

「俺はアースじゃないから、詳しいことはわからない。けど、アーロが――アース見習いが星を拾って空にあげるのだと言うものだから、てっきり星に違いはないのかと」

 星はチカチカと短く瞬く。

「違うわ。まったく違う。わたしはもう消える定めの星。空に再びあがることは叶わないわ」

 狼は再び耳を垂れさせた。

「そうか。じゃあ、君を拾っても空に星が増えることはないんだな」

 星は尋ねる。

「どういうことなの? ここにはちゃんとアースがいるじゃない」

 狼は、気乗りしない声でささやくように星に教える。星は、狼の言葉を最後まで聞くとゆっくりと瞬いた。

「そう。そういうことなのね」

 星がすべてを悟ったかのように呟いたのと同時に、工房の扉が開いた。

「空にあげる準備ができたよ!」

 嬉々と輝くアーロの表情は、部屋の中にいる狼の姿を確認した途端、蛇口をゆっくり閉めるようにだんだんと消えていった。

「もちろん、アースの許可もとった」

 付け加えるようにそう言うと、アーロは再び工房の奥へと姿を消し、両手いっぱいに道具を抱え戻ってきた。

 笹の葉、水瓷、なにかの形に折ってある白い紙。とても星をあげるための道具には見えない。

「星を空にあげるのに道具なんて必要ないわ」

 星はぴしゃりと言う。しかし、アーロは首を振った。

「一度空にあがっていた星だからね。もう一度空にあげるには、道具が必要なんだよ。――今まで試したことないから、失敗するかもしれないけど」

 最後の言葉はよく耳を立てないと聞こえないような、小さな声だった。アーロはちらりと狼を見る。狼は、まるで聞こえていないと言いたげにそっぽを向いたまま「何か足りてないものはないか」と食料庫のある場所へ近づいていく。

「大丈夫。まだ残っているし」

 狼は鼻先で木箱の蓋を開け、中を確認すると、振り返った。

「おい、アーロ。お前本当に食っているのか! 全然減ってないじゃないか!」

 牙を覗かせながら大声をあげる狼に「最近、お腹が減らないから」とアーロは張りぼてのような笑みを浮かべて言った。

「アーロ、いい加減にしろよ」

 狼は一気にアーロへと詰め寄る。

「たしかに、星の数が減り食料もなかなか採れなくなってきた。けどな、お前が我慢する理由なんてひとつも――」

「僕、我慢なんてしてないよ」

 アーロは、抱えていた道具を机の上に置き、狼に向き直る。

「もしかして、僕が責任を感じていると思って食べてないと思っているわけ? ないない。だったら、僕は空腹で死にかけるし、死にかけたらまたどこからかアーロ――だと僕になるから、アース見習いのさらに見習いが現れるはずさ。そんな気配は微塵もないだろう?」

 狼は鋭い眼光をアーロに向けたまま言う。

「――滅びゆく世界じゃあ、今までの機能が働かない可能性だってある。もし、お前に死なれたら。それこそ俺たちに打つ手はなくなる。終わりなんだよ」

 一瞬の沈黙の後、アーロは言う。

「……もうどうにもならないよ。あ、でもまあ、落ちてきた星をもう一度空にあげられれば――」

 そう言って、アーロは星に目を向けた。だが、さっきまで星がいた場所に星の姿はない。はっと部屋の中を見回したアーロは、開いたままの工房へと駆けていく。

「埃だらけね」

 アーロが入った瞬間、星の瞬きが目に入った。

 誰の立ち入りも許さなかった工房に星がいる。窓は板で乱暴に打ち付けられ、外からのぞき見ることはできない。工房の中は星の言う通り埃がたまっている。

 歴代のアースたちが星を作った場所として、皆はアースとアーロの住む家を工房と言う。だが、アーロにとって、ここが工房だ。

 年期の入った木製のテーブルの上には、紙とペン、蝋燭や水差しなどが置かれ、壁際には歴代のアースたちが星作りの際に記した記録が並べられている。広げっぱなしの本の横にある紙には数字が並び、走り書きされた文字には「大丈夫だ、やればできる」と誰に向けて書かれたのかわからない励ましの言葉があった。

