恋とはどんなものかしら その7!
「痛いですわっ! 何をなさいますのっっ!! か弱き乙女の代表とも言えるわたくしの形の良い頭を、へぶっっ」
叩かれた頭を押さえ、抗議の声を上げる桔梗の頭部へと再び情け容赦なくスパンっと良い音をたてて、何かが振り下ろされる。
「黙れ、アホの桔梗。 口を開くな、アホの桔梗。 息をするな、アホの桔梗。」
涙眼で抗議の声を上げる桔梗へと何か、即ち手に持ったトイレマーク付きのスリッパを振り下ろしたのは、両手を組んで不機嫌な様子で三白眼をより鋭くしている蓮だった。
「なんたる理不尽ですのっ!! それでも、正義の化身たる精霊と言えますのっ、蓮っっ!!!」
「黙れと言ってるだろうが、アホの桔梗。 僕を勝手に訳の分からん仲間に振り分けるな。」
額に青筋を浮かべて益々機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せる蓮の言葉に、桔梗が涙眼で睨み付けながら言葉を続けようとする。
「何を言っているのですか、蓮っ! あの共に正義を貫くと蒼天へ誓い、切磋琢磨した日々を思い……」
「“理科室の仕事人軍団”。 あの過去を捏造しているアホを捕獲しろ。」
『カタカタカタカタッッ!!!』
天へと拳を突き上げ、何かを熱く語ろうとし始めていた桔梗だったが、蓮の背後から現れた人体模型や骨格標本の軍団、即ち“理科室の仕事人軍団”の姿に頬を引き攣らせ、いぃぃやあぁぁぁぁっっ!!、と悲鳴を上げながら逃げ惑い始めた。
「……母君より話しは聞いている。 アホの桔梗が迷惑を掛けたようですまんな。」
「いえ……蓮様も大変ですね。」
ギロリと不機嫌そうな光を放つ桔梗色の双眸で睨まれたナーフィアは、何故か背筋に薄ら寒いものを感じて逃げ腰となってしまう。
「(……ハ、ハフィーズっ! お、俺は何か失礼なことでもしちまったか?!)」
「(……いえ……どちらかと言えば、桔梗様の被害を受けた被害しゃ……え? もしや……)」
顔色を悪くしたナーフィアは思わず自身が蓮へ対して何か失礼なことでもしてしまったのかと考え、側に控えるハフィーズへとコソコソと声を掛ける。
主であるナーフィアの言動で、蓮の琴線に触れるようなことがすぐには思い当たらなかったハフィーズだったが、一つだけ思い当たってしまう。
「(いやいや……流石にそれは無いでしょう。 ええ! 有り得ませんとも!!)」
「(おい、ハフィーズ? 何か心当たりがあるのか?)」
思い当たってしまった事柄を力一杯否定するハフィーズへと、ナーフィアは益々分からないといった様子で顔を顰めた。
「(……殿下の……ナーフィアの桔梗様へのあの一言が聞かれていたのでは無いですか?)」
「(……あの一言?)」
「そろそろ本人を目の前にしての密談は止めて貰っても良いか?」
コソコソと頭を付き合わせて言葉を交わすナーフィアとハフィーズの背中に、氷塊を落とされたかのように冷たい言葉が降りかかる。
「「申し訳ありませんっっ!!」」
己の冷たい言葉に直立不動の体勢で答えたナーフィアとハフィーズの姿を、蓮はスッと目を細めて見詰め続ける。
「砂漠の帝国の王ぞ……」
「いっやぁぁぁぁっっ! 蓮っ、蓮っ、れぇぇぇんっっ!! 多勢に無勢とは卑怯でしてよぉぉぉっっ!!!」
ナーフィアとハフィーズ……いや、ナーフィアへと鋭い視線を向け続けている蓮が口を開こうとした時、叫び声を上げながら“理科室の仕事人軍団”より逃げ続けている桔梗が蓮の言葉を遮る。
「こうなれば、わたくしも再び“激・黒鋼漢団”を召喚……」
