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ちびっ子?! ぱにっく!! その三。


 イスリアート公爵家へと同じく公爵家であるアルトノス家の紋章の入った一台の馬車が到着し、内側より時間が惜しいとばかりに扉が開かれ、一人の貴族の男が降りてきた。


「いらっしゃいませ、アルトノス様。 旦那様より、お話しは聞いております。」

「お邪魔するよ。 急な来訪だったにも関わらず、一糸乱れぬ出迎えはさすがイスリアート公爵家の執事達だね。」


 その貴族の男こと、ブラッドフォードは機嫌の良さそうな笑みを浮かべ、出迎えたイスリアート家の筆頭執事セバスチャンへと返答する。


「約束した時間まで少し時間があるし、バルトルトに許可は得ているからいつも通り書斎ででも待たせて貰おうかな?」

「畏まりました。 カインド、アルトノス様を旦那様の書斎へとご案内して下さい。」

「はい。」


 一礼してセバスチャンの指示を受けて書斎へと案内し始めるカインドの後ろを付いて行くブラッドフォード。


 しかし、その道中にある書庫の扉が開き、この時間帯に書庫にいるはずの無い数冊の本を抱えたマリーロゼと鉢合わせしてしまった。 


「おや? マリーロゼ嬢、お邪魔しております。」

「ブラッドフォード様、いらっしゃいませ。……申し訳ありません、父の大切なご友人である御方をお出迎えすることが出来ず……」


 笑顔で挨拶をしたブラッドフォードに対し、笑みを浮かべて挨拶を返したマリーロゼだったが、父の不在の際には留守を預かる立場であったのに、大切な客人を出迎えることが出来なかった事を謝罪する。

 

 そんなマリーロゼの姿にブラッドフォードは苦笑し、大切なご令嬢であるマリーロゼに恥を掻かせる形になってしまったことにカインドは慌ててしまう。


「お気になさらず。 おそらく、バルトルトが私に対する要らぬ気遣いは無用と指示していたのでしょう。 特に、私は女性関係に関してバルトルトには全く信頼されていませんでしたから。 掌中の玉とも言うべき貴女と余り会わせたくなかったのでしょう。」


 そうですよね?、とカインドへ向かって問いかけるブラッドフォードに、カインドは首振り人形のように何度も首を縦に振る。


「ふふ……お気遣い頂きありがとうございます。……ブラッドフォード様、宜しければお茶でも如何ですか? おそらく、お姉様もそろそろフェリシアから戻ると思いますの。」

「是非、お願いします。」


 一も二もなくマリーロゼの誘いに乗ったブラッドフォードは、さり気なくマリーロゼが持つ数冊の本を代わりに持ちながら笑顔で歩き出したのだった。



※※※※※※※※※※



 お茶やお茶菓子を準備した使用人達が席を外し、部屋の中はマリーロゼとブラッドフォードだけとなった。


 念のために部屋の扉は開放しながら、ブラッドフォードはゆうりが現れるのを今か、今かと待ちわびる。


 そんなそわそわと落ち着かないブラッドフォードの様子にマリーロゼはクスクスと小さく笑ってしまう。


「ブラッドフォード様は、本当にあの御方がお好きなのですね。」

「当然ですよ。 我が愛しき婚約者殿の前では数多の花々も魅力を失い、どんなに美しい声でさえずる鳥たちが現れようとも、私の心を捕らえるのは鈴のように可愛らしくも、悪戯な響きを宿した音色のみ。」


 恥ずかしげも無く当然のように返すブラッドフォードの言葉に、逆にマリーロゼの方が気恥ずかしくなってしまう。


「……あの御方が恥ずかしがってしまうのも分かってしまいますわ。……お慕いする殿方に、そんな言葉を囁かれ続けるなど幸せすぎて困ってしまいますもの。」

「失礼ながら、柊殿はマリーロゼ嬢にこのような言葉を囁くことはないのですか?」


 紅茶を味わいながら、余裕のある笑みを浮かべたブラッドフォードの言葉にマリーロゼは美しい微笑を浮かべる。


「柊様はブラッドフォード様のように沢山の言葉を言うことは苦手のようです。 ですが、柊様は一つの言葉に有りっ丈の想いを込めて下さいます。 そして、その想いの込められた言葉は私の心に十二分に伝わってくるのです……だから私は、とても幸せですわ。」

 

 ブラッドフォードとマリーロゼはお互いの想い人の姿を脳裏に思い浮かべ、心が幸せに満ちて温かくなるのを感じた。


 お互いに心より幸せそうな、何処までも優しい微笑みを浮かべていた二人だったが、そんな雰囲気を打ち砕いてしまうようなベシャリと妙な音が室内に響き渡る。


「何者……だ……?」


 部屋の中に妙な音が響くと同時に、マリーロゼの前へと立ち塞がり突然現れた闖入者へと警戒し、いつでも剣を抜き放てるように構えたブラッドフォードだったが、視界に映った人物に戸惑った声を上げてしまう。


