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第五話

「グラン様って北によく行かれるけど、一体何をしているの?」

 町への外出の日だった。ミナキが力を目覚めて一月ほどしか経っていない。力のほうは植物の成長を促すというものらしく、ミナキは自分の意思で何とか種を芽吹かせることができるようになっていた。あの朝方のときのようなことはまだできない。

「普段は北の防衛線にいらっしゃるんだよ」

 ルーカスが答えた。今日は前とは違う監視塔に案内してくれるという。

「暴竜が雪雲を従えているって言っただろ? その雪雲がこの町まで広がらないように雪雲を燃やしているんだよ」

「雲って燃やせるの?」

「燃やせるんじゃないのか? そう聞いてる。でも、そのおかげで町には雪が降らないのだから」

 そういえばこの町、雪どころか雨も降らない。乾燥しきった町だった。

 当初、この町への外出はミナキの力の覚醒を目的としたものだった。しかし、今ではミナキの気晴らしとなっており、力を覚醒させた今も、グランは許可をだしてくれていた。

「そういえばこの前の朝方の事件知ってるか?」

「花がすごいことになったの?」

「ああ、俺そのとき地下の警備中で見られなかったんだ。どんなのか知ってるか?」

「私も起きて騒いでいたのを見たぐらいだから、大したことは知らないわよ」

「でも何か知っていたら教えてくれよ」

 ミナキはさも目が覚めたら騒ぎになっていた風で語った。

 ルーカスと話していて気付いたのだが、城の中でもミナキのことを知っているのはごく限られた人間だった。そして、ミナキのことを知っていても、ミナキが勇者の後継という立場であるとは誰も知らないようだった。さすがにグランの従者であるエルタルや側仕えのサマンサは知っているが、他は誰が知っているのかミナキには分からなかった。

 ルーカスは、グラン直属の部隊の人間で、勇者の火を守る仕事をしていたが、ミナキのことは知らないようだった。実際、ミナキをただの城の侍女と思っているようだったし、ミナキも勇者の後継だと伝えるつもりはなかった。

「今日は何だか人が多いわね」

 いつもは閑散とする町であったが、街角で人を多く見かけた。

「ああ、何でも工場で火事があって、一区画すべての工場が止まっているんだと。その影響で休みの人が多いんだよ」

「そうなんだ」

 普段より賑わいのある町を眺め、ミナキはルーカスの後に続く。

 そして目的の監視塔に着いたときだ。辺りを見回して誰もいないことを確認してから梯子に手をかける。

「おい、何しているんだ」

 突然見知らぬ男に声をかけられ、二人は心臓が飛び出るかと思った。

「何監視塔に登ろうとしているんだ。兵士を呼ぶぞ」

「待ってくれ。誤解だ」

 ミナキは梯子から手を離し、ルーカスが男を宥めようと歩み寄る。

「近寄るな!」

 男はルーカスの手を振り払い、通りへと続く路地へと消える。

「え、何。なんなの?」

「さぁ?」

 訳の分からない二人。ただ興を削がれ、監視塔に登るのはやめた。やむなくサマンサのところに戻ろうとしたときである。

「兵士さんこっちだ! こっちに監視塔に登ろうとした不審者がいる」

 あの男が兵士を連れて戻ってきたのである。

「やばい……」

 兵士に捕まればサマンサのところに戻るのに時間がかかる。

「逃げよう。面倒ごとは避けるべきだ」

「ええ」

 二人は小道に入り込み、兵士の手を逃れようとした。

 しかし監視塔の前にいなかったからか、男と兵士たちはミナキたちを探し始めた。そして、小道を足早に進むミナキたちを見つける。

「あ、おい! 待て!」

 追ってきた。

「ねぇ、これ、捕まって話した方が良くない?」

 走りながら、ミナキはルーカスに言う。

「いや、駄目だ。身分証明に時間がかかる。そんなことしたらサマンサが店から出てくるまでに戻れないぞ」

 とにかく時間までに戻るなら、逃げ切るしかないようだ。

 サマンサのあの小さな花壇は、もうない。ミナキの力の覚醒の一件で露呈し、花の密買もバレ、続けられなくなったのだ。ただ、お咎めはなかった。あの花を切欠にミナキの力が覚醒したので、その功績とチャラになったのだ。

