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第三話

 それからまたしばらくして三回目の町への外出の日だった。いつものようにサマンサがあの締め切った店へと消えてゆく。

「ミナキ、ちょっと町を歩かないか?」

「え、でも……。サマンサにはここで待っているように言われましたし……」

「ちょっとぐらい大丈夫だって。前も一刻ぐらい戻らなかっただろう? 出てくるまでに戻ってくれば気付かれないって!」

「でも……」

 ためらうミナキにルーカスは耳元でささやいた。

「工場を見に行こう。中は見れないけど、ここから近くに工場を見渡せるところがあるんだ」

「本当!?」

 ミナキは工場を見てみたかった。でも前回も前々回も見ることができず、半ば諦めかけていた。時間を考えればじっくりとは見られない。でも、チラリとでも見られれば、またしばらく思い出して楽しめる。

「行こう」

 ミナキは差し出された手に、自分の手を重ねた。

「ねぇ、工場で食べ物を作っているって聞いたのですが」

「食べ物だけじゃないさ」

 道すがら、辺りを気にしながらミナキはルーカスに聞いた。

「いろんなものを作ってる。石鹸とか、布とか、ああそうそう、武器とかも全部!」

「いろいろ作っているんですね」

「そりゃもちろん。勇者の火があれば何でもできるからな」

 勇者の火とは、勇者グランがこの町の地下に用意したものだった。グランが勇者になったその火に、この地の守護の要として、自身の証として、グランが勇者であり続ける限り燃え続ける火だという。

「工場を動かす力はすべて勇者の火から取り出しているんだ。だからその火から近いところに力が一番必要な重工業があって、町の中心から離れるほどに、力がかからない工場になっていくんだ」

「へぇー」

 工場を動かしているのは電気だろう。だとしたら、この町は火力発電所みたいな原理でエネルギーを取り出しているのかもしれない。そして、これだけの工場の動力を賄える火を今も燃やし続けるグランはやはりすごい。

「でも工場で何でも作っているのはこの町だけだ」

「え?」

「この町を離れると、天気は良くないけど、土で作物が育つ。まぁ、工場で作るような立派なのじゃないけどな。俺もこの町が工場で全部作っているのを見て驚いたんだ」

「この町が特別ってことなのですか?」

「俺は町の外から来たからそう思うだけだ。元からこの町で暮らしていれば、おかしくも何ともない。ってあれ、ミナキって外から来たんじゃなかったか?」

「あー、うん、まぁ、そうね」

 ミナキは笑って誤魔化した。

 そして、ルーカスはミナキを高い塔の前に連れてきた。

「工場の監視塔だ。工場で火事とかあったらすぐにわかるようにって建てられた。今はもう使われていないけどな」

「どうして?」

「人手が足りなくて、ここに常時人を置けないんだ。別の監視塔になら、兵士が巡回しているんだぜ」

「へぇー」

「さ、足元に気をつけろよ。梯子が折れることはないだろうけど、足を滑らせて怪我でもされたらばれちまう」

「う、うん」

 裾の長いスカートである侍女の服は梯子を上るのに適していなかった。しかし裾ごときにせっかくのチャンスを諦めるわけがない。下で待つルーカスをいつまでも待たせるわけにはいかないので、ミナキはみっともないけどスカートをたくし上げて梯子を上った。

「お前すごいな」

 ミナキが梯子を上り終え、続いてルーカスが上ってきた。スカートをたくし上げたのを見ていたのか、苦笑を浮かべている。ミナキは罰悪そうにそっぽを向く。

「ほら、工場はあっちだ」

 気を取り直そうとしたのか、ルーカスが声を弾ませて、ミナキの背中の方を指差した。

 目をやると、視界は上下に真っ二つに別れた。上は青灰色の空に下は橙の建物が延々と果てまで広がっている。工場群も町と同じように橙の石で築かれているのか、見事に地面が橙に染まっている。

「すごいわ!」

「だろう? 今は工場が動いているから煙突から煙が出ててちょっとかすんでるけど、すごい景色だろう?」

 ルーカスはどこか誇らしげに胸を張る。

「ルーカスはいつ知ったの? この景色」

「ここに来てすぐだよ。町をぶらついて、この塔に登ってたまたま見つけたんだ」

「そうなんだ。いいものを見つけたのね」

「まぁな。それに、ここからだと町の外が少しだけ、見えるんだ」

 言われ、遠くを見ると、確かに眼下に広がる町も端のほうには何もない地が広がっている。

「俺は東の方で生まれ育ったからな。この町の端のその向こうには、俺の故郷があるんだと思うと何だかほっとするんだ」

「いいわね」

 ミナキは異世界より召喚された身で、この世界のどこを探しても元の世界の欠片もない。故郷を思える彼がうらやましくもあった。

「さてと、戻ろうぜ。そろそろサマンサが店から出てくる頃だ」

「そうね」

 二人があの店の前に戻ったとき、丁度サマンサが出てくるところだった。おそらく彼女も、向こうから戻ってくる二人を見ているはずであった。しかし、サマンサは何も言わず、元の予定をそのまま辿った。