 前は青々としていたのだろう植木鉢には、枯れて茶色くなった植物が部屋の主がいないことを語っている。

 古びたロッキングチェアが部屋の隅にたたずみ、空を眺めることができない部屋の中心にある望遠鏡が、空しく天井を映していた。

 アーロは扉を閉めた。狼に入ってほしくなかった。

 星はちかっと光ると言った。

「誰もいないじゃない」

 その瞬間、顔を真っ赤にしたアーロが星のいた場所に向かって両手を叩いた。しかし、星は捕まることなくすっと天井へ飛ぶ。

「あらやだ。虫みたいにつぶすつもり? わたしを空にあげる約束は?」

「つぶすつもりなんてないさ。それに約束は守る」

 言葉とは裏腹に、アーロの目は怒りで燃えていた。

「全然説得力がない」

 ため息混じりに星はそう言うと、アーロの手が届かない場所まで降りてきた。

「ねえ、あなたアーロを名乗っているけど、本当はもうずっと前からアースなんでしょう?」

 アーロは黙ったままだった。

「まるで自分のほかにアースがいるように振る舞っていたみたいだけど、この様子を見るにアースはいない。ねえ、どうして隠していたの?」

「――隠すつもりなんかなかったさ」

 アーロは静かに目を伏せると、観念したように言葉を紡いだ。

「僕は星が作れないんだ」

「それはありえないわ」

 星は間を置かず、食い気味に言う。

「だってあなたはアーロだったんだもの。いずれアースになる存在。星を作ることに興味がないはずがない」

 アーロは星の言葉を否定するように頭を左右に振った。

「僕の興味があるかないかなんて、関係ないよ。単純に技術の問題だ。僕は星を作れない。でも星が作れないと皆が困る。だから、君みたいな消えそうな星をもう一度空にあげるしかないんだ」

「なら、今すぐあげてみてよ」

 アーロは「わがまま言うなよ」と眉尻を下げた。

「さっきも言っただろう。まだ星を空にあげたこともないんだ。もう少し僕に力がついたら――」

「それはいつ?」

 アーロは黙った。

「いつか、いつかと同じ言葉を繰り返すだけ。その『いつか』が絶対にくるっていう保証はどこにもないじゃない。少なくとも行動を起こさなければ絶対にやってこないわ」

「やったさ!」

 稲妻のような声だった。

「やったんだよ、作ったんだよ。でも、僕に星は作れなかった。アースの元でずっと教えてもらってもできなかったんだよ! アーロなのにって皆にバカにされてもいつかできるって自分を信じたさ! 信じて作り続けた結果がこれだよ。僕に星を作ることはできない。できるのは――」

「落ちてくる星を拾うこと?」

 アーロは黙った。

 本当は、星にも言えない過去がある。

 アースの元で懸命に星づくりを学んだ。星を作ることが好きだった。でも、アーロの気持ちとは裏腹に技術は身につかず、周囲にはバカにされ、自分を騙し騙し続けるのも限界になって――。

 アーロは、アースの元から逃げ出した。

 前代未聞、異端、落ちこぼれ。もうそんな言葉とは無縁の場所に行きたかった。けれど、アーロはアーロ。星から離れれば離れるほど、恋しくなる。自分は星を作れないとわかっていても、自然と目は空に向かう。

 ひとしきり逃げ回ったアーロは、やっぱり星と無縁の生活はできないとアースの元に戻った。しかし、高齢だったアースの姿はなく、外出したものだと思ったアーロはずっと、その帰りを待っていた。

 でも心のどこかではわかっていた。

 アースの元にアーロが現れるというのはそういうこと。アースはすでに消えてしまったのだ、と。

「ねえ、アーロ。――いいえ、アース。わたし、空で過ごした時間が長いからわかるの。もう終わるわたしを空にあげることは不可能よ」

 はっとアーロが顔を上げる。その顔には失望が浮かんでいた。

「そ、それじゃあ! どうやって星を空にあげれば――」

 こうしている間にも、星はひとつまたひとつと役目を終え、空に弧を描いて落ちている。そのたびに空は暗くなり、世界はなにも見えない闇に包まれる。

「星を作りなさい、アース」

 星は言う。

「好きなのでしょう? ならば作りなさい。誰になにを言われようが、あなたはあなたの(ゆめ)を目指しなさい」

 空に浮かぶ無数の星。それは地上で懸命に生きる生き物たちが、闇に飲まれないよう、照らし導く小さな小さな灯火なのだと星は言う。

「夢は希望と似ているわ。求めようとしなくても、いつの間にかそばにあるもの。ただそれに気づかないだけ」

 いつか絶対に師匠を越えてみせる――そんな意気込みさえあった過去をアーロは思い出す。だけど、周囲の評価に怯え、いつの間にかその気持ちは小さくなっていて――星は作れなくなった。

