エミリオ・ラファティン補佐官の一日 その六。
サントル騎士団長であり、婚約者であるブラッドフォードにエスコートされるように修練場を移動したアルテミス王女こと、ゆうりは一斉に王族を前に跪いた騎士団の面々を見渡す。
「言葉を交わすのは初めてですわね、ドロワット騎士団長。」
その中でも、騎士団を纏め上げている残り二人の騎士団長へと一人ずつゆうりは順番に声を掛けた。
「はい、お初にお目に掛かります。 恐れ多くも我らが陛下より、栄誉有るドロワット騎士団長の位を預けられております、シルヴェスター・ロイ・オステンブルクと申します! 殿下のお噂は兼ねてより承っておりました!!」
声を掛けてきたゆうりに対してシルヴェスターは、普通の貴族の子女ならば怯えてしまうほどに気合いの籠もった大きな声で返事を返す。
「ふふ、ドロワット騎士団長の武勇伝もお父様より詳しくお聞きしておりますわ。」
か弱い子女ならば怯えてしまいそうな声にも怯むことなく微笑むゆうりの姿に、シルヴェスターの男臭い顔にも笑みが浮かぶ。
「この度はご招待ありがとう、ヴィクトリア。 いつものように顔を上げてちょうだい。 ふふ、貴女からお誘いを受けてとても嬉しかったですわ。」
「殿下であれば、いつでも見学に来て頂きたいと常々思っておりますれば! この度は足を運んで頂き恐悦至極に存じますっ!!」
ニイッと口の端を上げて笑うヴィクトリアの言葉使いと、王国最強の武人有りながらも気難しい、と言うよりは、心に定めた美学や信念といった物のために扱いにくいと評判のヴィクトリアが王女へと見せた姿に周囲がざわめく。
「お初にお目にかかります、アルテミス ですわ。 この度はゴーシュ騎士団長ヴィクトリアの招待を受けまして、皆様の修練を見学させて頂くことになりました。 日々の厳しい鍛練の成果を、どうか存分に発揮して下さいませ。」
淑女の礼と共に送られた穏やかな微笑みを浮かべた王女の言葉に、一般団員の騎士達の間から驚きの声が漏れる。
「何をしているんだいっ! 折角我らが王女殿下の御前で日々の厳しい鍛練の成果を披露出来るんだよっ!! 何時までも、呆けているんじゃないよ、野郎共っっ!!!」
『イエス・マムっっ!!!』
王女の纏う穏やかであると同時に、威厳のある雰囲気に圧倒されていたゴーシュ騎士団の騎士達へとヴィクトリアの檄が飛び、我を取り戻した騎士達が威勢の良い掛け声を上げて一斉に動き出す。
「ドロワット騎士団に属する騎士達よっ! 恐れ多くも王女殿下の御前であるっ!! 我らも存分に日頃の鍛錬の成果を披露し、王国の一番槍である我らの実力をお見せするのだっっ!!!」
『はっっ!!!』
同じくヴィクトリアに刺激され、背中にやる気の炎を燃え上がらせたシルヴェスターが男臭い顔に厳しい表情を浮かべ、声を張り上げる。
そうすれば誰に似たのか、同じように暑苦し……やる気の炎を燃え上がらせた熱血漢の騎士達が、シルヴェスターの檄に従い動き出す。
「ふふ、何をしているのかな? 恐れ多くも王家の近衛を任されし、我らサントル騎士団が遅れを取るなど有ってはならないことだ。 誇り高き騎士達よ、折角の機会なのだから心より敬愛する王女殿下へと存分に実力を見て頂くと良い!」
『御意っっ!!!』
二つの騎士団よりもなお、敬愛の籠もった眼差しをアルテミスへと送っていたサントル騎士団の騎士達は、ブラッドフォードの檄によりその眼差しに炎を燃え上がらせて動き出す。
「まあ、皆様やる気に満ちておりますわね。」
そんな騎士達の姿を三人の騎士団長と二人の補佐官、そして三人の若き護衛に囲まれたアルテミスがおっとりと呟く。
