牡丹の華麗なる贈り物 第六話よん!
フェリシアにはゆうりが作り出した大きな桜の大木がある。
移ろう季節に合わせて若葉を煌めかせ、散り、力を蓄え冬を越え、春には満開の桜の花を咲かせる大木。
そんな大木にほど近い場所に桜は緋毛氈を引き、一人桜の花を眺めていた。
「桜」
「牡丹」
「ごめん!
待たせちゃったかな?」
「いいえ。
私が急に誘ってしまったのですから、謝らないで下さい。」
満開の桜の花よりヒラヒラと舞い落ちる花びら。
美しくも儚い薄紅色の花を堪能していた桜は、慌てて来た様子の牡丹へと微笑む。
「それにしても珍しいね。
桜が俺を誘ってくれるなんて。」
此方へどうぞと促す桜の言葉に甘えて、牡丹は緋毛氈に座る桜の横へと座った。
「えっと……お母様より、ここの桜の大木が満開となっているので、牡丹とお花見でもしたら、と。」
「マードレが?」
桜の答えに牡丹は首を傾げてしまう。
「……確かにマードレはお花見は好きだけど、俺と桜の二人でって言うのは珍しくない?」
「その……皆がいると牡丹が男性の姿で過ごせませんから……。
女性のように華やかな服装も似合っているとは思うのですが……恋人として過ごすならば、男性の装いをしてくださると……私も、嬉しいです……」
頬を染めて告げられた桜の言葉に、牡丹は驚きに目を瞬かせる。
「え……えっ、あ……うん!
する!お花見しよう!
男の服っていうか、この姿で俺も桜とたくさん過ごしたい!」
「ありがとうございます、牡丹。
(言えませんわ……怪しまれた時ようにお母様達から、このように答えるように指示されていたなど……)」
桜の言葉に喜んでいる牡丹に対し、少しだけ罪悪感を覚える。
だが、飾り気はないが清潔感のある装いで、短く髪を整えた牡丹の男性としての姿で共に過ごす時間は、桜にとって特別な時間であることは嘘ではない。
「牡丹、お弁当ではありませんけれど、お菓子を作って来ました。」
桜が取り出した小さな重箱の中には、花を型取った小さな和菓子が並んでいた。
「いつ見ても、桜が作ったお菓子は可愛いし、綺麗だよね。」
桜が手渡した練り切りを牡丹は一つ取って、嬉しそうに口へ運ぶ。
「お口に合うといいのですが……」
「んん〜!
やっぱり桜の手作りお菓子はすごく美味しい!
優しい甘さが口の中でほどけて、すごく幸せな気持ちになる。」
幸せそうに微笑む牡丹に桜はクスクスと笑ってしまう。
「桜?
どうして笑うの?
俺、何か変なことを言った?」
「いいえ……ふふ、いいえ、牡丹」
クスクスと笑い続ける桜に牡丹は首を傾げてしまう。
「……ねえ、牡丹?
貴方は……覚えていますか?」
「え……?」
桜の問い掛けに対し、すぐにピンとこなくて焦る牡丹。
そんな焦った表情の牡丹に、桜は堪らずクスクスとさらに笑ってしまう。
「……桜?」
笑い続ける桜に、牡丹はからかわれているのかとちょっとだけジトッとした視線を送ってしまう。
「フフ……、ごめんなさい、牡丹」
牡丹のジトッとした声音に笑いを押さえつけ、桜は微笑む。
「牡丹、私がお菓子作りを始めた切っ掛けはお母様の思い出の味を再現するため。
ですが、その土台を作ったのは……牡丹、貴方なのです」
「え……俺?」
微笑みながら告げた桜の言葉に牡丹はキョトンとした表情を返してしまう。
「ふふ……やはり覚えていらしてなかったのですね」
桜は牡丹から視線を逸らし、手元にある重箱の中に並んだ可愛らしい菓子へと視線を向けた。
「え゛っ?
いや、ごめん!
