第七話
振り下ろされた剣が女の首を刎ねた。
床に鈍い音を立てて転がる首は絶望の一色に染まり、首を刎ねた者以外はサッと顔を背けた。
そして首を刎ねたその人は、血に染まる剣を片手に肩を上下させ、顔を真っ赤にし、怒りに打ち震えていた。罰として、側仕えの侍女を一人殺したところで彼の怒りは収まらない。それどころか何かのきっかけで爆発しそうであった。
そのことをこの場にいる誰もがさとり、恐れて何も言えず、ただ逆鱗に触れることだけを避けるために身を縮めていた。
勇者の城の一室。
この城でも指折りの豪華な内装を誇る謁見の間は、今一つの死体を挟んでグランと彼の従者たちが対峙していた。
血塗れの剣を片手に、金の鎧も血に汚し、グランは首を刎ねただけでは飽き足らないと今し方殺したばかりの侍女サマンサの死体を剣で突き刺した。
北の防衛線から呼び戻されたグランの従者たちはその様子を恐々と伺っている。従者たちの腕には証である金の腕輪が嵌められていたが、今はまるで手錠のように彼らをその場に縛り付けていた。
この場にいる誰もが、グランに意見することができなかった。
従者の中でも剣の師匠であったエルタルと、兄弟子であったハンスだけが、グランを嗜めることができたのだ。しかしハンスはもういない。エルタルはここに向かっているはずだがまだ来ない。だからただグランの蛮行を見ているしかなかったのだ。
グランには三十人近い従者がいた。歴史的に見ても、この従者の数は多い。信頼できるものが多いといえばそうだが、今のこの状況からして、ただの主従関係だと一目でわかる。
本当ならこの場で、グランはミナキを従者たちに紹介するはずだった。
しかし町に遊びに行かせたミナキは護衛と共に逃げ出し、北の防衛線から何とか引っ張り出してきた従者たちを投入しても見つからなかった。あれだけ労力を、努力を、時間をかけて召喚した子どもが、ようやく使い物になるはずだった子どもがあっさりと自分のところから逃げ出したのである。
腹立たしいことはそれだけではない。
グラン直轄の勇者の火を警備する部隊から護衛を出したというのに、勝手に護衛を交代させ、その交代した理由というのが酒をくれたからというあまりに下らない理由だったのだ。
「くそっ!」
悪態と共に侍女の首を蹴り飛ばした。
荒い呼吸の度に金の鎧が軋む。その音すら苛立ちを増長させているかのようだった。
何もかもが腹立たしい。
グランの心は怒りに染まり始めていた。
そしてその怒りに答えるようにグランの周りがぐらりとゆがみ始める。彼の力が怒りに呼応したのだ。陽炎のように揺らめき、室温がはっきりと分かるぐらい上がり始める。
グランを恐れていた従者たちは小さく悲鳴を上げて、さらに身を縮めた。
「何をしている!」
突然発せられた叱責が、グランの心を貫いた。
そして恐れる従者たちをかき分けて、一人の壮年の男がグランの前へと進み出た。
「この有様はなんだ、グラン。説明してみなさい!」
剣の道を貫き、己を厳しく律するエルタルは、愛弟子の蛮行に顔を歪ませた。
「これは……」
怒りを叱責に吹き飛ばされ、冷静さを取り戻したグランはしどろもどろに言葉を濁す。ようやく自分のしたことが恥ずべきことだと認識できるようになったのである。
エルタルは憤りに満ちたため息を吐いた。
「お前はあいつのようになりたいのか……?」
グランはハッと息をのみ、己が恐ろしいことをしかけていたことに気付く。そして、ぞっと背筋が凍った。
あのままだったら、本当に危ないところだった。
「これ以上何も言うまい。だが死者への敬意を忘れるなよ」
グランが張り詰めた顔で頷くのを見てから、エルタルは謁見の間を後にした。