恋とはどんなものかしら 蓮の裏話 その二!
「……どちらにしても、僕には関係の無い話しです。 第一、あの桔梗が簡単に恋に落ちるようなタマならば誰も苦労は致しませんから。」
己の動向をニコニコと笑顔で見守るゆうりに対し、蓮は視線を反らして桔梗の事など気にも留めていないと言葉を返す。
「そっか……蓮がそれで良いなら、私が口を出す事じゃないもんね。 あは! ごめんね、大切な実験の最中に。」
つれない様子の蓮へと表情を変えることなくゆうりはバイバイと手を振って、ゆっくりと背を向ける。
しかし、そのまま姿を掻き消すことはなく再び静かに口を開いた。
「……でもね、蓮……君が特定の実験を続ける一番の理由は何となく知ってるけどさ、それに拘っている間に誰かに取られちゃっても知らないよ?」
「…………」
もう一度、己の言葉に黙して答える蓮へと微かに振り返ったゆうりは、ふんわりと優しい母としての笑みを浮かべていた。
「人の命は私達に比べて短く儚いけれど、だからこそ全力でぶつかって来てくれる。 真っ直ぐに向けられた想いに、桔梗がどんな反応を返すかなんて誰にも分かんないよね。」
ゆうりは“誰かさん”に想いを告げられて、花が咲き綻ぶような笑顔を浮かべる、もしくは驚きのあまり絶叫するかもしれない、予想外の行動ばかり取る奇想天外な困った娘を脳裏に思い浮かべ、益々笑みを浮かべる。
「それは、母君の体験談ですか?」
「そうだねえ……ブラッドフォードの想いは本当に予想できなかったことだったし、まさか私自身がその手を取るなんてミジンコほどにも思って無かったよ。」
ムスッと不機嫌そうな表情を浮かべた蓮の言葉に対し、己の想い人の姿を心に浮かべたゆうりは母としての笑顔から恋する乙女の笑顔へと表情を変化させた。
「まあ、私のことは良いの。 頑張ってね、蓮!」
またね!、と姿を今度こそ掻き消したゆうりの言葉に、蓮は大きなため息を付いて髪を掻き回す。
「……僕には関係が無いと言っているじゃないですか。」
ふん、と鼻を鳴らして爆散させてしまった部屋の中を見回して、蓮は後片付けを開始しようとする。
「…………」
だが、何故かその脳裏には普段からアホだ、アホだと己が連呼する元気一杯の一人の少女の姿が浮かんでは消えていく。
「……っ……母君が変なことを言うから……!」
脳裏に浮かぶ少女の姿を振り払うように片付けへと蓮は意識を集中しようとする。
「……あいつが……アホの桔梗が、恋に落ちるなんて世界が滅んでも有り得ん。」
正義という名の奇天烈な論理を掲げ、自身の可愛い部下である“激・黒鋼漢団”を暴走させては高笑いする桔梗。
「……僕は……」
だが、蓮の心に精霊として生を受け、他の最高位精霊を含めて共に生きてきた永すぎる時間の中で共有した思い出が蘇っていく。
“れーん! ムッティより本を借りましたの!”
“人をアホアホとっ失礼ですわっ!! チビの蓮など知りません!”
“オーホッホッホッホッホッ!! わたくしの正義の完全勝利でしてよっ!!”
独自の正義という理論を展開し、周囲を巻き込んで何時だって大騒ぎする桔梗だが、その心は大切な人達への愛情に満ち溢れていた。
“蓮!”
どうしても、母であるゆうり以外には素直になれない己とは真逆の生き生きとした、全身で想いを伝えようと活発に動き回る桔梗。
精霊界一の問題児で、面倒な大騒ぎを起こしては己を巻き込む困った存在では有るが、命の輝きに溢れたその姿を何時の頃からか気が付けば蓮は目で追っていたのだ。
精霊としての永い生ゆえに大きな変化などあまり感じる事のない流れゆく時間の中で、命一杯生きる桔梗の姿は蓮の興味を惹くには十分だったのである。
「くそっ……!