えーっとすぐに思い出すから!」
「いいえ、良いのです。
何も特別な記憶ではないのですから。
それは日常のほんの一瞬の出来事でしたもの。」
ふんわりと微笑んだ桜は目を伏せて、過去へと思いを馳せる。
「……ですが、そんなほんの一瞬の出来ごとに私は救われた。
そう……思い返せば、牡丹……貴方の言葉に私は何時だって支えられていたのです」
「桜……?
俺、ごめん!
本当に覚えていなくて……」
「ふふ、謝らないでください。
そうですね……もうどれほど前のことでしょう?
私はお母様に思い出の味を再現して欲しいと頼まれて、思い悩んでおりました。」
お母様ったらふわっとした感覚でしか覚えていないのですもの、と苦笑する桜。
「思い悩んで試行錯誤の末に出来た菓子。
でも、すぐにお母様にお渡しする勇気がなくて……そんな時でした。」
手元にある重箱の中に並んだ菓子より、再び牡丹へと視線を戻し、桜は微笑みを向ける。
「牡丹、貴方が味見をして下さったのです。」
「え……味見?
……あ……あれのこと?
あの、可愛い花みたいな形をしてた……?」
「ええ。
桜の形の練り切りですわ。」
「貴方が一言、"美味しい!"と喜んでくれたから。
とても美味しくて幸せだと言ってくれたから。
私は勇気を出すことができました。」
頬を染めて、穏やかな笑みを桜は浮かべる。
「私は何時だって貴方に、牡丹に支えられています。
本当にありがとうございます、牡丹。」
「…………っ……うん」
己へと向けられた桜の穏やかで美しい微笑みに見惚れた牡丹は、返す言葉が見つからず照れて頬を掻く。
「そんな貴方に私は、感謝と……想いを込めて贈り物がしたいのです」
「え……?」
照れて気の利いた言葉の一つも返せない自分に、牡丹は嫌気が差してしまう。
そんな牡丹の気持ちを知ってか、知らずか、桜は言葉を続けた。
「どうか、受け取ってくださいませ。」
桜の手のなかに紺色の小さな箱が現れる。
「開けてもいい……?」
「はい」
シュルリとリボンを外し、紺色の小さな箱を開ければ、ビロード生地の上に鎮座する小さなアクセサリー。
「これって……青いけど、スミレだよね?」
「はい。」
牡丹の問い掛けに対し、桜は恥ずかしそうに言葉を続ける。
「……あの夜、貴方は私にスミレの花束を贈ってくださいました。
あの時は、花言葉を思い浮かべることなく受け取ってしまいましたが……今は、その花言葉に重ねて牡丹、貴方に私の心を贈りたいのです。」
勇気を出すように膝の上でキュッと握って、桜は想いを口にした。
「あの夜、貴方は言いました。
スミレの花束という"真実の愛"を私が受け取った、と。
だから……私からは"青いスミレ"を贈らせて下さいませ。」
「青いスミレ……"愛の絆"?」
牡丹の確かめるような問い掛けに、桜はその名の通りに頬を桜色染めて視線を逸らしてしまう。
「その……お嫌でしたら……」
「嫌なわけないじゃん!
返してって言われたって絶対に返さないから!」
「えっ、あの、牡丹?」
まさか桜から己に贈り物を貰えるなど夢にも思っていなかった牡丹。
そのあまりの嬉しさに牡丹の頬は紅潮し、屈託のない喜びの笑顔を浮かべる。
「まさか桜から青いスミレを、しかも耳飾りをもらえるなんて!
耳飾りの意味を知らないとか、そんなのは無しだぜ!」
興奮のあまり今にも飛び上がって走り回りそうな牡丹に桜は驚くが、すぐに優しい微笑みを浮かべる
「存じております。
その……ふ、深い意味と言いますか……そ、束縛をするつもりはないのです!