「アホの桔梗。 大人しく捕まらなければ、お前の屋敷にある桃色の本棚に爆薬を仕掛けるぞ。」
ビキリと額に青筋を浮かべた蓮が、すぐにでも一度はフェリシアへと帰還させた“激・黒鋼漢団”を呼び出して“理科室の仕事人軍団”の相手をして貰おうとしていた桔梗の身体が音を立てて固まる。
「な、なななな、なんのこ、ひぎゃっ」
錆び付いたブリキのオモチャのように鈍い音を上げて、蓮へと視線を向けた桔梗は只ならぬ様子ですっとぼけようとしたが、動きを止めたことで“理科室の仕事人軍団”に捕獲されてしまった。
「いぃぃやあぁぁぁぁぁっっ! 離して下さいましぃぃぃっっ!! わたくし、このような外見のお友達は苦手なのですぅぅぅぅっっ!!!」
可愛くありませんわぁぁぁっっ!!、と叫び声を上げる桔梗へと、不機嫌そうに眼を細め続けている蓮がボソリと呟く。
「……桃色の本棚にある性別を反転させた母君を主人公にして書かれた、誰かさんが作者の薄い本の数々……赤いリボンでも付けて母君へお前の名で送りつけて……」
「わたくしは良い子なのでお口にチャックですわっっ!!!」
鬼がいますっ!、と心の中で叫んだ桔梗は、秘密の趣味をどうして蓮が知っているのかと涙しながら口を閉じた。
「……はあぁ……もういい、疲れた。」
“理科室の仕事人軍団”が御輿のように持ち上げた骨で出来た檻の中で唇を引き締める桔梗の姿に、深いため息を付いた蓮はぐしゃりと髪を掻き毟り、ナーフィアとハフィーズへと幾らか弱まった眼光を向ける。
「お前がどんなつもりで、これにあんなことを言ったのかなど興味は無い。 だが……少なくとも、これの側に有る事を望むならば、闇を司る最高位精霊である僕の機嫌を損ねることを覚えておけ。」
「……うえぇぇぇっっ?! ちょ、まっ……あ、あれは絶対に一時の気の迷い……此奴が相手なんて砂粒ほどもありえねえぇぇぇっっ!!!」
蓮が一瞬なんのことを言っているのか分からなかったナーフィアだったが、ハフィーズの桔梗様へ最後に言った言葉です、とボソリと囁かれた内容に、ナーフィアは叫び声を上げてしまう。
「……ふん! ならば構わんっ!!」
邪魔をしたな、という言葉だけを残して、身を翻した蓮の姿も、捕獲された桔梗を初めとした“理科室の仕事人軍団”の姿も一瞬で掻き消えてしまった。
「いやいやいやっっ?! どうした、俺っ?! 有り得ないだろ、俺っ! あいつは俺の好みじゃねえぇぇぇっっ!! 俺は、俺はもっとお淑やかで、儚げな感じが好みだっつーの!!!」
まな板になんか興味ねえぇぇぇっっ!!、と叫びながら頭を抱えるナーフィアと、そんな主の姿を生温かな目で見守るハフィーズの姿が残されたのだった。
※※※※※※※※※※
「やっと出して下さいますのね! いい加減、黙っているのも疲れてしまいましたわっ!!」
フェリシアにある蓮の屋敷へと転移した蓮と桔梗、そして“理科室の仕事人軍団”。
骨で出来た特製の檻から解放されて、伸びをする桔梗の姿に“理科室の仕事人軍団”を退室させた蓮がため息混じりの視線を送る。
「お前は普段から喋り過ぎなんだ。 少しくらい静かにしていても罰は当たらんと思うがな。」
「むむっ! それではまるで、わたくし一人で普段から騒いでいるようではありませんかっ! わたくしほどお淑やかな乙女はおりません!……と、言いたいところですが、桜には負けてしまいますわ。」
桜はとても女性らしい仕草が美しいですもの、と笑顔を浮かべる桔梗に対し、蓮は再びため息を付いてしまう。
「何ですの、蓮。 先程から見ておりますれば、何度もため息を付いて!
