恋とはどんなものかしら その4!
「うぅぅ……酷い目にあいましたわ……。」
足の痺れがやっと治り、雛菊と山吹のツンツン攻撃から解放された桔梗が疲れた様子で地面へとアヒル座りで座り込んでいた。
「あは。 じゃあ、疲れたんなら一旦お昼寝でもして休憩したらどうかな?」
「それが良いですわ、桔梗。 是非とも疲れた身体を休めるべきですよ。」
ニッコリと満面の笑顔を浮かべたゆうりと、穏やかに微笑む桜が桔梗へと提案する。
「そうですわね、ムッティ、桜。 わたくし、何だかとても疲れてしまいましたもの。」
ゆうりと桜の笑顔に促されるように、桔梗はゆっくりと立ち上がりふらふらと立ち去ろうとした。
「……って?! わたくし、ムッティ達に誤魔化されておりませんかっっ!!」
しかし、ゆうり達へと背を向けて歩き出そうとした瞬間に、己の疑問にまだ答えて貰っていなかったことに桔梗は気が付いてしまう。
「……ちっ! 気が付いたか。」
「……忘れたままで良かったのに。」
はた、と気が付いた桔梗が元気を取り戻し、ゆうり達へと振り向いて声を上げれば、ゆうりと桜は桔梗が思い出してしまったことにため息を付く。
「ムッティ! 桜! 山吹! 雛菊! 光陰矢の如く、気が付いた時には美少年が美老人と言うではありませんかっっ!! 早速わたくしに乙女の恋心を教えて下さいませっっ!!!」
「あはー……諺に可笑しな桔梗独自の言葉を付け足しちゃダメじゃん。 雛菊が間違って覚えたら大変でしょうが。」
大きなため息を付いて突っ込むゆうりは、乙女の恋心ねえ、と首を傾げてしまう。
「にゃはん! ママ上様! 私はまだ恋じゃないよ! た、確かにアイオリアは好きだけど、まだそんなのじゃないもん!!」
桔梗が乙女の恋心の持ち主として自身の名前も挙げたことに頬を紅く染め、オドオドとした様子でゆうりの側へと近付き、その服の裾を引っ張りながら一生懸命に訴える。
「うんうん、分かってるから大丈夫。 雛菊はまだ恋じゃなくて友情だもんね。」
「うにゃん! そうなの! まだ……まだ、恋じゃないの……」
本当だよ、と真っ赤になった顔を隠すようにゆうりの服へと顔を埋めてしまう雛菊。
「うむ。 今は“まだ”ということは、何れそうなるとも取れる、っっ?!」
「貴女と違って可愛らしい恋の蕾を持つ雛菊をからかってはなりませんわよ。」
スパンッと良い音を響かせて山吹の後頭部にスリッパが炸裂した。
「……痛いではないか、桜。」
「痛くしたのですから当然です。 それよりも、山吹。 普段からこの手の話しで私達をからかってばかりの貴女なのですから、とても桔梗にとってためになるお話しを聞かせて頂けるのでしょうね?」
私達の中で唯一結婚していたことが有るのですから、と日頃のからかわれてばかりの鬱憤を晴らすように桜は微笑みを浮かべて山吹の退路を塞ぐようにスリッパを構える。
「乙女の恋心。 ふむ、確かに分からなくもない気がするが……」
チラリと視線を走らせた山吹の視界には、桜の言葉を聞いていた桔梗が何やら期待の籠もったキラキラと輝く瞳を一心不乱に己へと向ける姿が映った。
「……すまん、腹が痛いから屋敷に一旦戻ろうと……」
己へと期待の籠もった眼差しを向ける桔梗の姿に嫌な予感を覚えた山吹はタラリと一筋の汗を流して、背を向けて戦略的撤退を試みる。
「山吹、私達精霊はよっぽどのことがない限りお腹を壊すことなど有り得ません。」
「どうして逃げるのですかっ! わたくしに乙女の恋心を教えて下さいませっっ!!」
しかし、その両腕をグワシッと桜と桔梗が逃がすものかと捕獲した。
「桜の言う通りわたくし達の中で山吹は唯一の結婚経験者っ! 恋した王子様を見事に射止め、捕獲した乙女。 即ち、恋した王子様と言う名の獲物を仕留めた恋の狩人! ならばこそ、この場にいる誰よりも経験豊富と言うことではありませんのっ?!」
「落ち着け、桔梗! お前が言っている内容だと、“恋する乙女”が“凄腕の狩人”と言うことにならないかっ?!」