で、ですが……牡丹の、一番身近な存在となれれば……その、牡丹が男性の姿をしている時は……私が隣に立ちたい、と願っています」
頬を赤く染め上げ、羞恥からうつ向き、桜は瞳を伏せてしまう。
「お、お慕いしております、牡丹。
貴方が私に笑顔をくれるように、私も牡丹を笑顔にしたい、と思っております。」
伏せていた瞳を上げて、優しく微笑みながら桜は牡丹へと想いを告げる。
「……ああっ……もうっ!
ズルいよ、桜……俺が桜へ感謝の気持を伝えて、贈り物をして喜ばせるつもりだったのに……!
これじゃあ……俺の方が喜ばされちゃってるじゃん……」
真っ直ぐで純粋な桜の想いと言葉に、牡丹は腕で顔の下半分を隠して呟く。
隠しきれない牡丹の目元や首筋は朱色に染まっていた。
「しかも……おんなじ発想だし……」
「え……?
牡丹、"同じ"とは?」
「あー……その、うん。
俺もさ、桜へ贈り物がしたいって考えてて……うん」
気不味いというよりは、恥ずかしいという感情の方が強いのか。
胡座をかいて座っている牡丹は、普段とは違って少しだけぶっきらぼうな様子で桜へと手を差し出した。
「そのさ……受け取ってくれる?」
桜へと向かって差し出された牡丹の手の中には、赤く細長い箱が一つあった。
「牡丹、開けてもよろしいですか?」
「……うん」
ゆっくりと開いた赤い箱の中には、一差しの簪が鎮座していた。
「……綺麗……」
青味がかった銀色に、紫色のスミレの花が上品にあしらわれた美しい簪。
「あの、さ……二番煎じかもだけど、俺も桜へ贈り物がしたいって考えてて……」
牡丹が桜のためだけに用意した簪から視線を上げた。
そして、照れくさそうに頭を掻く牡丹を静かに桜は見つめる。
「それで、マードレのお気に入りの人間の言葉で思い出したのが、あの舞踏会の夜のことだったっていう。」
「それで、"同じ"と言ったのですね。」
「うん。
……ぶっちゃけ桜から贈り物を貰えるなんて考えてなかったから吃驚しちゃった。
しかも、同じ"思い出"と"スミレ"から連想した贈り物だったし!」
女装をしているときとは全く違う、優しさと愛しさ、そして幸せに満ちた笑みを牡丹は浮かべる。
「ねえ、桜……?
もし、嫌じゃなければ……俺が桜の髪に簪を挿してもいい?」
「牡丹……はい、お願いします」
牡丹に負けない幸せそうな笑みを浮かべた桜が、簪をさしてもらうために牡丹へと背を向ける。
「っ……!
し、失礼します!」
普段の余裕のある雰囲気は何処へやら。
緊張した面持ちの牡丹は、恐る恐る桜の艷やかな髪に触れ、結い上げられた一房に簪を挿した。
「牡丹?
如何でしょうか?」
「っっ………あ、の……うん……すっげぇ似合ってる……!」
背中を向けた桜へ簪を挿す瞬間にチラリと見てしまった細く白い項、滑らかな首筋。
振り返った瞬間にシャラリと揺れた簪の飾り。
「……ヤバい……幸せ過ぎて死にそう……!」
「そんな大袈裟な……」
「だってさ、その……簪を贈る意味を知った上で受け取ってくれたんだろ?」
「……はい……」
恥ずかしそうに目を伏せて答えた桜の白く小さな手を牡丹は優しく握る。
「ねえ、桜?
桜も俺に後で良いから耳飾りを付けてよ。」
「そ、れは……その、私でよろしいのですか?」
「桜がいい。
自分も含めて桜以外が俺に耳飾りを付けるのは絶対にやだ。」
目を細め、子供っぽい口調の牡丹のおねだり。
あまりにも子供のような我が儘と口調に桜はくすりと笑ってしまう。
「ふふ……私で良ければ喜んで。」
「うん、桜がいい。
桜じゃなきゃダメだからね。
約束したからさ、絶対に忘れないでよ。」
どちらともなく再び微笑み合い、二人は寄り添いあって舞い散る満開の桜を幸せそうに眺めるのだった。