「サマンサ、どうして何も言わなかったんだろう?」

「何のことだ?」

「前のことよ」

 四度目の外出のときだった。前回抜け出したこともあって、今回抜け出すことも抵抗はなかった。

 今回は勇者の町の地下にあるという勇者の火を見せてくれることになったのだ。ルーカスは元々その火のあるエリアを警備する兵士で、当然町から地下へと向かうルートにも詳しい。彼は勇者の火をミナキに見せるために様々な手をつくして近道を編み出してくれたのだ。

 そしてその近道を辿る道中、ミナキは前回の気がかりを口にした。

「前に監視塔から戻るとき、サマンサと丁度鉢合わせしたでしょう? サマンサも私たちがその場を離れたことに気付かなかったわけないのに、どうして何も言わなかったのかしら」

「そりゃー、あれだろう。サマンサも後ろめたいから」

「え?」

「ミナキ、サマンサがいつもあの店で何を買っているのか知っているか?」

「知らないわ。そもそも何のお店なの?」

「見た目はただの雑貨屋だ」

 見た目といわれても表から見ると店内はカーテンが敷かれていて伺えない。もしかして光に弱いものが売られているのだろうかとも考えていた。

「でも実際売ってるのは種なんだよ」

「種? 花とかの? え、それがどうして後ろめたいのよ」

「植物の種子や苗はすべて当局の監視下で取引されなければならないって知らないのか?」

「そうなの? え、じゃああの店は……」

「ああ、種の闇売り場。サマンサが植物の種を買ってどうしているかは知らないけど、ばれたらまずいだろうな」

「そうなんだ。って、ルーカスは知っていたのにどうして通報しないの?」

「通報して欲しいのか?」

「そうじゃなくてなんで黙っていたのってこと」

「俺が騒いだら護衛を交代したことがグラン様の耳に入るだろう!」

 なるほど、サマンサとルーカスはお互いに後ろめたいことがあって、お互いに黙り合っていたのだ。ミナキだけが知らなかったというわけか。

「ついでに俺の方も聞いていいか? ミナキはどうしてサマンサと買い物を? 荷物持ちって聞いてるけど、荷物持ったことないだろう」

 ミナキは言葉に詰まる。ルーカスはミナキが勇者グランの後継だとは知らないのだ。だとすると、表向きの理由からミナキの行動はあまりにも不自然だった。

「それに、その手、剣だこがある。それも潰れているのもあるだろ? とても侍女の手とは思えないな」

 しまった。そこまで気付かれているとは思わなかった。どう誤魔化したものか。

「えっと……」

 答えに窮するミナキに、ルーカスは息を吐いて、それ以上の言及はしなかった。

「もういいさ。話せない事情ってのもあるだろう? さっさと火を見て戻ろうぜ」

 ルーカスは行く手を阻むさび付いた鉄柵をこじ開け、紳士よろしくミナキを先に行かせた。


「勇者の火って、すごいのよね」

「そりゃ、もちろん」

 ルーカスの近道は非常時用か、作業員用の無骨な道で、必要最低限の安全だけが考慮された、なかなかに胆力が要る道だった。

 足元は金網、手すりは細い鉄パイプ。薄暗い中鉄板の階段を一段ずつ確かめながら降りてゆく。階段の足場の隙間から、階下がのぞく。下のほうに目指す火があるのか、赤っぽい明かりがある。先導するルーカスはその明かりを目指しているようだ。

 それにしても、とミナキは不思議だった。

 この世界は不思議だった。元の世界とは違うのだから理が異なってもおかしくない。しかし地上では橙の岩で、まるで砂漠の町かのように潤いがないのに、地下はまるで建設現場の足場のようなものが張り巡らされている。異世界人のミナキにとってとてもちぐはぐに映ったのだ。

 ファンタジックな世界かと思いきやメカメカしいところもある。そのギャップに戸惑わされた。

 階段を下りてゆくと、頬に触れる空気が少しずつ熱を帯びてくる。下に巨大な熱があるのだろう。気が付けば視界も明るくなっていて、見上げれば下りてきた階段が暗がりの中に埋まっている。入ってきた入り口は暗すぎてどこかも分からない。

「ほら、あと少しだ」

「うん」

 いくらルーカスがいようと、この勇者の火のある区画は厳重警戒がしかれ、侵入者に容赦がないらしい。店の前からミナキたちが離れていることをサマンサが知っていても、サマンサに気付かれないふりをして戻るつもりだった。それがお互いに黙り合う、暗黙の了解となっているようだ。

「ここから火が見えるはずだ」

 ルーカスが鉄網の足場の隙間を指差して、その向こうにある勇者の火を示した。ミナキは身を乗り出して、視界の端に火を捕らえる。

「あった!」

 思わず声が出て、広い空間に反響した。

「お、おい。気付かれるだろう」

「ごめんなさい」

 警備兵に見つかってしまっただろうか。慌てて口を押さえるも、人の声も足音も聞こえない。

「大丈夫だったみたいだな」

「良かった」

 別に見つかってもルーカスがいるから大丈夫なような気もするが、この場でミナキは部外者で、警備兵にとって侵入者なのは変わりない。見つからないにこしたことはない。

「さて、戻るか」

「そうね」

 そろそろ店の前に戻らなければサマンサに小言を言われてしまいそうだ。今度はあの階段を上ってゆかなければならないのかと気が滅入るが、せっかくの勇者の火が見られたのだ。それぐらいなんてことがなかった。

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