恋とはどんなものかしら その5!
あの大事件での爪痕がゆうり達の尽力もあり、すっかりと無くなった王立エレメンタル学院。
その敷地内にあるソレイユ寮の他国の留学生、それも王族専用の区画にある一室に二人の青年の姿があった。
猫足の長いすへと寝そべるのは精悍な顔立ちに、褐色の肌を砂漠の国特有の衣装を身に纏って惜しげもなく晒し、砂漠の月を思わせる銀色の髪と浅葱色の瞳を持つ人物。
スピリアル王国に隣接する大国であり、過去の歴史において緊張状態が続いていた国でもある砂漠の帝国“サッビアレチント帝国”の王子、“ナーフィア・ザフルアルゥ・サッビアレチント”その人であった。
「平和だな、ハフィーズ……マジで平和だぜ……」
寝そべった体勢でナーフィアがしみじみと呟き、側に控えるように立つもう一人の青年へと同意を求める。
「誠に。 ですが、殿下。 幾ら自室とは言え、此処は母国ではなく異国の地です。 いつ誰が来るとも分かりません。 その体勢は如何なものかと。」
ナーフィアと同じく褐色の肌を持ち、しっかりと筋肉の付いた細身のしなやかな身体は武人としての雰囲気を漂わせる。
藍色の髪に、若菜色の瞳を持ったナーフィアの護衛であり、幼なじみである美丈夫という言葉の似合いそうな青年、ハフィーズが真面目な表情を崩すことなく返答する。
「固いことを言うなよ、ハフィーズ。 此処には俺達しか居ないんだから。 王族だってな、人間なんだから羽根を伸ばしたい時くらい有るっつーの!」
長いすの上でゴロゴロしながら答える主の姿にハフィーズは小さなため息を付くが、こんなにも穏やかな日も珍しいから偶には良いのかもしれない、と微かに苦笑を浮かべる。
「……ああ……マジで平和……学院は休みだし、やることはやってるし……目一杯趣味の時間に当てちまおうかな……」
寝そべっているナーフィアは次の予定が入っている時間までをどう過ごすかを考え、いっそのこと趣味の時間に当ててしまおうかと笑みを浮かべた。
しかし、そんな穏やかな時間を満喫する二人だったが、嵐がすぐ其処まで迫っていることをこの時は未だ知る由も無かったのだった。
最初に異変に気が付いたのは、ナーフィアの護衛であるハフィーズの方であった。
「……殿下、どうやら平穏な時間はこれまでのようです。」
闘気とも殺気とも言えるような強い気配が迫り来ることを感じ取ったハフィーズが、ナーフィアへと静かに声を掛け、いつでも抜刀できるように腰の剣へと手を添える。
「おいおい……まさかとは思うが白昼堂々暗殺者とか言うなよ。」
「分かりません。 ですが、何者かが近付いてきていることだけは確かです。」
油断無く周囲を伺うハフィーズの言葉に、嫌そうに顔を顰めながらもナーフィアは王族で有る以上は否が応にも命を狙われることを十分に理解していた。
「……何でだろうな……すげえ嫌な予感がさっきからしているんだよな。」
しかし、主の命を狙う暗殺者かもしれぬと身構えるハフィーズを尻目に、ナーフィアは嫌な予感をヒシヒシと感じていた。
そして、その嫌な予感をナーフィアは過去に数度経験していたのだ。
苦虫を噛んでしまったような表情を浮かべたナーフィアの感じ取ってしまったその嫌な予感は、何時だって同じ人物と出会う前に現れる。
「オーホッホッホッ! オーホッホッホッホッホッ!!
