第十二話
ミナキは地中より熊を囲うように木の根を突き上げた。
森で過ごす内に、ミナキは強力な武器を手に入れた。それが、この木の根である。木の根は丈夫でありながらしなやかで、硬く、そして鋭い。ミナキはそれを意のままに操ることに集中した。
「俺がシャーリーの注意を引く」
そう宣言したとおり、ルーカスは剣を抜き、シャーリーの前に躍り出た。そして、ミナキが攻撃しやすいようにシャーリーを静止させようと努める。
ミナキは地上に突き上げた木の根でシャーリーの背に突き刺す。
「硬い!」
その分厚い毛皮は鋭い根を受け止めた。
「冗談だろう!?」
ミナキの木の根の鋭さはルーカスも知っているし、リッツは剣一本でこの毛皮をいとも簡単に切り裂き、その中すら貫いたこともある。まさか受け止められるとは。
シャーリーは体を震わせ、その太い幹のような腕をルーカスに振り下ろした。間一髪でかわす。そして剣を構え、次に繰り出した腕をかわし様に切りつけた。が、これも硬い毛皮に受け止められて、血の一滴も流れない。
ルーカスの今の役目はシャーリーの気を引くこと。素早く動くために、いつもより刀身の短い剣を持っていた。ルーカスの剣での攻撃より、ミナキの木の根のほうが効果的だと考えたのだ。
まさかシャーリーの毛皮がこんなにも硬いとは思わなかった。そしてそれだけではない。シャーリーは見た目では考えられないほど素早く、力強い攻撃をくり出した。一撃受けただけで骨が折られるような、油断できない攻防が続く。
ルーカスが飛び退いた後、シャーリーの右腕が地面を抉る。
「一発食らったら負けか。分かりやすくていいな」
楽しげにルーカスは笑った。
「場所を変える!」
「分かった」
ルーカスは駆け出し、シャーリーも追う。ミナキも追いかけながら、突進せんばかりの弾丸のようなシャーリーの妨害をする。
地中から木の根を浮き上げると、シャーリーは避けきれずに足を取られ、大きく前に投げ出される。転がる音すら重々しい。低木は巨体に押しつぶされ、押しつぶした木々の残骸は毛皮を傷つけないものの痛みを与えた。
シャーリーはもったいぶるようにゆっくりとその巨体を持ち上げる。
このわずかな間に、ルーカスの影は遠くに行った。あの様子だと、彼は目的の場所に着けたようだ。
ミナキは木の陰に隠れながら、シャーリーを見守る。
元々ミナキは運動が得意ではなかった。ここに来て、無理やり体を動かすようになって、ようやく体力が付くようになっただけで、別に好きでもない。だからどうしても動きが鈍く、ルーカスのように敵の前に躍り出て、戦いを楽しむというのは苦手であった。
いつか話した影の勇者のように見事な弁で勇者を疲弊させることはできないが、ミナキは自分に合った戦い方を編み出しつつあった。ルーカスのように敵の前で剣を振らずとも、ミナキの力は離れていてもくり出せる。それなら姿を隠しながら戦えばいいのだ。わざわざ接近戦を選ばずともいい。
シャーリーがルーカスの後を追う。怒り狂っているのか、走り出した前足は地面を木の根ごと抉り、大きな足跡を残した。
それを見て、やっぱりこの戦い方にして良かったと、ミナキは胸をなでおろした。
ミナキはシャーリーの後を追い、数日前からルーカスと話し合って選び出した場所を目指す。
森の中は木々に満ちていたが、地形は様々な。岩に苔が満ちていて湿っぽいところもあれば、斜面になって針葉樹が伸びているところもある。そして、崖のように突然地面がなくなっているところも。
シャーリーが立ち止まっているルーカスに突っ込む。
ルーカスは横に転がってシャーリーの直線的な突進を避け、シャーリーはその先の崖へと自ら身を投じた。
「よっしゃ、うまく行ったぜ!」
正直なところ、ルーカスの剣術もミナキの力も効果が薄いとなれば、あとは地形を利用するぐらいしか手がなかった。これはリッツに泣きつくとは違う最後の手だったが、うまく行ったようだ。
十メートルほど下の岩がむき出しの地面に叩きつけられたシャーリーは、四肢を強く打ったのか、奇妙な方向に捻じ曲がっていた。そして、腹の方も衝撃が行ったらしく、口から血を吐いた。
正直心地のいい光景ではない。
「ミナキ、頼む」
「ええ」
ミナキはシャーリーの倒れる岩場の傍の地面から木の根を持ち上げ、そして一思いにシャーリーに突き刺した。一度の攻撃ではその毛皮は突き破れない。しかし、あるときまるで受け入れるかのように毛皮は木の根を通した。そして貫いた木の根は、激しく、大きく脈打つ心の臓をまるで果実のように突き刺さった。
「らい、り……!」
シャーリーの甲高い悲鳴が森に木霊する。
そしてぐったりと体を地面に預け、円らな瞳を瞼で覆った。
「死んだのか……?」
「そのようだな」
突然の声にミナキとルーカスは驚いて振り返る。
「師匠」
「リッツさん」
「シャーリーを倒したのだな」
どこか悲しげにリッツは言った。
「はい。勝手なことをしてごめんなさい」
「謝ることではない。長いとき、この森をさまよっていた彼女を救ったのだ。そして、それは私にはできなかった。私は彼女を傷つけるだけだったからな」
と、リッツは持っていた荷をルーカスに押し付けた。
「師匠、これは?」
「旅支度だ。来週にも勇者の手の者がこの森を訪れるという。今すぐ逃げなさい」
「何だって!?」
「二人とも疲れているだろうが休んでいる暇はない。休むなら、せめてもっと森の奥まで行って、身を潜めなさい。この森にはもう、脅威はないのだから」
「師匠はここに残るのか?」
ルーカスは尋ねた。
「当たり前だ。私はシャーリーがいなくなってもこの森で暮らす。お前たちの帰る場所を残しておくさ」
「ああ、分かったよ。師匠」
「リッツさん、私たちはどこに向かえばいいのでしょうか? 村に戻ってはまずいですよね?」
「ああ、村の傍に勇者の軍が野営をしている。だから、このまま森の奥へ向かいなさい。昔、この森を抜ければ東の地に抜けられると聞いたことがある。シャーリーがいたから確かめたことはないし、獣道ぐらいしかないだろう」
「大丈夫です。私には勇者の後継としての力もありますから」
それに、シャーリーを討ったということが自信を与えた。
「そうか。そうだ、最後に考えがある」
「なんだ?」
「ミナキ、ルーカスをお前の従者としたらどうだろうか?」
「え?」
「俺が従者に?」
「そうだ。勇者の後継でも従者を持てるはずだ。二人はこれからも一緒にいるだろうし、協力し合うだろう。ならば、従者として絆を確固たるものにしておくのはどうだろうか?」
「いいじゃないか!」
ルーカスが賛成した。
「いいの? 私の従者になったらどうなるか分からないのに……」
「気にするもんか。今だって十分危ないだろう?」
「そうだけど」
「なら決定だ。ミナキ、俺を従者にしてくれ」
こうしてミナキはルーカスという従者を得た。グランは何十人という従者がいることに比べれば、あまりに小さな力だったが、背中を預けられる仲間というものは、ミナキにとってとても大きな支えとなった。




