第二十話
ミナキたちはしばしライリーの元で過ごすことになった。ライリーともっと話したいこともあったし、ユハとライリーをすぐに引き離すのが可哀想だと思ったのだ。それに、ミナキたちには急ぐ理由がない。
ミナキが力を使って作った木の家から、夜中、ルーカスが出てきた。
その夜は風があり、空には相変わらず分厚い雪雲が居座っていた。
ルーカスは雪の上に鱗に覆われた巨体を乗せるライリーの前に立った。
「ライリー、ちょっといいか?」
『ミナキの従者か。何だ?』
「俺はルーカスだ。そして、グランの従者の息子だ」
『ほう』
ライリーは勇者だった。だからこそ、子を持つことはしなかった。勇者であるなら、子を持つ恐ろしさを心得ているからだ。血の決闘の悲劇を知っているのは、何も観測者だけではないのだ。
「そして、俺の父はお前に殺された。名前はハンス。前の暴竜討伐でお前に殺されたんだ」
『ああ』
ライリーは目を細める。
『よく覚えている。グランや奴の仲間を逃がすために囮になった男だろう。そう、お前と目元がよく似ている。それで、どうした。俺を殺すか? だが勇者を討てるのは勇者の後継だけだぞ』
「分かっている。ただ、父さんの最期を知りたいんだ。父さんは俺が成人するまで一緒にいると決めていた。だけど、グランの召集を受けて、お前を討つためにグランの元に戻らなければならなかった。でも、父さんが亡くなったと、人伝に知ったんだ。グランが直接伝えに来たわけじゃない」
ルーカスは知らず拳を握っていた。
ハンスはグランの兄弟子で、剣の師匠であるエルタル同様付き合いの長い従者の一人だった。それなのに、扱いがあまりに粗末であった。ルーカスはそれが許せなかったのだ。
体を張り、命を捨ててまで逃がしてくれたという人に対して、あまりに失礼だ。命には命であがなえとまでは言わないが、相応の態度というものはあるはずだ。
何より、グランはルーカスに会ってもハンスの息子と気付かなかったのが許せなかった。
ハンスはすでに奴の中で過去の人間と化していたのだ。
『そうか』
「俺はお前を恨んでいない。父さんはそうなることを覚悟してグランの元に向かったんだ。それに、お前が父さんを殺したのも、勇者として当然のことだった。気分のいいことじゃないが、教えてくれないか? 父さんの最期を」
『いいだろう』
ライリーもグランの従者の顔を覚えていた。幾度もの戦いで、顔を合わせていれば嫌がおうにも覚えてしまうものだ。中でも特に強かったのがエルタルとハンスだ。グラン同様、気を付けなければならない相手だった。
前回の襲撃はよく覚えている。グランをあと一歩で倒せそうだったのだ。
ライリーは今この瞬間もグランを倒したいと思っていた。倒してどうするとまでは考えていないが、心はグランを殺したくて疼いているのだ。
グランの胸に大きな傷を与え、あの金の鎧を赤に染めた。止めを刺そうと爪を伸ばすと、剣に阻まれた。従者ハンスだった。叫ぶようにエルタルにグランを連れて引き下がるように言った。エルタルは血塗れのグランに肩を貸し、他の従者や兵士たちも撤退するグランを守るようにその後に続いた。
最期に残されたのはライリーとハンスだけだった。
ライリーはハンスに逃げないのか? と尋ねた。
しかしハンスは逃げないと剣を振るい、爪をへし折った。
彼は強い。だが、勇者の後継の従者である限り、勇者を殺すことは、ライリーを討つことはできないのだ。勇者を討てるのは勇者の後継だけなのである。
ハンスもよく分かっていた。だが、勇者は不老不死であったが、それに限界があることも知っていた。ここで腕一本いや、前足一本でも切っておけば、グランが次訪れるとき間違いなく有利になるのだ。さすがに勇者も切れた腕を生やすことはできない。
ハンスは決死の覚悟で単身ライリーに挑みかかったのだ。
『あいつは本当に強かったよ。だが、今ならその強さの理由が分かる。息子のお前がいたからなんだな』
ハンスはグランが勇者になれば、それが息子の幸せに繋がると信じて疑わなかったのだろう。だから、彼はグランのために、息子のために戦ったのだ。
結局腕を切ることも敵わず、できたのはライリーの尾に大きな切り傷を与えたことだけだ。だがその傷はあまりに深く、癒すのに時間がかかった。そして、その傷は跡となり、今もそこには鱗が生えないのだ。
「そうか。父さんは最期まで戦ったんだな」
『ああ、彼はグランの従者にしておくにはもったいない猛者だった。その血を継ぐお前も立派な剣士なのだろう。ミナキは良い従者を得たものだ』
「話してくれてありがとう、ライリー。グランにはこんなこと聞けないからな」
『そうだな……』
ライリーはふと思い出した。
『待てよ? お前、父の形見を持っているか?』
「いや、何もない」
ルーカスは首を振った。
『ならその辺だ。そこにお前の父を埋めたのだ』
ライリーは山頂の片隅にある雪山を示した。
「本当か!?」
父がきちんと埋葬されていることにホッと胸をなでおろした。ライリーは死者に対して礼節を持った人物のようだ。
『ああ、それに墓石として立てた岩の傍に……』
ライリーは巨体を動かし、雪をかいた。
するとすぐに柔らかい雪の下から灰色の岩が現れた。あれが墓標なのだろうか。ライリーはその墓標の前をためらわずかいていく。
まさか父を掘り起こすつもりじゃないのか。
ルーカスの心に不安が過ぎる。
『ああ、あった! これだ!』
ライリーは何かを見つけ、爪先に引っ掛けてルーカスの前に突き出した。
「これって!」
ライリーのルーカスの手ほどの太さがある爪先に金の腕輪がひっかかっていた。グランが自分の従者に付けさせているあの腕輪だ。
ミナキの従者になった今なら分かるが、勇者の後継と従者の間には確かな絆がある。昔はこの金の腕輪がなければ従者であれないと思ったが、この金の腕輪はただの飾りでしかなかった。
グランは従者が多いから、見分けるために金の腕輪を付けさせているのだろう。
そしてこの金の腕輪はルーカスに残された父の唯一の形見となった。
「ライリー、ありがとう。父の物は何もなくて、思い出すことしかできなかったんだ」
『気にするな。俺もあいつの息子にこれを手渡せて嬉しいのだ。さぁ、受け取れ。俺の爪にひっかかったままだと、いつか千切ってしまいそうだ』
「ああ!」
ルーカスは両手でそっとライリーの爪から金の腕輪を外した。金の腕輪は雪の下に埋もれていたから湿っていたが、昔のままのきらめきを保っていた。表面には細かな傷が多かったが、目立つものはなかった。父が最期までこの腕輪を大事にしていたことが伺えた。
さすがにこの腕輪を付けるのは憚られた。
これはグランが父に贈ったもので、グランの従者の証だったからだ。何より、ルーカスはミナキの従者だったからだ。
ルーカスは腕輪を上着の中にしまい込む。ひんやりとした感触が肌から熱を奪った。
「ライリー、話してくれてありがとう。俺は寝るけど、お前は外で大丈夫なのか?」
今は少し風があるだけだが、風がなくともここは寒い。雪山の頂上なのだから。
『この寒さは俺の力そのものだ。俺の制御が利かなくても、俺を苦しめることはない。だが、お前らにとっては厳しいものだろう。ちゃんと温かくして寝ろよ』
「ああ、そうさせてもらう」