三人の騎士団長達に護られるように、ゆうりは鍛錬の様子を見学し始めるのだった。
その影に隠れるように、各騎士団の騎士団長や騎士達を含めた全員が全力で見ない振りをしている事柄に対して、視線だけでどうしようかと相談する者達がいた。
「……あの、サントル騎士団所属のラファティン補佐官……」
「どうしたんですか、ノルドリット?」
穏やかな笑みを浮かべて騎士団長達と談笑するゆうりを横目に見ながら、護衛の一人であるスカーレットが何か言いたげな様子の三人を代表してエミリオへと声を掛けた。
「……修練場から王都へと向かう出入り口の方で悲鳴を上げているあの人は放置で良いのでしょうか……?」
恐る恐ると言った様子で己へと告げるスカーレットの視線の先を、エミリオもチラリと眼を向けてすぐに逸らしてしまった。
「ラファティン補佐官、どうす……」
「……良いですか、ノルドリット、アシュリー、カルヴァート。 生きると言うことは残酷な物で……全力で見ない振りをした方が良いことも有るんですよ。」
動揺した様子の三人へと、エミリオは輝かんばかりに美しい完璧な笑みを持って、それが大人になるということなのです、と応える。
……しかし、三人の眼には、笑顔で応えるエミリオのその額に一筋の汗が流れていることを見てしまった。
「「「…………」」」
一見すれば完璧にしか見えない笑みを浮かべたエミリオの返答に、何とも言えない沈黙をスカーレット達は返す。
そして、もう一度だけ三人は自業自得とは言え、見ているだけで精神的に衝撃を受けずには要られない物体へと視線を向けて、すぐに逸らしてしまった。
三人の視線の先にあった存在達はデイズモンドの叫び声を気にも留めずに、華やかな音楽を奏でながら修練場を後にしていく。
「……貴族云々の前にあんな末路は絶対に嫌たい。」
「因果応報とは謂うけれど、僕も全力であんな結末はごめんだよ。」
「あれ程までに精霊様達に嫌われちゃった上に、王女殿下への不敬、公爵子息であると同時に上官であるサントル騎士団長達への言動も不味すぎるよね。」
ベアトリス、スカーレット、ヴィンセントの三人が見た物。
それはまるで、雑伎団の一団が宣伝の意味合いを含めて街を練り歩くような派手な一団だった。
まず、その一団の先頭を切るのは可愛らしい顔立ちの二人の漆黒の道化師達。
クスクスと笑いながら、ラッパを片手にアクロバティックな演技を披露しつつ歩き出す。
その後に続くのが、色とりどりの美しい衣装と大小様々な花々でそのを身を彩った踊り子の少女達。
可憐に舞い踊る姿に眼を惹かれていれば、次に現れるは太鼓などの楽器を演奏する骨格標本と人体模型の一団であった。
彼等の姿に見る者全てが恐れを感じていれば、様々な容姿を持った可愛らしい妖精達の群れが一匹の巨象を取り囲むように飛び回りながら現れる。
鮮やかな色の衣装を纏った巨象の背には、大きなバツ印の何かがあった。
それは、この一団の主役とも謂うべき一人の人物が目立つ似ように飾り付けられて、茨で戒められていたのである。
ゆっくりと歩く巨象の上であまりの醜態に本気で泣き始めているデイズモンドのことなど、大切な精霊王を侮辱されて怒っている精霊達は気も留めない。
そのまま修練場を出発した一団は王都内を練り歩き、衆人の注目と噂の的となり、王城の真ん前まで行進した後に精霊達は霞の如く消え去ったのである。
……戒められたままのデイズモンドと、精霊達の怒りに触れた理由を壁に大きく書き残して……。
デイズモンドが戒めより解放された後に待ち受けていた結末は推して知るべしで有る。
※※※※※※※※※※
「「……ただいま戻りました。」」
太陽も沈みきってから既に数時間。