似たような物ですわっ!、と叫ぶ桔梗の気迫に押された山吹が、珍しく焦った様子で叫ぶ。
「本当に私の話しは参考にならんと思うぞ! クリストファーへの想いを自覚した私は邪魔な障害物を薙ぎ払い、そのまま押し倒したようなものだからなっ!! 甘酸っぱい恋の駆け引きなど皆無だっっ!!!」
「胸を張って叫ぶような内容では有りませんわっ!!」
焦って叫んだ山吹の言葉に、桔梗は動揺して林檎のように真っ赤になってしまう。
「うみゅ? ママ上様、押し倒すってなあに?」
山吹の叫びを聞いた雛菊は意味が分からず、隣にいたゆうりへと純粋無垢な瞳で問いかける。
「雛菊、今すぐ忘れなさい。 貴女にはまだ早いからね。 好きな人が出来た時にその人に聞いてみようね?」
「うにゃ。 はーい!」
一分の隙もない笑顔を浮かべたゆうりが雛菊の問いかけに優しく答えれば、雛菊は元気よく良い子のお返事をするのだった。
「私はクリストファーの惚気話ならば幾らでも出来る自信が有るっ! だが、乙女の恋心を教えるとなると全く持って専門外だっ!! そんな機微は私には備わっていないからな!!!」
「……確かにさ、山吹はどちらかというとヴィクトリアと同じ系統だもんね。 恋の駆け引きなんて知るかとばかりに攻めの一択……気を惹こうだとか、相手にどう思われているかとか悩むこととは縁が無さそうだよね……」
胸を張って叫ぶ山吹の言葉にゆうりはしみじみと呟き、側に移動してきた桜も深く同意を示す。
「ではっ! ムッティと桜は如何ですのっ!! 現在進行形で恋する乙女な二人ならばきっと分かるはずですわっ!!!」
“恋した相手は攻めて、攻めて、攻め落とせ”を信条に掲げた山吹では当てにならないと、桔梗の矛先はゆうりと桜へと向く。
「あはは……乙女の恋心と言われてもねえ? どっちかっていうと、私よりもブラッドフォードの方が乙女な気もするしさ。」
「私は牡丹に教えて頂いたようなもの。 他者に教えることが出来るほど、経験が豊富という訳では有りません。」
恋心と言われて羞恥から頬を染めるゆうりと桜は、困ったように視線を交わし合う。
「……歩く猥褻……ではなく、あの者に聞くのは嫌です。 牡丹に聞けば教えて下さるでしょうか?」
「桔梗ってば、本当にブラッドフォードに対して厳しいね。 まあ、私がそのことに関してはよっぽどのことが無い限り口を挟むつもりは無いけどね。
そうだねえ……牡丹よりも、年頃の人間の誰かに聞いてみたら?」
ブラッドフォードに教えを請うのは嫌です、と渋い顔をする桔梗へ、しょうが無い子だと苦笑したゆうりが一つの提案をする。
「年頃の人間ですか?」
「うん。 だってさ、私達よりも人間の方が恋心には詳しい気がするもん。 年頃の子達は特に興味のある話題じゃないかな?」
己の提案にキョトンとした表情を浮かべた桔梗へと、説得するようにゆうりは言葉を重ねていく。
「……そうですわね……その通りですわ! 流石はわたくしのムッティっっ!!」
「あは! そうでしょう? だから、早く聞きに行った方が良いよ? よく言うじゃん、少年老い易く学成り難しって。」
笑顔のゆうりの言葉に急かされるように桔梗は己の可愛い部下達を召喚し始めた。
「わたくしの可愛い“激・黒鋼漢団”! 目指すは花の王都、わたくしの友人達の元ですわっっ!!」
『じょいやっさっっ!!!』
オーホッホッホッホッホッ!、と高笑いを響かせながら、召喚した“激・黒鋼漢団”の担ぐ御輿に仁王立ちで乗り目的の人物達の元へと爆走を始めるのだった。
「……母上……貴女も悪い人ですね。」
そんな爆走を始めた桔梗一行の背中を見送った山吹はゆうりへと意味ありげな視線を向けて呟く。
「んー? 何のこと?」
やっと、嵐が過ぎ去ったとばかりに椅子に座ったゆうりは、既に冷めてしまったお茶へと手を伸ばす。
「桔梗のお気に入りの人間達に押しつけましたね?」
「あはは! 私には何のことかわかんなーい!!」
ニッコリと微笑んで問いかける山吹へと、ゆうりも負けないくらいに輝く笑顔を返すのだった。