 それでも、サマンサはあの店に再び寄った。もしかしたら、また別のところで花壇を作るつもりかもしれない。

 ミナキはせっかく作った秘密の花壇をあのような形で壊してしまい、サマンサには申し訳なかった。

 二人が目指していた小道の出口に立ちふさがる人影。

「げっ、こっちにもかよ!」

 戻ろうにも、監視塔のほうから兵士たちが追ってくる。

「こっち、道がある」

 わき道を見つけ、ミナキはルーカスの服を引っ張って飛び込んだ。その道は道幅が狭く、鎧を着込んだ兵士たちには通り抜けにくいようだった。

「よっしゃ、このままいっちまおう」

「ええ!」

 脇道を抜け、さらに慎重に三、四個のブロックを抜ける。そして完全に兵士たちをまくために、曲がり角を見つけたら飛び込んだ。やがて二人は辺りの様子が変わったことに気付き、足を止める。

「この辺までくれば大丈夫だろう」

「時間取られちゃったわね。早くサマンサのところに戻りましょう」

「あ、ああ」

 ルーカスが辺りを見回す。

「どうしたの?」

「いや、ここどの辺かと思って……」

「え?」

「あんまりこっちの区域来たことないんだよ。なんつーか、住宅街だし」

 ミナキは当然町の地理について詳しくない。ルーカス頼りだった。そしてその頼みの綱であるルーカスが道が分からないとなると……。

「え、もしかして私たち、道に迷った?」

「もしかしなくとも、な」

「うそ……」


 二人はとにかく見知った道を目指して歩き出した。町の中心には勇者の城があるし、中心部に近づけば、地下の勇者の火の下へ向かう階段がある。とにかく中心部に向かえば何とかなるはずだった。

「ねぇ、だんだん城から遠ざかってない?」

 建物の隙間から見える勇者の城を目印に歩いてはいたが、どういうわけかどんどん遠ざかっているのだ。

「まさか、気のせいだろう?」

 と、ルーカスは言うものの、やはり間違いなく勇者の城から遠ざかっていた。歩き続けているうちにサマンサが店から出てくるだろう時間はとっくに過ぎてしまった。もうサマンサと合流するのは諦めて、とにかく城に帰ることを目指した。

 そして、あっという間に日が傾き、西の空が赤らむ。

「ねぇ、もう誰かに道を聞いたほうが良くない?」

「でも誰とも行き逢わないぞ?」

「うっ」

 どういうわけか、道をすれ違う人もいなかった。いくら剣の鍛錬で鍛えられているとはいえ、歩き続けていれば限界も来る。ミナキは足が痛み始めていた。

 そして日が沈んだ頃、すっかり歩きつかれて道の片隅で座り込んでいた。辺りは住宅街どころか、倉庫街となっており、このまま歩けば工場区域に入り込んでしまいそうだった。もうここまでくれば自分たちが逆に進んでいたと理解できる。だが、道を戻る気力も体力もとうになかった。

「もうこうなったら、誰か探しに来るのを待ちましょう」

「でもわざわざ探しに来るか?」

 サマンサが兵士に訴えたところで動いてくれるだろうか。いや、動くだろう。だって、ミナキは勇者の後継なのだから。

 そしてその希望が叶ったのか、遠くから近づいてくる足音が慌しく聞こえた。

 だが、その足音がミナキたちの前に来る前に、ルーカスがミナキを物陰に引きこんだ。

「ちょっと!」

「待て。何かおかしいだろう。やつら慌てすぎだ。俺たちを追ってきた奴らじゃないのか?」

「探しに来てくれたんでしょう?」

 だが、物陰から伺うと、ルーカスの言う通り何かおかしい。現れたのは数人の兵士であったが、フル装備だったのだ。今まさに戦いに向かうかのような出で立ち。なるほど、ルーカスの言う通り、ミナキたちを不審者と思い、追ってきたというほうがしっくりくる。

