牡丹の華麗なる贈り物 第一話よん!
爽やかな秋晴れの青空が眩しいとある日の昼下がり。
白亜の壁に彩られたとある建物の塔の一室にある出窓。
開け放たれた出窓を飾る繊細な模様のレースのカーテンを揺らすのは秋の薫りを纏った秋風。
そんな出窓にもたれ掛かる一人の麗人が秋の柔らかな日差しに包まれて、悩ましげな溜め息を付く。
若い柳の木のようにしなやかでいて処女雪のように白い肌、均整の取れた身体を濃紺のマーメイドドレスに包み、青を基調とした装飾品を身に着けた美しい人。
「……桜ちゃんに……贈り物をしたいのよん。」
悩ましげな溜め息混じりに形の良い、麗しの唇から音となった言葉。
その麗人が発した言葉に誰もが魅了され……
「……ウンディーネ様……それと私に、いえ、私が着せられたこの女性の衣装は一体何の関係があるのですかっっ?!」
……る事は無く、ふるふると怒りに身を震わせた深紅のドレスで着飾った人物が突っ込みを入れるのだった。
※※※※※※※※※※
大地が黄金に染まり、山々にも実り溢れる季節。
スピリアル王国の王都にある白亜の王城の一室に二人の麗人の姿が有った。
「あらぁん……妾の趣味に決まってるじゃない、イザベラちゃん。」
一筋の銀色が混ざった艶やかな蒼い髪を美しく結い上げた麗人、水を司る最高位精霊である牡丹が華やかな笑みを浮かべながら告げる。
「……数年前の私ならば兎も角、成長期を迎えた私が女装をしても似合わぬと思いますが?」
クスクスと愉しげに笑う牡丹の目の前には、眉間に眉を寄せる漆黒の髪に黄金の瞳の美女が座っていた。
「精霊王陛下に出会った頃の十二の私が、女性のドレスだけでなく花飾りやフリルの似合う外見であったことは百歩譲って認めます。
ですが、大の男を捕まえてこんな派手なドレスなど、しかも中性的な外見の兄上とは全く違う私に似合うとは思えません。」
「そんなことはないわよん。 流石は妾の契約者よねん。
ねえ、山吹ちゃんの血筋の男の娘ちゃん?」
母親譲りの漆黒の髪、同じく王族の特徴である黄金の瞳。
十二の頃よりもなお精悍で、意志の強そうな目鼻立ち。
武芸で鍛え上げているのであろう身体は、青年特有のしなやかな筋肉を宿していた。
「……女装が似合うから契約と言われた際にある程度は覚悟しておりましたが……」
精悍な整った顔に諦念の情を浮かべて項垂れる人物こそ、スピリアル王国第二王子イザーク・チェリアル・フォン・スピリアルだった。
マリーロゼと同い年であるイザークは十五を過ぎた頃より成長期に突入し、すでに兄である第一王子のジークフリートよりも背は高く、武芸に秀でた戦う者としての肉体へと変化していた。
そんなイザークが項垂れれば、否が応でも精霊契約の相手である牡丹に半ば強制的に着せられた深紅のドレスが視界に入ってしまう。
男性の特徴である喉仏を隠すように首元まで覆われ、膨らみのない胸元を誤魔化すための華やかなフリル。
乳白色の真珠と純白の花飾りに彩られた可愛いと言うよりは、洗練された美しい深紅のドレス。
「お年頃になったイザベラちゃんには軍服も似合うけど、まだまだドレスもいけるわねえん!」
うふふ、とイザークが嫌がる様子が面白いのか、悪びれもなく艶やかに微笑む牡丹の姿に疲れたようにイザークは再び溜め息を付くのだった。
自分の様子を面白そうに見詰める牡丹に任せていては話しが進まないと悟ったイザークは、己を強制的に女装させてから、いきなり呟いた牡丹の独り言に関して問いかけることにした。
「……ウンディーネ様、貴方様が呟いた御名前の方は恋仲の最高位精霊様のこと……」
「妾の可愛い恋人の桜ちゃんのことよん!
っんもう! 苦節 万年っ! やっと、やっと、妾の想いが届いた可愛いなんて言葉じゃ足りない、妾の世界一の恋人だわぁんっ!!」
イザークの問いかけに瞬時に激しく反応した牡丹は頬を染め、心底愛おしいのだと言わんばかりに両手で己の頬を押さえて惚気始める。
「…………」
そんな牡丹の嬉しそうな、恥ずかしそうな様子を眼にしたイザークは、己が間違った選択をしたことに気が付き後悔してしまう。
「桜ちゃんったら、優しく微笑んで妾に膝枕をしてくれるし、綺麗な小さな手で髪を梳いてくれるのよん!
二人で日向ぼっこしながら寄り添い有ってお昼寝したり、桜ちゃんの作ってくれたお菓子を食べさせ有ったりしてるんだけど、食べさせ合うのが恥ずかしいのかしらあん?
頬を名前の通りに桜色に染めて、初々しい反応を……」
「もう結構です!」
キャアキャアと嬉しそうに赤くなった頬を押さえながら悶える牡丹の姿と、甘ったるい話しの内容に胸焼けがしたようにげっそりとした表情を浮かべたイザークは、相手が最高位精霊であることも忘れて牡丹の言葉を思わず遮ってしまう。
「もうっ! これからがもっと桜ちゃんと妾の“らぶらぶしーん”の良い所だったのにねぇん……。
あ、そうだったわぁん。 いい加減、妾のことはディーネちゃん、もしくは牡丹様と呼んでほしいわぁん。」
むうっと頬を膨らませる牡丹の容姿は、誰が見ても男性とは思えぬ美しさだった。
「……お言葉に甘えて牡丹様とお呼びさせて頂きますが、“らぶらぶしーん”とは一体何ですか? 聞き慣れない響きだとは思うのですが……?」
牡丹のことをディーネちゃんと呼ぶ気にはなれなかったイザークは疲れたように呟く。
「妾も詳しい意味は知らないのだけれどねえん……。
桔梗ちゃん曰わく、マードレの故郷の言葉で愛し合う二人が仲睦まじく過ごす姿のことを指すそうよん。」
右手の人差し指を顎の下に添え、首を傾げる牡丹は、桔梗ちゃんの言葉だから信憑性は薄いけどねぇん、と付け足す。
「……そうですか、それは良かったですね。
では、私は執務がありますのでそろそろお暇させて頂きます。」
度々繰り返される女装のお陰でドレスを着ていても、何処ぞのご令嬢のように優雅に動くことが出来るようになってしまったイザークは、牡丹へと暇を告げて部屋を退室しようとする。
「あらん? まだ話しは終わってないわよん!」
しかし、グワシッ! と深紅のドレスの裾を掴んだ牡丹の手に阻まれて、イザークは逃げ出すこと敵わずに再び牡丹の惚気話に付き合わされることになるのだった……。
イザークが牡丹の惚気話から解放されたのは夕日も沈みきった、数時間後のことだったという……。