躊躇うことなく前進あるのみっっ!! わたくしの道に立ちはだかる全ての壁は、粉砕有るのみですわっっ!!!」
『せいやっ、せいやっ、せいやっ、せいやっっ!! じょいやっさっっ!!!』
何処からともなく少女の高笑いが響き渡り、威勢の良い野郎共の野太い声が木霊する。
「よしっ! 逃げるぞっっ!!」
「御意っっ!!!」
声の持ち主が誰なのか一瞬で悟ったナーフィアとハフィーズは、一秒も迷うことなく戦略的撤退を開始するために声のする方向へと背を向け走り出す。
「全身全力突撃有るのみっっ! おいでませっ!!“激・黒鋼漢団”を背負い立つ、新たなアイドル、ドリルヘアーのキャサリンっっ!!!」
「じょいやっさっっ!!!」
少女の高らかな紹介に答えるように野太い声が響いたと思えば、ナーフィアとハフィーズの進行方向にあった扉と壁が吹き飛んだ。
「なっ?!」
「ナーフィアっ! 俺の後ろにっっ!!」
まさか目の前の扉や壁が粉砕されるとは夢にも思っていなかったナーフィアが驚きの声を上げ、飛び交う破片からナーフィアを庇うようにハフィーズが前へと出る。
「オーホッホッホッホッ! オーホッホッホッホッホ、ぐふおっ、げほ、ごほっ……
はっ、はあ……わたくしの可愛い“激・黒鋼漢団”の新たな主力めんばーの一人になったキャサリンのドリルヘアーの威力っ! 本当に惚れ惚れしてしまいますわっっ!!!」
いつもの如く調子に乗って高笑いを続けた桔梗は咽せて、呼吸が整った後に“激・黒鋼漢団”の先頭を切るエリザベスとジョセフィーヌと共に仁王立ちしたキャサリンをウットリと見詰める。
エリザベスやジョセフィーヌと同じように、他の“激・黒鋼漢団”よりも立派な筋骨隆々とした体躯を持った黄金のドリルヘアーのキャサリンが、先輩である二人に負けじとマッスルポーズを決めていた。
「……桔梗……!」
ハフィーズに庇われて擦り傷一つ負うことの無かったナーフィアが、ふるふると震えながら桔梗の名を呼び、ゆっくりと近付いてくる。
「ご機嫌よう、ナーフィア! わたくし、貴方達に聞きたいことが有って参りま……」
「アホかっ! お前はっっ!!」
己へと笑顔を向ける桔梗へと、額に青筋を浮かべたナーフィアは手に持った物を容赦なく振り下ろす。
「ふぎゃっっ?!……痛いですわっ! 乙女の頭に何をなさいますのっっ!!」
「普通はなっ! どんな理由が有っても知り合いを訪ねる時はっ、壁や扉を破壊したりしないんだよっっ!! そんでもって、少しは異国にいる俺の立場を考え…………すまん、お前には無理だな。」
何処からともなく取り出したハリセンで桔梗の後頭部を叩いたナーフィアは、目尻を吊り上げて怒声を響かせる。
だが、己の言葉の途中で桔梗には無理な話だと気が付き、大きなため息を付いてしまう。
「お待ちなさい! 何故そこで諦めるのですかっ?! わたくしに何かを求めているのでしょうっっ!!」
そんなナーフィアの態度に桔梗は納得がいかないのか、鼻息荒く問いかける。
「貴女様の性格を考慮すれば、言っても無駄であると気が付いてしまったのでしょう。」
「……そうだよなあ。 だって、桔梗だからな。 怒っても無駄な気がするんだよ。」
ナーフィアとハフィーズは顔を見合わせ、今までの桔梗との関わりを思い出して深々とため息を付いてしまう。
「はうっ! そんなに褒めないで下さいましっっ!! 無駄なことなど一欠片もない完璧なる乙女などとっっ!! 正義をこよなく愛する者として、終生自己研磨に努めねばならぬと心得ておりますればっ!! まだまだ、ムッティに比べても色んな意味で未熟な子供でしてよっっ!!!」
オーホッホッホッホッホッ!!、と再び高笑いを上げ始めた桔梗に対し、ナーフィアとハフィーズは心身共に疲れた様子でがっくりと肩を落とす。
「……誰もっ! 一言もっ! そんなことは言ってねえよっっ!!」
「……ナーフィア……人生は諦めが肝心だと言うぞ……」
疲れた様子は有りながらも、わなわなと身体を震わせるナーフィアへ対し、ハフィーズは遠い目をして声を掛ける。
そんなナーフィアとハフィーズの目の前では、桔梗の高笑いに共鳴するように“激・黒鋼漢団”が威勢の良い掛け声を響き渡らせるのだった。




