ちびっ子?! ぱにっく!! その四。
「むぐむぐ……まりー姉様っ! すっごく、おいしいよっ!」
ニパッと満面の笑顔を浮かべた幼くなったゆうりは、目の前に出された生クリームのケーキを口一杯に頬張りながらマリーロゼへと幸せそうに感想を発する。
「良かったですわ、ゆうりさん。 ふふ、頬に生クリームが付いてますわよ。 慌てなくて大丈夫ですから、ゆっくりと召し上がって下さいませ。」
「はーい!」
頬に付いた生クリームをハンカチで拭きながら優しい微笑を浮かべるマリーロゼへと、無邪気な返事を返すゆうり。
「くそっ……全然落ちやしねえ……!」
何度も顔を洗い、布で拭いても綺麗に落ちない顔の落書きは逆に何度も洗い、拭いたことで滲んでしまい恐ろしいことになってしまった柊。
「……おっちゃん……ゆうり様から……まさかのおっちゃん呼び……」
幼くなってしまった想い人からのおっちゃん呼びに衝撃を受け、ぶつぶつと何やら呟きながら暗雲を背負った状態で部屋の隅で三角座りをするブラッドフォード。
そんな男二人の姿など眼中に無いゆうりは幸せそうにケーキを頬張り、マリーロゼは全力で見ない振りをしているのだった。
「……母上、やはり此処でしたか……。」
「あ、山吹様に皆さ……まも……」
ゆうりがケーキの最後の一口を口の中へと入れたと同時に三人の人影が部屋の中へと突然現れる。
今は大人しくしているものの、幼いゆうりをどのように扱えばいいのか考えていたマリーロゼは聞こえてきた山吹の声のした方向へと視線を向け、言葉を途切れさせてしまう。
「……母上。 いい加減、この被り物と尻尾をどうにかして頂けませんか?」
白地の毛並みに、黄金の鬣、ひょうきんな表情にデフォルメされた馬の頭部の縫いぐるみを被り、額に青筋を浮かべた山吹が腕組みをして立ち、お尻より生えた長い尻尾をビシリと動かす。
「ムッティィィィッッッ!!! どうしてこの衣装は脱げませんのぉぉぉっっ?!」
顔を紅く染め上げて涙眼になりながら身体を隠すように両手で抱きしめる桔梗は、黒いトカゲを彷彿とさせる意匠の身体の線がはっきりと分かる服を身に纏っていた。
「うにゃあ……私も、いい加減これ脱ぎたいよぉ……。」
飽きた様子で呟く雛菊は、デフォルメされた愛嬌のある表情を浮かべた猫の着ぐるみを身に纏い、頭部の顔だけは見えるように穴の開いている部分から詰まらなそうな表情を浮かべた顔を覗かせていた。
「……お三方まで……本当にフェリシアで何がありましたの?」
山吹達三人までゆうりの被害を受けたと分かる出で立ちに思わず頬を引き攣らせるマリーロゼへと、三人を代表するように疲れた表情を浮かべた山吹が答える。
「母上が蓮の作った怪しい薬入りのクッキーを食べてしまった事が全ての始まりといえる……。」
山吹はマリーロゼへと今までの経緯を簡単に説明した。
「……そうですか……では、お姉様が何時元の姿に戻るかは誰にも分からないのですか?」
「……うむ……一応、花魁風の衣装を強制的に着せられた桜が自身の屋敷内で母上曰わく“お父さん印のセンブリ丸”を口に入れられたことで悶えていた蓮を確保して、至急解毒薬の精製を開始させているところだ。」
山吹の答えにマリーロゼは困ったように微笑み、ケーキを食べ終えて食後の運動とばかりに再び柊や桔梗を追いかけ回し始めた元気なゆうりへと視線を向ける。
「うみゅぅ……ママ上様ってちっちゃい頃は凄かったんだねえ……。 それに、普通に力を使っちゃってるんだもん。」
「そういえば……普通に柊様を転移して追いかけてきましたわね。」
己以上に元気一杯なゆうりを相手にしたことで、何処か疲れた表情を浮かべる雛菊の言葉にマリーロゼは首を傾げてしまう。
「うむ。 記憶自体は無い様子なのだが、どうも力の使い方に関してだけは本能的な部分で理解されているようであるのだが……、そのお陰で母上お得意の強制的に衣装を変更することや、転移などを使って子供特有の無邪気な残酷さでもって被害を拡大させているがな。」
幼くなったゆうりを無事に解毒薬が出来るまで保護しておこうと行動に移した途端に奮われた魔法の数々と、被害を思い浮かべて山吹はため息を付く。