「探せ、工場の方にも人をやれ!」

 頭部全体を覆うメットの中で命令を叫ぶ。兵士たちは散り散りになり、その兵士たちを追って、二人の男がやってきた。

「あれ、北の防衛線の部隊だ」

 ルーカスが鎧を見て気付いた。

「え? 北に出ている兵士ってこと?」

「ああ。それに、あの男たちグラン様の従者の方々だ」

 言われ、よく見てみるとエルタルが嵌めている金の腕輪と同じようなものが彼らの腕できらめいた。

「だったら別に怪しくも何もないじゃない」

 グランの従者が現れたなら、間違いなくミナキを探してきたのだろう。ミナキが物陰から姿を現そうとしたときだった。

「全く、帰って早々に面倒なことを起こしおって」

「そうカッカするな。相手は子ども一人。すぐに見つかるだろう」

「子ども一人ではないだろう。護衛が一人付いていると聞いたが?」

「ああ、そうだったな」

 どうやら彼らは北の防衛線から戻ったばかりの様子で、そこへミナキ捜索に借り出され、大変立腹しているようだった。出て行ったら怒られそうである。ミナキは浮かしかけた腰をそっと地面に戻した。

「そういえば聞いたか? 召喚した子ども、植物を操る力を持っていたらしい」

「そうなのか? ではあの忌々しい暴竜をついに倒せるわけか」

「ああ、ようやくだ」

「なるほど、それでグラン様が最近機嫌が良かったわけか。ハンスが死んでからずっとイラついているようだったからな」

 ルーカスが息をのむ音が聞こえた。

「しかしグラン様も運がいい。召喚した子どもが暴竜に有効な力を持っているとはな」

「いいや、これは天の意思かもしれぬぞ。いい加減勇者になれという意味のな」

「かもしれない。これでようやく我らの長年の努力が浮かばれるというわけか」

 ミナキとルーカスは思わず顔を見合わせた。二人の従者が一体何を話しているのか訳がわからないのだ。

 だが、従者の一人が声を潜めた。

「ともかく、この茶番をさっさと終わらせて欲しいものだ。あの竜を子どもに片付けさせ、子どもをグランが片付ければそれで終わるのだから」

 ミナキは突き飛ばされたような気分だった。

 ミナキが竜を殺し、グランがミナキを殺す?

 どうして、一体なぜ?

 頭に様々な疑問が湧くが、それに答えは見つけられない。ただ呆然とするしかなかった。

 ミナキたちを捜索していた兵士たちが戻るも、従者たちの満足の行く結果を得られなかった。そして、彼らは別の場所を探すべく、ミナキたちの前から消えてしまった。

「一体、どういうことなの……?」

 ミナキは信じられず、ただそう繰り返した。

「分からない。何か別の話か……?」

 ルーカスは口ではそう言っていたが、従者たちの話を考え込んでいるようだった。

 彼らの口ぶりでは、グランは勇者ではないということ。そして、いずれミナキを殺すつもりであるということ。

「城に、戻るか?」

 ルーカスが声をわずかに震わせ、尋ねてきた。ミナキは首を横に振る。

「あんなことを聞いてからじゃ、戻れないわ」

 グランのとんでもない考えを知ってしまったのだ。あのままグランの元にいれば自分は殺されてしまうという。そんな危険なところに戻れるはずがない。

「俺も、もうグラン様を信じられない」

「どうするの?」

「その前に、一つだけ確認させてくれ。ミナキ、君が勇者の後継なんだな?」

「知っていたの?」

 ミナキは目を見張る。

「何となく。侍女の護衛に俺たち勇者の火の部隊が当てられるなんておかしな話だからな」

「そう。そうよ、私が勇者の後継。勇者グランに召喚された子どもよ」

 ルーカスはミナキを真っ直ぐ見て、頷いた。

「そうか、俺はさっき従者たちが話していた、勇者グランの従者ハンスの息子だ」

「あなたのお父さんが従者なの?」

「ああ、その縁でグラン様の城で働いていた」

「そうなんだ。これから、どうする?」

「もしミナキがよければ、俺の故郷に行かないか? グラン様のところにいるのも良くないだろうし、故郷には俺の師匠がいる。どうだ?」

「いいわよ。他に行く当てもないもの」

「じゃ、俺についてきてくれ」

 さっきまで疲れて腰を下ろしていたというのに、どこからか力が湧いてきた。そして、町の外へ向かって歩き出したルーカスに続いた。

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