牡丹の華麗なる贈り物〜桜の思い出 その2〜
「あの、お母様?
牡丹を驚かせるとは一体どのようなことをなさるおつもりですか?」
「あはっ!
例えばそうだね……桜だと思って声を掛けた相手が振り返ったら、桔梗のところのジョセフィーヌだった、とか?」
「ふむ……いつものように言葉を交わしていた桜が、愛の言葉を囁いた瞬間に桔梗のところのエリザベスに変じる、は如何でしょうか?」
「うにゃ?
ん〜……一緒に遊んでいた桜が突然バーンってして!
七色の煙が晴れたら、桔梗のところのキャサリンだったはどうかな?!」
三者三様に首を傾げ、輝く笑顔で提案するゆうり達の言葉に桜は頬を引きつらせてしまう。
「お待ちください!
どうして私がこともあろうに最後はそろって桔梗のところの砂人形になるのですか?!」
「いやまあ……ねえ?」
「にゃはは!まあ、ねえ?」
「本気で驚かせるならば、桜が桔梗のところのジョセフィーヌに変わるくらいせねば面白く……ではなく、驚かぬだろう?」
ゆうり、山吹、雛菊の三人は頬を引きつらせて抗議する桜を前に顔を見合わせる。
「私が嫌です!
目を一瞬そらしただけで、あのような暑苦しいモノになるなど!
お母様のお願いでも、絶対に嫌です!」
「うん……自分で提案してなんだけど……確かに、驚かせるためとはいえ、自分があの姿を取るのはイヤだなぁ……」
「にゃ……?
私も本物そっくりは難しいかも……」
「むむ……確かに、あの見事な僧帽筋だけでなく胸鎖乳突筋を表現する自信は無いな。」
桜の強い拒否の言葉に、ゆうり達自身も無理だと結論づける。
「あはは……あれは、桔梗だからこそ……出せる感性だよね……」
「未だに桔梗の掲げる正義とあの存在の意味がわかりませんわ。」
ゆうりと桜の間に沈黙が落ちる。
脳裏に浮かぶのは砂漠の主従の元へと遊びに行っている桔梗である。
「桔梗の正義を理解できずとも、面白ければ構わないのでは?」
「にゃは!
面白いのが一番だよ!」
桜お手製の練り切りに舌鼓を打ちつつ山吹が答えれば、雛菊が団子を口いっぱいに頬張り始める。
「山吹……雛菊……その面白いことのけじめをつけるのは一体誰だと思っているのですか?」
普段から桔梗の奇行の尻拭いに奔走することが多い桜。
山吹と雛菊の言葉に思わずジトッとした視線を向けてしまう。
「うっ……!
あ、いや……なにそのぉ……なあ?」
「うにゃ?!
えっ、えっとぉ……さ、桜!
きょ、今日のお団子はいつも以上に美味しいよ!」
「そっその通りだ!
雛菊の言うように、今日の練り切りは一段と美しく、味も格別だと思う!」
桜の地雷を踏んだかもしれないと慌てて弁明に走る山吹と雛菊は、桜の意識を変えようと桜お手製の菓子を褒め称える。
「まったく!
調子が良いのですから!」
あからさまな話題の反らし方に桜は苦笑し、矛を収めた。
「んー……でもそうなるとさ、桜らしくて、牡丹も驚くような何かってことになるよね。」
じゃれ合う桜たちを見守りながら、ゆうりは首を傾げる。
「ふむ……桜らしい、となると……自ずと選択肢は狭まりますね。」
「うみゅう……桜はバーンっ!ドドーン!って感じじゃないもんね。」
「そこが問題なんだよね。
普段の私がやるようなイタズラっぽい驚きは選べないという。」
あーでもない、こーでもない、と頭を悩ませるゆうり、山吹、雛菊。
「……驚かせること自体は決定事項なのですね。」
牡丹を驚かせる仕掛け人の中心となる立場の己を置いて、どんどん話が進んでいく展開に桜はため息をついてしまう。
「驚かせる、という点においては嫌ではありませんけれど……」
桜の脳裏に浮かぶのは、普段の華やかな女性の出で立ちをしている牡丹と己の前で見せてくれる飾り気のない男性としての牡丹。
「(……思えば、いつだって受け身で、型にはまった考え方しか出来ない私を驚かせ、本音を吐き出させてくれた牡丹。
あの夜も……まだ告白の答えを伝えていない私にスミレの花束を贈って下さりました。)」
ゆうり扮するアルテミス王女が主催の一人であった学院の舞踏会。
華やかな会場から漏れる光の中で、二人っきりで踊った夜。
「……あ……」
そんな牡丹との思い出を思い起こしていた桜の瞳が、キラリと光ったものを捉えた。
「山吹、そう言えば……貴女の耳飾りは確か……」
「むむ?
これか?」
桜の瞳が捉えたもの。
それは、山吹の髪の合間に揺れる耳飾りだった。
「これは、クリストファーから貰った耳飾りだな。」
桜の言葉に山吹は耳元の髪を掻き上げ、愛しげな表情でピアスに触れる。
「ふふっ……勿忘草という花のピアスだそうだ。
私は花言葉など欠片も知らなかったがな。」
数多の愛しさと一欠片の寂寥がにじむ山吹の微笑み。
「勿忘草……"私を忘れないで"だったかな?」
「おや、母上もご存じでしたか。
その通りです。
クリストファーが死ぬ少し前にくれた最後の贈り物です。
最も、片方は棺に一緒に入れて燃えてしまいましたが。」
もともと生まれながらに体の弱かったクリストファー。
スピリアル王国建国の王として、無理を重ねたが故にその生涯は人間達の中でも短いものだった。
「山吹……」
「うにゃぁ……山吹、あのね……うみぃ……」
切なげな過去の記憶に思いを馳せる山吹の横顔に何と声を掛けるべきか迷う桜と雛菊。
「むむ?
気にする必要はないぞ?
私とクリストファーの想いは終わってなどいないからな。」
ふふっ!と普段の表情に戻った山吹は、桜へと目を向けてニンマリと微笑む。
「それよりも、桜。
これは知っているかな?」
「これ、とは?」
ニンマリと悪戯な笑みを浮かべた山吹の問い掛けに桜は首を傾げる。
「異性へ耳飾りを贈る意味を。
ふふ……桜は知っているかな?」
山吹のその問いかけに、桜は頬を染め、ゆうりと雛菊は微笑み合うのだった。