この桔梗に遠慮せずに話してみなさいませ! そうすれば、ズバッと一瞬で解決して見せますわよっっ!!」
オーホッホッホッホッホッ!、といつもの高笑いを繰り返す桔梗に、頭痛がするように頭を押さえる蓮は眉間に皺を寄せる。
「……では、遠慮せずに言ってやる、アホの桔梗がアホすぎて困っている。」
「それは生まれ付きのことですから潔く諦めるしか……どうして、わたくしがアホですの?! いい加減、失礼でしてよっ!!」
真面目な表情で告げられた蓮の悩みに対し、桔梗なりに答えようとしたのだが、その内容が己のことだと理解して頬を膨らませてしまう。
「そうだな、桔梗。 お前のアホは生まれ付きだから、もうしょうが無いと諦めるしかないな。
……どうして、この僕がお前なんかを……」
「何ですの? 何か言いたいことがあるならば、はっきりと言って下さいませっ!」
ぐしゃりと自身の髪を苛立たしげに掻く蓮は、唇を尖らせて己を見詰めてくる桔梗へと何か言いたげな視線を向ける。
「……ふん……桔梗。 お前があいつらの元へと行った理由は母君より聞き及んでいる。“乙女の恋心”だったか?」
「はうっ?! そうでしたわ! わたくし、まだその答えを聞いておりませんでした!!」
蓮の言葉で思い出したように、再びナーフィアとハフィーズの元へと駆け出そうとした桔梗だったが、その行動は遮られてしまう。
「……だから、お前はアホの桔梗なんだ。 すぐに他のことに気を散らして、目の前の存在から意識を逸らす。」
身を翻して駆け出そうとする桔梗の手をしっかりと掴んだ蓮の所為で、桔梗は走り出すことが叶わなかった。
「何ですの、蓮? わたくしは、今すぐ乙女の心を解するナーフィアへと……」
「五月蠅い、アホの桔梗。 お前が他の男の所になど行く必要は無い。」
何故邪魔をするのか、と首を傾げる桔梗に対し、不機嫌そうに蓮は掴んだ手に力を込める。
「どうしてですのっ?! わたくしはまだ答えを聞いてはおりません!」
邪魔をしないで欲しい、と唇を尖らせる桔梗を、静かに見詰めた蓮は口を開く。
「聞きに行く必要など無いと言っているだろう。……そうだな、桔梗。 あと百年待て。」
「ほへ?」
蓮の言葉の意味が分からず、頭上に疑問符を浮かべてしまう桔梗をじっと見詰め続ける蓮は言葉を続ける。
「僕達にとって百年の時など、瞬き程のものだろう。
百年経った後に、僕が直々に教えてやる。 それならば、構わんだろう?」
「蓮が教えて下さるのですか?」
ジッと己を見詰めてくる蓮の視線の中に、桔梗は自身の知らない熱や張り詰めた何かを秘めているように感じ取った。
「……分かりましたわ。 約束でしてよ、蓮! 絶対に百年経ったら、わたくしに教えて下さいませ!」
「ふん! アホの桔梗にしては懸命な判断だな。」
多少悩んだ桔梗だったが、元々単純な思考回……蓮に教えて貰えるならばと考えて笑顔頷く。
そんな桔梗へと蓮は満足そうにニイッと口角を上げて笑う。
斯くして、フェリシアのみならず、ナーフィア達も巻き込んだ桔梗の“乙女の恋心とはなんぞや”の問いかけ騒動は、百年後の未来に持ち越されることとなったのだった……。
百年後の未来……桔梗が“乙女の恋心”を理解する日が来るかは……誰にも分からないことである。