漆黒の空を彩る星々が瞬き始めた頃、疲労感を漂わせたエミリオとエステルは大きなため息を付きながら自宅へと帰宅した。
二人は昼間の一連の騒ぎの後始末に結局追われることとなり、夕食すら口にする暇が無かった。
「……何だか、空腹過ぎて逆に食欲が湧きませんね。」
「そうね……エミリオ、今日はちょっとだけ飲まない? 夜に一緒に居ること自体珍しいしね。」
付き合いの長い使用人から酒瓶を一本とグラスを二つ、軽くつまめる物を用意して貰った二人。
食堂の机を陣取った二人は、先に使用人を休ませて互いに酌をする。
カランッと澄んだ氷の音を心地よく感じながら、カチンッとグラスを互いの功を労うようにぶつけてから口元へと運んでいく。
暫しの静寂が二人を包み込み、氷が溶けて鳴る微かな澄んだ音だけが月明かりに照らされた食堂に響く。
「……今日も、色々大変だったわね。」
「そうですねえ……合同訓練と聞いた際に張り切りすぎた方々が何かをやらかすのでは、と思っていましたが、別の意味でやらかした人がいましたしね。」
グラスを片手にしみじみと呟いたエステルの声に応えるように、ため息を付きながらエミリオが応える。
「最近の若い子は甘やかされ過ぎなのよ。 大体、集団行動を出来るのかどうかくらい分かるでしょう。 甘やかすことよりも、きっちりと大きくなって困らないように叱ることが親の愛情だと思うわ!!」
嫌になっちゃう、と唇を尖らせて不機嫌な様子で話すエステルの姿に、エミリオは小さく吹き出してしまう。
「……ふふ……エステル、何だか年寄り臭いですよ。」
吹き出した双子の弟に対して、ジロリとした眼差しを向けるエステルは、自覚してるわよ、とムスッと返す。
「でも……初めて言葉を交わす機会を頂いたけれど……流石は王国の至宝。 サントル騎士団長の心を射止めた方ね。 騎士団長達に一歩も引いていなかったわ。
それに、殿下を侮辱したことに対して彼処まで多くの精霊達が怒り狂うなんて……あんなにも精霊に愛された方は歴代の王家の方々の中にもいないのでは無いかしら。」
「…………」
機嫌の悪そうな表情を一変させて、アルテミス王女ことゆうりのことを褒めるエステルに対し、その正体を知っているエミリオは視線を反らしてしまう。
「……そ、そろそろ夜も更けてきましたし、明日も早い。 眠りませんか?」
「そうね……明日もまた……団長を……うっうぅぅ……」
王女の話題を逸らそうとエミリオは就寝することを促せば、明日もまた仕事だとエステルは落ち込んでしまう。
「でも、そんな風に言いながらも、エステルはゴーシュ騎士団長の一番の部下の座を誰かに譲ることは出来ないんでしょう?」
落ち込んだエステルへと苦笑を浮かべたエミリオは問いかける。
「当然よ。 騎士団長の背を、周囲を護るのは私の役目。 どんなに苦労しようとも、騎士団長を補佐官として支えるのは私よ。 それは貴方も同じでしょう?」
「そうなんですよね。 どんなに苦労しようとも、付いて行くと決めてしまっているんですよね。」
互いにそっくりな顔に、鏡に映ったように同じ苦笑を浮かべたエステルとエミリオの脳裏には、それぞれが尊敬する上司の姿が浮かぶ。
「「それが“ラファティン”の血筋だからね。」」
嘗て、双子と同じように主と定めた人物のために鍛錬に鍛練を重ね、戦場に付き従い、その命すらもを懸けた父。
その血を色濃く受け継いでいる双子は、既に心の中でそれぞれの上司を主と決めてしまっていたのだ。
双子はだからしょうが無いのだと笑い合い、どちらとも無くもう一度グラスをぶつけ酒を呷る。
そんな穏やかな微笑を浮かべた双子を優しく見守るのは、煌々と夜空に輝く月と星達だけだった。