アホの桔梗の癖に、この僕を振り回すなんて良い度胸だ。 別に母君に言われたからと言う訳ではないが、あいつが人間へ迷惑を掛けないように、しょうが無くっ! あくまでも、しょうが無くっ! この僕直々に回収しに行ってやる。」
恋愛感情で動く訳ではない、と己へと言い聞かせるように蓮は呟き、爆発により汚れ、物が散乱してしまった部屋の中から一瞬で姿を消し去ったのだった。
※※※※※※※※※※
フェリシアにある自身の屋敷から姿を消した蓮は、既に慣れた様子で王立エレメンタル学院の敷地内へと姿を現す。
「……こっちか。」
人間へは姿が見えないように魔力を展開し、空中に浮かんだ状態のままで桔梗の居場所を感じ取った蓮は移動を開始した。
「あのアホ……一体何をやっているんだ……!」
桔梗がいる場所に辿り着き、その建物の被害を確認した蓮は額に青筋を浮かべてしまう。
折角、ゆうりを含めた自分たちが修繕したソレイユ寮の壁の一部が大破しているのだ。
すでに、ナーフィアの部屋の中で咽せている桔梗の姿を確認していたために、その背中へと怒りを押し殺して声を掛けようとするが……蓮の声を遮るように別の人物の声が響く。
「あのな、桔梗。 いつも、いっつも言ってるけどな、俺は乙女じゃねえっ! だから、乙女の恋心なんざ知らんっ!!」
咽せていた桔梗が落ち着いた頃を見計らい、髪をグシャグシャと掻きながら声を発したのは一人の人間の青年だった。
それは、大地を司る最高位精霊である桔梗の契約相手であり、お気に入りの人間。
精悍な顔立ちに、褐色の肌を砂漠の国特有の衣装を身に纏って惜しげもなく晒し、砂漠の月を思わせる銀色の髪と浅葱色の瞳を持つ、砂漠の帝国“サッビアレチント帝国”の王子ナーフィアだった。
「…………」
声を掛けようとしたものの、出鼻を挫かれてしまった状態になった蓮は暫し逡巡した後に、彼等の会話に耳を傾けてみることにした。
本当は、己の存在に同じ精霊である桔梗ならば気が付いても可笑しくは無い。
だが、決して隠れているつもりはないけれど背後に立つ蓮へと桔梗が気が付く様子は無かった。
まして、人間には見えないように魔力を展開しているために部屋の中にいた人間達は気が付くことはなかったのである。
「大丈夫でしてよ、ナーフィア! わたくしの下調べ及び、事前学習は完璧ですっ!!
乙女の恋心とは、並み居るライバルと書いて友と読む者達ををバッタバッタと薙ぎ払いっ、己の恋する王子様を手に入れるために闘う麗しき心っ!! 即ち恋する異性のハートを狙う狩人のような物っ!!!」
「何処が完璧っっ?! つーか、一応自分の中で全く持って同意は出来ねえが、答えが出てるじぇねえかっ!!」
「……狩人……言い得て妙と言いますか……しかし、そんな乙女は絶対に関わりたくないですね。」
蓮から見れば、和気藹々と会話を交わす桔梗と人間二人の姿に、端から見れば己と桔梗の会話をこんな感じに見えるのだろうか、と取り留めのない感想が脳裏を過ぎ去る。
「わたくしが述べましたのは、あくまで下調べの段階での答えですわっ!
……わたくしだって一応考えたのです。 でも、ムッティや桜の相手を想う幸せそうな横顔や、山吹の過去に想いを馳せる背中に、雛菊の弾む想いを抱いた姿を見ると、この答えでは納得出来ないのです。」
シュンとした様子で呟く桔梗の言葉に、蓮は思わずジッと桔梗を見詰めてしまう。
桔梗は桔梗なりに、母君や桜たちの恋心を感じ取っていたのかと、蓮は何とも言えない表情を浮かべてしまう。
しかし、そろそろ隠れて盗み聞きのような真似をするのは潮時か、と蓮は再び口を開こうとするが、またしてもナーフィアに遮られてしまった。
「あのな……俺だって王族だし恋愛経験が豊富って訳じゃない。 射止めるとか、狩人で有ってるって言う奴も世の中にはいるかも知れねえ。
でもよ、誰かを好きになるとその相手に会うだけで嬉しかったり、側にいることが出来ないことを悲しんだり……十人十色で感じ方は色々じゃねえの?」
「色々……」
一度ならず、二度までも遮られることになった蓮は憮然とした表情を浮かべ、僕の姿が見えていないのだから仕方がない、と自身に言い聞かせ、桔梗へと三度目の正直といった様子で話しかけようとした。
「あー……いっそのこと、俺にでも恋してみた方が早いんじゃねえの?」
しかし、二度あることは三度ある。
己の声をまたもや遮って桔梗へと告げたナーフィアの言葉は、蓮に取って到底許容できる物では無かった。
「え? 今何と、ふぎゅっっ」
疲れたようにボソリと告げられたナーフィアの言葉がしっかりと聞き取れず、問い返した桔梗に対して、蓮はいらぬことを聞き返すな!、と内心思いながら手に装備した物を力一杯振り下ろす。
「見つけたぞっ! アホの桔梗っっ!! 今度は何をアホしてやがるっっ!!!」
突然現れた己の姿に驚愕の表情を浮かべたナーフィアとハフィーズの目の前で、蓮が手に持ったスリッパが桔梗の頭を直撃し、スッパァァァンッッ!と良い音を響かせるのだった。