 でも、アーロがなにもかも嫌になって飛び出したときも、もう一度星と向き合おうと決めたときも、空を見上げれば星は優しく輝いていた。

「僕は――僕の(ゆめ)を追いかけていいの?」

 尋ねられた星は、声を張って答えた。

「当たり前じゃない。アースが作る一番めの星は、自分のための星なのよ」

「そ、それでも失敗したら――」

「追いかけ続ける限り、失敗はないわ。忘れたの? 落ちるわたしを追いかけ捕まえたのは、あなたよ。自信を持ちなさい」

 途端、ぽたぽたっとなにかがこぼれ落ちる音がした。アーロは両腕で顔をこすると赤くなった目で星を見た。

「ありがとう」

 アーロ、いや当代のアースは心からの感謝を星に送った。

「いいのよ、別に。わたしはわたしの役目を果たしただけだから」

 その瞬間、星は目映い光を放って消えた。もう、封じられた工房を照らす明かりは、欠片もなかった。

「……さよならくらい、言わせてよ」

 その場にうずくまったアースは、先代のときも言えなかった後悔を思い出し、必死に嗚咽を飲み込んでいた。


   ◆


 アースの自宅兼工房に皆が集まる。

 空に瞬く星は残り一つ。その星も、もうすぐ落ちようとしていた。

 ここ最近、アーロの姿を見かけたものはいない。強いて言えば狼くらいだろう。ずっと工房にこもりきりのアーロに、皆の不満は爆発寸前だった。

「いい加減、アースを出せ!」

「早く星をあげてくれ!」

 堅く閉ざされた扉すら開け、中に押し入ろうとする。不満は怒りに変わりやすい。中に入ったら最後、アーロもただでは済まないだろう。

「ちょっと待ってくれ」

 ガタガタと扉を叩く皆の間に入ったのは狼だ。

「もう少し待ってくれないか」

 いつもなら聞く耳を持ってくれる。しかし、彼らも必死だった。

「そんな悠長なこと言っていられるか! 見ろ、もう星は一つしかないんだぞ」

「オレたちはあんたじゃなく、アースに話があるんだ。どいてくれ」

 彼らはまだ、アーロがアースであることをまだ知らない。

「もう少し待ってくれ」

 押しのけられそうになるものの、狼は四肢を踏ん張り耐えた。

「もう待ってられないんだよ!」

「生活がかかっているんだ」

「アーロの肩を持つあんたでも容赦しないぞ」

 次々に紡がれる言葉を狼は耳を動かしすべて拾う。

「なら、言わせてもらう。だれが、あいつをこんなふうにしたんだ? アーロなのに星を作らない子に」

 不満げな視線が狼に集まる。狼はくわっと口を開き、声をあげた。

「俺たちだろう! アーロから星を奪ったのは! その自覚もなしに『星を作れ』だって? あいつは俺たちにとって都合のいい道具じゃない。同じ一人の仲間だ。それをいつから勘違いした?」

 狼の言葉に反論する者はいなかった。沈黙が重くのしかかっている間にも最後にひとつ残った星は、強くはっきりとした瞬きを繰り返す。もう、時間はそんなにない。

「それじゃあ、わたしたちは滅べというの?」

 ぽつりと誰かのつぶやきが静寂の中に落ちた。

 誰もなにも言わなかった。やり直すにはすべてが遅すぎた。

「いや、まだそうと決まったわけじゃないさ」

 狼は力強く言った。

「信じよう。あいつは今、星を作っている。俺たちにできるのはもうそのくらいだろう」

 皆は沈黙したままだったが、狼にたてつくものはいなかった。

 そのときだ。

「できた!」

 堅く閉ざされていた工房の窓が開く。窓から顔を出した少年は、片手を黒く染まった空にのばし、指を開いた。広げられた指の間から蛍のように頼りなさげな光がひとつ、右に左に揺れながらゆっくりと空にあがる。

 きっと誰もが、あんな小さな光が星なのか疑問に思っただろう。または途中で消えてしまうのではないかと冷や冷やしたに違いない。

 だが、吹けば消えてしまいそうな光は、ゆっくりとたしかに空に向かって昇っていく。

 皆がその光を見つめていた。

 そのときだ。

 ぱっと闇を払うかのように目映い光が大空を覆った。黒かった空は、一瞬で白くなり、遠くの闇を追い払う。太陽のないこの世界では、誰も夜明けを知らない。しかし、少年の放った星はまさに夜明けのような光景を作り出していた。

 わっと歓声があがる。

 それは新たな世界の幕開けにふさわしい始まりだった。

 今まで見たこともない輝きを放った星は、その身を分裂させるように、ひとつまたひとつ小さな光を空に散らす。空は皆がよく知る、色彩豊かな色に戻った。

「すごいな、アーロ!」

 興奮冷めない声が、少年に送られる。窓から半分身を乗り出し、じっと空を眺めていた少年は、「ありがとう」と笑った。

 その笑みは、少年らしい無邪気な笑みだった。





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