「……うにゃ……特に柊と桔梗が餌食になってたんだよ。 柊はやっぱり何となく分かるけど……桔梗はね、おほほ笑いが悪の女幹部みたいだからって、えっと“ナイトレンジャー”だったっけ?」
「そうだ。“正義の騎士戦隊、ナイトレンジャー”ごっことやらで、だーくひーろーとかいう“ぶらっくないと”役の母上の馬役とか、何とかで私はこのような格好にされてしまった。」
「にゃ。 私は正義の味方の“ますこっと”とかいうので、敵役に桔梗と柊が強制的になったの。」
その後で展開された山吹に跨がった、というかオンブされたゆうりによる追いかけっこは熾烈を極めた。
次々と明かされる“良い子の幼稚園児の秘密の七つ道具”であるドングリを飛ばしてくるパチンコや、撒菱、かんしゃく玉など、追いかけ回される方は蓄積するダメージに最後は息も絶え絶えになっていったのである。
「しかも、流石は幼くとも母上というべきか……微妙に弱点を見抜くことに長けているというか……」
「……うにぃ……的確にすっごく嫌な所じゃなくて、微妙に嫌がるところを突いてくるんだよ。」
遠い目をする山吹と雛菊の背後では、ゆうりに小さなリボンがたっぷりと付いた顔よりも大きな七色アフロにされた柊と桔梗の悲痛な声が聞こえていた。
「……大変だったのですね。」
何故かあまり……というか全くと言って良いほどに、ゆうりの被害を被っていないマリーロゼはなんと答えるべきなのか迷い頬を引き攣らせてしまう。
そんな三人の側に部屋の隅で存在感が薄くなっていた一人がゆらりとよろめくような仕草で会話に加わってきた。
「……良いではありませんか……ゆうり様に構って貰えるんですから。 私なんて……私なんてっ!!“おっちゃん”呼びされて、そのまま放置ですよっ!!!
ゆうり様が構って下さるならば、喜んであのような色鮮やかな髪型でも、馬の被り物でも被りますよっ!!!」
隅っこで三角座りをしていたブラッドフォードだったが、一向にゆうりが己へと意識を向けてくれないことに業を煮やし、わなわなと震えながら叫び声を上げる。
「……言っただろう。 微妙に弱点を見抜くことに長けている、と。」
「うにゃあ、ママ上様にどんな理由でも構って貰えると喜ぶって、何となく本能で分かっちゃてるんだよ。」
「ブラッドフォード様は、お姉様が大好きですものね。 お姉様の存在自体がある意味弱点ですわ。」
ゆうりが興味を示す柊と桔梗へと思わず恨めしげな視線を送ってしまうブラッドフォードへと、微妙に呆れの混じった眼差しを向けてしまう山吹と雛菊、ブラッドフォードの泣き出してしまいそうな表情に苦笑してしまうマリーロゼ。
……だがその時、誰も予想だにしなかった運命の悪戯か、もっとややこしい事態にしてしまう人物が姿を現してしまったのである。
「何を騒いでいるのですか?」
「うみゅ?」
談話室の扉を開いて入ってきたのは、いつも通りに眉間に皺を寄せ、鋭い眼差しの黒衣の宰相ことバルトルトであった。
「……山吹様達だけでなく……子供?」
「…………。」
己の屋敷に帰り着き、ブラッドフォードがマリーロゼとお茶をしていると聞いて足早に駆けつけ部屋の扉を開けたは良いが、何故か仮装をしている最高位精霊の面々の姿を見て疑問を抱き、さらには誰かを彷彿とさせる幼子の姿にバルトルトの只でさえ深い眉間の皺が更に深くなる。
「…………。」
「…………。」
じいっときゅるんとした大きな瞳で己を見上げてくる幼子の眼差しに、己の姿を見れば火が付いたように泣き出す姿を想像し、内心慌てているバルトルト。
ゆうりとバルトルトは暫し無言で見つめ合ってしまう。
只でさえ鋭い眼差しが内心の慌て具合に比例してますます鋭くなってしまっていることに気が付いていないバルトルトの姿に、周囲の者達がいくらゆうりであろうとも恐ろしくなっていく顔面に流石に泣いてしまうと頬を引き攣らせてしまう。
そんな見つめ合うというか、視線を反らすことが出来ずに固まった二人の間にブラッドフォードやマリーロゼが入ろうとした時、ゆうりは予想とは違った反応を示した。
「……かっこいい……ブラックナイトみたい……」
柊の上に跨がったまま頬を紅く染め、キラキラとまるで白馬に乗った王子様が登場したかのような恋する熱い眼差しをバルトルトに送るゆうりの姿が有ったのだった。