恋とはどんなものかしら その2!
「平和だね……怖いくらいに。」
陽光に輝く若葉の緑が眩しい桜の屋敷の庭で開催されている女子会。
それに参加しているゆうりは用意されている蔓草模様の美しい白い椅子に腰掛け、桜お手製の三色団子を頬張りながらボソリと呟く。
「……お母様、唐突に何を仰っているのですか?」
真朱色の急須でお茶を準備していた桜が、ゆうりの言葉に困惑した表情を浮かべてしまう。
「ふむ。 確かに嵐の前の何とやら、と言いますからね。」
「にゃは! 言いますからねっ!」
桜が手渡した白い湯気の立ち上る湯飲みを受け取った山吹も飄々と頷き、リスのように口一杯に三色団子を詰め込んだ雛菊がモグモグ、ゴックンと団子を呑み込んで、にゃはは、と笑いながら同意する。
「あはー……別にさ、何かが起きて欲しい訳じゃないんだよ。 でもねえ……最近静かじゃん、桔梗。」
二本目はみたらし団子に手を伸ばしながら、ゆうりは己と同じくらい周囲を巻き込んで騒動を起こす人物の姿を脳裏に思い浮かべた。
「静かであることが一番かと。 それに、いい加減あの子にも落ち着きを持って欲しい物ですわ。」
ため息を付きながら止まっていたお茶を注ぐ手を、再び動かし始めた桜はしみじみと呟く。
「うにぃ……でも、桔梗から元気が無くなったら寂しいよ。 元気のない桔梗は不気味だもん。」
モグモグと口を動かし、ちゃんと口の中身を呑み込んでから喋る雛菊は、元気がない桔梗は桔梗じゃないと呟く。
「うむうむ、元気なことは大切なことだ。……だが、こういう話をしていると騒動の元が現れるのではないか?」
茶目っ気溢れる笑顔を浮かべた山吹の言葉にゆうりは遠い目をして頷き、桜と雛菊は首を傾げる。
「よく言うではないか……噂をすれば影、と。」
山吹はそろそろ現れる頃合いだろうと、話題の人物のことを思い浮かべてクスリと笑みを溢す。
「オーホッホッホッ! オーホッホッホッホッホッ!!」
その時、まるで山吹のその言葉を待っていたかのように、穏やかな時間が流れていたはずの桜の屋敷の中庭に、正体不明の笑い声が響き渡る。
「美味しそうな団子の香りに誘われて、悩める乙女の心をバッチリ解決っ!
愛と仁義! 花より団子っ!! 正義をこよなく愛する戦、しがふっっ」
屋敷の屋根の上に太陽を背に受け、決めポーズを決めて立つ通常運転の桔梗に対し、顔から全ての感情を消し去った桜が慌てず、騒がず、手に持っていた空になった急須を投げつけた。
残像を残して消えた桜の持っていた急須は、外れることなく桔梗の顔面へとめり込む。
そのまま、短い悲鳴を残して屋根の上から落ちていった桔梗は地面へと人型の穴を残して、ゆうり達の視界から消えてしまうのだった。
「……まあ、私ったらいけませんわね! 屋敷の中から急須を持って来るのを忘れてしまったようですわ。 すぐに、埋め……ではなく、掃除をするついでに持って参りますので、お母様達は先にお団子を召し上がっていて下さいませ。」
パン、パン、と手を叩き、何か一仕事をやり遂げたような雰囲気を纏う桜の輝かんばかりの笑顔へと、ゆうりと雛菊は頬を引き攣らせ、流石に突っ込むことは出来なかった。
「……う、うむ……桜、さん……きゅ、急須は今……」
だが、あまりに容赦ない桜の一連の攻撃を間近で目撃することになった山吹は頬を引き攣らせ、震える指先で屋敷の屋根から桔梗と共に落ちて割れた残骸を指さす。
「うふふ、何かしら? 山吹ったら私に何か言いたいことが有るのですか?」
しかし、震える山吹の声に対して桜は美しすぎる完璧な笑顔で応えてみせるが、その背後に閻魔大王もびっくりの何かを背負っていた。
「うむ! すまんな、桜! 私の勘違いだったっ!!」
山吹の側へと近付き、嫋やかな仕草でその肩へと白魚のような美しい手を置いた桜。
桜の美しい手の何処にそんな力があるのか、まるで万力のような握力でギリギリと山吹の肩を締め上げる。
「うふふ。 もう、山吹ったら慌てんぼさんですわね…………命は一つしかありませんもの。 大切にしなければなりませんわよ。」
顔色を青くして勘違いだったと叫ぶ山吹の耳元へと唇を寄せ、桜は大魔王も裸足で逃げ出す気迫が漂った声音で小さく囁く。