「……え……柊様?」


 ブラッドフォードの背中に庇われていたマリーロゼだったが、闖入者をその瞳に映せば同じく戸惑った声音で、今まで脳裏に思い浮かべていたはずの想い人の名前を口にする。


「……くっ……マリーロゼ……ブラッドフォード……逃げろ……奴がっ、奴が来るっっ!!」


 公爵家の応接間の床に倒れ伏した柊が顔を上げ、震える利き手を伸ばして、己の変わり果てた顔を見て口元を押さえる二人へと警告を発する。


「柊様っ?! その顔は一体どうされましたのっ?!」

「くっ……なんと、惨いこと……ぶふっ……」


 純粋に驚きの声を上げるマリーロゼと、余りの惨さに顔を背けて震えながら小さく吹き出してしまったブラッドフォード。


「……笑いたければ……笑うが良いっ……!」


 ぷるぷると震える柊の顔……。


 顔の全体を白く塗りつぶされ、目の周りと鼻の頭を丸く真っ黒に塗られた……パンダ顔に落書きされていたのだ。


 額に燦然と輝く、小さな子供が書いたと分かる歪な“にく”の落書きが何とも言えない風情を漂わせていた。


「……そんなことよりもっ! 本当に速く逃げろっ! あれが相手では押し留めることなど、ぎゃふっっ」

「どっすこぉぉぉいっっ!!」


 鬼気迫った表情の柊が、何かを一生懸命に伝えようとしたその時、柊の言葉を途中で遮るように空間が揺らぎ、小さな影が飛び出して威勢の良い掛け声と共に華麗な着地を決めた。


 ……迷うことなく、柊の身体の上に馬乗りになるように着地を決めたのである。


「ひぃちゃんっ! 逃げちゃ、めっ! なんだよっ!!」

「……ぐっ……ふぎっ……うぎゅっ……や、やめっ!」

 

 小さな影は柊の身体の上で言葉を切る度に飛び跳ねて、柊へとダメージを蓄積させていく。


「……え……ゆうり様……ですか?」

「……黒髪に、あの顔立ちはお姉様の面影が確かに有りますけど……」


 幼児特有のさらさらな黒髪に、好奇心に輝くきゅるんとした黒い瞳の幼子を目にしたブラッドフォードとマリーロゼは、信じられないものを見る眼差しで見詰めてしまう。


「あは! これでかんせーいっ!!……うん! ひいちゃん、かわいいよ。」

「……ひいちゃん……言うんじゃねえ……ぐふ……」


 止めとばかりに頭にパンダの耳のカチューシャを付けられた柊は力尽きたように倒れ込んでしまう。


「あにゃ?……わあっ! お姫様みたいなお姉ちゃんだ!」

「……え?……えっと……?」


 パンダ耳を付けた柊を満足気に見詰めていた小さな影こと、ゆうりは顔を上げて一番最初に眼に映ったマリーロゼの姿に笑顔を輝かせて駆け寄った。


「ゆうりはね、そのみやゆうりって言うんだよっ! お姫様みたいなお姉ちゃんはおなまえ何て言うの?」

「……そう、ゆうりさんと言うのね。 私は、マリーロゼ・アウラ・イスリアートと申します。 マリーロゼと呼んで下さいまし。」


 スカートの裾に抱きついてきた小さなゆうりの身体に戸惑いながらも、マリーロゼは己の名前を告げる。


「まりーろぜ……まりー姉様っ!」

「……どうしましょう……! 普段のお姉様の気持ちが少し分かってしまったかも知れませんわ。」


 ニパッと無邪気な笑みを浮かべてぎゅうっと抱きつきながら、心底嬉しそうにマリーロゼを上目遣いで姉と呼んだゆうりの姿に猫可愛がりたくなるマリーロゼ。


「……可愛らしいお姫様。 私にも貴女の愛くるしい笑顔を向けては頂けませんか?」


 マリーロゼに向けられた笑顔を見たブラッドフォードは、おそらくゆうり本人であろう幼子を前に己にも可愛らしい笑顔を是非向けて欲しいと思って、目線を会わせるように跪き、声を掛けてしまった。


 ……一見は可愛らしい幼いゆうりに、柊達最高位精霊達すら手を焼いてしまう鋼鉄の棘とも言える物が有るとは予想だにしなかったのである。


「……おっちゃんだれ?」

「…………おっ……ちゃん?」


 マリーロゼのスカートの裾に抱きついたまま、ゆうりは顔だけを離してブラッドフォードへと視線を向けると、心底不思議そうにブラッドフォードの心を貫通する言葉の弾丸を躊躇うことなく放った。


「……私は、おっちゃんでは……」

「おっちゃんでしょ。 お兄さんなんて呼んでもらおうなんてダメだとおもう。」


 ゆうりのおっちゃん呼びに衝撃を受けながらも、よろよろと反論と訂正を試みるブラッドフォードだったが、ゆうりは情け容赦なくぶった切った。


「ゆ、ゆうりさん、ブラッドフォード様はまだ充分にお若いですから、お兄さんで大丈夫だと……」

「あのね、まりー姉様。 よのなかにはね、悲しいことに本当のことを言ってあげなきゃいけない時があるんだよ。

 お母さんがね、言ってたもん。 初めて会ったれでぃーに向かって、砂糖がじゃりじゃりするような甘い言葉を吐く男は女の敵だから情けをかけちゃ、世のため、人のためにならないのよって! あえて、ウソを言わずにほんとうのことを言う勇気こそ、大切なのよって!」


 ブラッドフォードのことをフォローしようと発せられたマリーロゼの言葉は、何十倍の威力を持った弾丸となり、ブラッドフォードの心を蜂の巣にしたのだった……。



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