「……き、肝に銘じておこう……」
己の耳元に囁いた桜の瞳が、一瞬だけ凄腕の暗殺者も真っ青の凄みの宿った惛い光を放っていた事に気が付いた山吹の背筋に悪寒が走る。
そんな山吹と桜の会話を見守っていたゆうりは、今の桜には自分も逆らいたくないなあ、と桜の気迫に怯えて涙眼になっている雛菊をしっかりと抱きしめながら、思っていたのだった。
「わたくしを無視して楽しそうにお話しをしているなんて酷いですわっ! 酷すぎですわっっ!! わたくしも参戦致しま……」
「参戦すると叫んで飛び上がった挙げ句の果てにクルクルと宙を舞い、決めポーズを決めたりなさったら……桔梗、貴女の分の団子はお母様に食べて頂きますよ。」
ゆうりにとってはどこら辺が楽しそうにみえたのだろうか、と疑問に思ってしまった桔梗の言葉に対して山吹へと向けていた視線を、桔梗へと走らせた桜が冷静に遮る。
「うきゃっっ?! そ、それは禁じ手ですわっっ!! わたくしにも桜のお手製団子をぷりーずですっっ!!!」
乙女からおやつを取り上げては駄目ですっ!、と涙眼になって抗議する桔梗へと桜は大きなため息を付いて頭を抱えたくなってしまう。
「分かりましたから、桔梗。 ちゃんと手を洗ってから席に着いて下さいませ。 その間に、貴女の分のお茶を用意致しますから。」
「本当ですかっ! ありがとうございます、桜っ!! やはり桜はわたくしの味方ですわねっっ!! 心の底より大好きですわっっ!!!」
桜お手製のおやつを貰えると分かった桔梗はキラキラと期待に瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべて桜へと全力で抱き着く。
「ちょっ……もう、本当に……しょうが無い子ですね、桔梗は……」
己の身体にぎゅうっと力一杯抱きついてぐりぐりと頭を擦り付けて来る桔梗へと、困った子です、と桜は苦笑を浮かべてしまうのだった。
桜の言葉通りに手を洗ってきた桔梗が用意された席に着き、美味しそうにお団子を頬張り始めてからは和やかに女子会は進んでいく。
最近の身の回りの出来事、牡丹、蓮、柊のこと、仲の良い人間達のことなど、話題が尽きることはなかった。
「(……わたくしったら、何かを忘れている気が致しますわ。)」
むぐむぐ、と桜お手製の団子を味わう桔梗は、女子会が始まってから何かを忘れている気がずっとしていたのである。
「(秘密の趣味のことではありませんし……ナーフィア達と遊ぶ約束はしておりませんし……何だったかしら……?)」
思い出せないならば大した事では無いのでしょう、と結論を出しかけた桔梗だったが、山吹の一言を耳にして雷に打たれたかのように思い出してしまう。
「……ところで、母上、桜? それぞれのお相手との関係は、何処まで進んでいるのですか?」
「うぐっ?!」
「んなっっ?!」
ニヤニヤと笑う山吹の言葉で口の中に有った団子を喉に詰まらせたゆうりは慌ててお茶へと手を伸ばし、お茶を注いでた桜は動揺のあまりお茶を溢してしまう。
「うにぃ……? ねえねえ、山吹? 関係を進めるってなーに?」
山吹の言葉の意味が分からなかった雛菊は首を傾げ、純粋無垢な心で山吹へと問いかけてしまう。
「ふふ……それは二人に聞いてみると良いぞ、雛菊。 とても、面しr……じゃなかった、懇切丁寧に教えてくれるからな。」
分かった!、と好奇心で輝く無垢な瞳を雛菊から向けられることになったゆうりと桜。
喉につかえていた団子をやっとの思いで呑み込んだゆうりと、溢してしまったお茶を動揺しながらも拭き取った桜が、顔を紅く染めて元凶である山吹へを涙眼で睨み付ける。
「や・ま・ぶ・きぃぃぃっっ!! 君って子は人の恋路をからか……」
「思い出しましたわっっ!! わたくし、聞きたいことが有ったのですっっ!!!」
ゆうりが飄々と笑う山吹へと抗議するために上げた声を遮るように、桔梗の大声が庭に響き渡る。
「わたくしに教えて下さいませっ!! 乙女の恋心とは一体何なのでしょうっっ!!!」
突然の桔梗の大声と共に問いかけられた言葉に、ゆうり達はポカンッと暫し固まってしまうのだった。




